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公益財団法人 石川県生活衛生営業指導センター

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石川県吹奏楽連盟

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概要 [ ] 東西約100km、南北約200kmと南北に細長い形状をしている。 県南部のは西側にの直線的な海岸線が続き、東側にの山々が連なる。 南東部には県内で最高峰の 2,702m がそびえる。 県北部のは日本海に向かって北東方向に突き出た()となっている。 このため県全体の海岸線の総延長は約580kmに及ぶ。 これはの・間 589. 5 km に相当する距離である。 気候は型である。 西寄りの風が日本海を流れるの上で水蒸気を蓄えて雷雲となり、両白山地に当たって降水をもたらすことが多い。 都道府県別の年間降水量は5番目に多い。 特に冬は北西からのが続くため降水量が多く、山間部は豪雪地帯となっている。 降雪時に雷鳴を伴うことが多く 、この現象はが獲れる時期と重なることから ブリ起こしと呼ばれている。 県民人口は約110万人である。 次いで多いのはとのそれぞれ約11万人であり、金沢市を中心に県南部の加賀地方に人口が偏在している。 金沢市の人口は、北陸地方ではに次いで2番目(北陸3県に限れば 1番目)であり、北陸経済の中心地の一つとなっている。 特徴としては、第二次産業の中ではの割合が高く、また製造業の中でも従業者の過半数が一般機械や電気機械などの機械関連で働いていることが挙げられる。 1人当たりの生産用機械器具製造業出荷額では全国1位となっている。 に、、を領地としていたは学問や文芸を奨励したことから、の金沢を中心にして伝統文化が興隆し、今に受け継がれている。 金沢市ではの、の技法である、を施した、に用いられるなどが伝わる。 その他、の、のなど芸術性の高い伝統技術が継承されている。 人口当たりで見た(日本美術展覧会)やの入選者数は全国1位となっている。 また、全国47都道府県で唯一、で空襲を受けていない。 石川県を訪れる観光客は(平成22年)で約2,150万人と見られ、このうち約820万人が金沢市周辺、約680万人が能登地方、約660万人が(金沢市周辺を除く)加賀地方を訪れたとされる。 主要観光地で利用者数が多いのは、金沢市では、、、、能登地方では輪島市の、の、、の、同市とに跨る、加賀地方ではの、、、小松市の、、白山市のなどである。 石川県の名称は加賀地方にあったに由来し、さらに石川郡との命名は本県最大の河川の古名である「石川」に由来する。 (5年)、が石川郡(現・白山市)に移転した際、その郡名により石川県と改名された。 翌年、県庁が再び金沢に移転した後も県名はそのままで現在に至っている。 なお、金沢も市制施行前である当時は石川郡に属していたため、県庁所在地と県名に不整合はなかったといえる。 地理・地域 [ ] 位置 [ ] 日本の本州中央部の日本海側にある。 ではに当たり、日本海側の北陸地方に位置している。 県域は、東西100. 9 km、南北198. 4 km、面積4,185. 66を有し、海岸線の総延長は581. 0kmに及ぶ。 南北に細長く、中央部がくびれたや、ののような形状をしている。 西側、北側、北東側は日本海に面しており、南西側は 福井県に、東側は 富山県に、南東側はに隣接している。 なお、日本のを確定するために設定されているは輪島市北東端から(富山県を経ず)ネイ島西端まで 直線基線が引かれている。 石川県の位置 県庁所在地 東端 西端 南端 北端 金沢市 1丁目1番地 三崎町小泊(長手崎) 加賀市 塩屋町(塩屋漁港) 白山市 輪島市 舳倉島 自然地理 [ ] 外浦の() 能登地方は日本海に向かって北東方向に突き出た半島( 能登半島)である。 に形成されたやからなる丘陵状の山地が広がっている。 はなく、、などのが54指定されている。 半島沖の海底は舳倉島付近までが続いており、その先もやなどの中深度海域が見られる。 半島北部は、概ね標高300m以下の低山地と丘陵地帯が連なるで、全体として側に下降する構造をしている。 このため北西側の 外浦(そとうら)は急峻なが形成され、が発達しているのに対して、南東側の 内浦(うちうら)は性の入り組んだ海岸線をしている。 また、内浦の最深部にがあり、が島を取り囲んでいる。 半島中央部には、南麓の断層が落ち込んで形成された帯状の低地帯()が半島を横切っている。 半島南部はを中心とする低い山地()が南北に連なり、西側の海岸線は長い()となっている。 県最高峰の白山(白山市) 加賀地方は南東部に 白山(2,702m)を最高峰とする山地帯( 両白山地)が発達し、北西に流れる河川によって形成された( 加賀平野、)が南北に広がっている。 白山はを経て北部に延びるに属しており、一帯には火山岩やが分布している。 加賀地方の中央部を流れるは白山を水源に日本海に注ぐ、長さ72km、流域面積809km 2の一級河川で、石川県最大の川である。 上流部は川の作用で渓谷となり、中流部にはが発達している。 下流域は白山市鶴来地区(旧・)をとし、中心角120度、半径12〜13kmの( 手取川扇状地)を形成している。 は加賀地方南西部の白山山系連峰の鈴ヶ岳を源流とする一級河川で、長さ42km、流域面積は271. 2 km 2である。 加賀地方北部に当たる金沢市内を流れるとはいずれも二級河川である。 流域には河岸段丘が発達している。 加賀地方の海岸部は単調な砂浜海岸であり、北部にはがある。 また、海沿いの平野部に、、などのが点在している。 自然公園 [ ] 白山の。 石川県の「郷土の花」である。 が1か所( )、が2か所( 、 )、が5か所(、、、、)存在する。 白山国立公園は白山を中心とした両白山地の主要な山々を指定区域とする国立公園である。 石川県、富山県、福井県、岐阜県の4県にまたがる。 また、を越える高山帯としては日本最西端に当たるため、西限・南限とする貴重な動植物がみられる。 能登半島国定公園は能登半島の海岸一帯を主体とする国定公園である。 石川県と富山県に跨る。 やなど外浦の勇壮な海食景観と七尾湾や能登島など内浦の柔和な景観の対比が特徴とされる。 越前加賀海岸国定公園は加賀市から福井県まで続く海岸一帯の国定公園である。 石川県内では柴山潟や、の飛来地 であるが含まれている。 片野鴨池はの登録となっている。 気象 [ ] 雪の兼六園(金沢市) 石川県の気候は比較的の短い型である。 その特徴は冬に顕著で、北西からの季節風によって気温が低く雪の降る日が多くなる。 地元で ブリ起こしと呼ばれる冬の雷 の発生数は日本で一番多い。 降雪と雷が同時に起こることは世界的にも珍しく、西海岸やのから東海岸にかけて見られる程度であるとされる。 発達した低気圧がを通過するときに南東からの強い風が両白山地を越えてを起こすことがある。 また、同じでも側のに比べてが顕著ではないという特徴がある。 石川県内各地の平年値(統計期間:1981年 - 2010年、出典:) 平年値 (月単位) 能登地方 加賀地方 白山吉野 栢野 平均 気温 最暖月 25. 2 (8月) 25. 7 (8月) 26. 0 (8月) 26. 0 (8月) 26. 3 (8月) 25. 9 (8月) 27. 0 (8月) 26. 5 (8月) 25. 0 (8月) 25. 4 (8月) 最寒月 2. 4 (2月) 3. 1 (2月) 3. 2 (2月) 2. 6 (1月) 3. 3 (1月) 3. 1 (1月) 3. 8 (1月) 3. 4 (1月) 1. 4 (1月) 1. 9 (1月) 最多月 256. 9 (12月) 253. 6 (12月) 208. 7 (7月) 235. 1 (7月) 238. 1 (12月) 244. 7 (12月) 282. 1 (12月) 256. 6 (12月) 334. 5 (1月) 381. 8 (12月) 最少月 103. 9 (4月) 113. 2 (4月) 101. 5 (4月) 117. 3 (4月) 114. 1 (4月) 115. 4 (4月) 136. 9 (4月) 119. 5 (4月) 154. 8 (4月) 170. 8 (4月) 能登地方中部から加賀地方にかけての平野部の気候は比較的温和だが、能登地方北部では年平均気温がやや低く、加賀地方山間部は気温が低く多雨豪雪であるといった地域差が見られる。 能登地方は日本海に大きく突き出しているため寒暖の季節風の影響を受けやすい。 北陸地方の他の都市に比べ、夏はやや涼しく、冬は雪も少なめである。 年降水量は1,700〜2,100mm、年日照時間は1,500〜1,700時間、最深積雪の平均は20〜60cmである。 年降水量は2,100〜3,100mm、年日照時間は1,400〜1,700時間、最深積雪の平均は40〜50cmである。 金沢市で年間200cmを超える降雪を観測した年は、 8回、 6回、 9回、 0回、 3回となっており、以降減少が顕著である。 冬の日照時間が極端に少ないのが特徴で、夏は月平均約180時間に対し、冬は月平均約70時間である。 加賀地方の山間部(標高500m以上)は最深積雪の平均が220cmと平野部の4倍以上になる豪雪地帯である。 白峰地区(旧・)では最深積雪682cmの記録がある。 この地域が大雪となるのはからの乾いた冷たい季節風が日本海を流れる対馬暖流の上を通る時に水蒸気を蓄え雲となり、両白山地にぶつかって斜面を上昇すると膨張によって冷やされ雪となるためである。 それぞれの、の範囲に相当する。 加賀地方は、かほく市以南を、能登地方は宝達志水町以北をさすことが多い。 の出先機関では4地域または5地域に区分されることがある。 たとえば、保健福祉センターは「 能登北部、 能登中部、 石川中央、 南加賀」の4区分である。 県営の看護士求人では「 能登北部、 能登中部、 石川中央北部、 石川中央南部、 南加賀」の5区分である。 県の都市計画では「 奥能登、 中能登、 県央 、 南加賀」の4区分である。 農林総合事務所や土木総合事務所では「 奥能登、 中能登、 県央、 石川、 南加賀」の5区分である。 1市2町5村の大規模合併で誕生した白山市 域内 : 953,109 人(全県比:84. 加賀地方には前に4市4郡13町5村あったが、(平成16年)に河北郡3町(、、)がかほく市に、(平成17年)にと2町5村(、、、、、、)が白山市に、同日3町(、、)が能美市に、同年10月1日旧加賀市と1町()が加賀市(これにより江沼郡は消滅) となり、また(平成23年)11月11日に野々市町がで野々市市に移行(これにより石川県の県名の由来となる石川郡が消滅)した。 このほか、市町間で行政サービスを共同で行うため次のが設立されている。 (白山市・・ ) - ごみ処理・広域消防・(火葬場業務は川北町・白山市・を除く)• 南加賀広域圏事務組合(・・・川北町) - ・救急医療• 小松加賀環境衛生事務組合(小松市・加賀市) - し尿処理・火葬場• 手取郷広域事務組合(能美市・川北町・白山市美川地域) - 火葬場• 河北郡市広域事務組合(・・) - ごみ処理・し尿処理・斎場 能登地方 [ ] の広域行政機関が入る(輪島市) 域内推計人口 : 178,818 人(全県比:15. 能登地方には平成の大合併前に4市4郡14町1村あったが、(平成16年)10月1日に旧七尾市と鹿島郡3町(、中島町、能登島町)が七尾市に、(平成17年)3月1日に羽咋郡2町(志雄町、押水町)が宝達志水町に、同日鹿島郡3町(鳥屋町、鹿島町、)が中能登町に、同日1町1村(、)と1町()が鳳珠郡能登町(これにより鳳至郡と珠洲郡は消滅)に、同年に羽咋郡2町(志賀町、)が志賀町、(平成18年)2月1日に旧輪島市と鳳珠郡1町()が輪島市となった。 このほか、市町間で行政サービスを共同で行うため次の一部事務組合が設立されている。 (・・・) - 広域消防・(ターミナルビル設置・利用促進)• (・・) - 環境衛生(ごみ処理・し尿処理・斎場・)・広域消防・病院(なぎさ環境保全事業は志賀町を除く)• 輪島市穴水町環境衛生施設組合(輪島市・穴水町) - ごみ処理・ 歴史 [ ] 原始 [ ] も参詣した (羽咋市) にはの支配が及び、にはとが、にはとが設置された。 には60数基のが点在する能美古墳群がある。 その中心に位置する和田山・末寺山古墳群からは武器・武具など大量の副葬品が出土している。 また、同じ能美古墳群の一角にあるは全長約140mのである。 のには北陸最大級のである雨の宮1号墳がある。 また、の能登島にあるはドーム型の墓室を持ちのにも通じるものとされる。 県域はにはあるいは三越分割後のに含まれていた。 に入り、に羽咋・能登・鳳至・珠洲の4郡を割いてが立てられた。 能登国はに併合され、この頃が越中国のとして赴任している。 には越中国から分離し、再び能登国が立てられた。 初期のになって越前国から加賀・江沼2郡を割いて加賀国が立てられた。 これは令制上最後の立国である。 にある跡は、能登地方を支配した 能登臣(のとのおみ)一族がに建てた寺院をにとしたものである。 式を持ち 、約400年にわたり能登の仏教の場として栄えたとされる。 奈良時代から平安時代には、能登半島にはの使節がたびたび到着しが行われていた。 のではが船の修理や宿泊をしたと伝えられており、初めに接待のために建てられた 能登客院はこの地にあったと考えられている。 の末松廃寺跡は加賀地方北部に本拠を置く有力 道君(みちのきみ)が7世紀後半に創ったとされる寺院である。 法起寺式伽藍配置をしており、屋根瓦の一部は辰口地区(旧・)で焼かれたものであることが分かっている。 ・、には、などのが多くあった。 白山市から金沢市に跨るもそうした荘園の一つである。 平安時代にが活発になると白山を山岳信仰の対象とするが広まり、山頂への登山道()の起点の一つとなったは信仰の拠点となった。 平安時代末期の(源平合戦)では、(木曾義仲)が()で数で圧倒するの義仲追討軍を破り 、さらに(加賀市)で逃げる平家を追撃し、に進んだとされる。 中世 [ ] 、新たに設けられたは加賀国、能登国とも、、に入ると加賀国は、、能登国は、であった。 加賀一向一揆が抵抗の拠点として築城した(白山市) 加賀国では、のころが広まり、やがて農民らによるが守護のを破り、武士の支配を脱却した統治が約100年にわたって行われた。 これが、加賀地方が「 の持ちたる国」と呼ばれた 所以である。 は金沢の台地上に( 金沢御坊)を作り、ここを拠点にして支配した。 と敵対するは、らを派遣してここを平定し、能登国をに、加賀国をに与えた。 織田信長の死後、が実権を握ると、は加賀国も領して、尾山御坊跡の( 金沢城)に入り城下町の建設を始めた。 では、年間( - )頃に初代当主がを築城し、畠山氏の領国支配の拠点となる。 7代目当主の時代に最盛期を迎えるが、義総の死後はが実権を握り、権力を傀儡化する。 (3年)、9代当主が実権を取り戻すが、(永禄9年)にでから追放される。 (5年)、が能登国へ侵攻しが起こり、畠山氏は滅亡する。 近世 [ ] 金沢城石川門(金沢市) のはではの東軍につき、戦後を与えられた。 利長はののもと加賀国、能登国、越中国の3国を治めるの藩主となった。 前田家はでありながらの中で最大である約120万石を領した。 第 2代藩主は、 2代将軍の娘・を娶った徳川のとしてを戦い、戦後の改修のでは通常のの負担分より多い負担を敢えてするなど、として取り潰しを避けることに意を用いたとされる。 利常はに家督をに譲り、次男のにを、三男のにを分封した。 しかし、に光高が急死し、第 4代代藩主となった光高のがまだ幼かったため、利常がとして藩政を補佐した。 利常が綱紀を後見した時代には、貧農の救済、納入の徹底などを目的とした と呼ばれる農政改革が実施された。 これは、農民の借金を帳消しにした上で、農具、種籾の購入資金や当座の食料を貸し付けて農業生産性を高めるとともに、各地の有力豪農などから選任した (とむら)に農民の監督や徴税を委ねるものである。 改作法は所期した成果を挙げ、藩政の安定に寄与した。 この頃から加賀藩はをから、を通りまで運ぶ船輸送を始め、後のの基となった。 なお、に白山が(最も新しい噴火)。 とにはの洪水で多数の死者が出ている。 江戸時代前期のの銚子 は、産業の振興に力を入れ、学問や文芸を奨励したことから、の金沢を中心として今に続く伝統文化が興隆した。 金沢城内に設けた 御細工所は初め武器・武具の修理等を行う組織であったが、利常は道具やなど美術工芸品の製作・修理をさせ、綱紀は塗物・細工、細工など20を越える職種を扱わせた。 綱紀は学問の奨励のため、、といった学者の招聘につとめた。 綱紀が収集した古今東西の図書はとして受け継がれている。 も盛んで、利家はを好み、その後の藩主達にも受け継がれたが、綱紀がを取り入れを成立させると、後者が主流となり栄えた。 は綱紀による蓮池庭と御殿の建設が始まりとされ、現在の姿が完成するのは後期である。 はに輪島で下地塗りの漆に混ぜるが見つかったことで堅牢な漆器となり、日用食器として盛んに生産されるようになった。 が寄港するの海運の利を活かして全国に販路を広げた。 また江戸時代後期にはや蒔絵の技法が加わり美術工芸品としても発展した。 では江戸時代初めに殖産興業の一環として鉱山開発に取り組み九谷村(現・)で磁鉱が発見されたことから窯を築き色絵磁器()の製造が始まった。 一旦廃窯されるが九谷焼は加賀藩により再興され、明治期には海外への輸出品となった。 江戸時代後期、加賀藩はにの文学校と武学校経武館を文武ごとに別けて設立した。 明倫堂ではのほか、医学、、、などを、経武館では、などを教えた。 また幕末には洋式兵学校の壮猶館や航海、測量の実習のための軍艦所を作り、から洋式艦船を購入するなど海防に力を注いだ。 近代 [ ] 大正時代に竣工した旧・石川県庁(現・)(金沢市) (明治2年)で加賀藩は金沢藩となり、14代藩主は金沢に任命された。 しかし、(明治4年)にはが行われ、金沢藩域は(第1次)、大聖寺藩域はとなった。 同年に両県を廃止し、旧・金沢県より以外の、、を分けて (当時は新川郡が県庁所在地)を設置、能登国と越中国に を、加賀地方に 金沢県(第2次)を置いた。 明けて(明治5年)、金沢県庁を(現・白山市美川南町)に移し、この郡名より 石川県と改称した。 現在の県名はこれに由来する。 なお、石川は古くから氾濫を繰り返し、石ころ河原だった手取川の別名という説がある。 県庁の移設は、旧加賀藩の影響力を弱めるための時の政府の方策等諸説あるが、公式には金沢では県域の北に寄りすぎであるためという理由であった。 なお、金沢市も市制施行前は石川郡に属していた。 同年に射水郡を除く七尾県を石川県に併合(射水郡は新川県に併合)、11月により白山麓18か村を併合し、現在の石川県と同じ県域となった。 これにより、先の県庁移転の根拠が消滅し、翌(明治6年)に再び県庁は金沢に移転したが、県名はその後も石川県のままとされた。 その後、(明治9年)、当時の新川県(現在の富山県域にほぼ相当)と(現在の福井県域にほぼ相当)のを編入し、富山と福井に支庁を置いた(現在の石川県と区別する意味で「大石川県」と呼ぶことがある)。 しかし、(明治11年)にが発生したのを切っ掛けに、大石川県は政府から「大県および不平士族の多い故の難治県」と警戒されるようになり、政府は大石川県の力を弱めるためおよび政府が軍備補完のために設立した「共同運輸会社」にの海運業者・藤井能三が有力出資者であることに考慮し、大石川県の分県を承認。 (明治14年)にが、(明治16年)にがそれぞれ分離して現在の県域となる。 特に富山県については、加賀側と能登側が「越中は藩政期に加賀藩の庇護を受け、さんざん迷惑をかけやっかいになり続けたのに今更分県などけしからん」と強く反発し阻止に暗躍していたが、最終的に越中側の熱意により独立する結果となった。 (明治7年)、旧・金沢長谷川準也(後の金沢市長)らによりが創設された。 のに倣ったもので、県下のの先駆けとなった。 (明治20年)4月、金沢に(現・の前身)が設置された。 また(明治31年)10月、金沢城内に司令部が設けられた。 これにより金沢は北陸地域での学問的、軍事的な拠点として発展していく。 明治期の金沢駅舎および駅前広場(金沢市) 鉄道は、(明治30年)9月、がからまで延伸。 翌1898年(明治31年)4月にまで、同年11月にまで延伸された。 また同年4月にはが津幡仮停車場(現・付近)から矢田新駅(後の)まで開通し、(明治40年)国有化された。 (大正14年)まで延伸し、(昭和10年)までにまで開業した。 金沢製糸場の施工にあたった津田吉之助の子津田米次郎はの機械化に取り組み、(明治33年)日本初のを発明した。 当時、生産で出遅れていた金沢はこの力織機による工場制大量生産で大正期にかけて生産量を伸ばした。 同年、金沢では電気の送電が開始され、翌(明治34年)に市内電話が開通。 (明治41年)にはガスの供給が始まっている。 (大正7年)で発生したは石川県でも・(いずれも現・志賀町)から金沢市、(現・)、(現・白山市)、へと波及した。 翌(大正8年)にを始める とこれを契機に都市化が進み、カフェ・映画などのが広がった。 1925年(大正14年)内灘村(現・)に開園したにも人気が集まった。 金沢では(昭和5年)に犀川を水源とするが完成して水道が通水し 、同年ラジオ放送が始まった。 (明治29年)および(昭和9年)にはで大洪水があり、多数の死者が発生した。 特に1934年(昭和9年)の災害は上流で大規模な土砂崩れ()が発生するなど上流から河口まで流域の全域にわたって被害が発生し、死者97人、行方不明者15人に上る未曾有の大災害であった。 現代 [ ] 自衛隊と民間航空の共用空港である通称「小松空港」(、) 石川県は戦争中空襲などによって焦土となることを免れたため(全国で唯一、での空襲が無かった県である )、戦後も様々な社会資本を引き続き使用することができた。 (昭和22年)のが石川県を中心として開催されたのは一つの例である。 これは各都道府県持ち回りとなる最初の大会となった。 戦後、が内灘村(現・)で接収した砲弾試射場に対する反対運動()が起こり、(昭和27年)から翌年にかけて激しさを増した。 その後(昭和32年)に撤収されたため事態は次第に収束していった。 のは戦後アメリカ軍に接収されていたが、(昭和30年)に不定期の大阪便が就航した。 (昭和33年)にアメリカ軍の接収が解除されるとが駐屯。 (昭和36年)に航空自衛隊小松基地が開庁し、正式に自衛隊と民間航空との共用飛行場となった。 (昭和32年) がテレビ放送を開始。 翌年、のもテレビ放送を始めた。 (昭和37年)からはテレビカラー放送が始まった。 同年12月末から翌(昭和38年)2月初めにかけて北陸地方を中心に広い範囲で降雪が続いた。 最深積雪は金沢で181cmを記録。 交通障害、通信障害、停電のほか家屋の倒壊も相次いだ()。 (昭和38年)北陸本線福井駅・金沢駅間が電化。 翌年金沢駅・間も電化される。 は(昭和34年)にからまで開業し、(昭和39年)までにまで全線開通した。 一方、(昭和42年)が廃止された。 (昭和47年)県内初のとなる・間が開通。 その後(昭和53年)までに県内の北陸自動車道は全線が開通した。 能登方面は、1973年(昭和48年)能登海浜道路・間が開通し 、(昭和57年)までに・(現・穴水IC)間の全線が開通している。 なお(昭和52年)に(現・白山市)と岐阜県を結ぶ(現:白山白川郷ホワイトロード)が開通した。 (昭和55年)には治水、都市用水の供給、発電を目的としたが完成。 水道用水として北は七尾市能登島から南は加賀市まで県内給水人口の7割以上を賄う。 また(平成5年)志賀町で ()が営業運転を開始した。 一方で2003年(平成15年)には珠洲市で建設計画のあった(北陸電力・・)の計画凍結が発表された。 (輪島市)。 能登の里山里海は世界農業遺産に認定された。 昭和末期以降、能登地方の交通体系は鉄道中心から道路・空港に大きく変わった。 (昭和63年)能登線が廃止され、のに引き継がれた()。 (平成3年)にはJR七尾線・和倉温泉駅間が電化される一方、和倉温泉駅・輪島駅間がのと鉄道に経営移管された()。 (平成13年)のと鉄道七尾線穴水駅・輪島駅間 が、(平成17年)のと鉄道能登線が廃止された。 (平成15年)石川県で2番目となるが開港。 能登空港には石川県の出先機関が入るほか、隣接地にが誘致された。 またとしても登録されている。 は能登有料道路と共用する・穴水IC間に続き、(平成10年)・徳田大津JCT間が供用を開始。 (平成18年)(平成19年)に穴水IC・能登空港IC(現・)間(穴水道路)が開通した。 (平成19年) 沖を震源とする6. 9の地震()が発生。 最大震度は、、で震度 6強。 死者1人、重軽傷者338人のほか、2,426棟の住家が全半壊し、能登有料道路の一部が大規模に崩落するなどの被害が出た。 (平成20年) 未明からの降雨により浅野川が55年ぶりに氾濫し、金沢市内で2,000棟を超える家屋の被害が出た。 浅野川流域の最大3時間雨量はの過去最大雨量を記録し、約200年に一度の豪雨となった。 (平成21年) 金沢市が・のクラフト分野に登録された。 また同年能登地方北部の伝統的な祭礼 がユネスコの代表一覧表に記載され 、(平成23年)には 能登の里山里海が佐渡島と同時に日本で初めて FAO のに認定された。 (平成28年)、県民が待望していた北陸新幹線がまで開業したほか、輪島市を舞台にしたの放送などで県内が沸いた。 (2年)、新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからず、知事は県独自のを出した。 記者会見で知事は「地域医療が危機的な状況に陥りかねない」と危機感を表明した。 人口 [ ] 石川県の人口は、2011年(平成23年)11月1日現在で1,166,177人となっている。 次いで、110,109人、108,107人、70,830人、56,989人、野々市町(現・)53,066人などとなっている。 (平成22年)のは23. 地域別に見ると加賀地方が21. 市町別では野々市町(現・野々市市)の15. は2005年(平成17年)で男性79. 3歳、女性86. 5歳となっており、それぞれ全国(男性78. 8歳、女性85. 6歳)よりも長い。 は2010年(平成22年)で1. 44人と、全国の1. 39人を上回っている。 詳細は「」、「」、および「」を参照• 知事:(1994年(平成6年)3月26日 -、7期目) 財政 [ ] 2007年(平成19年)度• 45 - IIグループ(財政力指数0. 4以上、0. 5未満)11自治体中3位 2006年(平成18年)度• 財政力指数 0. 42153 - IIグループ(財政力指数0. 4以上、0. 5未満)9自治体中5位• 標準財政規模 2761億円• 普通会計歳入 5094億円• 普通会計歳出 5014億円• 経常収支比率 92. 実質公債費比率 13. 人口 1人当たりの地方債現在高 94万2178円 普通会計分のみ• 100. 地方債等の残高 1兆2480億円 (連結会計)• 普通会計分の地方債 1兆1016億円• 上記以外の特別会計分の地方債 661億円• 第三セクター等の債務保証等に係る債務 803億円 (平成17年)度• 財政力指数 0. 40 - IIIグループ(財政力指数0. 3以上、0. 4未満)14自治体中1位 (平成16年)度• 財政力指数 0. 38 - IIIグループ(財政力指数0. 3以上、0. 4未満)13自治体中2位 姉妹提携 [ ]• 6 20. 8 26. 6 1960年(昭和35年) 496,132 184,668 140,981 170,399 37. 2 28. 4 34. 3 1970年(昭和45年) 545,127 120,003 184,535 240,275 22. 0 33. 9 44. 1 1980年(昭和55年) 567,684 62,602 193,667 311,169 11. 0 34. 1 54. 8 1990年(平成2年) 606,265 39,104 212,034 354,325 6. 4 35. 0 58. 4 2000年(平成12年) 614,694 24,572 197,578 388,073 4. 0 32. 1 63. 1 2005年(平成17年) 596,324 23,237 176,786 389,749 3. 9 29. 6 65. 4 2008年(平成20年)のは4兆6,114億円(名目)で、に対する割合は0. は281万8千円で、一人当たり(275万4千円)を2. 2005年(平成17年)の就業者数は596,324人であり、このうちは23,237人 3. 戦後間もない1950年(昭和25年)には第一次産業に52. 石川県の産業構造は、第二次産業の中でもの割合が高く、また製造業の中でも従業者の過半数が一般機械や電気機械などの機械関連で働いていることが特徴である。 1人当たりの生産用機械器具製造業出荷額では全国1位となっている。 、、、の飼育頭数は減少傾向にあるが、農家1戸当たりでみると乳牛は全国4番目、豚は全国6番目に多い。 水田が減少している金沢平野(白山市) 地域の特徴を活かした農産物のブランド化が図られている。 は金沢地区で戦前から栽培されていると認められた野菜である。 、加賀太きゅうり、加賀れんこん、源助だいこん、打木赤皮甘栗かぼちゃなど15品目が認定されている。 能登野菜は能登地方の風土を活かして生産された伝統野菜、特産野菜のことで中島菜、沢野ごぼう、など13品目が認定されている。 果樹では、石川県農業総合研究センターが開発した新種のブドウがと命名され、高級ブドウとして販売されている。 県内で飼育された黒毛和種の肉牛のうち品質の高いものはと認定する制度が設けられている。 このほか、コメの新品種、の新品種エアリーフローラ、梨の新品種がいずれも石川県によって開発され、新たな特産品となっている。 林業産出額は2008年(平成20年)で28. 6億円となっており、1985年(昭和60年)の69. このうち木材生産は16. 5億円、特用林産物は12. 1億円である。 なお 能登ヒバは能登地方で産出されるアテ(の地方名)のブランド名である。 2009年(平成21年)の特用林産物の生産量は生が853トンと最も多く、次いで208トン、169トンなどとなっている。 1975年(昭和50年)に約2,000トンを生産したは113トンにまで減少している。 地物の海産物が並ぶ(金沢市) 海面漁業・養殖業の生産は、2005年(平成17年)で60,306トン、219億円である。 これは本州日本海側の12府県では生産量で3番目、生産金額で1番目に多い。 2010年(平成22年)の魚種別の漁獲量ではが最も多く、次いで、、、、、(ベニズワイガニを含む)、、などが多い。 2008年(平成20年)のブリの漁獲量は都道府県別で最多である。 海面養殖業の生産量は2005年(平成17年)で2,560トンとなっており、七尾湾での養殖がほとんどを占めている。 内水面漁業では、が主だが、渓流で、、、湖沼で、が生産されている。 また、水産加工品の生産量は、2009年(平成21年)で類が13,942トン、生鮮冷凍水産物が6,136トン、水産物類が1,267トンなどとなっている。 水産物のブランド化に向けた取組も見られる。 毎年11月から2月にかけて能登半島沿岸域の定置網で水揚げされる7kg以上のブリは天然能登寒ブリとして出荷される。 また、石川県で水揚げされるのズワイガニのうち品質が良いものはとされ、専用のタグが取り付けられる。 なお、石川県ではのズワイガニはと呼ばれている。 石川県漁業協同組合が定める「石川の四季のさかな」は、春はカレイ、、夏はイカ、秋は、冬はブリ、ズワイガニ、香箱ガニである。 輪島市は、日本で最もふぐの漁獲量が多いことから、同市が能登ふぐとブランド化し、知名度向上などに力を注いでいる。 製造業 [ ] コマツ製の油圧シャベル 石川県の製造品出荷額等は2010年(平成22年)で2兆3,558億円となっている。 市町別にみると、小松市が4,874億円で最も多く、白山市4,118億円、金沢市3,585億円、能美市2,197億円、川北町2,096億円など加賀地方に集中している。 では小松市を創業地とするがある。 の国内シェアで1位、世界シェアではに次いで2位を誇る。 市内にはコマツの工場やその関連企業も多く、を形成している。 分野では白山市の は、金沢市のはコンピュータのの生産を行っている。 かほく市に本社を置く はの完全子会社であり、の生産では世界トップシェアである。 また、などの関連企業も多く、電子部品の生産が盛んである。 石川県の企業はで活躍する製造業が多いのが特色である。 金沢市内に本社を置くはで世界シェア1位、は飲料の瓶詰め装置で国内シェア1位、もの国内シェアの大半を生産している。 また、加賀市のは二輪車後輪駆動用、は二輪車用で、いずれも国内シェアの大部分を占める。 が盛んであることも特徴である。 地域ブランドとして知名度の高い輪島市の は、国が伝統工芸品として指定する漆器の中で生産量が最大である。 この他にも、加賀地方で作られる、加賀市の、金沢市の、金沢仏壇、、白山市の、美川仏壇、七尾市の、輪島市の能州紬、珠洲市のなどが生産されている。 商業の中心である香林坊(金沢市) は2007年(平成19年)で4兆1,576億円である。 このうちが2兆8,182億円、が1兆3,394億円となっている。 卸売業では飲食料品卸売業(8,082億円)、機械器具卸売業(7,667億円)が多い。 小売業では各種食料品小売業(1,763億円)、・(1,402億円)などの生活関連のほか、自動車小売業(1,861億円)、燃料小売業(1,700億円)といった自動車関連が多くなっている。 次いで野々市町(現・野々市市。 商業集積地別では商店街(414億円)、武蔵商店街(237億円)、商店街(118億円)など金沢市中心部への集積が顕著であるが、車社会を反映して近郊の国道沿いに位置する金沢市の諸江地区商店街(120億円)、商店会(119億円)、野々市町の御経塚サティ(現・)周辺商店街(156億円)、白山市の周辺商店街(153億円)などの販売額が多い点も特徴の一つである。 また、(平成18年)にJR前に開業した周辺商店街の販売額が65億円となっており、既存の(96億円)、周辺商店街(19億円)などと合わせ、JR金沢駅前が新たな商業集積地となっている。 近年は、北陸新幹線の開業効果により、金沢市街地を中心になどの商業施設がオープン・リニューアルしたケースが多かった。 また新幹線開業の影響で金沢駅前地区の開発も進んでいる。 [ ] といった地場スーパー、などに代表される地場ドラッグストアに加え、県外資本のスーパー、ドラッグストアの出店も盛んだ。 [ ] 2017年には、北陸最大級のショッピングモールがオープンし、2015年に開業した富山県のなどとともに、 県内の商業の流れを変えている。 [ ] その反面、を中心に、商店街の空き店舗などが目立ち、商店街の衰退などが問題視されている。 山中温泉(加賀市) 2003年(平成15年)度のサービス業事業所(民営)の収入額は1兆221億円となっている。 業種別では、、などの娯楽業(2,220億円)が最も多く、次いで、などの宿泊業(1,227億円)、一般飲食店(1,091億円)となっている。 北陸新幹線開業後は、市街地を中心にホテルの開発ラッシュが進んでいる。 石川県を訪れた観光客は2010年(平成22年)で2,150万人、観光消費額は2,717億円と見込まれている。 県内を金沢地域、白山地域、加賀地域、能登地域に区分した場合、それぞれ金沢地域は815万人585億円、白山地域は99万人73億円、加賀地域は557万人874億円、能登地域は683万人1,185億円となっている。 またからの県外客が多くなっている。 特に関西からの入り込みが多いという特徴が見られる。 宿泊地別で多いところは、金沢市内の宿泊施設228万人、加賀地域では85万人、53万人、44万人、30万人、能登地域では89万人などである。 また、観光客の利用が多い施設は、金沢地域では170万人、158万人、107万人、白山地域では67万人、加賀地域では59万人、33万人、能登地域では80万人、72万人、71万人、69万人、45万人などである。 2015年3月14日に、開業した北陸新幹線の開業によって、県内の観光客は大きく増加した。 特に関東地区からの客層がほとんどであるが、これにより金沢市のメディア露出が増えたことなどから、関西や中京などからも増加している。 増加している地域は金沢地区が中心であるが、能登地区や加賀地区にもその影響は及んでいる。 兼六園や金沢21世紀美術館などでは、新幹線効果で過去最大の入園・入館者数を記録した。 県内の主要企業 [ ] 石川県に本社を置く企業についてはを参照• 金沢市 - 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、• 白山市 - 、、、、、、、、、、、• 小松市 - 、、、、• 能美市 - 、、、• 加賀市 - 、、、、、• かほく市 - 、• 七尾市 - 、、 石川県発祥の企業 [ ]• (金沢市が創業地、現在の本店所在地)• (金沢市が創業地)• (金沢市が創業地、創業者が同市出身)• (金沢市が創業地)• (金沢市が創業地)• (小松市が創業地)• (加賀市が創業地、創業者が同市出身) 工場を置く主要企業 [ ]• (加賀市)• (志賀町)• (羽咋市、宝達志水町、志賀町)• (白山市)• (小松市)• (宝達志水町)• (志賀町)• (宝達志水町)• (川北町、能美市、白山市 )• (能美市)• (能美市)• (津幡町)• (白山市)• (能美市)• (小松市)• (金沢市)• (能美市)• (七尾市)• (中能登町)• (七尾市、羽咋市、白山市、小松市)• (羽咋市)• (金沢市) 生活・交通 [ ] ライフライン [ ]• - 県内全域に送配電• - 犀川水系に5か所のを有している。 日本で唯一の市営の発電事業者。 石川県環境部水道企業課 - 以南の7市5町(能美市・を除く)に水道用水を供給。 金沢市企業局 - 金沢市内に供給• 金沢市企業局 13A - 金沢市内に供給• 小松ガス 13A - 小松市内に供給 交通 [ ] 石川県の交通は、空港とが加賀地方と能登地方にそれぞれ整備され、とが県庁所在地の金沢市を中心として加賀地方を東西に、また能登地方に向けて北方に延びている。 空港 [ ] 小松空港(小松市) 能登空港(輪島市)• (小松空港)• のと里山空港 港湾 [ ] (金沢市) マスメディア [ ] 新聞 [ ]• 、()、()、は県内に支局・総局を置いている。 読売新聞は、傘下の(富山県)で発行されたものを販売。 それ以外のは大阪本社で発行されたものを販売している。 なお、は石川県内に取材拠点を置いておらず 県域版も発行していない。 テレビ局 [ ]• (MROテレビ、系列)• (系列)• (系列)• (HAB、系列) ケーブルテレビ [ ]• (参照) 石川県は、北陸3県の中で唯一系列局を除く4系列の民放テレビ局がある。 そのためか、石川県のは3県で一番少ない。 また、県内のケーブルテレビ局は全局デジタル放送のを行っていない。 アナログ放送は区域外再放送を行っているケーブルテレビ局もあった。 ただし、富山県(の県境となる北部の一部は除く)と、福井県のでは、系列局が少ないため、デジタル化された今日も北陸朝日放送(福井県は北陸放送も含む)の県外配信が行われている局もある。 ラジオ局 [ ]• (系列)• (コミュニティ放送)• (コミュニティ放送)• (コミュニティ放送)• 情報誌 [ ]• (北國新聞社)• Zouss(ザウスマガジン社)• 學都(都市環境マネジメント研究所)• なお、福井県のタウン情報誌『』(ウララコミュニケーションズ)も一部地域で流通している。 フリーペーパー [ ]• 金沢版()• 金沢情報() 文化・スポーツ [ ] 方言 [ ] 石川県内の方言はに分類され、と共通点が多い。 とに二分され、県都金沢市で話されるは加賀方言に含まれる。 また白山麓の方言には独特の表現が多く、の例に挙げられる()。 食文化 [ ] 詳細は「」を参照 石川県名誉県民 [ ] 石川県名誉県民の称号は、1992年(平成4年)7月10日に制定された石川県名誉県民条例(石川県条例第28号)に基づき、「社会の発展、学術文化の振興に卓絶した功績があり、県民が誇りとしてひとしく敬愛する者」へ贈られる(条例第1条)。 対象者は、石川県知事が石川県議会の同意を得て選定することが定められ(条例第2条)、諮問機関として石川県名誉県民選考委員会が選定のつど組織される。 名誉県民に選定された者には、石川県名誉県民称号記や石川県名誉県民章のほか、記念品も贈られるほか(条例第3条)、知事が定める礼遇や特典を受けられる(条例第4条)。 贈呈番号 受賞者氏名 職業 選定年月日 備考 出典 1 1992年11月 受章 2 金工家 1992年11月 文化勲章受章 3 1994年4月9日追贈 石川県知事 4 1997年4月30日 文化勲章受章 5 陶芸家 2012年1月30日 文化勲章受章 6 政治家 2013年3月29日 内閣総理大臣 新型コロナウイルス感染 [ ]• 2020年4月8日、石川県が1日に県庁で開いた新型コロナウイルスの対策本部会議には、本部長を務める知事ら計16人のメンバーが出席した。 約2分間の会議中、入り口ドアは閉め切り、マスク着用者はゼロだった。 脚注 [ ] []• 石川県では他の都道府県と異なり県章を定める告示が無いため、県旗のデザイン部分を「県旗標章」として代用している。 標章として使用する際の配色は特に定められていないが、慣例的にセルリアンブルーや金色が使用される。 「県の花」でなく「郷土の花」の呼称を使用している。 田口広、永野真男、佐藤任弘、桜井操、内田摩利夫「日本海白山瀬付近の構造発達史」『地質學雜誌』第79巻第4号、日本地質学会、1973年4月15日、 287-298頁、。 各市町村内の町名には「ちょう」と読むものもある。 例:金沢市(みなみちょう)• 『』(制作) (平成23年)放送分• 南加賀土木総合事務所の所管区域は、能美郡および能美市のうち手取川河川区域が除かれ、石川土木総合事務所の所管区域とされている。 なお、鳳至郡2町(穴水町、門前町)を鳳町とする合併協議は白紙撤回されている。 発見したのは、やを集めるのが趣味だった高校生。 彼が住む灯台笹(とだしの)の丘陵で土器や石器約20点を採取した中に打製の旧石器が含まれていた。 その石器は木の葉状に整形された槍先に用いる尖頭器1点とナイフ形石器5点であった。 これを旧石器と見分けたのは当時の高校教諭。 その後この遺跡が発掘され、片刃石器や掻器が発掘されている。 , 河村好光「加賀・能登の誕生」p10-11. の10男の「実悟記拾遺」に「 泰高ヲ守護トシテヨリ百姓トリ立テ富樫ニテ候アヒダ百姓等ノウチツヨク成テ近年ハ百姓ノ持タル国ノヤウニナリ行キ候」と記されている。 「泰高」は加賀一向一揆で自害したの子で守護を継いだのこと。 『富山新聞』2020年1月21日付28面『お隣さん17 第2章 分かれる・7 分県認めた政府』より。 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』(1984年10月5日、北日本新聞社発行)10ページより。 橋本哲哉、「」『近代石川県地域の研究』 経済学部研究叢書 1986年 p. 137-178, 金沢大学経済学部• 読売新聞 2020年4月15日. 2020年4月15日閲覧。 (日本語) - 香川県公式サイト• 2012年8月1日時点のよりアーカイブ。 2017年9月29日閲覧。 福井県にはJNN系列局ならびにNNN・ANN系列のフルネット局、富山県にはANN系列局がそれぞれ存在しない。 また、福井県の(FBCテレビ)はNNN・ANN系列のクロスネット局となっている。 - 石川県、2020年4月17日閲覧。 - 石川県、2020年4月17日閲覧。 - 石川県、2020年4月17日閲覧。 - 石川県、2020年4月17日閲覧。 読売新聞 2020年4月8日. 2020年4月8日閲覧。 参考文献 [ ]• 『金沢の町家』編、、1983年• 『古九谷と石川県立美術館』朝日新聞社、1983年11月• 『特別名勝兼六園(江戸町跡推定地9発掘調査報告』 石川県立埋蔵文化財センター、1992年3月• 高澤裕一; 河村好光; 東四柳史明; 本康宏史; 橋本哲哉 『石川県の歴史』(新版) 山川出版社〈県史, 17〉、2000年。 『日本工芸会石川支部記念誌 : 第40回石川の伝統工芸展を記念して』日本工芸会石川支部記念誌編集委員会編、石川支部、2000年3月• 『石川県白峰地方の方言特徴と方言テキストの語法』新田哲夫著、文学部、2005年3月 関連項目 [ ] に関連するメディアがあります。 、 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 石川県に関連する および があります。 に関連の辞書項目があります。

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石川県観光物産館

石川県

概要 [ ] 東西約100km、南北約200kmと南北に細長い形状をしている。 県南部のは西側にの直線的な海岸線が続き、東側にの山々が連なる。 南東部には県内で最高峰の 2,702m がそびえる。 県北部のは日本海に向かって北東方向に突き出た()となっている。 このため県全体の海岸線の総延長は約580kmに及ぶ。 これはの・間 589. 5 km に相当する距離である。 気候は型である。 西寄りの風が日本海を流れるの上で水蒸気を蓄えて雷雲となり、両白山地に当たって降水をもたらすことが多い。 都道府県別の年間降水量は5番目に多い。 特に冬は北西からのが続くため降水量が多く、山間部は豪雪地帯となっている。 降雪時に雷鳴を伴うことが多く 、この現象はが獲れる時期と重なることから ブリ起こしと呼ばれている。 県民人口は約110万人である。 次いで多いのはとのそれぞれ約11万人であり、金沢市を中心に県南部の加賀地方に人口が偏在している。 金沢市の人口は、北陸地方ではに次いで2番目(北陸3県に限れば 1番目)であり、北陸経済の中心地の一つとなっている。 特徴としては、第二次産業の中ではの割合が高く、また製造業の中でも従業者の過半数が一般機械や電気機械などの機械関連で働いていることが挙げられる。 1人当たりの生産用機械器具製造業出荷額では全国1位となっている。 に、、を領地としていたは学問や文芸を奨励したことから、の金沢を中心にして伝統文化が興隆し、今に受け継がれている。 金沢市ではの、の技法である、を施した、に用いられるなどが伝わる。 その他、の、のなど芸術性の高い伝統技術が継承されている。 人口当たりで見た(日本美術展覧会)やの入選者数は全国1位となっている。 また、全国47都道府県で唯一、で空襲を受けていない。 石川県を訪れる観光客は(平成22年)で約2,150万人と見られ、このうち約820万人が金沢市周辺、約680万人が能登地方、約660万人が(金沢市周辺を除く)加賀地方を訪れたとされる。 主要観光地で利用者数が多いのは、金沢市では、、、、能登地方では輪島市の、の、、の、同市とに跨る、加賀地方ではの、、、小松市の、、白山市のなどである。 石川県の名称は加賀地方にあったに由来し、さらに石川郡との命名は本県最大の河川の古名である「石川」に由来する。 (5年)、が石川郡(現・白山市)に移転した際、その郡名により石川県と改名された。 翌年、県庁が再び金沢に移転した後も県名はそのままで現在に至っている。 なお、金沢も市制施行前である当時は石川郡に属していたため、県庁所在地と県名に不整合はなかったといえる。 地理・地域 [ ] 位置 [ ] 日本の本州中央部の日本海側にある。 ではに当たり、日本海側の北陸地方に位置している。 県域は、東西100. 9 km、南北198. 4 km、面積4,185. 66を有し、海岸線の総延長は581. 0kmに及ぶ。 南北に細長く、中央部がくびれたや、ののような形状をしている。 西側、北側、北東側は日本海に面しており、南西側は 福井県に、東側は 富山県に、南東側はに隣接している。 なお、日本のを確定するために設定されているは輪島市北東端から(富山県を経ず)ネイ島西端まで 直線基線が引かれている。 石川県の位置 県庁所在地 東端 西端 南端 北端 金沢市 1丁目1番地 三崎町小泊(長手崎) 加賀市 塩屋町(塩屋漁港) 白山市 輪島市 舳倉島 自然地理 [ ] 外浦の() 能登地方は日本海に向かって北東方向に突き出た半島( 能登半島)である。 に形成されたやからなる丘陵状の山地が広がっている。 はなく、、などのが54指定されている。 半島沖の海底は舳倉島付近までが続いており、その先もやなどの中深度海域が見られる。 半島北部は、概ね標高300m以下の低山地と丘陵地帯が連なるで、全体として側に下降する構造をしている。 このため北西側の 外浦(そとうら)は急峻なが形成され、が発達しているのに対して、南東側の 内浦(うちうら)は性の入り組んだ海岸線をしている。 また、内浦の最深部にがあり、が島を取り囲んでいる。 半島中央部には、南麓の断層が落ち込んで形成された帯状の低地帯()が半島を横切っている。 半島南部はを中心とする低い山地()が南北に連なり、西側の海岸線は長い()となっている。 県最高峰の白山(白山市) 加賀地方は南東部に 白山(2,702m)を最高峰とする山地帯( 両白山地)が発達し、北西に流れる河川によって形成された( 加賀平野、)が南北に広がっている。 白山はを経て北部に延びるに属しており、一帯には火山岩やが分布している。 加賀地方の中央部を流れるは白山を水源に日本海に注ぐ、長さ72km、流域面積809km 2の一級河川で、石川県最大の川である。 上流部は川の作用で渓谷となり、中流部にはが発達している。 下流域は白山市鶴来地区(旧・)をとし、中心角120度、半径12〜13kmの( 手取川扇状地)を形成している。 は加賀地方南西部の白山山系連峰の鈴ヶ岳を源流とする一級河川で、長さ42km、流域面積は271. 2 km 2である。 加賀地方北部に当たる金沢市内を流れるとはいずれも二級河川である。 流域には河岸段丘が発達している。 加賀地方の海岸部は単調な砂浜海岸であり、北部にはがある。 また、海沿いの平野部に、、などのが点在している。 自然公園 [ ] 白山の。 石川県の「郷土の花」である。 が1か所( )、が2か所( 、 )、が5か所(、、、、)存在する。 白山国立公園は白山を中心とした両白山地の主要な山々を指定区域とする国立公園である。 石川県、富山県、福井県、岐阜県の4県にまたがる。 また、を越える高山帯としては日本最西端に当たるため、西限・南限とする貴重な動植物がみられる。 能登半島国定公園は能登半島の海岸一帯を主体とする国定公園である。 石川県と富山県に跨る。 やなど外浦の勇壮な海食景観と七尾湾や能登島など内浦の柔和な景観の対比が特徴とされる。 越前加賀海岸国定公園は加賀市から福井県まで続く海岸一帯の国定公園である。 石川県内では柴山潟や、の飛来地 であるが含まれている。 片野鴨池はの登録となっている。 気象 [ ] 雪の兼六園(金沢市) 石川県の気候は比較的の短い型である。 その特徴は冬に顕著で、北西からの季節風によって気温が低く雪の降る日が多くなる。 地元で ブリ起こしと呼ばれる冬の雷 の発生数は日本で一番多い。 降雪と雷が同時に起こることは世界的にも珍しく、西海岸やのから東海岸にかけて見られる程度であるとされる。 発達した低気圧がを通過するときに南東からの強い風が両白山地を越えてを起こすことがある。 また、同じでも側のに比べてが顕著ではないという特徴がある。 石川県内各地の平年値(統計期間:1981年 - 2010年、出典:) 平年値 (月単位) 能登地方 加賀地方 白山吉野 栢野 平均 気温 最暖月 25. 2 (8月) 25. 7 (8月) 26. 0 (8月) 26. 0 (8月) 26. 3 (8月) 25. 9 (8月) 27. 0 (8月) 26. 5 (8月) 25. 0 (8月) 25. 4 (8月) 最寒月 2. 4 (2月) 3. 1 (2月) 3. 2 (2月) 2. 6 (1月) 3. 3 (1月) 3. 1 (1月) 3. 8 (1月) 3. 4 (1月) 1. 4 (1月) 1. 9 (1月) 最多月 256. 9 (12月) 253. 6 (12月) 208. 7 (7月) 235. 1 (7月) 238. 1 (12月) 244. 7 (12月) 282. 1 (12月) 256. 6 (12月) 334. 5 (1月) 381. 8 (12月) 最少月 103. 9 (4月) 113. 2 (4月) 101. 5 (4月) 117. 3 (4月) 114. 1 (4月) 115. 4 (4月) 136. 9 (4月) 119. 5 (4月) 154. 8 (4月) 170. 8 (4月) 能登地方中部から加賀地方にかけての平野部の気候は比較的温和だが、能登地方北部では年平均気温がやや低く、加賀地方山間部は気温が低く多雨豪雪であるといった地域差が見られる。 能登地方は日本海に大きく突き出しているため寒暖の季節風の影響を受けやすい。 北陸地方の他の都市に比べ、夏はやや涼しく、冬は雪も少なめである。 年降水量は1,700〜2,100mm、年日照時間は1,500〜1,700時間、最深積雪の平均は20〜60cmである。 年降水量は2,100〜3,100mm、年日照時間は1,400〜1,700時間、最深積雪の平均は40〜50cmである。 金沢市で年間200cmを超える降雪を観測した年は、 8回、 6回、 9回、 0回、 3回となっており、以降減少が顕著である。 冬の日照時間が極端に少ないのが特徴で、夏は月平均約180時間に対し、冬は月平均約70時間である。 加賀地方の山間部(標高500m以上)は最深積雪の平均が220cmと平野部の4倍以上になる豪雪地帯である。 白峰地区(旧・)では最深積雪682cmの記録がある。 この地域が大雪となるのはからの乾いた冷たい季節風が日本海を流れる対馬暖流の上を通る時に水蒸気を蓄え雲となり、両白山地にぶつかって斜面を上昇すると膨張によって冷やされ雪となるためである。 それぞれの、の範囲に相当する。 加賀地方は、かほく市以南を、能登地方は宝達志水町以北をさすことが多い。 の出先機関では4地域または5地域に区分されることがある。 たとえば、保健福祉センターは「 能登北部、 能登中部、 石川中央、 南加賀」の4区分である。 県営の看護士求人では「 能登北部、 能登中部、 石川中央北部、 石川中央南部、 南加賀」の5区分である。 県の都市計画では「 奥能登、 中能登、 県央 、 南加賀」の4区分である。 農林総合事務所や土木総合事務所では「 奥能登、 中能登、 県央、 石川、 南加賀」の5区分である。 1市2町5村の大規模合併で誕生した白山市 域内 : 953,109 人(全県比:84. 加賀地方には前に4市4郡13町5村あったが、(平成16年)に河北郡3町(、、)がかほく市に、(平成17年)にと2町5村(、、、、、、)が白山市に、同日3町(、、)が能美市に、同年10月1日旧加賀市と1町()が加賀市(これにより江沼郡は消滅) となり、また(平成23年)11月11日に野々市町がで野々市市に移行(これにより石川県の県名の由来となる石川郡が消滅)した。 このほか、市町間で行政サービスを共同で行うため次のが設立されている。 (白山市・・ ) - ごみ処理・広域消防・(火葬場業務は川北町・白山市・を除く)• 南加賀広域圏事務組合(・・・川北町) - ・救急医療• 小松加賀環境衛生事務組合(小松市・加賀市) - し尿処理・火葬場• 手取郷広域事務組合(能美市・川北町・白山市美川地域) - 火葬場• 河北郡市広域事務組合(・・) - ごみ処理・し尿処理・斎場 能登地方 [ ] の広域行政機関が入る(輪島市) 域内推計人口 : 178,818 人(全県比:15. 能登地方には平成の大合併前に4市4郡14町1村あったが、(平成16年)10月1日に旧七尾市と鹿島郡3町(、中島町、能登島町)が七尾市に、(平成17年)3月1日に羽咋郡2町(志雄町、押水町)が宝達志水町に、同日鹿島郡3町(鳥屋町、鹿島町、)が中能登町に、同日1町1村(、)と1町()が鳳珠郡能登町(これにより鳳至郡と珠洲郡は消滅)に、同年に羽咋郡2町(志賀町、)が志賀町、(平成18年)2月1日に旧輪島市と鳳珠郡1町()が輪島市となった。 このほか、市町間で行政サービスを共同で行うため次の一部事務組合が設立されている。 (・・・) - 広域消防・(ターミナルビル設置・利用促進)• (・・) - 環境衛生(ごみ処理・し尿処理・斎場・)・広域消防・病院(なぎさ環境保全事業は志賀町を除く)• 輪島市穴水町環境衛生施設組合(輪島市・穴水町) - ごみ処理・ 歴史 [ ] 原始 [ ] も参詣した (羽咋市) にはの支配が及び、にはとが、にはとが設置された。 には60数基のが点在する能美古墳群がある。 その中心に位置する和田山・末寺山古墳群からは武器・武具など大量の副葬品が出土している。 また、同じ能美古墳群の一角にあるは全長約140mのである。 のには北陸最大級のである雨の宮1号墳がある。 また、の能登島にあるはドーム型の墓室を持ちのにも通じるものとされる。 県域はにはあるいは三越分割後のに含まれていた。 に入り、に羽咋・能登・鳳至・珠洲の4郡を割いてが立てられた。 能登国はに併合され、この頃が越中国のとして赴任している。 には越中国から分離し、再び能登国が立てられた。 初期のになって越前国から加賀・江沼2郡を割いて加賀国が立てられた。 これは令制上最後の立国である。 にある跡は、能登地方を支配した 能登臣(のとのおみ)一族がに建てた寺院をにとしたものである。 式を持ち 、約400年にわたり能登の仏教の場として栄えたとされる。 奈良時代から平安時代には、能登半島にはの使節がたびたび到着しが行われていた。 のではが船の修理や宿泊をしたと伝えられており、初めに接待のために建てられた 能登客院はこの地にあったと考えられている。 の末松廃寺跡は加賀地方北部に本拠を置く有力 道君(みちのきみ)が7世紀後半に創ったとされる寺院である。 法起寺式伽藍配置をしており、屋根瓦の一部は辰口地区(旧・)で焼かれたものであることが分かっている。 ・、には、などのが多くあった。 白山市から金沢市に跨るもそうした荘園の一つである。 平安時代にが活発になると白山を山岳信仰の対象とするが広まり、山頂への登山道()の起点の一つとなったは信仰の拠点となった。 平安時代末期の(源平合戦)では、(木曾義仲)が()で数で圧倒するの義仲追討軍を破り 、さらに(加賀市)で逃げる平家を追撃し、に進んだとされる。 中世 [ ] 、新たに設けられたは加賀国、能登国とも、、に入ると加賀国は、、能登国は、であった。 加賀一向一揆が抵抗の拠点として築城した(白山市) 加賀国では、のころが広まり、やがて農民らによるが守護のを破り、武士の支配を脱却した統治が約100年にわたって行われた。 これが、加賀地方が「 の持ちたる国」と呼ばれた 所以である。 は金沢の台地上に( 金沢御坊)を作り、ここを拠点にして支配した。 と敵対するは、らを派遣してここを平定し、能登国をに、加賀国をに与えた。 織田信長の死後、が実権を握ると、は加賀国も領して、尾山御坊跡の( 金沢城)に入り城下町の建設を始めた。 では、年間( - )頃に初代当主がを築城し、畠山氏の領国支配の拠点となる。 7代目当主の時代に最盛期を迎えるが、義総の死後はが実権を握り、権力を傀儡化する。 (3年)、9代当主が実権を取り戻すが、(永禄9年)にでから追放される。 (5年)、が能登国へ侵攻しが起こり、畠山氏は滅亡する。 近世 [ ] 金沢城石川門(金沢市) のはではの東軍につき、戦後を与えられた。 利長はののもと加賀国、能登国、越中国の3国を治めるの藩主となった。 前田家はでありながらの中で最大である約120万石を領した。 第 2代藩主は、 2代将軍の娘・を娶った徳川のとしてを戦い、戦後の改修のでは通常のの負担分より多い負担を敢えてするなど、として取り潰しを避けることに意を用いたとされる。 利常はに家督をに譲り、次男のにを、三男のにを分封した。 しかし、に光高が急死し、第 4代代藩主となった光高のがまだ幼かったため、利常がとして藩政を補佐した。 利常が綱紀を後見した時代には、貧農の救済、納入の徹底などを目的とした と呼ばれる農政改革が実施された。 これは、農民の借金を帳消しにした上で、農具、種籾の購入資金や当座の食料を貸し付けて農業生産性を高めるとともに、各地の有力豪農などから選任した (とむら)に農民の監督や徴税を委ねるものである。 改作法は所期した成果を挙げ、藩政の安定に寄与した。 この頃から加賀藩はをから、を通りまで運ぶ船輸送を始め、後のの基となった。 なお、に白山が(最も新しい噴火)。 とにはの洪水で多数の死者が出ている。 江戸時代前期のの銚子 は、産業の振興に力を入れ、学問や文芸を奨励したことから、の金沢を中心として今に続く伝統文化が興隆した。 金沢城内に設けた 御細工所は初め武器・武具の修理等を行う組織であったが、利常は道具やなど美術工芸品の製作・修理をさせ、綱紀は塗物・細工、細工など20を越える職種を扱わせた。 綱紀は学問の奨励のため、、といった学者の招聘につとめた。 綱紀が収集した古今東西の図書はとして受け継がれている。 も盛んで、利家はを好み、その後の藩主達にも受け継がれたが、綱紀がを取り入れを成立させると、後者が主流となり栄えた。 は綱紀による蓮池庭と御殿の建設が始まりとされ、現在の姿が完成するのは後期である。 はに輪島で下地塗りの漆に混ぜるが見つかったことで堅牢な漆器となり、日用食器として盛んに生産されるようになった。 が寄港するの海運の利を活かして全国に販路を広げた。 また江戸時代後期にはや蒔絵の技法が加わり美術工芸品としても発展した。 では江戸時代初めに殖産興業の一環として鉱山開発に取り組み九谷村(現・)で磁鉱が発見されたことから窯を築き色絵磁器()の製造が始まった。 一旦廃窯されるが九谷焼は加賀藩により再興され、明治期には海外への輸出品となった。 江戸時代後期、加賀藩はにの文学校と武学校経武館を文武ごとに別けて設立した。 明倫堂ではのほか、医学、、、などを、経武館では、などを教えた。 また幕末には洋式兵学校の壮猶館や航海、測量の実習のための軍艦所を作り、から洋式艦船を購入するなど海防に力を注いだ。 近代 [ ] 大正時代に竣工した旧・石川県庁(現・)(金沢市) (明治2年)で加賀藩は金沢藩となり、14代藩主は金沢に任命された。 しかし、(明治4年)にはが行われ、金沢藩域は(第1次)、大聖寺藩域はとなった。 同年に両県を廃止し、旧・金沢県より以外の、、を分けて (当時は新川郡が県庁所在地)を設置、能登国と越中国に を、加賀地方に 金沢県(第2次)を置いた。 明けて(明治5年)、金沢県庁を(現・白山市美川南町)に移し、この郡名より 石川県と改称した。 現在の県名はこれに由来する。 なお、石川は古くから氾濫を繰り返し、石ころ河原だった手取川の別名という説がある。 県庁の移設は、旧加賀藩の影響力を弱めるための時の政府の方策等諸説あるが、公式には金沢では県域の北に寄りすぎであるためという理由であった。 なお、金沢市も市制施行前は石川郡に属していた。 同年に射水郡を除く七尾県を石川県に併合(射水郡は新川県に併合)、11月により白山麓18か村を併合し、現在の石川県と同じ県域となった。 これにより、先の県庁移転の根拠が消滅し、翌(明治6年)に再び県庁は金沢に移転したが、県名はその後も石川県のままとされた。 その後、(明治9年)、当時の新川県(現在の富山県域にほぼ相当)と(現在の福井県域にほぼ相当)のを編入し、富山と福井に支庁を置いた(現在の石川県と区別する意味で「大石川県」と呼ぶことがある)。 しかし、(明治11年)にが発生したのを切っ掛けに、大石川県は政府から「大県および不平士族の多い故の難治県」と警戒されるようになり、政府は大石川県の力を弱めるためおよび政府が軍備補完のために設立した「共同運輸会社」にの海運業者・藤井能三が有力出資者であることに考慮し、大石川県の分県を承認。 (明治14年)にが、(明治16年)にがそれぞれ分離して現在の県域となる。 特に富山県については、加賀側と能登側が「越中は藩政期に加賀藩の庇護を受け、さんざん迷惑をかけやっかいになり続けたのに今更分県などけしからん」と強く反発し阻止に暗躍していたが、最終的に越中側の熱意により独立する結果となった。 (明治7年)、旧・金沢長谷川準也(後の金沢市長)らによりが創設された。 のに倣ったもので、県下のの先駆けとなった。 (明治20年)4月、金沢に(現・の前身)が設置された。 また(明治31年)10月、金沢城内に司令部が設けられた。 これにより金沢は北陸地域での学問的、軍事的な拠点として発展していく。 明治期の金沢駅舎および駅前広場(金沢市) 鉄道は、(明治30年)9月、がからまで延伸。 翌1898年(明治31年)4月にまで、同年11月にまで延伸された。 また同年4月にはが津幡仮停車場(現・付近)から矢田新駅(後の)まで開通し、(明治40年)国有化された。 (大正14年)まで延伸し、(昭和10年)までにまで開業した。 金沢製糸場の施工にあたった津田吉之助の子津田米次郎はの機械化に取り組み、(明治33年)日本初のを発明した。 当時、生産で出遅れていた金沢はこの力織機による工場制大量生産で大正期にかけて生産量を伸ばした。 同年、金沢では電気の送電が開始され、翌(明治34年)に市内電話が開通。 (明治41年)にはガスの供給が始まっている。 (大正7年)で発生したは石川県でも・(いずれも現・志賀町)から金沢市、(現・)、(現・白山市)、へと波及した。 翌(大正8年)にを始める とこれを契機に都市化が進み、カフェ・映画などのが広がった。 1925年(大正14年)内灘村(現・)に開園したにも人気が集まった。 金沢では(昭和5年)に犀川を水源とするが完成して水道が通水し 、同年ラジオ放送が始まった。 (明治29年)および(昭和9年)にはで大洪水があり、多数の死者が発生した。 特に1934年(昭和9年)の災害は上流で大規模な土砂崩れ()が発生するなど上流から河口まで流域の全域にわたって被害が発生し、死者97人、行方不明者15人に上る未曾有の大災害であった。 現代 [ ] 自衛隊と民間航空の共用空港である通称「小松空港」(、) 石川県は戦争中空襲などによって焦土となることを免れたため(全国で唯一、での空襲が無かった県である )、戦後も様々な社会資本を引き続き使用することができた。 (昭和22年)のが石川県を中心として開催されたのは一つの例である。 これは各都道府県持ち回りとなる最初の大会となった。 戦後、が内灘村(現・)で接収した砲弾試射場に対する反対運動()が起こり、(昭和27年)から翌年にかけて激しさを増した。 その後(昭和32年)に撤収されたため事態は次第に収束していった。 のは戦後アメリカ軍に接収されていたが、(昭和30年)に不定期の大阪便が就航した。 (昭和33年)にアメリカ軍の接収が解除されるとが駐屯。 (昭和36年)に航空自衛隊小松基地が開庁し、正式に自衛隊と民間航空との共用飛行場となった。 (昭和32年) がテレビ放送を開始。 翌年、のもテレビ放送を始めた。 (昭和37年)からはテレビカラー放送が始まった。 同年12月末から翌(昭和38年)2月初めにかけて北陸地方を中心に広い範囲で降雪が続いた。 最深積雪は金沢で181cmを記録。 交通障害、通信障害、停電のほか家屋の倒壊も相次いだ()。 (昭和38年)北陸本線福井駅・金沢駅間が電化。 翌年金沢駅・間も電化される。 は(昭和34年)にからまで開業し、(昭和39年)までにまで全線開通した。 一方、(昭和42年)が廃止された。 (昭和47年)県内初のとなる・間が開通。 その後(昭和53年)までに県内の北陸自動車道は全線が開通した。 能登方面は、1973年(昭和48年)能登海浜道路・間が開通し 、(昭和57年)までに・(現・穴水IC)間の全線が開通している。 なお(昭和52年)に(現・白山市)と岐阜県を結ぶ(現:白山白川郷ホワイトロード)が開通した。 (昭和55年)には治水、都市用水の供給、発電を目的としたが完成。 水道用水として北は七尾市能登島から南は加賀市まで県内給水人口の7割以上を賄う。 また(平成5年)志賀町で ()が営業運転を開始した。 一方で2003年(平成15年)には珠洲市で建設計画のあった(北陸電力・・)の計画凍結が発表された。 (輪島市)。 能登の里山里海は世界農業遺産に認定された。 昭和末期以降、能登地方の交通体系は鉄道中心から道路・空港に大きく変わった。 (昭和63年)能登線が廃止され、のに引き継がれた()。 (平成3年)にはJR七尾線・和倉温泉駅間が電化される一方、和倉温泉駅・輪島駅間がのと鉄道に経営移管された()。 (平成13年)のと鉄道七尾線穴水駅・輪島駅間 が、(平成17年)のと鉄道能登線が廃止された。 (平成15年)石川県で2番目となるが開港。 能登空港には石川県の出先機関が入るほか、隣接地にが誘致された。 またとしても登録されている。 は能登有料道路と共用する・穴水IC間に続き、(平成10年)・徳田大津JCT間が供用を開始。 (平成18年)(平成19年)に穴水IC・能登空港IC(現・)間(穴水道路)が開通した。 (平成19年) 沖を震源とする6. 9の地震()が発生。 最大震度は、、で震度 6強。 死者1人、重軽傷者338人のほか、2,426棟の住家が全半壊し、能登有料道路の一部が大規模に崩落するなどの被害が出た。 (平成20年) 未明からの降雨により浅野川が55年ぶりに氾濫し、金沢市内で2,000棟を超える家屋の被害が出た。 浅野川流域の最大3時間雨量はの過去最大雨量を記録し、約200年に一度の豪雨となった。 (平成21年) 金沢市が・のクラフト分野に登録された。 また同年能登地方北部の伝統的な祭礼 がユネスコの代表一覧表に記載され 、(平成23年)には 能登の里山里海が佐渡島と同時に日本で初めて FAO のに認定された。 (平成28年)、県民が待望していた北陸新幹線がまで開業したほか、輪島市を舞台にしたの放送などで県内が沸いた。 (2年)、新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからず、知事は県独自のを出した。 記者会見で知事は「地域医療が危機的な状況に陥りかねない」と危機感を表明した。 人口 [ ] 石川県の人口は、2011年(平成23年)11月1日現在で1,166,177人となっている。 次いで、110,109人、108,107人、70,830人、56,989人、野々市町(現・)53,066人などとなっている。 (平成22年)のは23. 地域別に見ると加賀地方が21. 市町別では野々市町(現・野々市市)の15. は2005年(平成17年)で男性79. 3歳、女性86. 5歳となっており、それぞれ全国(男性78. 8歳、女性85. 6歳)よりも長い。 は2010年(平成22年)で1. 44人と、全国の1. 39人を上回っている。 詳細は「」、「」、および「」を参照• 知事:(1994年(平成6年)3月26日 -、7期目) 財政 [ ] 2007年(平成19年)度• 45 - IIグループ(財政力指数0. 4以上、0. 5未満)11自治体中3位 2006年(平成18年)度• 財政力指数 0. 42153 - IIグループ(財政力指数0. 4以上、0. 5未満)9自治体中5位• 標準財政規模 2761億円• 普通会計歳入 5094億円• 普通会計歳出 5014億円• 経常収支比率 92. 実質公債費比率 13. 人口 1人当たりの地方債現在高 94万2178円 普通会計分のみ• 100. 地方債等の残高 1兆2480億円 (連結会計)• 普通会計分の地方債 1兆1016億円• 上記以外の特別会計分の地方債 661億円• 第三セクター等の債務保証等に係る債務 803億円 (平成17年)度• 財政力指数 0. 40 - IIIグループ(財政力指数0. 3以上、0. 4未満)14自治体中1位 (平成16年)度• 財政力指数 0. 38 - IIIグループ(財政力指数0. 3以上、0. 4未満)13自治体中2位 姉妹提携 [ ]• 6 20. 8 26. 6 1960年(昭和35年) 496,132 184,668 140,981 170,399 37. 2 28. 4 34. 3 1970年(昭和45年) 545,127 120,003 184,535 240,275 22. 0 33. 9 44. 1 1980年(昭和55年) 567,684 62,602 193,667 311,169 11. 0 34. 1 54. 8 1990年(平成2年) 606,265 39,104 212,034 354,325 6. 4 35. 0 58. 4 2000年(平成12年) 614,694 24,572 197,578 388,073 4. 0 32. 1 63. 1 2005年(平成17年) 596,324 23,237 176,786 389,749 3. 9 29. 6 65. 4 2008年(平成20年)のは4兆6,114億円(名目)で、に対する割合は0. は281万8千円で、一人当たり(275万4千円)を2. 2005年(平成17年)の就業者数は596,324人であり、このうちは23,237人 3. 戦後間もない1950年(昭和25年)には第一次産業に52. 石川県の産業構造は、第二次産業の中でもの割合が高く、また製造業の中でも従業者の過半数が一般機械や電気機械などの機械関連で働いていることが特徴である。 1人当たりの生産用機械器具製造業出荷額では全国1位となっている。 、、、の飼育頭数は減少傾向にあるが、農家1戸当たりでみると乳牛は全国4番目、豚は全国6番目に多い。 水田が減少している金沢平野(白山市) 地域の特徴を活かした農産物のブランド化が図られている。 は金沢地区で戦前から栽培されていると認められた野菜である。 、加賀太きゅうり、加賀れんこん、源助だいこん、打木赤皮甘栗かぼちゃなど15品目が認定されている。 能登野菜は能登地方の風土を活かして生産された伝統野菜、特産野菜のことで中島菜、沢野ごぼう、など13品目が認定されている。 果樹では、石川県農業総合研究センターが開発した新種のブドウがと命名され、高級ブドウとして販売されている。 県内で飼育された黒毛和種の肉牛のうち品質の高いものはと認定する制度が設けられている。 このほか、コメの新品種、の新品種エアリーフローラ、梨の新品種がいずれも石川県によって開発され、新たな特産品となっている。 林業産出額は2008年(平成20年)で28. 6億円となっており、1985年(昭和60年)の69. このうち木材生産は16. 5億円、特用林産物は12. 1億円である。 なお 能登ヒバは能登地方で産出されるアテ(の地方名)のブランド名である。 2009年(平成21年)の特用林産物の生産量は生が853トンと最も多く、次いで208トン、169トンなどとなっている。 1975年(昭和50年)に約2,000トンを生産したは113トンにまで減少している。 地物の海産物が並ぶ(金沢市) 海面漁業・養殖業の生産は、2005年(平成17年)で60,306トン、219億円である。 これは本州日本海側の12府県では生産量で3番目、生産金額で1番目に多い。 2010年(平成22年)の魚種別の漁獲量ではが最も多く、次いで、、、、、(ベニズワイガニを含む)、、などが多い。 2008年(平成20年)のブリの漁獲量は都道府県別で最多である。 海面養殖業の生産量は2005年(平成17年)で2,560トンとなっており、七尾湾での養殖がほとんどを占めている。 内水面漁業では、が主だが、渓流で、、、湖沼で、が生産されている。 また、水産加工品の生産量は、2009年(平成21年)で類が13,942トン、生鮮冷凍水産物が6,136トン、水産物類が1,267トンなどとなっている。 水産物のブランド化に向けた取組も見られる。 毎年11月から2月にかけて能登半島沿岸域の定置網で水揚げされる7kg以上のブリは天然能登寒ブリとして出荷される。 また、石川県で水揚げされるのズワイガニのうち品質が良いものはとされ、専用のタグが取り付けられる。 なお、石川県ではのズワイガニはと呼ばれている。 石川県漁業協同組合が定める「石川の四季のさかな」は、春はカレイ、、夏はイカ、秋は、冬はブリ、ズワイガニ、香箱ガニである。 輪島市は、日本で最もふぐの漁獲量が多いことから、同市が能登ふぐとブランド化し、知名度向上などに力を注いでいる。 製造業 [ ] コマツ製の油圧シャベル 石川県の製造品出荷額等は2010年(平成22年)で2兆3,558億円となっている。 市町別にみると、小松市が4,874億円で最も多く、白山市4,118億円、金沢市3,585億円、能美市2,197億円、川北町2,096億円など加賀地方に集中している。 では小松市を創業地とするがある。 の国内シェアで1位、世界シェアではに次いで2位を誇る。 市内にはコマツの工場やその関連企業も多く、を形成している。 分野では白山市の は、金沢市のはコンピュータのの生産を行っている。 かほく市に本社を置く はの完全子会社であり、の生産では世界トップシェアである。 また、などの関連企業も多く、電子部品の生産が盛んである。 石川県の企業はで活躍する製造業が多いのが特色である。 金沢市内に本社を置くはで世界シェア1位、は飲料の瓶詰め装置で国内シェア1位、もの国内シェアの大半を生産している。 また、加賀市のは二輪車後輪駆動用、は二輪車用で、いずれも国内シェアの大部分を占める。 が盛んであることも特徴である。 地域ブランドとして知名度の高い輪島市の は、国が伝統工芸品として指定する漆器の中で生産量が最大である。 この他にも、加賀地方で作られる、加賀市の、金沢市の、金沢仏壇、、白山市の、美川仏壇、七尾市の、輪島市の能州紬、珠洲市のなどが生産されている。 商業の中心である香林坊(金沢市) は2007年(平成19年)で4兆1,576億円である。 このうちが2兆8,182億円、が1兆3,394億円となっている。 卸売業では飲食料品卸売業(8,082億円)、機械器具卸売業(7,667億円)が多い。 小売業では各種食料品小売業(1,763億円)、・(1,402億円)などの生活関連のほか、自動車小売業(1,861億円)、燃料小売業(1,700億円)といった自動車関連が多くなっている。 次いで野々市町(現・野々市市。 商業集積地別では商店街(414億円)、武蔵商店街(237億円)、商店街(118億円)など金沢市中心部への集積が顕著であるが、車社会を反映して近郊の国道沿いに位置する金沢市の諸江地区商店街(120億円)、商店会(119億円)、野々市町の御経塚サティ(現・)周辺商店街(156億円)、白山市の周辺商店街(153億円)などの販売額が多い点も特徴の一つである。 また、(平成18年)にJR前に開業した周辺商店街の販売額が65億円となっており、既存の(96億円)、周辺商店街(19億円)などと合わせ、JR金沢駅前が新たな商業集積地となっている。 近年は、北陸新幹線の開業効果により、金沢市街地を中心になどの商業施設がオープン・リニューアルしたケースが多かった。 また新幹線開業の影響で金沢駅前地区の開発も進んでいる。 [ ] といった地場スーパー、などに代表される地場ドラッグストアに加え、県外資本のスーパー、ドラッグストアの出店も盛んだ。 [ ] 2017年には、北陸最大級のショッピングモールがオープンし、2015年に開業した富山県のなどとともに、 県内の商業の流れを変えている。 [ ] その反面、を中心に、商店街の空き店舗などが目立ち、商店街の衰退などが問題視されている。 山中温泉(加賀市) 2003年(平成15年)度のサービス業事業所(民営)の収入額は1兆221億円となっている。 業種別では、、などの娯楽業(2,220億円)が最も多く、次いで、などの宿泊業(1,227億円)、一般飲食店(1,091億円)となっている。 北陸新幹線開業後は、市街地を中心にホテルの開発ラッシュが進んでいる。 石川県を訪れた観光客は2010年(平成22年)で2,150万人、観光消費額は2,717億円と見込まれている。 県内を金沢地域、白山地域、加賀地域、能登地域に区分した場合、それぞれ金沢地域は815万人585億円、白山地域は99万人73億円、加賀地域は557万人874億円、能登地域は683万人1,185億円となっている。 またからの県外客が多くなっている。 特に関西からの入り込みが多いという特徴が見られる。 宿泊地別で多いところは、金沢市内の宿泊施設228万人、加賀地域では85万人、53万人、44万人、30万人、能登地域では89万人などである。 また、観光客の利用が多い施設は、金沢地域では170万人、158万人、107万人、白山地域では67万人、加賀地域では59万人、33万人、能登地域では80万人、72万人、71万人、69万人、45万人などである。 2015年3月14日に、開業した北陸新幹線の開業によって、県内の観光客は大きく増加した。 特に関東地区からの客層がほとんどであるが、これにより金沢市のメディア露出が増えたことなどから、関西や中京などからも増加している。 増加している地域は金沢地区が中心であるが、能登地区や加賀地区にもその影響は及んでいる。 兼六園や金沢21世紀美術館などでは、新幹線効果で過去最大の入園・入館者数を記録した。 県内の主要企業 [ ] 石川県に本社を置く企業についてはを参照• 金沢市 - 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、• 白山市 - 、、、、、、、、、、、• 小松市 - 、、、、• 能美市 - 、、、• 加賀市 - 、、、、、• かほく市 - 、• 七尾市 - 、、 石川県発祥の企業 [ ]• (金沢市が創業地、現在の本店所在地)• (金沢市が創業地)• (金沢市が創業地、創業者が同市出身)• (金沢市が創業地)• (金沢市が創業地)• (小松市が創業地)• (加賀市が創業地、創業者が同市出身) 工場を置く主要企業 [ ]• (加賀市)• (志賀町)• (羽咋市、宝達志水町、志賀町)• (白山市)• (小松市)• (宝達志水町)• (志賀町)• (宝達志水町)• (川北町、能美市、白山市 )• (能美市)• (能美市)• (津幡町)• (白山市)• (能美市)• (小松市)• (金沢市)• (能美市)• (七尾市)• (中能登町)• (七尾市、羽咋市、白山市、小松市)• (羽咋市)• (金沢市) 生活・交通 [ ] ライフライン [ ]• - 県内全域に送配電• - 犀川水系に5か所のを有している。 日本で唯一の市営の発電事業者。 石川県環境部水道企業課 - 以南の7市5町(能美市・を除く)に水道用水を供給。 金沢市企業局 - 金沢市内に供給• 金沢市企業局 13A - 金沢市内に供給• 小松ガス 13A - 小松市内に供給 交通 [ ] 石川県の交通は、空港とが加賀地方と能登地方にそれぞれ整備され、とが県庁所在地の金沢市を中心として加賀地方を東西に、また能登地方に向けて北方に延びている。 空港 [ ] 小松空港(小松市) 能登空港(輪島市)• (小松空港)• のと里山空港 港湾 [ ] (金沢市) マスメディア [ ] 新聞 [ ]• 、()、()、は県内に支局・総局を置いている。 読売新聞は、傘下の(富山県)で発行されたものを販売。 それ以外のは大阪本社で発行されたものを販売している。 なお、は石川県内に取材拠点を置いておらず 県域版も発行していない。 テレビ局 [ ]• (MROテレビ、系列)• (系列)• (系列)• (HAB、系列) ケーブルテレビ [ ]• (参照) 石川県は、北陸3県の中で唯一系列局を除く4系列の民放テレビ局がある。 そのためか、石川県のは3県で一番少ない。 また、県内のケーブルテレビ局は全局デジタル放送のを行っていない。 アナログ放送は区域外再放送を行っているケーブルテレビ局もあった。 ただし、富山県(の県境となる北部の一部は除く)と、福井県のでは、系列局が少ないため、デジタル化された今日も北陸朝日放送(福井県は北陸放送も含む)の県外配信が行われている局もある。 ラジオ局 [ ]• (系列)• (コミュニティ放送)• (コミュニティ放送)• (コミュニティ放送)• 情報誌 [ ]• (北國新聞社)• Zouss(ザウスマガジン社)• 學都(都市環境マネジメント研究所)• なお、福井県のタウン情報誌『』(ウララコミュニケーションズ)も一部地域で流通している。 フリーペーパー [ ]• 金沢版()• 金沢情報() 文化・スポーツ [ ] 方言 [ ] 石川県内の方言はに分類され、と共通点が多い。 とに二分され、県都金沢市で話されるは加賀方言に含まれる。 また白山麓の方言には独特の表現が多く、の例に挙げられる()。 食文化 [ ] 詳細は「」を参照 石川県名誉県民 [ ] 石川県名誉県民の称号は、1992年(平成4年)7月10日に制定された石川県名誉県民条例(石川県条例第28号)に基づき、「社会の発展、学術文化の振興に卓絶した功績があり、県民が誇りとしてひとしく敬愛する者」へ贈られる(条例第1条)。 対象者は、石川県知事が石川県議会の同意を得て選定することが定められ(条例第2条)、諮問機関として石川県名誉県民選考委員会が選定のつど組織される。 名誉県民に選定された者には、石川県名誉県民称号記や石川県名誉県民章のほか、記念品も贈られるほか(条例第3条)、知事が定める礼遇や特典を受けられる(条例第4条)。 贈呈番号 受賞者氏名 職業 選定年月日 備考 出典 1 1992年11月 受章 2 金工家 1992年11月 文化勲章受章 3 1994年4月9日追贈 石川県知事 4 1997年4月30日 文化勲章受章 5 陶芸家 2012年1月30日 文化勲章受章 6 政治家 2013年3月29日 内閣総理大臣 新型コロナウイルス感染 [ ]• 2020年4月8日、石川県が1日に県庁で開いた新型コロナウイルスの対策本部会議には、本部長を務める知事ら計16人のメンバーが出席した。 約2分間の会議中、入り口ドアは閉め切り、マスク着用者はゼロだった。 脚注 [ ] []• 石川県では他の都道府県と異なり県章を定める告示が無いため、県旗のデザイン部分を「県旗標章」として代用している。 標章として使用する際の配色は特に定められていないが、慣例的にセルリアンブルーや金色が使用される。 「県の花」でなく「郷土の花」の呼称を使用している。 田口広、永野真男、佐藤任弘、桜井操、内田摩利夫「日本海白山瀬付近の構造発達史」『地質學雜誌』第79巻第4号、日本地質学会、1973年4月15日、 287-298頁、。 各市町村内の町名には「ちょう」と読むものもある。 例:金沢市(みなみちょう)• 『』(制作) (平成23年)放送分• 南加賀土木総合事務所の所管区域は、能美郡および能美市のうち手取川河川区域が除かれ、石川土木総合事務所の所管区域とされている。 なお、鳳至郡2町(穴水町、門前町)を鳳町とする合併協議は白紙撤回されている。 発見したのは、やを集めるのが趣味だった高校生。 彼が住む灯台笹(とだしの)の丘陵で土器や石器約20点を採取した中に打製の旧石器が含まれていた。 その石器は木の葉状に整形された槍先に用いる尖頭器1点とナイフ形石器5点であった。 これを旧石器と見分けたのは当時の高校教諭。 その後この遺跡が発掘され、片刃石器や掻器が発掘されている。 , 河村好光「加賀・能登の誕生」p10-11. の10男の「実悟記拾遺」に「 泰高ヲ守護トシテヨリ百姓トリ立テ富樫ニテ候アヒダ百姓等ノウチツヨク成テ近年ハ百姓ノ持タル国ノヤウニナリ行キ候」と記されている。 「泰高」は加賀一向一揆で自害したの子で守護を継いだのこと。 『富山新聞』2020年1月21日付28面『お隣さん17 第2章 分かれる・7 分県認めた政府』より。 『富山県民とともに 北日本新聞百年史』(1984年10月5日、北日本新聞社発行)10ページより。 橋本哲哉、「」『近代石川県地域の研究』 経済学部研究叢書 1986年 p. 137-178, 金沢大学経済学部• 読売新聞 2020年4月15日. 2020年4月15日閲覧。 (日本語) - 香川県公式サイト• 2012年8月1日時点のよりアーカイブ。 2017年9月29日閲覧。 福井県にはJNN系列局ならびにNNN・ANN系列のフルネット局、富山県にはANN系列局がそれぞれ存在しない。 また、福井県の(FBCテレビ)はNNN・ANN系列のクロスネット局となっている。 - 石川県、2020年4月17日閲覧。 - 石川県、2020年4月17日閲覧。 - 石川県、2020年4月17日閲覧。 - 石川県、2020年4月17日閲覧。 読売新聞 2020年4月8日. 2020年4月8日閲覧。 参考文献 [ ]• 『金沢の町家』編、、1983年• 『古九谷と石川県立美術館』朝日新聞社、1983年11月• 『特別名勝兼六園(江戸町跡推定地9発掘調査報告』 石川県立埋蔵文化財センター、1992年3月• 高澤裕一; 河村好光; 東四柳史明; 本康宏史; 橋本哲哉 『石川県の歴史』(新版) 山川出版社〈県史, 17〉、2000年。 『日本工芸会石川支部記念誌 : 第40回石川の伝統工芸展を記念して』日本工芸会石川支部記念誌編集委員会編、石川支部、2000年3月• 『石川県白峰地方の方言特徴と方言テキストの語法』新田哲夫著、文学部、2005年3月 関連項目 [ ] に関連するメディアがあります。 、 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 石川県に関連する および があります。 に関連の辞書項目があります。

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