仏教 開祖。 宗教団体の教祖・開祖・創始者・宗祖の一覧

日本の仏教・宗派 まとめ

仏教 開祖

この記事はに基づく疑問が提出されているか、議論中です。 そのため、中立的でない偏った観点から記事が構成されているおそれがあり、場合によっては記事の修正が必要です。 議論はを参照してください。 ( 仏、目覚めた人)の説いた 教えである。 世界的にも・に次いで幅広い国々へ広がっており、の一つとみなされている。 特にで広まっており、日本でも多くの信徒がおり、出版物も多い。 その教義はのからすることを目指している。 原因と結果の理解に基づいており、諸々の現象がするとされる。 仏教は、その教えである、その実践者であるからなるを中心に組織されている。 実践における戒定慧のは、、心を集中する、ものごとの縁起を観察するであり、後ろ二つは併せてとも呼ばれる仏教の法である。 実践にて重要となる能力はやのように、いくつかの方法でまとめられている。 紀元前450年ごろに、インドで開始された仏教は、今ではとして研究されている。 釈迦は、他の宗教者の主張である(真我)の存在を否定してとした。 釈迦の死後数百年でが生まれ、大きくととに、さらに細かく分かれたが、今なお大きな勢力として続いているのは南方に伝播したであり、初期の教えを模範としている。 紀元前の終わりごろには北方に伝播し日本にも伝わることになるが開始され、教義や団体は多彩に発展しており、の瞑想法の様々、や日本のに残る、一方でのような信仰形態の変化など多様である。 なお、『日本書紀』によれば仏教が伝来したのは飛鳥時代552年(欽明天皇13年)である()。 繰り返し行われる (ジャーティ)は 苦しみである 仏教のは必然的に、仏教誕生の地であるの世界観であるとの考えに基づいている。 人の一生はであり永遠に続く輪廻の中で終わりなく苦しむことになる。 その苦しみから抜け出すことが解脱であり、修行により解脱を目指すことが初期仏教の目的であった。 輪廻転生・六道・仏教と神 [ ] 仏教においては、迷いの世界から解脱しない限り、無限に存在すると、生前の、および臨終のの状態などによって次の転生先へとするとされている。 部派では「天・人・餓鬼・畜生・地獄」の五道、ではこれに修羅を加えたの転生先に生まれ変わるとされる。 生前に良い行いを続け功徳を積めば次の輪廻では良き境遇(善趣)に生まれ変わり、悪業を積めば苦しい境遇(悪趣)に生まれ変わる。 また、(天)とは、仏教においてはのであり、(有情)の一種と位置づけられている。 そのため神々は人間からの信仰の対象ではあっても厳密には仏では無く仏陀には及ばない存在である。 因果論 [ ] ドミノ倒し。 仏教では「AによってBが生ずる」とを説く() 仏教は、物事の成立にはとがあるというを基本的考え方にすえている。 一切の現象()は原因によって現れる、すなわち「偶然による事物の発生」「(原因なく)事物が突然、生じること」「神による創造」などは否定される。 の行為・行動(体、言葉、心でなす三つの行為)にはそのであるが生じるとする論があり、果報の内容如何により人の行為を善行と悪行に分け(善因善果・悪因悪果)、人々に悪行をなさずにを積むことを勧める。 また個々の生に対しては業の積み重ねによる果報である次の生、すなわちを論じ、世間の生き方を脱してを証さない(を開かない)限り、あらゆる生命は無限にこの輪廻を続けると言う。 輪廻・転生および解脱の思想はインド由来の宗教や哲学に普遍的にみられる要素だが、輪廻や解脱を因果論に基づいて再編したことが仏教の特徴である。 生きることは苦であり、人の世は苦に満ち溢れている。 そして、あらゆる物事は原因と結果から基づいているので、人々の苦にも原因が存在する。 したがって苦の原因を取り除けば、人は苦から抜け出すことが出来る。 これが仏教における解脱論である。 また、仏教においては、輪廻の主体となる永遠不滅の魂()の存在は「」の概念によって否定され、輪廻は生命の生存中にも起こるプロセスであると説明されることがある点でも、仏教以前の思想・哲学における輪廻概念とは大きく異なっている。 縁起 [ ] 詳細は「」、「」、「」、「」、「」、および「」を参照 仏教そのものが存在を説明するものとなっている。 変化しない実体を一切認めない、とされる。 また、仏教は無我論および無常論である とする人もおり、そういう人は、仏教はすべての生命について魂や神といった本体を認めないとする。 そうではなくて釈迦が説いたのは「無我」ではなくて「非我」である(真実の我ではない、と説いたのだ)とする人もいる。 衆生(生命・生きとし生けるもの)と生命でない物質との境は、ある存在が(認識する働き)を持つか否かで区別される。 また物質にも不変の実体を認めず、物理現象も無常、すなわち変化の連続であるとの認識に立つ()。 物質にも精神にも普遍の実体および本体がないことについて、「行為はあるが行為者はいない」などと説明されている。 一切の現象は原因によって現れる、すなわち「偶然」「突然」「神による創造」などは否定される。 全ての生命要素を(・・・・)に分ける。 これは身体と4種類の心理機能のことで、精神と物質の二つでとも言う。 仏教では、根本教義において一切魂について説かず、「我が存在するか?」という質問については一切答えず、直接的に「我は存在しない」とのべず、「無我(我ならざるもの)」について説くことによって間接的に我の不在を説くだけだった。 やがて後代になると「我ならざるもの」でもなく、「我は存在しない」と積極的に主張する学派も出てきた。 無常・苦・無我 [ ] 「」および「」を参照 伝統的に多くの宗派においては、教義実践の第一歩として( triratna, tiratana への帰依が求められる。 三宝とは 、• 歴史的なガウタマ・シッダールタ。 真理に目覚めた者。 (法)。 仏の教え。 戒、止観、、、。 (僧伽)。 し戒律を守るブッダの弟子たちのコミュニティ。 狭義には預流向から阿羅漢果に至るの者たちを指す。 パーリ経典ではにおける三宝のモチーフを採用しており、それは 9. 47 6. 9、および 2. 3—4で確認される。 では時折を加えて四宝とされる。 は仏教徒にとって敬意を払うべきものと信じられている。 三宝に帰依することは、仏教では逃げ込みではなく、浄化、高揚、強化であるとみなされている。 戒定慧(三学) [ ] 詳細は「」を参照 仏教の実践の重要な指導原則はである。 これは釈迦のの中で述べられており、そこで釈迦は極端なおよびの両方を避ける「中道」として、八正道を提示した。 この八正道はの4番目で示されており、苦の停止の筋道を示している。 八正道は、執着、カルマの蓄積を止めることを教え、これにより無限の再生と苦のサイクルを終止させる。 八正道は以下のように三つに分類することができる()。 修行僧については性的行為をしない。 Harveyは、貪・瞋・痴という不健全な精神的状態を防ぎ、健全な精神的状態を増進させることだとしている。 4つのとして説明されている 大乗仏教 [ ] 大乗仏教では、(ボーディ・サットヴァ)への道を理論的中心とする。 菩薩とは仏になろうと決意して修行する人のこと。 それは正語、正業、正命で構成される。 戒は、位階者および一般信者の両者における倫理的規範を定めている。 これには、在家信者のための5つの教訓、修道僧のための8または10の教訓、および生活のためのルール(および)がある。 五戒は仏教において、と共に最も重要な倫理規定である。 五戒は男性信者および女性信者の両者に適用され、内容は以下である。 (人、動物を)殺さない• 盗みをしない• 不道徳な性行為をしない• 嘘をつかない• 酒、薬物など酔わせる、酩酊させるものを避ける 五戒とは禁止事項ではなく、これを破ったことで制裁を受けるものではないが、これを破ることで生じる力はとして、死後の世界への影響をおよぼすというのが仏教の信念である。 仏教においては殺傷を行うと、死後は地獄界における再生をまねき、さらにその対象が僧であった場合には、その来世はより厳しい環境ででより長い年月となるとされている。 同様に、姦通はその相手が未婚か既婚かによって、や地獄界で次は再生することとなる。 これらの倫理的教訓は、仏教文化におけるカルマと再生という信念を通じて、自発的かつ自主的に守られてきた。 仏教教義においては、戒はへの道を推し進め、心と人格を発達させることを意図している。 律 [ ] (りつ、Vinaya)とは、(サンガ)に属する比丘および比丘尼らの行動規範である。 これにはが含まれ、上座部仏教においては227の禁止事項、75の儀礼規範、違反に対する罰則などで構成される。 原始仏教 [ ] 仏教は、約2500年前()に中流域で、釈迦が提唱し、発生した()。 当時のインドでは祭事を司る支配階級とは別に、サマナ()といわれる出身、出自を問わない自由な立場の思想家、宗教家、修行者らがおり、仏教はこの文化を出発点としている。 釈迦が死亡()して後、直ぐに出家者集団(、サンガ)は個人個人が聞いた釈迦の言葉()を集める作業()を行った。 これは「」と呼ばれ、(摩訶迦葉尊者)が中心になって開かれた。 仏典はこの時には口誦によって伝承され、後に文字化される。 釈迦の説いた法話を経・律・論と三つに大きく分類し、それぞれ心に印しているものを持ち寄り、仏教聖典の編纂会議を行った。 これが第一回の仏典結集である。 部派仏教 [ ] 仏滅後100年頃、段々と釈迦の説いた教えの解釈に、色々の異見が生じて岐れるようになってきた。 その為に釈迦の説法の地であるヴァイシャーリーで、第二回の三蔵の結集を行い、釈迦の教えを再検討する作業に入った。 この時、僧伽は教義の解釈によってとの二つに大きく分裂する()。 時代とともに、この二派はさらに多くの部派に分裂する(枝末分裂:しまつぶんれつ)。 この時代の仏教をと呼ぶ。 部派仏教の上座部の一部は、に伝わり、さらに、などに伝わり、現在も広く残っている()。 東南アジア、東アジア方面への仏教伝播 それからまたしばらくして、紀元前約3世紀の半ば頃に、は「法(ダルマ)」に基づく統治を志向し 、帝国各地に法大官を置き、西方のエジプト やギリシア、南方のスリランカにも法の使節を遣わした。 アショーカ王は仏教に帰依していたため、その「法」とは仏法から出たものだっただろうと推測される。 南方仏教の伝承によると、その治世下では、アショーカ王の仏教の師とされるモッガリプッタ・ティッサが中心となって第三回の結集が(華氏城)で行われた。 また、モッガリプッタ・ティッサが音頭をとって、仏教教団から9つの地方に伝道師が派遣されたという。 この頃に文字が使われ出し、それまでの口伝を基に出来たのが文字で書かれた経典・典籍である。 文字としては主にから派生した様々ないわゆるインド系文字で表記された。 言語としては、大乗経典においては()と呼ばれる言語や語が、主に南方に伝わった上座部経典においてはが用いられた。 はセイロンを中心としている。 そこで仏典がサンスクリットやそれに近い言語で書かれたものとパーリ語で書かれたものとが出てきた。 このサンスクリットの頃の仏典の日本語訳は、、をはじめ、多くの人々によって取り組まれてきている。 大乗仏教 [ ] 紀元前3世紀、インド初の統一国家となったの最盛期を築いたの時代、その保護の下でインド全域に広がった仏教は、やがて西北インドからを経由して、紀元1世紀にはのまで伝播した。 そして、こうした流れの中、紀元前後に、単に生死を脱した阿羅漢ではなく、一切智智を備えた仏となって、積極的に一切の衆生を済度する教え「」が起こり、急速に広まっていった。 中央アジアを経て中国、さらに、日本、へと伝わった仏教は、「北伝仏教」と呼ばれるが、大乗仏教と同義ではなく、西北インドや西域諸国ではも盛んで、中国にもその経典が伝えられた。 7世紀ごろで、のの一潮流であると深い関係を持ったが盛んになった。 この密教は、様々な土地の習俗や宗教を包含しながら、それらを仏を中心とした世界観の中に統一し、すべてを高度に象徴化して独自の修行体系を完成し、秘密の儀式によって究竟の境地に達することができ仏となること()ができるとする。 密教は、インドから・へ、さらに中国・韓国・日本にも伝わって、土地の習俗を包含しながら、それぞれの変容を繰り返している。 8世紀よりチベットは僧伽の設立や仏典の翻訳を国家事業として大々的に推進、同時期にインドに存在していた仏教の諸潮流を、数十年の短期間で一挙に導入した()。 その後チベット人僧侶の布教によって、チベット仏教はや南にまで拡大していった。 古くは、や大乗仏教を信奉してきた東南アジアの王朝では、次第にスリランカを起点とした上座部仏教が、その地位に取って代わるようになり、現在まで広く根付いている()。 仏教の教えは、インドにおいては上記のごとく段階を踏んで発展したが、近隣諸国においては、それらの全体をまとめてとして受け取ることとなった。 中国および中国経由で仏教を導入した諸国においては、により仏の極意の所在を特定の教典に求めてとしたり、特定の行(、密教など)のみを実践するという方向が指向されたのに対し、チベット仏教では初期仏教から密教にいたる様々な教えを一つの体系のもとに統合するという方向が指向された。 現代 [ ] 現在の仏教は、かつて多くの仏教国が栄えたが単なる遺跡を残すのみとなったことに象徴されるように、大部分の仏教国は滅亡し、の一つでありながら仏教を主要な宗教にしている国は少ない。 にのが訪れた時点ですでに発祥国の、東南アジアの大部分はヒンドゥー教、次いでへと移行し、では、中国・・モンゴルでは化によって宗教がされて衰退している。 ただしモンゴルではによりチベット仏教が復権しているほか、中国では沿海部を中心にの動きもみられる。 韓国はを尊重したによる激しい弾圧により、寺院は山間部に残るのみとなった。 成立後はの勢力拡大が著しく、キリスト教徒による排仏運動がになっている。 ではにより宗教の冷遇はされたものの、仏教が勝利に大きな役割を果たしたこともあって組織的な弾圧を受けることなく、一定の地位を保っている。 21世紀において仏教が社会において主要な位置を保っているのは、仏教をまたは国教に準じた地位としている・スリランカ・・・ブータン、土着の信仰との混在・が顕著である日本・・ベトナムなどである。 中国・北朝鮮では政権によって、仏教に対する圧迫が続いている。 この他、アフガニスタンではによりが爆破された。 発祥国のインドにおいてはヒンドゥー教やイスラムとの争いもあり一回滅亡している()。 20世紀、により、1927年から1934年にかけて仏教復興及び反運動が起こり、20万あるいは50万人の民衆が仏教徒へとした。 2011年段階で0. アンベードカルの遺志を継ぐ・により運動が続けられており、毎年10月には大改宗式を行っているほか、の奪還運動やへの登録、仏教遺跡の発掘なども行われている。 各地域の仏教については以下を参照。 紀元前5世紀頃 - インドで仏教が開かれる()• 紀元前3世紀 - ()に伝わる()• 紀元後1世紀 - 中国に伝わる()• 4世紀 - 朝鮮半島に伝わる()• 538年(552年) - 日本に伝わる()• 7世紀前半 - チベットに伝わる()• 11世紀 - ビルマに伝わる()• 13世紀 - タイ王国に伝わる()• 13〜16世紀 - モンゴルに伝わる(チベット仏教)• 17世紀 - カスピ海北岸に伝わる(チベット仏教)• 18世紀 - 南シベリアに伝わる(チベット仏教) 分布 [ ] 日本の。 7世紀の北東アジアの仏教寺院の代表的なものである 資料や統計により数値は異なるものの、2010年代において世界の仏教徒の総数は4. 88億 から4. 95億 、または5. 44億人が信仰していると推定されている。 彼らは主に諸派を信仰しており、中国仏教の属する大乗仏教の最大の信徒集団となっている。 このほかに、日本や台湾などを含めた東アジア全体での仏教信者は、世界の仏教徒の半数以上を占めている。 ピーター・ハーヴェイが2013年に報告した人口統計学の分析によると 、世界の仏教のうちで大乗仏教は3. 6億人、上座部仏教は1. 5億人の信者を持ち、系は1800万人の信者を持っている。 また、仏教徒のほとんどはアジアに居住しているが、アジア以外の仏教信者も700万人ほど存在する。 ジョンソンとグリムの2013年の研究によると、1910年には仏教徒の人口は1億3800万人であり、そのうち1億3700万人はアジアに居住していたが、2010年には仏教徒の人口は4億9500万人にのぼり、そのうちアジアの仏教徒は4億8700万人だった。 この間、、、、いくつかの諸国においては仏教徒の数が高い増加率を示した。 2000年から2010年にかけては、、、、いくつかのの国々で仏教徒数が高い成長率を示している。 これらの国では上座部仏教が主に信仰されている。 また、発祥の地である南アジアにおいては、では仏教は衰退したものの、やなどでは仏教徒は高い比率を示している。 スリランカでは仏教は主に南部に居住し人口の3分の2を占めるによって信仰されており、北部に居住しを信仰するとの間には宗教的な対立が存在する。 大乗仏教は東アジアで広く信仰され、信徒数は上座部仏教よりもはるかに多いものの、国家における人口比ではそれほど高くはない国がほとんどである。 大乗仏教国で最も信徒比率が高い国はブータンであり、の一派であるが国教の地位にあり、広く信仰される。 チベット仏教は、においても広く信仰されている。 東アジアにおいてもっとも信徒比率が高い国もモンゴルである。 日本においては統計によって信徒数が非常に大きく異なる。 言語圏 [ ] 伝統的に仏教を信仰してきた諸国、諸民族は、経典の使用言語によって、圏、圏、圏、圏の4つに大別される。 パーリ語圏のみが上座部仏教で、残る各地域は大乗仏教である。 サンスクリット語圏 、(、等) パーリ語圏 、、、、等。 漢語圏 (・)、(中国東北部・など)、日本、ベトナム等。 チベット語圏 (、、、などの諸国の沿ヒマラヤ地方に分布)、(、中国ほか、ロシア連邦や)、の(中国東北部など)、の(ロシア連邦)など。 宗派 [ ] 釈迦以後、インド本国では大別して部派仏教、大乗仏教、密教が時代の変遷と共に起こった。 部派仏教 [ ] 詳細は「」を参照 アビダルマ仏教とも呼ばれる。 釈迦や直弟子の伝統的な教義を守る派仏教。 仏滅後100年頃に戒律の解釈などから、上座部と大衆部に分裂(根本分裂)、さらにインド各地域に分散していた出家修行者の集団らは、それぞれに釈迦の教えの内容を整理・解析するようになる。 そこでまとめられたものを(アビダルマ)といい、それぞれの論蔵を持つ学派が最終的におおよそ20になったとされ、これらを総称して部派仏教という。 このうち現在まで存続するのは、上座部(分別説部、保守派、長老派)のみである。 では、人は自らに頼り、自ら修行をして()に目覚め、「」を得る。 最終的には「あらゆるものごとは、我()ではない」()「我(アートマン)を見つけ出すことはできない」と覚り、全ての欲や執着を捨てることによって、の束縛から解放されること(=)を求めることである。 一般にこの境地を『』と呼ぶ。 上座部仏教では、釈迦をと尊崇し、その教え()を理解し、自分自身が、などの実践修行によって、を得、を除き、のからして、涅槃の境地に入ることを目標とする。 大乗仏教 [ ] 詳細は「」を参照 部派仏教では、出家であれ在家であれ、自ら修行する者しか救済を得ることができない。 大乗仏教は、人は他者により済度されることが可能であるとする教義を持つ。 において部派仏教から派生したと考えられ、ヒマラヤを越えて中央アジア、中国へ伝わったことから北伝仏教ともいう。 おおよそ初期・中期・後期に大別され 、、、、、などとそれぞれに派生して教えを変遷させていった。 新興勢力である大乗仏教は、部派仏教を自分だけの救いを求めていると見なし、小乗(ヒーナヤーナ、劣った乗り物)と蔑称で呼んだ。 大乗仏教では、一般に数々の輪廻の中で、徳()を積み、阿羅漢ではなく、仏陀となることが究極的な目標とされるが、 自身の涅槃を追求するにとどまらず、苦の中にある全ての生き物たち()への救済に対する誓いを立てること(=)を目的とする立場もあり、その目的は、ある特定のものにまとめることはできない。 さらに、道元のいう「自未得度先度佗(じみとくどせんどた)」(『』)など、自身はすでに涅槃の境地へ入る段階に達していながら仏にならず、苦の中にある全ての生き物たち()へのからの中に留まり、衆生への救済に取り組む面も強調・奨励される。 密教 [ ] 詳細は「」を参照 後期大乗仏教とも。 インド本国では4世紀よりとして定められたが徐々に勢力を拡張していく。 その中で部派仏教は6世紀頃にインドからは消滅し、7世紀に入って大乗仏教も徐々にヒンドゥー教に吸収されてゆき、ヒンドゥー教の一派であるの教義を取り入れて密教となった。 すなわち密教とは仏教のヒンドゥー化である。 中期密教期に至り、密教の修行は、口に(、マントラ)を唱え、手に印契(いんげい)を結び、心に大日如来を思う三密という独特のスタイルをとった。 はその世界観を表したものである。 教義、儀礼は秘密で門外漢には伝えない特徴を持つ。 秘密の教えであるので、密教と呼ばれた。 「秘密の教え」という意味の表現が用いられる理由としては、顕教が全ての信者に開かれているのに対して、灌頂の儀式を受けた者以外には示してはならないとされた点で「秘密の教え」だともされ、また、言語では表現できない仏の悟り、それ自体を伝えるもので、凡夫の理解を超えているという点で「秘密の教え」だからだとも言う。 密教は、中国を経て日本にももたらされ、が形成されたほか、も密教を取り入れた。 一方,8世紀にに伝えられた密教はの根幹となった。 仏像 [ ] 詳細は「」を参照 では、具体的に礼拝する対象はシンボル(菩提樹や、)で間接的に表現していたが、ギリシャ・ローマの彫刻の文明の影響もあり、紀元1世紀頃に(現在のパキスタン北部)で直接的に人間の形のが製作されるようになり、前後して(インド)でも仏像造立が開始された。 仏像造立開始の契機については諸説あるが、一般的には釈迦亡き後の追慕の念から信仰の拠りどころとして発達したと考えられている。 仏像の本義は仏陀、すなわち釈迦の像であるが、現在は・・・など、さまざまな礼拝対象がある。 - 「目覚めた者」「真理に到達した者」の意。 悟りを開いた存在。 のほか、、、など。 - 仏果を得るため修行中の存在。 すでに悟りを開いているが、衆生済度のため現世に留まる者ともいわれる。 如来の脇侍として、または単独で礼拝対象となる。 、、など。 - 密教特有の尊格。 密教の主尊たる大日如来が、難化の衆生を力をもって教化するために忿怒の相をもって化身したものと説かれる。 、など。 - 護法善神。 その由来はさまざまだが、インドの在来の神々が仏教に取り入れられ、仏を守護する役目をもたされたものである。 、(四天王の一である多聞天に同じ)、、、、、など。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 例えばユダヤ教はが日本語に全訳されていないなどの不備を持つが、仏教ではそのようなことはなく、仏典のほぼすべてが日本語訳されており研究点数も多い。 武田宏道, 「」 龍谷大学 学位論文 乙第53号, 2007年, : 参照。 それは、「常住であるなら、変化しない。 それゆえに人が行為をしても、それの変化は認められないから、行為が無意味となってしまう」という理由である。 これは後に大乗仏教のによる『根本中頌』(中論)の第24章にも概ね伝承された考え方である。 五蘊を離れて「我」が存在しない理由は以下の通りである。 まず、目の見えない人には、目の見える人が見るようには、外界の対象が見えない。 それは、目という感覚器官の働きが有るか、無いかの違いによる。 普通は認識することはできないが、目という感覚器官が存在するであろう、ということが推理によって知られる訳である。 しかし「我」にはそのようなことはない。 ゆえに「我」は存在しない。 これについて、日本の仏教各宗派に対してアンケート調査が行われたことがあり、結果は存在を認める宗派、肯定も否定もしない宗派、否定する宗派の割合がそれぞれ同程度で、見解が全く相違した。 「小乗」という呼び名は大乗仏教からの一方的な蔑称であること、また大乗勃興当時のその批判対象はが中心であったことが知られてきたため、南伝仏教の実際が知られてきた近年ではむやみに使用されることはなくなってきている。 大乗経典群が指している「小乗」の語は当時の部派仏教を指したものであって、大乗仏教が北伝を開始した時点でその蔑視の対象はすでに滅んでいた。 したがって存続中の何らかの宗派・学派に対して小乗の語を当てるのはであり、蔑称であるためカテゴライズとしても適切な言葉ではない。 出典 [ ]• 244—245. 『無我の見方』 サンガ、2012年、Kindle版、位置No. ウ・ウェープッラ、戸田忠=訳註『アビダンマッタサンガハ [新装版]』、中山書房仏書林、p. 234• 総合仏教大辞典編集委員会 『総合仏教大辞典』 法蔵館、1988年1月、997-999頁。 Buswell, Robert E. 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鎌倉新仏教とは?6つの宗派の特徴と開祖をまとめて紹介!

仏教 開祖

この記事はに基づく疑問が提出されているか、議論中です。 そのため、中立的でない偏った観点から記事が構成されているおそれがあり、場合によっては記事の修正が必要です。 議論はを参照してください。 ( 仏、目覚めた人)の説いた 教えである。 世界的にも・に次いで幅広い国々へ広がっており、の一つとみなされている。 特にで広まっており、日本でも多くの信徒がおり、出版物も多い。 その教義はのからすることを目指している。 原因と結果の理解に基づいており、諸々の現象がするとされる。 仏教は、その教えである、その実践者であるからなるを中心に組織されている。 実践における戒定慧のは、、心を集中する、ものごとの縁起を観察するであり、後ろ二つは併せてとも呼ばれる仏教の法である。 実践にて重要となる能力はやのように、いくつかの方法でまとめられている。 紀元前450年ごろに、インドで開始された仏教は、今ではとして研究されている。 釈迦は、他の宗教者の主張である(真我)の存在を否定してとした。 釈迦の死後数百年でが生まれ、大きくととに、さらに細かく分かれたが、今なお大きな勢力として続いているのは南方に伝播したであり、初期の教えを模範としている。 紀元前の終わりごろには北方に伝播し日本にも伝わることになるが開始され、教義や団体は多彩に発展しており、の瞑想法の様々、や日本のに残る、一方でのような信仰形態の変化など多様である。 なお、『日本書紀』によれば仏教が伝来したのは飛鳥時代552年(欽明天皇13年)である()。 繰り返し行われる (ジャーティ)は 苦しみである 仏教のは必然的に、仏教誕生の地であるの世界観であるとの考えに基づいている。 人の一生はであり永遠に続く輪廻の中で終わりなく苦しむことになる。 その苦しみから抜け出すことが解脱であり、修行により解脱を目指すことが初期仏教の目的であった。 輪廻転生・六道・仏教と神 [ ] 仏教においては、迷いの世界から解脱しない限り、無限に存在すると、生前の、および臨終のの状態などによって次の転生先へとするとされている。 部派では「天・人・餓鬼・畜生・地獄」の五道、ではこれに修羅を加えたの転生先に生まれ変わるとされる。 生前に良い行いを続け功徳を積めば次の輪廻では良き境遇(善趣)に生まれ変わり、悪業を積めば苦しい境遇(悪趣)に生まれ変わる。 また、(天)とは、仏教においてはのであり、(有情)の一種と位置づけられている。 そのため神々は人間からの信仰の対象ではあっても厳密には仏では無く仏陀には及ばない存在である。 因果論 [ ] ドミノ倒し。 仏教では「AによってBが生ずる」とを説く() 仏教は、物事の成立にはとがあるというを基本的考え方にすえている。 一切の現象()は原因によって現れる、すなわち「偶然による事物の発生」「(原因なく)事物が突然、生じること」「神による創造」などは否定される。 の行為・行動(体、言葉、心でなす三つの行為)にはそのであるが生じるとする論があり、果報の内容如何により人の行為を善行と悪行に分け(善因善果・悪因悪果)、人々に悪行をなさずにを積むことを勧める。 また個々の生に対しては業の積み重ねによる果報である次の生、すなわちを論じ、世間の生き方を脱してを証さない(を開かない)限り、あらゆる生命は無限にこの輪廻を続けると言う。 輪廻・転生および解脱の思想はインド由来の宗教や哲学に普遍的にみられる要素だが、輪廻や解脱を因果論に基づいて再編したことが仏教の特徴である。 生きることは苦であり、人の世は苦に満ち溢れている。 そして、あらゆる物事は原因と結果から基づいているので、人々の苦にも原因が存在する。 したがって苦の原因を取り除けば、人は苦から抜け出すことが出来る。 これが仏教における解脱論である。 また、仏教においては、輪廻の主体となる永遠不滅の魂()の存在は「」の概念によって否定され、輪廻は生命の生存中にも起こるプロセスであると説明されることがある点でも、仏教以前の思想・哲学における輪廻概念とは大きく異なっている。 縁起 [ ] 詳細は「」、「」、「」、「」、「」、および「」を参照 仏教そのものが存在を説明するものとなっている。 変化しない実体を一切認めない、とされる。 また、仏教は無我論および無常論である とする人もおり、そういう人は、仏教はすべての生命について魂や神といった本体を認めないとする。 そうではなくて釈迦が説いたのは「無我」ではなくて「非我」である(真実の我ではない、と説いたのだ)とする人もいる。 衆生(生命・生きとし生けるもの)と生命でない物質との境は、ある存在が(認識する働き)を持つか否かで区別される。 また物質にも不変の実体を認めず、物理現象も無常、すなわち変化の連続であるとの認識に立つ()。 物質にも精神にも普遍の実体および本体がないことについて、「行為はあるが行為者はいない」などと説明されている。 一切の現象は原因によって現れる、すなわち「偶然」「突然」「神による創造」などは否定される。 全ての生命要素を(・・・・)に分ける。 これは身体と4種類の心理機能のことで、精神と物質の二つでとも言う。 仏教では、根本教義において一切魂について説かず、「我が存在するか?」という質問については一切答えず、直接的に「我は存在しない」とのべず、「無我(我ならざるもの)」について説くことによって間接的に我の不在を説くだけだった。 やがて後代になると「我ならざるもの」でもなく、「我は存在しない」と積極的に主張する学派も出てきた。 無常・苦・無我 [ ] 「」および「」を参照 伝統的に多くの宗派においては、教義実践の第一歩として( triratna, tiratana への帰依が求められる。 三宝とは 、• 歴史的なガウタマ・シッダールタ。 真理に目覚めた者。 (法)。 仏の教え。 戒、止観、、、。 (僧伽)。 し戒律を守るブッダの弟子たちのコミュニティ。 狭義には預流向から阿羅漢果に至るの者たちを指す。 パーリ経典ではにおける三宝のモチーフを採用しており、それは 9. 47 6. 9、および 2. 3—4で確認される。 では時折を加えて四宝とされる。 は仏教徒にとって敬意を払うべきものと信じられている。 三宝に帰依することは、仏教では逃げ込みではなく、浄化、高揚、強化であるとみなされている。 戒定慧(三学) [ ] 詳細は「」を参照 仏教の実践の重要な指導原則はである。 これは釈迦のの中で述べられており、そこで釈迦は極端なおよびの両方を避ける「中道」として、八正道を提示した。 この八正道はの4番目で示されており、苦の停止の筋道を示している。 八正道は、執着、カルマの蓄積を止めることを教え、これにより無限の再生と苦のサイクルを終止させる。 八正道は以下のように三つに分類することができる()。 修行僧については性的行為をしない。 Harveyは、貪・瞋・痴という不健全な精神的状態を防ぎ、健全な精神的状態を増進させることだとしている。 4つのとして説明されている 大乗仏教 [ ] 大乗仏教では、(ボーディ・サットヴァ)への道を理論的中心とする。 菩薩とは仏になろうと決意して修行する人のこと。 それは正語、正業、正命で構成される。 戒は、位階者および一般信者の両者における倫理的規範を定めている。 これには、在家信者のための5つの教訓、修道僧のための8または10の教訓、および生活のためのルール(および)がある。 五戒は仏教において、と共に最も重要な倫理規定である。 五戒は男性信者および女性信者の両者に適用され、内容は以下である。 (人、動物を)殺さない• 盗みをしない• 不道徳な性行為をしない• 嘘をつかない• 酒、薬物など酔わせる、酩酊させるものを避ける 五戒とは禁止事項ではなく、これを破ったことで制裁を受けるものではないが、これを破ることで生じる力はとして、死後の世界への影響をおよぼすというのが仏教の信念である。 仏教においては殺傷を行うと、死後は地獄界における再生をまねき、さらにその対象が僧であった場合には、その来世はより厳しい環境ででより長い年月となるとされている。 同様に、姦通はその相手が未婚か既婚かによって、や地獄界で次は再生することとなる。 これらの倫理的教訓は、仏教文化におけるカルマと再生という信念を通じて、自発的かつ自主的に守られてきた。 仏教教義においては、戒はへの道を推し進め、心と人格を発達させることを意図している。 律 [ ] (りつ、Vinaya)とは、(サンガ)に属する比丘および比丘尼らの行動規範である。 これにはが含まれ、上座部仏教においては227の禁止事項、75の儀礼規範、違反に対する罰則などで構成される。 原始仏教 [ ] 仏教は、約2500年前()に中流域で、釈迦が提唱し、発生した()。 当時のインドでは祭事を司る支配階級とは別に、サマナ()といわれる出身、出自を問わない自由な立場の思想家、宗教家、修行者らがおり、仏教はこの文化を出発点としている。 釈迦が死亡()して後、直ぐに出家者集団(、サンガ)は個人個人が聞いた釈迦の言葉()を集める作業()を行った。 これは「」と呼ばれ、(摩訶迦葉尊者)が中心になって開かれた。 仏典はこの時には口誦によって伝承され、後に文字化される。 釈迦の説いた法話を経・律・論と三つに大きく分類し、それぞれ心に印しているものを持ち寄り、仏教聖典の編纂会議を行った。 これが第一回の仏典結集である。 部派仏教 [ ] 仏滅後100年頃、段々と釈迦の説いた教えの解釈に、色々の異見が生じて岐れるようになってきた。 その為に釈迦の説法の地であるヴァイシャーリーで、第二回の三蔵の結集を行い、釈迦の教えを再検討する作業に入った。 この時、僧伽は教義の解釈によってとの二つに大きく分裂する()。 時代とともに、この二派はさらに多くの部派に分裂する(枝末分裂:しまつぶんれつ)。 この時代の仏教をと呼ぶ。 部派仏教の上座部の一部は、に伝わり、さらに、などに伝わり、現在も広く残っている()。 東南アジア、東アジア方面への仏教伝播 それからまたしばらくして、紀元前約3世紀の半ば頃に、は「法(ダルマ)」に基づく統治を志向し 、帝国各地に法大官を置き、西方のエジプト やギリシア、南方のスリランカにも法の使節を遣わした。 アショーカ王は仏教に帰依していたため、その「法」とは仏法から出たものだっただろうと推測される。 南方仏教の伝承によると、その治世下では、アショーカ王の仏教の師とされるモッガリプッタ・ティッサが中心となって第三回の結集が(華氏城)で行われた。 また、モッガリプッタ・ティッサが音頭をとって、仏教教団から9つの地方に伝道師が派遣されたという。 この頃に文字が使われ出し、それまでの口伝を基に出来たのが文字で書かれた経典・典籍である。 文字としては主にから派生した様々ないわゆるインド系文字で表記された。 言語としては、大乗経典においては()と呼ばれる言語や語が、主に南方に伝わった上座部経典においてはが用いられた。 はセイロンを中心としている。 そこで仏典がサンスクリットやそれに近い言語で書かれたものとパーリ語で書かれたものとが出てきた。 このサンスクリットの頃の仏典の日本語訳は、、をはじめ、多くの人々によって取り組まれてきている。 大乗仏教 [ ] 紀元前3世紀、インド初の統一国家となったの最盛期を築いたの時代、その保護の下でインド全域に広がった仏教は、やがて西北インドからを経由して、紀元1世紀にはのまで伝播した。 そして、こうした流れの中、紀元前後に、単に生死を脱した阿羅漢ではなく、一切智智を備えた仏となって、積極的に一切の衆生を済度する教え「」が起こり、急速に広まっていった。 中央アジアを経て中国、さらに、日本、へと伝わった仏教は、「北伝仏教」と呼ばれるが、大乗仏教と同義ではなく、西北インドや西域諸国ではも盛んで、中国にもその経典が伝えられた。 7世紀ごろで、のの一潮流であると深い関係を持ったが盛んになった。 この密教は、様々な土地の習俗や宗教を包含しながら、それらを仏を中心とした世界観の中に統一し、すべてを高度に象徴化して独自の修行体系を完成し、秘密の儀式によって究竟の境地に達することができ仏となること()ができるとする。 密教は、インドから・へ、さらに中国・韓国・日本にも伝わって、土地の習俗を包含しながら、それぞれの変容を繰り返している。 8世紀よりチベットは僧伽の設立や仏典の翻訳を国家事業として大々的に推進、同時期にインドに存在していた仏教の諸潮流を、数十年の短期間で一挙に導入した()。 その後チベット人僧侶の布教によって、チベット仏教はや南にまで拡大していった。 古くは、や大乗仏教を信奉してきた東南アジアの王朝では、次第にスリランカを起点とした上座部仏教が、その地位に取って代わるようになり、現在まで広く根付いている()。 仏教の教えは、インドにおいては上記のごとく段階を踏んで発展したが、近隣諸国においては、それらの全体をまとめてとして受け取ることとなった。 中国および中国経由で仏教を導入した諸国においては、により仏の極意の所在を特定の教典に求めてとしたり、特定の行(、密教など)のみを実践するという方向が指向されたのに対し、チベット仏教では初期仏教から密教にいたる様々な教えを一つの体系のもとに統合するという方向が指向された。 現代 [ ] 現在の仏教は、かつて多くの仏教国が栄えたが単なる遺跡を残すのみとなったことに象徴されるように、大部分の仏教国は滅亡し、の一つでありながら仏教を主要な宗教にしている国は少ない。 にのが訪れた時点ですでに発祥国の、東南アジアの大部分はヒンドゥー教、次いでへと移行し、では、中国・・モンゴルでは化によって宗教がされて衰退している。 ただしモンゴルではによりチベット仏教が復権しているほか、中国では沿海部を中心にの動きもみられる。 韓国はを尊重したによる激しい弾圧により、寺院は山間部に残るのみとなった。 成立後はの勢力拡大が著しく、キリスト教徒による排仏運動がになっている。 ではにより宗教の冷遇はされたものの、仏教が勝利に大きな役割を果たしたこともあって組織的な弾圧を受けることなく、一定の地位を保っている。 21世紀において仏教が社会において主要な位置を保っているのは、仏教をまたは国教に準じた地位としている・スリランカ・・・ブータン、土着の信仰との混在・が顕著である日本・・ベトナムなどである。 中国・北朝鮮では政権によって、仏教に対する圧迫が続いている。 この他、アフガニスタンではによりが爆破された。 発祥国のインドにおいてはヒンドゥー教やイスラムとの争いもあり一回滅亡している()。 20世紀、により、1927年から1934年にかけて仏教復興及び反運動が起こり、20万あるいは50万人の民衆が仏教徒へとした。 2011年段階で0. アンベードカルの遺志を継ぐ・により運動が続けられており、毎年10月には大改宗式を行っているほか、の奪還運動やへの登録、仏教遺跡の発掘なども行われている。 各地域の仏教については以下を参照。 紀元前5世紀頃 - インドで仏教が開かれる()• 紀元前3世紀 - ()に伝わる()• 紀元後1世紀 - 中国に伝わる()• 4世紀 - 朝鮮半島に伝わる()• 538年(552年) - 日本に伝わる()• 7世紀前半 - チベットに伝わる()• 11世紀 - ビルマに伝わる()• 13世紀 - タイ王国に伝わる()• 13〜16世紀 - モンゴルに伝わる(チベット仏教)• 17世紀 - カスピ海北岸に伝わる(チベット仏教)• 18世紀 - 南シベリアに伝わる(チベット仏教) 分布 [ ] 日本の。 7世紀の北東アジアの仏教寺院の代表的なものである 資料や統計により数値は異なるものの、2010年代において世界の仏教徒の総数は4. 88億 から4. 95億 、または5. 44億人が信仰していると推定されている。 彼らは主に諸派を信仰しており、中国仏教の属する大乗仏教の最大の信徒集団となっている。 このほかに、日本や台湾などを含めた東アジア全体での仏教信者は、世界の仏教徒の半数以上を占めている。 ピーター・ハーヴェイが2013年に報告した人口統計学の分析によると 、世界の仏教のうちで大乗仏教は3. 6億人、上座部仏教は1. 5億人の信者を持ち、系は1800万人の信者を持っている。 また、仏教徒のほとんどはアジアに居住しているが、アジア以外の仏教信者も700万人ほど存在する。 ジョンソンとグリムの2013年の研究によると、1910年には仏教徒の人口は1億3800万人であり、そのうち1億3700万人はアジアに居住していたが、2010年には仏教徒の人口は4億9500万人にのぼり、そのうちアジアの仏教徒は4億8700万人だった。 この間、、、、いくつかの諸国においては仏教徒の数が高い増加率を示した。 2000年から2010年にかけては、、、、いくつかのの国々で仏教徒数が高い成長率を示している。 これらの国では上座部仏教が主に信仰されている。 また、発祥の地である南アジアにおいては、では仏教は衰退したものの、やなどでは仏教徒は高い比率を示している。 スリランカでは仏教は主に南部に居住し人口の3分の2を占めるによって信仰されており、北部に居住しを信仰するとの間には宗教的な対立が存在する。 大乗仏教は東アジアで広く信仰され、信徒数は上座部仏教よりもはるかに多いものの、国家における人口比ではそれほど高くはない国がほとんどである。 大乗仏教国で最も信徒比率が高い国はブータンであり、の一派であるが国教の地位にあり、広く信仰される。 チベット仏教は、においても広く信仰されている。 東アジアにおいてもっとも信徒比率が高い国もモンゴルである。 日本においては統計によって信徒数が非常に大きく異なる。 言語圏 [ ] 伝統的に仏教を信仰してきた諸国、諸民族は、経典の使用言語によって、圏、圏、圏、圏の4つに大別される。 パーリ語圏のみが上座部仏教で、残る各地域は大乗仏教である。 サンスクリット語圏 、(、等) パーリ語圏 、、、、等。 漢語圏 (・)、(中国東北部・など)、日本、ベトナム等。 チベット語圏 (、、、などの諸国の沿ヒマラヤ地方に分布)、(、中国ほか、ロシア連邦や)、の(中国東北部など)、の(ロシア連邦)など。 宗派 [ ] 釈迦以後、インド本国では大別して部派仏教、大乗仏教、密教が時代の変遷と共に起こった。 部派仏教 [ ] 詳細は「」を参照 アビダルマ仏教とも呼ばれる。 釈迦や直弟子の伝統的な教義を守る派仏教。 仏滅後100年頃に戒律の解釈などから、上座部と大衆部に分裂(根本分裂)、さらにインド各地域に分散していた出家修行者の集団らは、それぞれに釈迦の教えの内容を整理・解析するようになる。 そこでまとめられたものを(アビダルマ)といい、それぞれの論蔵を持つ学派が最終的におおよそ20になったとされ、これらを総称して部派仏教という。 このうち現在まで存続するのは、上座部(分別説部、保守派、長老派)のみである。 では、人は自らに頼り、自ら修行をして()に目覚め、「」を得る。 最終的には「あらゆるものごとは、我()ではない」()「我(アートマン)を見つけ出すことはできない」と覚り、全ての欲や執着を捨てることによって、の束縛から解放されること(=)を求めることである。 一般にこの境地を『』と呼ぶ。 上座部仏教では、釈迦をと尊崇し、その教え()を理解し、自分自身が、などの実践修行によって、を得、を除き、のからして、涅槃の境地に入ることを目標とする。 大乗仏教 [ ] 詳細は「」を参照 部派仏教では、出家であれ在家であれ、自ら修行する者しか救済を得ることができない。 大乗仏教は、人は他者により済度されることが可能であるとする教義を持つ。 において部派仏教から派生したと考えられ、ヒマラヤを越えて中央アジア、中国へ伝わったことから北伝仏教ともいう。 おおよそ初期・中期・後期に大別され 、、、、、などとそれぞれに派生して教えを変遷させていった。 新興勢力である大乗仏教は、部派仏教を自分だけの救いを求めていると見なし、小乗(ヒーナヤーナ、劣った乗り物)と蔑称で呼んだ。 大乗仏教では、一般に数々の輪廻の中で、徳()を積み、阿羅漢ではなく、仏陀となることが究極的な目標とされるが、 自身の涅槃を追求するにとどまらず、苦の中にある全ての生き物たち()への救済に対する誓いを立てること(=)を目的とする立場もあり、その目的は、ある特定のものにまとめることはできない。 さらに、道元のいう「自未得度先度佗(じみとくどせんどた)」(『』)など、自身はすでに涅槃の境地へ入る段階に達していながら仏にならず、苦の中にある全ての生き物たち()へのからの中に留まり、衆生への救済に取り組む面も強調・奨励される。 密教 [ ] 詳細は「」を参照 後期大乗仏教とも。 インド本国では4世紀よりとして定められたが徐々に勢力を拡張していく。 その中で部派仏教は6世紀頃にインドからは消滅し、7世紀に入って大乗仏教も徐々にヒンドゥー教に吸収されてゆき、ヒンドゥー教の一派であるの教義を取り入れて密教となった。 すなわち密教とは仏教のヒンドゥー化である。 中期密教期に至り、密教の修行は、口に(、マントラ)を唱え、手に印契(いんげい)を結び、心に大日如来を思う三密という独特のスタイルをとった。 はその世界観を表したものである。 教義、儀礼は秘密で門外漢には伝えない特徴を持つ。 秘密の教えであるので、密教と呼ばれた。 「秘密の教え」という意味の表現が用いられる理由としては、顕教が全ての信者に開かれているのに対して、灌頂の儀式を受けた者以外には示してはならないとされた点で「秘密の教え」だともされ、また、言語では表現できない仏の悟り、それ自体を伝えるもので、凡夫の理解を超えているという点で「秘密の教え」だからだとも言う。 密教は、中国を経て日本にももたらされ、が形成されたほか、も密教を取り入れた。 一方,8世紀にに伝えられた密教はの根幹となった。 仏像 [ ] 詳細は「」を参照 では、具体的に礼拝する対象はシンボル(菩提樹や、)で間接的に表現していたが、ギリシャ・ローマの彫刻の文明の影響もあり、紀元1世紀頃に(現在のパキスタン北部)で直接的に人間の形のが製作されるようになり、前後して(インド)でも仏像造立が開始された。 仏像造立開始の契機については諸説あるが、一般的には釈迦亡き後の追慕の念から信仰の拠りどころとして発達したと考えられている。 仏像の本義は仏陀、すなわち釈迦の像であるが、現在は・・・など、さまざまな礼拝対象がある。 - 「目覚めた者」「真理に到達した者」の意。 悟りを開いた存在。 のほか、、、など。 - 仏果を得るため修行中の存在。 すでに悟りを開いているが、衆生済度のため現世に留まる者ともいわれる。 如来の脇侍として、または単独で礼拝対象となる。 、、など。 - 密教特有の尊格。 密教の主尊たる大日如来が、難化の衆生を力をもって教化するために忿怒の相をもって化身したものと説かれる。 、など。 - 護法善神。 その由来はさまざまだが、インドの在来の神々が仏教に取り入れられ、仏を守護する役目をもたされたものである。 、(四天王の一である多聞天に同じ)、、、、、など。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 例えばユダヤ教はが日本語に全訳されていないなどの不備を持つが、仏教ではそのようなことはなく、仏典のほぼすべてが日本語訳されており研究点数も多い。 武田宏道, 「」 龍谷大学 学位論文 乙第53号, 2007年, : 参照。 それは、「常住であるなら、変化しない。 それゆえに人が行為をしても、それの変化は認められないから、行為が無意味となってしまう」という理由である。 これは後に大乗仏教のによる『根本中頌』(中論)の第24章にも概ね伝承された考え方である。 五蘊を離れて「我」が存在しない理由は以下の通りである。 まず、目の見えない人には、目の見える人が見るようには、外界の対象が見えない。 それは、目という感覚器官の働きが有るか、無いかの違いによる。 普通は認識することはできないが、目という感覚器官が存在するであろう、ということが推理によって知られる訳である。 しかし「我」にはそのようなことはない。 ゆえに「我」は存在しない。 これについて、日本の仏教各宗派に対してアンケート調査が行われたことがあり、結果は存在を認める宗派、肯定も否定もしない宗派、否定する宗派の割合がそれぞれ同程度で、見解が全く相違した。 「小乗」という呼び名は大乗仏教からの一方的な蔑称であること、また大乗勃興当時のその批判対象はが中心であったことが知られてきたため、南伝仏教の実際が知られてきた近年ではむやみに使用されることはなくなってきている。 大乗経典群が指している「小乗」の語は当時の部派仏教を指したものであって、大乗仏教が北伝を開始した時点でその蔑視の対象はすでに滅んでいた。 したがって存続中の何らかの宗派・学派に対して小乗の語を当てるのはであり、蔑称であるためカテゴライズとしても適切な言葉ではない。 出典 [ ]• 244—245. 『無我の見方』 サンガ、2012年、Kindle版、位置No. ウ・ウェープッラ、戸田忠=訳註『アビダンマッタサンガハ [新装版]』、中山書房仏書林、p. 234• 総合仏教大辞典編集委員会 『総合仏教大辞典』 法蔵館、1988年1月、997-999頁。 Buswell, Robert E. 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仏教の開祖ってだれですか?シャカとブッダは別物なのですか...

仏教 開祖

仏陀は実在する歴史上の人物 仏陀は神様のように捉えられていますが、実際には私たちと同じ人間であり、歴史上の人物の一人です。 その生涯は様々な書物に残されており、仏陀の生きてきた道を知る事が出来ます。 仏陀の生涯を、順追って見ていきましょう。 仏陀(シッダルタ)は2600年前の4月8日に誕生する 仏陀が生まれたのは今から2600年前の事です。 インドの北部、現在のネパールの釈迦族の王子として仏陀は誕生しました。 仏陀の母親であるマーヤー婦人は出産の為の里帰りの途中、ルンビニー園に差し掛かった頃に産気づいてその場所で出産しました。 この時に言い伝えられているのが、仏陀は生まれてすぐに東西南北に7歩ずつ歩き天と地を指さして「天上天下唯我独尊」と言い放った、というエピソードです。 また、仏陀の誕生日は4月8日です。 この為、毎年4月8日には仏教では仏陀の誕生日を祝う為に花祭りが開催されます。 その後仏陀の母親は、仏陀が誕生して1週間後に亡くなってしまいます。 仏陀はシッダルタと名付けられ、父親に大切に育てられていきます。 「素晴らしい人になる」とアシダ仙人の予言を受ける シッダルタの父親は、シッダルタの幼いながらも聡明な様子に気づき、将来どんな人間になるのかを仙人に訪ねにいきました。 この仙人は国一番の占い師で、名をアシダといいました。 アシダ仙人はシッダルタの顔を見るなり涙を流し、一目見てシッダルタが只者ではない事を言い当てました。 世界に二度と現れないような素晴らしい人間になるに違いなく、自分は高齢の為その将来を見守れない事が悲しい、といって涙を流したのです。 アシダ仙人は、シッダルタは全世界を支配する転輪王か、無上の悟りを開く仏陀になるだろうと言いました。 その後シッダルタの父親はシッダルタを転輪王にする為に、様々な教育を施すようになりました。 国で一番の学者だったバッダラニーと、国で一番の武芸の達人であったセンダイダイバーをシッダルタの家庭教師につけ、幼い頃から本格的な教育を始めます。 しかし、その後学者のバッダラニーが家庭教師を辞めたいと言い始めました。 父親がその理由を尋ねると、「シッダルタ王子は非常に賢く、既に私が知らない事まで知り尽くしており、教える事が何もない」と言うのです。 さらにその後武芸の達人であるセンダイダイバーも辞めたいと言い始めました。 父親がその理由を尋ねると、「シッダルタ王子は弓を百発百中で命中させる。 どんな暴れ馬も乗りこなす。 私に教えられる事はもう何もない」と言うのです。 結局二人の家庭教師は辞めてしまい、その後シッダルタは一人で学問に勤しみ、武芸を磨くようになっていきました。 物思いにふけるようになるシッダルタ その後もシッダルタはすくすくと成長し、何一つ不自由のない暮らしを続けました。 しかしシッダルタは時折物思いにふけるようになっていきます。 父親がその理由を聞いてもシッダルタは答えようとしません。 そこで彼の為に妻を用意しました。 こうしてシッダルタは19歳の時、国で一番の美女と結婚する事になりました。 二人の間に子供が生まれ、その子はラーゴーラと名付けられました。 ラーゴーラとは「束縛者」という意味です。 これは、子供を育てる為に時間やお金や生活そのものを束縛される、という意味とも捉えられています。 妻と子供に囲まれ、裕福な環境で生活を続けるシッダルタですが、それでも彼の悩みがなくなる事はありません。 父親はどんどんシッダルタが望みそうな立派な住まいや美女、食べ物等を与えますが、それでもシッダルタの様子が変わる事はありませんでした。 シッダルタの3つの悩み とうとうシッダルタは父親に長年の悩みを打ち明けました。 その悩みというのは3つあり、 1つ目はいつまでも若さを保ったままでいたい事。 2つ目は病気で苦しまない事。 3つ目は死なない肉体を持つ事。 というものでした。 当然そのような願いを叶えてあげる事は出来ず、父親は必死にシッダルタを説得しようと試みます。 それでもシッダルタの考えは変わる事なく、ついに家を出たいと言い出すようになりました。 どんなに地位や名誉、お金、家族、才能を持っていても、いずれそれらに見捨てられる時が来ます。 その事を知ってしまったシッダルタは、どうすれば本当の幸福を見つけられるのか、幸福な人生を歩めるのかという事を考えるようになりました。 そして29歳の時、シッダルタはいよいよ出家をします。 シッダルタは裕福な暮らしを捨てて出家する シッダルタの出家を知った父親はすぐにシッダルタを捜索するように手配します。 その中の一人、キョウチンニョが修業中のシッダルタを発見しました。 キョウチンニョは修行をしているシッダルタに「なぜ裕福な暮らしを捨てて出家しようと思ったのか」と尋ねます。 シッダルタは「全ての物事は滅んでいき、常に傍にいてくれる訳ではない。 それでは永遠に不安な気持ちはなくならない。 どんなに努力して富や名声を得ても裏切られてしまうのなら苦労をする意味がない。 そんな儚い一時的な幸福には何の意味もないという事が分からないのか」と逆にキョウチンニョに問いかけます。 キョウチンニョはシッダルタの言葉を聞き気持ちを改めて、一緒に修行をするようになりました。 厳しい修行の末に悟りを開いたシッダルタ シッダルタは厳しい修行に勤しむ日々を送ります。 その修行は私たちの想像を絶するようなもので、呼吸を止めたり、直射日光に当たり続けたり、断食をしたりといった極端なものばかりでした。 当然シッダルタの心身はやせ衰えていきますが、それでも苦しみから解放される事はありません。 とうとう極限状態になったシッダルタは、菩提樹の下でこれまでの事を思い出しました。 裕福で何一つ不自由のない暮らしをしてきた日々と、現在の全てを抑圧した厳しい日々。 そしてシッダルタは、極端な考え、極端な生活をしていては本当の幸せを得る事は出来ないという事を理解します。 仏陀が悟りを開くまでには6年の修行を要し、35歳になっていました。 仏陀はその後80歳で亡くなるまでの45年間に渡り、仏の道、本当の幸福を得る為の教えを説き続けます。 これが今日の仏教の始まりです。 仏陀が生涯をかけて説き続けた教え 仏陀は亡くなるまで、修行を経て得た教えを多くの人に説き続けました。 そもそも仏陀が出家をしたのは、老いや病、死といった苦しみから解放される事を望んだからです。 この苦しみとは何かを知り、さらに苦しみを乗り越えるには何をすれば良いのか、というのが仏教の基本的な教えでもあります。 仏陀は悟りを開いてから、「中道」「四諦」「八正道」の三つの教えを説きました。 「中道」とは極端な修行は悟りを開く為には無意味である事、つまり何事も偏った考えでは成就しないという事を示しています。 「四諦」とは自分自身の悩み、苦しみについて説明したものです。 これは4つに細かく分類されている為、下記で説明します。 【苦諦】ありのままの人生を見つめ直す 仏陀はまず、自分のありのままの人生を見つめ直す事から始めました。 自分の人生、つまり自分自身を知らなければ、本当の意味での幸福を得る事は出来ないと考えたのです。 人は生きている事自体の苦しみ、老いる事の苦しみ、病に倒れる事の苦しみ、さらに死ぬ事の苦しみから逃れる事は出来ません。 また、愛する人との別れや憎い人に会わなければならない苦しみ、欲しいものを欲しいままに出来ない苦しみ、さらに生命力が強い事で起きる苦しみからも逃れる事は出来ず、これらをまとめて四苦八苦と呼びます。 人生をある一点から見つめるとこれらの苦しみは見えてこない事もありますが、人生そのものをしっかり見つめ直す事でこの苦しみの実態を知る事が出来ます。 仏教の悟りを目指す道は、人生は苦しみの連続である事を理解する事から始まります。 【集諦】苦しみの原因を知る 病気を治す為には病気の原因を知る必要があります。 仏教では、苦しみを癒す為には同じように苦しみの原因を知る事が大切だと考えられています。 集諦は、苦しみの原因を解明していく為のステップです。 人生のあらゆる苦しみは煩悩によるものだと仏陀は教えました。 煩悩とは欲望や怒り、愚かさを意味します。 お金が欲しい、愛が欲しい、名声が欲しいと思えば思うほど苦しみは増し、例え手に入ったとしても一瞬の喜びを得る事しか出来ません。 手にしたものを手放したくない、もっと増やしたいという欲望は、さらにその人だけでなく周囲の人も苦しめる事になります。 また怒りの心を持つ事で社会はより住みにくいものになっていきます。 そして愚かな心はムダな行いに力を費やす事になり、人生を豊かさ、幸福とはかけ離れたものにしてしまいます。 煩悩は自己中心的な判断のもとに生まれます。 自分の思い通りにしたいという自分勝手な気持ちを捨てなければ悟りを開く事は出来ないのです。 【滅諦】煩悩を打ち消す為の滅諦 苦しみの原因、煩悩の正体が分かったら、次に煩悩を打ち消す為には何をすれば良いのかを知る必要があります。 それを示したのが滅諦です。 滅諦は煩悩がなくなった状態、つまり涅槃を目指すステップです。 仏教では諸行無常、諸法無我という考えがあります。 これは全てのものは移り変わり、また不変の実態というものはないという事です。 いつしか滅んでしまうものに執着し、煩悩を抱くのはムダな事です。 これはお金や食べ物等目に見えるものだけでなく、恋人、地位や名誉といった人間関係にまつわる事、さらには健康な肉体、確立した自分自身といったものにも当てはまります。 全てのものは変化し滅んでいくという事を理解し、煩悩を抱いてもムダだという事を知る事が大切です。 【道諦】苦悩を乗り越えて涅槃を目指す 道諦では、生きる事の苦悩を乗り越えて涅槃を目指す道を考えていきます。 苦しみから逃げるのではなく、苦しみと向き合い、正しい行いをする事で乗り越える事が出来る、という考え方です。 これが「八正道」で、正しく物事を見る、正しく考える、正しく語る、正しい行いをする、正しく生活する、正しく努力する、正しく念じる、正しく心を決めるという事をまとめてこのように呼んでいます。 仏陀の教えがまとめられた教典 仏陀は生涯をかけて多くの人に仏に教えを説き続けましたが、その内容が文字として残る事はありませんでした。 仏陀の教えは聞く人によって解釈が異なり、同じ話を聞いてもその人が置かれている環境やその時の気持ちによって違うように理解されて広まったものもあります。 仏陀の教えがまとめられたのは、仏陀の死後の事でした。 これが現在の「一切経」と呼ばれるもので、なんと7000巻以上ものボリュームがあります。 一切経は初めて編成されてから何度も編集が繰り返され今日の形になっていったと言われています。 仏陀が人間としては超越しているようなエピソードが沢山あるのも、編集の際に弟子たちが「お釈迦様は普通の人間よりももっと優れた能力があったに違いない」という気持ちを込めて書き記したから、または言い伝えを書き残したからだと考えられています。 一切経が完成した事で仏教はより世界に広まる事となりました。

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