はなもも ツイッター。 いつもの日常を意識して心にとめてみる : 毎日がエドガー・ケイシー日和

砂漠のわが家

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アメリカに語学留学したときに、UAE人の夫と学校で同じクラスになったのがきっかけです。 看護学校と助産師の学校を出て、働いてからだったので、25歳くらいの頃ですね。 当時はUAEのことや、アラブ人やイスラム教に関する知識が全くなくて。 今ならインターネットを通じていろんな情報が手に入りますから、文化の違いに戸惑ったかもしれませんが、知らなかったので抵抗感もなかったですね。 父は当初、驚いて反対しましたが、私は「日本人はほとんどいない」と聞いて、わくわくしていました。 私は、1年後に帰国して、そのまま夫はアメリカの大学に進学したので、日本とアメリカで遠距離生活をして、結婚を機にUAEに移住しました。 ——今の「砂漠の家」に住むことになった経緯は? 最初は、街のアパートに住んでいました。 移住した頃は、本当に日中やることがなかったので、よく夫が仕事から帰ってきてから、夜ごはんを持って砂漠に遊びにいっていたんです。 夏の7〜8月頃、いつものように砂漠でごはんを食べて、空を見上げて寝ころがっていたら、たまたま流星群の日で、ものすごく星が綺麗に見えたことがありました。 後から聞いた話ですが、このとき夫は「ここに家を建てよう」とぼんやり思ったみたいです。 ドバイから車で約1時間ほどのアルアインというところです。 当時は土地勘がありませんでしたが、もともと夫の実家が車で15分のところにあり、ラクダやヒツジをこの近くで飼っているところでした。 その後、私が実家で飼っていた犬の面倒を見るために、長期で帰国しているときに、夫から「家を建てることに決めた」と聞きました。 砂丘なので、4カ月間ずっとトラックで砂と石を運んで、地盤を造ってから家を建てました。 今は、近くにもぽつんぽつんと家が建ちましたが、私たちが住みはじめた約10年前は、近くに民家はなかったですね。 日が昇って霧が明けてきます。 もともとはガゼルとイヌしか飼っていなかったので、家を出たらリードを離していました。 猟犬の血が入っているらしく、小さい動物を見ると追いかけちゃうので、今はネコもいますし、リードをつないで砂漠の奥のほうまで行って、そこで離して散歩をさせています。 うっすら青い空が見えてきました。 — はなもも hanamomoact 見惚れちゃう景色なんてどうでもよくって穴掘りに忙しいタイニーさん。 — はなもも hanamomoact Twitterでは、砂漠でネコと散歩する様子がようですが、もともとはネコと一緒に散歩していたわけではないんです。 野生のガゼルを引き取ってから、次第にガゼルの数も増えたので、自由に過ごせるように、東京ドーム1個分くらいの広い柵を作ったんですね。 それで、散歩の前に柵を一周して、ゴミを拾ったり、風が吹いたらフェンスの下に穴が空いちゃうので、柵をチェックしたりしていたんですが、いつしか、ネコが後ろついてくるようになったんです。 ネコは23匹いますが、ついてくるネコはだいたい決まっています。 「あ、行くんだ!」と気づいて、ついて来る子や、途中まできて玄関で見送る子もいます。 私もひとりで行くより楽しいので、だんだん「ついてくる?」と誘うようになって(笑)一緒に散歩するようになりました。 ちょび合流。 — はなもも hanamomoact ——どの猫が散歩に一緒に行くんですか(笑)? 白ネコの"あびあび"は大抵ついてきますね。 "つーちゃん"は、どこかで「ニャーニャー」と鳴く声がして呼んでみると、遠くのほうから慌てて「置いてかないでー」と走ってきます。 "ちょび"は、いつも夜に出かけて一匹でずっと遊んでいるんですが、だいたい散歩コースの砂丘で合流して一緒に帰ってきます。 ほんとうに一匹一匹個性がありますね。 日が昇ってきちゃったんですけど。 — はなもも hanamomoact ——毎日、どうやって200匹以上の動物たちの面倒を見ているのでしょうか。 明け方に、みんなの朝ごはんを順番にあげてから、イヌたちと散歩をして、夕方も夜ごはんをあげてから散歩します。 忙しい時間は決まっていて、昼間はわりとゆっくりしています。 ウマの面倒は、トイレの処理などすごく手間がかかっていましたが、体調を崩したこともあって、今はウマの学校でトレーニングをしています。 ラクダは、もともと夫の両親が人を雇って世話をしているので、お産のときや、子ラクダにミルクをあげたり、ラクダのミルクをとったりするときに行く感じです。 朝ごはんなう。 そうですね。 ずっと一緒にいた実家の犬が病気をして、辛い思いをしたことがあったので「飼わない」と強く決めていました。 (国際結婚した)私たちも、何かが起きて家を出なくてはならないときが来るかもしれないし、日本に帰国して行き来しなきゃいけないときがあるかもしれないと思うと、無責任に動物を飼ってはいけないという思いがありました。 動物たちを飼う前に、知り合いが可愛いイヌを家につれてきたときことがあったんですが、「絶対に飼わない!」と返しましたね。 ここに来た子たちは帰る場所がない子たちばかりで、気づいたらこんなことになってしまったんですけど(笑)。 ——そんな美奈子さんの家に、最初にやってきた動物は? 野生のガゼルで、オスの"サーメル"です。 主人の弟の友だちが猟をして、サーメルの母親を撃ってバーベキューで食べたそうです。 その近くに子ガゼルをいるのを見つけて、戸惑いながらも主人が引き取ることを決意して。 砂漠で野生のガゼルを見かけたことはあっても、最初「ガゼルが家に来た」といわれたときはピンと来なかったですね。 引き取ってからサーメルが下血をして、普段は家畜を診ている近くの獣医さんには「体調が悪いなら、さばいちゃったら」といわれて、どうしようかと思いましたが、都会のドバイならペットの動物を診てくれる動物病院があると思って電話帳で探しました。 最初に連絡したところが本当にいいところで、退院後に吐血をしたときも、もう一度診てくれました。 肝臓が悪いことがわかったんですが「自分たちが見過ごしたことだから」とお金もとらずに手術をしてくれて、看護婦さんも一晩中診てくださいました。 キッチンでサーメルと向き合う美奈子さん ——その後、傷ついたハトも家にやってきたそうですね。 弱っている動物を見過ごせなかったのでしょうか。 そんな大層なことじゃないです。 アメリカでお世話になった動物好きの家族が、UAEに遊びに来ていたときに、街の隅っこにいる糞だらけのハトの幼鳥"グブズ"を見つけて「連れて帰ろう」といったのです。 アメリカに帰る人たちなので、私たちが育てるしかありません。 今はいろんな種類のペットのエサが手に入るようになりましたが、当時は日本のように品揃えではなかったので、栄養があると思ってドッグフードをふやかして食べさせました。 後々インターネットで「ドッグフードは1〜2日だけの応急措置で、長期に与えてはいけません」と書いてあるのを見つけて、クブズには申し訳なかったですけど、無事に育ってよかったなと思っています。 ハトは砂の中に足が沈みます。 でもラクダは400キロを超えますが、沈まない足を持っていて、砂漠の船と言われます。 など本当に多くの動物たちと暮らしています。 動物たちと過ごして、うれしかった瞬間は? ガゼルとの生活は、些細なことが本当にうれしいですね。 もちろんイヌやネコも、身近で可愛いです。 でも、やっぱり野生動物のガゼルが、私たちのことをちゃんと区別したときは、特別な存在になったというか「あ、わかってるんだな」と感じます。 小さかったサーメルと一緒に散歩したことは、今振り返ってみると、すごいことだったんだなと。 あのときは自然の流れで、イヌやネコと散歩するのと同じような感覚だったんですが、今のガゼルたちと同じことはできません。 あれは特別な時間でした。 朝陽、昇ってきました。 後ろに立って姿勢よく見ているのは、アリーン、ご飯に夢中なのはディーマ。 どちらも女子です。 — はなもも hanamomoact エサを食べるガゼルたち ——ブログによると、ガゼルの子供の介護もされたそうですね。 ガゼルの子供が脊椎損傷したときは、5カ月間くらい介護しましたね。 最初はドバイの獣医さんにも「骨が折れているから、安楽死させたほうがいい」といわれたんですが、だんだん本人に生きる意欲が出てきていたので連れて帰りました。 まだ小さいガゼルで、前足は動くけど後ろ足が動かなくて、動かない後ろ足を中心に、くるくる回っちゃう状態でした。 後ろ足を支えながら、1日5回ほど1時間散歩したり、成長期には、走って動き回ったりするのも一緒にやりました(写真)。 介護は手探りでした。 当時は、Twitterで知り合った日本の動物園の園長さんも、親身に相談に乗ってくださいました。 ガゼルの介護をする美奈子さん 私は、サーメルやその妻のダマーニ以外のガゼルとは、それほど距離は近くなかったんです。 でも子ガゼルのお母さんは、だんだん私が後ろ足を支えた状態でも、子供におっぱいをあげられるようになって、次第に向こうから寄って来るようになったんです。 私が介護をしているときは、母親も体を触らせてくれるようになったですが、子ガゼルがガゼル保護区にある病院に移ってからは、ピタっと近寄れなくなりました(笑)。 そういう些細な変化が、すごいと思いますね。 あのときは、私も睡眠を少しとって介護して...... の繰り返しで、腰にも負担がかかって仰向けに寝られなくて、精神的にも追いつめられました。 でも、最終的には歩けるようになってよかったです。 やっぱり、病気で死んでしまった子のほうが辛いですから。 みんながそれぞれの別の場所にいると、私自身も世話が大変なので(笑)、できることなら、みんな一緒のところにいてくれたらと思ったんですね。 家にいるのは、ハト、ネコ、ウサギで、夫は動物の本能を信じていましたし、最初はものすごく注意をしました。 うちの場合は、新しく来た動物が小さい頃から一緒にいたので、うまく主従関係ができたのかなと思います。 ハトのクブズが先にいて、後から子ネコの"ちょび"が家に来たときは、夫は小屋を作って、ちょびを外で飼うつもりでした。 私は、様子を見ながらちょびを部屋に入れて、クブズの近くで過ごさせてみました。 クブズはもう大人で、すごく気が強かったので、子ネコをバンバン! と羽で攻撃して...... そこで主従関係ができましたね。 駐車場に捨てられていた子ウサギの"ペティペティ"も、小さいうちに猫に会わせておこうと思って、ごはんを一緒に食べさせました。 ネコがペティにちょっと手を出そうとしたら"すごく叱る"というのをくり返したら、ネコもわかってくれました。 そのうちペティがすごく大きくなって、ネコたちが引いてしまったくらいです(笑)。 動物たちは家族なので、いつもの本当の顔を見せてくれるから撮りやすいんだと思います。 「子供たちの写真は、親が撮るのが一番いい」といわれているように、動物園や外の野良猫を同じように撮れといわれたら、きっとうまく撮れないと思います。 野生のガゼルは、動物園くらいしかを近くで撮れないので、UAEでも珍しいようですね。 ——今、動物たちとの暮らしをどう感じていますか? よく「ムツゴロウさんみたいだね」といわれるんですが、動物と意思疎通できている自信はありません。 わがままでマイペースなネコたちは可愛いですが、しょちゅうケンカをするので「一体どうしたらいいだろう」と頭を抱えることもあります。 自分のせいで怪我をしたり病気をしたりしたら、どうしようという不安もあります。 通りすがりのラクダを見て「わあ、かわいい」と思うくらいがよかったなと思うんですが、やっぱりネコたちが2、3日顔を見せないと、探しに出かけてしまいます(笑)。 みんな、かけがえのない家族になりました。 後編: 【関連記事】•

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川崎市:KFJ多摩はなもも 概要

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【ハナモモとは】 ・中国を原産とするバラ科の落葉樹。 花の観賞を目的とした園芸品種の総称であり、実を食用とする一般的なモモと区別するために花を強調してハナモモ(花桃)と呼んでいる。 ・サクラの仲間であり、花期はサクラ同様の3~4月。 基本種は淡いピンク色の5弁花で、 葉より先か葉と同時に咲く。 多数の雄しべを持つのが特徴。 花の色は薄紅、濃紅、白、そして「咲き分け(源平)」と呼ばれるミックスカラーがある。 ・葉は長さは8~12cmほどで細長い。 縁にギザギザがあるのが特徴。 ・ハナモモとはいえ、7~8月になれば実もできる。 ただし、直径は 5~6cmと小さく、食用にならない。 【育て方のポイント】 ・日向であれば気候を問わずに栽培できる。 植栽の適地は日本全国各地。 ・花を存分に観賞するには養分が必要。 植穴は堆肥を入れて高めにする。 ・一年中湿っているような場所は好まず、水はけの良い砂壌土が適する。 ・他の植木とは馴染みにくい樹形であり、広い場所に単独で植えるか、ハナモモだけを集めて植えると見栄えが良い。 ・成長は早く、放任すると思っている以上に大きくなる。 剪定には十分い耐えるため、定期的に枝を透かすのがよい。 ・他のバラ科の花木と同様に、うどん粉病、アブラムシ、カイガラムシなど病害虫の被害が多い。 このためにも、日当たり、風通しがよく、湿気の少ない場所に植えるのがよい。 【ハナモモの品種】 ・ヤグチ(矢口) ハナモモの代表的な品種であり、花が大輪であるため、ひな祭りの飾りに使われることが多い。 ピンク色で八重に咲く。 ・カンパク(寒白) 白色で八重の花が咲く。 ・ゲンペイ(源平) 赤花と白花が混じり、八重に咲く。 ・キクモモ 花色は濃いピンクで、花弁が菊のように細い「菊咲き」になる。 ・カラモモ(アメントウ) 背丈が1~1.5mほどにしかならない「矮性」の品種。 節間が狭く小枝が横に伸びるため、鉢植えに使われる。 花の色は白、ピンク、咲き分けで八重咲もある。 ・ホウキモモ 箒のような枝ぶりになるモモであり、枝が横に伸びないため、狭い庭に使われる。 花の色は濃いピンクで八重咲になるのが多い。 近年は「照手姫(照手花桃)」として売られる。 ・ほかにハゴロモシダレ(淡紅・八重)、ザンセツシダレ(白・八重)、サガミシダレ(濃紅・八重)などの枝が垂れる品種等がある。

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「猫の砂風呂」写真は「虐待」か 熱い議論のあとの「ほっとする結論」: J

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アメリカに語学留学したときに、UAE人の夫と学校で同じクラスになったのがきっかけです。 看護学校と助産師の学校を出て、働いてからだったので、25歳くらいの頃ですね。 当時はUAEのことや、アラブ人やイスラム教に関する知識が全くなくて。 今ならインターネットを通じていろんな情報が手に入りますから、文化の違いに戸惑ったかもしれませんが、知らなかったので抵抗感もなかったですね。 父は当初、驚いて反対しましたが、私は「日本人はほとんどいない」と聞いて、わくわくしていました。 私は、1年後に帰国して、そのまま夫はアメリカの大学に進学したので、日本とアメリカで遠距離生活をして、結婚を機にUAEに移住しました。 ——今の「砂漠の家」に住むことになった経緯は? 最初は、街のアパートに住んでいました。 移住した頃は、本当に日中やることがなかったので、よく夫が仕事から帰ってきてから、夜ごはんを持って砂漠に遊びにいっていたんです。 夏の7〜8月頃、いつものように砂漠でごはんを食べて、空を見上げて寝ころがっていたら、たまたま流星群の日で、ものすごく星が綺麗に見えたことがありました。 後から聞いた話ですが、このとき夫は「ここに家を建てよう」とぼんやり思ったみたいです。 ドバイから車で約1時間ほどのアルアインというところです。 当時は土地勘がありませんでしたが、もともと夫の実家が車で15分のところにあり、ラクダやヒツジをこの近くで飼っているところでした。 その後、私が実家で飼っていた犬の面倒を見るために、長期で帰国しているときに、夫から「家を建てることに決めた」と聞きました。 砂丘なので、4カ月間ずっとトラックで砂と石を運んで、地盤を造ってから家を建てました。 今は、近くにもぽつんぽつんと家が建ちましたが、私たちが住みはじめた約10年前は、近くに民家はなかったですね。 日が昇って霧が明けてきます。 もともとはガゼルとイヌしか飼っていなかったので、家を出たらリードを離していました。 猟犬の血が入っているらしく、小さい動物を見ると追いかけちゃうので、今はネコもいますし、リードをつないで砂漠の奥のほうまで行って、そこで離して散歩をさせています。 うっすら青い空が見えてきました。 — はなもも hanamomoact 見惚れちゃう景色なんてどうでもよくって穴掘りに忙しいタイニーさん。 — はなもも hanamomoact Twitterでは、砂漠でネコと散歩する様子がようですが、もともとはネコと一緒に散歩していたわけではないんです。 野生のガゼルを引き取ってから、次第にガゼルの数も増えたので、自由に過ごせるように、東京ドーム1個分くらいの広い柵を作ったんですね。 それで、散歩の前に柵を一周して、ゴミを拾ったり、風が吹いたらフェンスの下に穴が空いちゃうので、柵をチェックしたりしていたんですが、いつしか、ネコが後ろついてくるようになったんです。 ネコは23匹いますが、ついてくるネコはだいたい決まっています。 「あ、行くんだ!」と気づいて、ついて来る子や、途中まできて玄関で見送る子もいます。 私もひとりで行くより楽しいので、だんだん「ついてくる?」と誘うようになって(笑)一緒に散歩するようになりました。 ちょび合流。 — はなもも hanamomoact ——どの猫が散歩に一緒に行くんですか(笑)? 白ネコの"あびあび"は大抵ついてきますね。 "つーちゃん"は、どこかで「ニャーニャー」と鳴く声がして呼んでみると、遠くのほうから慌てて「置いてかないでー」と走ってきます。 "ちょび"は、いつも夜に出かけて一匹でずっと遊んでいるんですが、だいたい散歩コースの砂丘で合流して一緒に帰ってきます。 ほんとうに一匹一匹個性がありますね。 日が昇ってきちゃったんですけど。 — はなもも hanamomoact ——毎日、どうやって200匹以上の動物たちの面倒を見ているのでしょうか。 明け方に、みんなの朝ごはんを順番にあげてから、イヌたちと散歩をして、夕方も夜ごはんをあげてから散歩します。 忙しい時間は決まっていて、昼間はわりとゆっくりしています。 ウマの面倒は、トイレの処理などすごく手間がかかっていましたが、体調を崩したこともあって、今はウマの学校でトレーニングをしています。 ラクダは、もともと夫の両親が人を雇って世話をしているので、お産のときや、子ラクダにミルクをあげたり、ラクダのミルクをとったりするときに行く感じです。 朝ごはんなう。 そうですね。 ずっと一緒にいた実家の犬が病気をして、辛い思いをしたことがあったので「飼わない」と強く決めていました。 (国際結婚した)私たちも、何かが起きて家を出なくてはならないときが来るかもしれないし、日本に帰国して行き来しなきゃいけないときがあるかもしれないと思うと、無責任に動物を飼ってはいけないという思いがありました。 動物たちを飼う前に、知り合いが可愛いイヌを家につれてきたときことがあったんですが、「絶対に飼わない!」と返しましたね。 ここに来た子たちは帰る場所がない子たちばかりで、気づいたらこんなことになってしまったんですけど(笑)。 ——そんな美奈子さんの家に、最初にやってきた動物は? 野生のガゼルで、オスの"サーメル"です。 主人の弟の友だちが猟をして、サーメルの母親を撃ってバーベキューで食べたそうです。 その近くに子ガゼルをいるのを見つけて、戸惑いながらも主人が引き取ることを決意して。 砂漠で野生のガゼルを見かけたことはあっても、最初「ガゼルが家に来た」といわれたときはピンと来なかったですね。 引き取ってからサーメルが下血をして、普段は家畜を診ている近くの獣医さんには「体調が悪いなら、さばいちゃったら」といわれて、どうしようかと思いましたが、都会のドバイならペットの動物を診てくれる動物病院があると思って電話帳で探しました。 最初に連絡したところが本当にいいところで、退院後に吐血をしたときも、もう一度診てくれました。 肝臓が悪いことがわかったんですが「自分たちが見過ごしたことだから」とお金もとらずに手術をしてくれて、看護婦さんも一晩中診てくださいました。 キッチンでサーメルと向き合う美奈子さん ——その後、傷ついたハトも家にやってきたそうですね。 弱っている動物を見過ごせなかったのでしょうか。 そんな大層なことじゃないです。 アメリカでお世話になった動物好きの家族が、UAEに遊びに来ていたときに、街の隅っこにいる糞だらけのハトの幼鳥"グブズ"を見つけて「連れて帰ろう」といったのです。 アメリカに帰る人たちなので、私たちが育てるしかありません。 今はいろんな種類のペットのエサが手に入るようになりましたが、当時は日本のように品揃えではなかったので、栄養があると思ってドッグフードをふやかして食べさせました。 後々インターネットで「ドッグフードは1〜2日だけの応急措置で、長期に与えてはいけません」と書いてあるのを見つけて、クブズには申し訳なかったですけど、無事に育ってよかったなと思っています。 ハトは砂の中に足が沈みます。 でもラクダは400キロを超えますが、沈まない足を持っていて、砂漠の船と言われます。 など本当に多くの動物たちと暮らしています。 動物たちと過ごして、うれしかった瞬間は? ガゼルとの生活は、些細なことが本当にうれしいですね。 もちろんイヌやネコも、身近で可愛いです。 でも、やっぱり野生動物のガゼルが、私たちのことをちゃんと区別したときは、特別な存在になったというか「あ、わかってるんだな」と感じます。 小さかったサーメルと一緒に散歩したことは、今振り返ってみると、すごいことだったんだなと。 あのときは自然の流れで、イヌやネコと散歩するのと同じような感覚だったんですが、今のガゼルたちと同じことはできません。 あれは特別な時間でした。 朝陽、昇ってきました。 後ろに立って姿勢よく見ているのは、アリーン、ご飯に夢中なのはディーマ。 どちらも女子です。 — はなもも hanamomoact エサを食べるガゼルたち ——ブログによると、ガゼルの子供の介護もされたそうですね。 ガゼルの子供が脊椎損傷したときは、5カ月間くらい介護しましたね。 最初はドバイの獣医さんにも「骨が折れているから、安楽死させたほうがいい」といわれたんですが、だんだん本人に生きる意欲が出てきていたので連れて帰りました。 まだ小さいガゼルで、前足は動くけど後ろ足が動かなくて、動かない後ろ足を中心に、くるくる回っちゃう状態でした。 後ろ足を支えながら、1日5回ほど1時間散歩したり、成長期には、走って動き回ったりするのも一緒にやりました(写真)。 介護は手探りでした。 当時は、Twitterで知り合った日本の動物園の園長さんも、親身に相談に乗ってくださいました。 ガゼルの介護をする美奈子さん 私は、サーメルやその妻のダマーニ以外のガゼルとは、それほど距離は近くなかったんです。 でも子ガゼルのお母さんは、だんだん私が後ろ足を支えた状態でも、子供におっぱいをあげられるようになって、次第に向こうから寄って来るようになったんです。 私が介護をしているときは、母親も体を触らせてくれるようになったですが、子ガゼルがガゼル保護区にある病院に移ってからは、ピタっと近寄れなくなりました(笑)。 そういう些細な変化が、すごいと思いますね。 あのときは、私も睡眠を少しとって介護して...... の繰り返しで、腰にも負担がかかって仰向けに寝られなくて、精神的にも追いつめられました。 でも、最終的には歩けるようになってよかったです。 やっぱり、病気で死んでしまった子のほうが辛いですから。 みんながそれぞれの別の場所にいると、私自身も世話が大変なので(笑)、できることなら、みんな一緒のところにいてくれたらと思ったんですね。 家にいるのは、ハト、ネコ、ウサギで、夫は動物の本能を信じていましたし、最初はものすごく注意をしました。 うちの場合は、新しく来た動物が小さい頃から一緒にいたので、うまく主従関係ができたのかなと思います。 ハトのクブズが先にいて、後から子ネコの"ちょび"が家に来たときは、夫は小屋を作って、ちょびを外で飼うつもりでした。 私は、様子を見ながらちょびを部屋に入れて、クブズの近くで過ごさせてみました。 クブズはもう大人で、すごく気が強かったので、子ネコをバンバン! と羽で攻撃して...... そこで主従関係ができましたね。 駐車場に捨てられていた子ウサギの"ペティペティ"も、小さいうちに猫に会わせておこうと思って、ごはんを一緒に食べさせました。 ネコがペティにちょっと手を出そうとしたら"すごく叱る"というのをくり返したら、ネコもわかってくれました。 そのうちペティがすごく大きくなって、ネコたちが引いてしまったくらいです(笑)。 動物たちは家族なので、いつもの本当の顔を見せてくれるから撮りやすいんだと思います。 「子供たちの写真は、親が撮るのが一番いい」といわれているように、動物園や外の野良猫を同じように撮れといわれたら、きっとうまく撮れないと思います。 野生のガゼルは、動物園くらいしかを近くで撮れないので、UAEでも珍しいようですね。 ——今、動物たちとの暮らしをどう感じていますか? よく「ムツゴロウさんみたいだね」といわれるんですが、動物と意思疎通できている自信はありません。 わがままでマイペースなネコたちは可愛いですが、しょちゅうケンカをするので「一体どうしたらいいだろう」と頭を抱えることもあります。 自分のせいで怪我をしたり病気をしたりしたら、どうしようという不安もあります。 通りすがりのラクダを見て「わあ、かわいい」と思うくらいがよかったなと思うんですが、やっぱりネコたちが2、3日顔を見せないと、探しに出かけてしまいます(笑)。 みんな、かけがえのない家族になりました。 後編: 【関連記事】•

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