光 genji 佐藤。 【ジャニー喜多川さん 追悼】光GENJIを振り返る 懐かしのヒット曲5選

最近光GENJIの昔の映像を観て曲やダンスなど結構好きになりましたが、当...

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翌1988年、「ガラスの十代」・「パラダイス銀河」・「Diamondハリケーン」といった大ヒット曲を連発し、上記3曲で、その年のオリコン年間シングルチャートの1〜3位を独占。 因みに、STAR LIGHT〜パラダイス銀河の3曲と1990年の「荒野のメガロポリス」はが作詞・作曲を担当しており、特に作曲を務めたASKA 飛鳥涼 のメロディーセンスは高く評価された。 そして同年、 日本レコード大賞を受賞した。 当時は現在のようないわゆるAKB商法が無く、パフォーマンスや楽曲の純粋な人気と売上が評価されての受賞である為、その勢いが如何に凄まじいものであったか想像するのは容易いであろう。 その後、歌番組が減少し、邦楽の主流が歌謡曲(アイドルポップス)からロックバンドに移り変わっていった事もあって1990年頃にブームは一段落するが、 「ミュージックステーション」に積極的に出演していた事もあり、 並のアイドルでは歯が立たない程の人気を維持していた。 後のモー娘。 やAKBでさえも比較にならない程の凄まじい人気だったのだ。 1992年にはバルセロナオリンピック、1994年にはリレハンメルオリンピックの応援ソングをリリースした。 カラオケでもパラダイス銀河アニメ版がコンサート映像と混ざって見れるな -- 名無しさん 2013-11-28 10:27:26• 未だに100%勇気と言えば光GENJIだな、歌いやすいしカッコいい -- 名無しさん 2013-11-29 21:00:25• 大沢さん不幸すぎワロエナイ -- 名無しさん 2014-01-07 14:42:48• ローラスケート無しのダンスも上手かった -- 名無しさん 2014-04-04 00:24:47• 骨折しても、笑顔で歌うってところがスゴい。 後にAKBもやるけど、こっちは生中継だからな。 -- 名無しさん 2014-04-04 04:55:01• ガラスの十代よく歌ったな -- 名無しさん 2014-05-29 20:51:09• 同じ項目あるが、削除申請してないかんじかな? -- 名無しさん 2014-09-02 19:44:38.

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滝沢秀明の引退で元・光GENJI佐藤アツヒロの「あるメッセージ」に涙が止まらない…芸能界から沢山の応援コメントが寄せられる中、大先輩の一言

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左から、大沢、赤坂、佐藤寛之、諸星、佐藤敦啓、山本、内海。 光GENJIはローラースケートで踊りながらアクロバティックなライブを行うという、これまでにないアイドルグループとして爆発的なブームを呼び社会現象にもなりました。 私も小学生の頃光GENJIにハマりましたが、中学からはX JAPANにドップリだったので、ジャニーズで夢中になったのは光GENJIだけです。 (過去記事でを書きましたが、ちょうど同じ頃で、プロデューサーも同じ渡辺有三さんです。 渡辺さんすごい・・・。 ) 1994年大沢樹生と佐藤寛之の脱退・事務所の退所に伴い「光GENJI SUPER 5」が結成されましたが、翌年1995年には「光GENJI SUPER 5」も解散してしまいました。 2019年現在もジャニーズ事務所に所属しているのは内海光司と佐藤敦啓(現:佐藤アツヒロ)の2人だけです。 光GENJIのオススメ名曲5選 光GENJIは、いかにもアイドルらしいルックス、ローラースケートを履きながらバク転もするという身体能力の高さ、7人の一糸乱れぬフォーメーション、有名な作家陣によるイメージピッタリの楽曲・・・全てが完璧に合致した奇跡のアイドルグループです。 そりゃ社会現象にもなるし、小学生の私も夢中になるわ・・・。 ちなみに私は山本くんのファンでした。 STAR LIGHT 1987年8月19日発売のデビューシングル。 9万枚のセールス、オリコン初登場 1位。 1:51~山本くんのソロ、2:02~晃くんのソロがいいですね。 晃くんは声変わり前の声が貴重!! どちらかというと目立つタイプではない山本くんですが、彼がよくソロパートを担っていたのはメンバーの中でも歌が上手かったからだそう。 (出典:当時の『小学〇年生』より) それにしても、デビューからこの完成度の高さ、なんなんですか!? すごい特訓したんだろうなぁ。 ジャニーさんとメンバーのただならぬ気合が感じられます。 ローラースケートを履くことにより、今までのダンスにはないスピード感や滑らかな動きという、斬新な魅力で日本中の女子が釘付け。 (もしかして私がフィギュアスケート好きなのって、ルーツは光GENJIだったりして!?) そして曲を作ったのは、日本が誇るシンガーソングライターのチャゲアス!!売れないはずがないですよね。 ガラスの十代 1987年11月26日発売の2枚目のシングル。 1万枚のセールス、オリコン6週連続1位!! 作詞・作曲:飛鳥涼。 冒頭は山本くん、次はかーくんがソロを務めます。 「言わないで~言わないで~」流行ったなぁ。 「壊れそうなものばかり集めてしまうよ 輝きは飾りじゃないガラスの十代」・・・思春期の彼らにピッタリな歌詞で、飛鳥はやはり曲作りの天才です。 1:22~の2番のAメロは光とGENJIのかけあいになってて、大人の色気のある光とまだあどけないGENJIのコントラストが秀逸です。 (V6のトニセンとカミセンの組み合わせも光GENJIをヒントにしてそう) 1:41~光の2人を前面に出してる間にGENJIの5人は後ろでササッとローラースケートを脱いで(間にスケボーBOYを走らせて目線を奪う作戦も凝ってる)、その後光の2人も両脇にはけて脱ぐとかよく考えてるな~と感心。 2:28~かーくんソロの「もっとそばにおいで」に日本中のかーくんファンが熱狂したことでしょう。 (私は山本くんファンだから大丈夫だったけど) 0:55に出てくるスケボーBOYたちの中に、後にSMAPとなるメンバーがいるはず・・・。 (多分) パラダイス銀河 1988年3月9日発売の3枚目のシングル。 9万枚のセールスで、オリコン5週連続1位。 作詞・作曲:飛鳥涼。 「パラダイス銀河」は自身最高のセールスを記録し、デビューから3枚連続ヒットを飛ばすことにより、光GENJIはスーパーアイドルの座を盤石なものにしました。 0:32~組体操のアーチの下を2人くぐるとか、しょっぱなからパフォーマンスで魅せてくれます!! 0:38~Aメロは山本くん&寛之くんコンビ、その後あっくん&晃くんコンビがメインとして歌い、それぞれのファンへの配慮もしっかりなされています。 1:18~「スーツケースの中に~」でかーくんの見せ場があり、きっとここで日本中のかーくんファンが・・・(以下同文)。 2:12~「ベッドはもう汽車になって」で光の2人がメインパートになり大人の魅力を存分に発揮、一方GENJIは「ランランラララ~」とあどけなさを最大限にアピール。 2:57~アニメ画面を見せている間に小道具の布を装備し、ローラースケートで円陣を回ることではためかせ、3:41のフィニッシュで投げ捨てるまで寸分の隙がない。 これを完璧と言わずして、何て言おう。 すごいよ、光GENJI、そしてジャニーさん。 もちろん飛鳥も渡辺プロデューサーもすごい。 剣の舞 1988年10月10日発売の5枚目のシングル。 8万のセールス。 オリコン1位。 作詞:康珍化、作曲:馬飼野康二。 「剣の舞」の特筆すべき点は、メインの小道具として剣が取り入れられ、ローラースケートだけでも大変なのに剣も加えたパフォーマンスを完璧に行っているところです。 剣は竹製で銀紙を貼ったものですが刃の部分が鋭く、メンバーが瞼をかすってケガをしたこともあったそうです。 間奏には剣戟の響き、斬撃を連想させる効果音が入っており、間奏での剣舞とタイミングが合わせてあり、アクロバティックなミュージカルやサーカスを見ているような錯覚に陥ります。 0:13~前からGENJIが勢いよくステージに入ってくる疾走感がいいです。 0:53~山本くん&寛之くんパート、1:20~光の2人パートと、それぞれの魅力が光ります。 2:23~倒れてるあっくんが晃くんに助け起こされるシーンがありますが、かーくんバージョンもありました。 (Mステでかーくんがタモリさん(もしくは他のゲストミュージシャン)に助け起こされるシーンもあったような記憶があるのですが、動画探しても見つかりませんでした) 「剣の舞」の中ではローラースケートを途中で脱いだり履いたりしているのですが、1:44にJr,の子に目線を惹き付けておいて裏で一瞬でローラースケートを脱ぎ、2:23にあっくん&晃くんメインで出てる間に他のメンバーがローラースケートを履き、2:35~自然に合流する。 THE WINDY 1988年1月1日発売の1stアルバム『光GENJI』の1曲目を飾る人気曲。 作詞・作曲:飛鳥涼 今でも中古で売っているそうです。 もちろん私も持ってました。 イントロから、「G」「E」「N」「J」「I」とファンに言わせるところがあって、そりゃコンサートで盛り上がるわな~。 「今同じ時代の息をして歴史を開くため」・・・ファンに「この時代に生まれて良かった!!」としみじみ思わせる歌詞。 「手を伸ばして(HIKARU)守ってあげる(HIKARU)」・・・やはり光の2人は「守ってあげる」と逞しいお兄さんキャラ。 光ファンもきっと痺れたことでしょう。 も~飛鳥、なんて天才なの~!! マジ神曲!! コンサートめっちゃ楽しそう!! この時期ファンだったんだから、親にねだってコンサート連れてってもらえば良かった・・・。 田舎の小学生は、光GENJI主演の映画に連れてってもらうのが精一杯でした。 (実家にパンフがあった) 終わりに.

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佐藤アツヒロ

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佐藤寛之は現在ライブで活躍? 佐藤寛之さんは光GENJI脱退後にジャニーズ事務所も退社しました。 その後「GENJI GURUMA」という個人事務所を立ち上げソロデビューを果たし、現在はイベントやライブを中心に活動しています。 この事務所名はおそらく「源氏車」という、平安時代に貴族が乗っていた牛車の車輪をかたどった模様が由来と思われますが、脱退した今でも「光GENJI」時代を忘れないようにという意味も込められているようにも思えますね。 2016年8月にも東京・名古屋・大阪の三大都市でライブを行う予定が公式ホームページに記載されています。 元メンバーの中で純粋に音楽活動を続けているのは佐藤寛之さんくらいなんですよ! そんな現在の佐藤寛之さんの画像がこちら! アイドル時代と比べて、すごく落ち着いたアーティストって感じの雰囲気ですね。 ファンの方は「光GENJI」時代からのファンが多いようで、ライブに行かれた方のブログなどを見ると派手さはないがしっとりと楽しめると評判になっています。 佐藤寛之さんは「光GENJI」解散に伴ってのジャニーズ事務所脱退なのかと思っていたのですが、実は解散前に脱退をしているんですよね。 なぜ伝説とまで言われた人気アイドルグループを解散前に脱退してしまったのでしょうか? その真相はこんな理由でした。 佐藤寛之が光GENJIを脱退した理由! 佐藤寛之さんの脱退時期は、同グループの大沢樹生さんと同時でした。 当時の光GENJIの人気というのは本当に恐ろしいほどのものでした。 実家もファンの突撃にあい、家はのぞかれて電話番号はすぐにばれるというような状況。 当然SNSなどの無い時代でしたからファンなどのへばりつきは半端無かったことが伺えますね。 諸星和己さんは当時を振り返り 「メンバー同士の仲は悪かった」 とテレビ発言したり、大沢樹生さんと山本淳一さんの対談では 「絶対的な上下関係だった」 という裏事情が暴露されていました。 年齢に差があり、そこに大きな上下関係があった「光GENJI」。 そして圧倒的な一番人気だった諸星和己さん。 メンバー間での話し合いはあまり無かったようです。 厳戒状況での活動で心も体も疲れ切っていた「光GENJI」は、諸星和己さんが解散を提案。 誰も反対するメンバーはいなかった、と諸星和己さんは語っています。 その中で、大沢樹生さんが俳優を志し解散を前にして脱退を決意します。 佐藤寛之さんはその話を聞いて「光GENJIは7人でなければ意味がない」と考え、「ひとり抜けるのなら」と、大沢樹生さんと時を同じくして1994年8月31日に脱退を決意しました。 「光GENJI」が解散した時期は、人気も少しづつ低迷してきている中であり、ビーイング系と呼ばれるWANDS、ZARD、DEENなどアイドルからアーティストへと人気の変遷があった時代でした。 また、ジャニーズ事務所からこれまでのアイドルとは違い、お笑いも担当するSMAPが登場するなど変革の時でもありましたので「光GENJI」解散の決定は世見の流行の流れの中で仕方なかったのかもしれませんね。 それでも「光GENJI」の解散は当時大きく報道され、ファンの悲しみもテレビで大きく取り上げられました。 ミュージックステーションへの最後の出演時、ローラースケートを舞台において去るという演出は今でも印象に残っている人は多いのではないでしょうか? 現在、ミュージックステーションの視聴率が一桁台とかなり低迷していることが話題になっていますが、「光GENJI」の最終出演じの視聴率はすごいことになたと、ニュースで言っていたのを覚えています。 同時に脱退した大沢樹生さんは後に結婚し、喜多嶋舞さんと裁判沙汰を繰り広げていたのは記憶に新しいところですね。 佐藤寛之さんは現在も独身ですが、どういうわけか子どもがいると噂になっているようです。 真相はどうなのでしょうか? 後半に続きます! スポンサーリンク 佐藤寛之に子供がいるとの噂が! 初めにお伝えしておきますが、佐藤寛之さんは現在も独身です。 なのになぜ「子どもがいるのではないか?」と噂になっているのでしょうか? 実は光GENJIには「佐藤」姓が二人いました。 そう、もう一人のメンバー佐藤敦啓(現:佐藤アツヒロ)さんです。 佐藤アツヒロさんは、元グラビアイドルの橋本彩さんとのプリクラが流出し熱愛がスクープされたことがあります。 プリクラには「ビリーズブートキャンプ大変だった(汗)でも、頑張るワポ」とコメントが書かれていることが確認できます。 「ワポ?」となりましたが、どうやら二人でダイエットに励んでいる様子が伺えますね。 当時は同棲状態という報道でしたが、佐藤アツヒロさんと橋本彩さんとはこのプリクラ流出以降、熱愛の情報は上がっておらず二人の結婚報道もありませんので破局してしまっているようですね。 また、こんな話もあります。 同じくジャニーズのアイドルSexy Zoneの佐藤勝利さんが、「佐藤アツヒロさんとの子どもではないか?」と噂がたったのです。 これについては苗字が同じだけで面白がって噂を流しただけのようですが、念のため画像を比較して確認してみますと、 結構、似ている気がする… そんなこともあってもっともらしい噂になって広まったということなのでしょう。 少し話が外れましたが、結論、佐藤寛之さんに子どもがいるという噂があがったのには子供がいる疑惑が浮上した佐藤アツヒロさんと佐藤寛之さんを混同してしまったというのが原因で間違いないでしょう。 佐藤寛之さんは佐藤アツヒロさんとは違いこれまでに浮いた話もなく、交際報道も出たことがありません。 一般人の方と結婚しているならまだしも、この状態で子どもがいるという噂は出ようがないでしょう。 佐藤寛之さんは「光GENJI」の中でもちょっと地味な存在でしたから、間違われやすかったのかもしれませんね。 しかし、「光GENJI」が解散した後、本当に自分のやりたいことを現在も続けているのは佐藤寛之さんくらいなんじゃないかと思っています。 諸星和己さんはテレビで顔を見ることもありますが、使われ方が昔の話の暴露要員みたいになってしまっていますし、大沢樹生さんに至っては状況的に可哀想ではありますが、自虐ネタのタレントといった感じ。 もちろん皆さん芸能界で生き残るためのキャラ設定であり、それぞれに凄まじい努力をしたていることと思います。 しかし運が大きくからむ芸能界、こうして好きなことを続けていられる佐藤寛之さんは幸運でもあったし、すごいなぁと素直に思います。 今後も活動を続けていって欲しいと思います!!.

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