戒名 いらない。 戒名・法名・法号はいる?いらない?気になる疑問に答えます

戒名なんていらない!? 戒名が無いと困ることあるの?

戒名 いらない

質問をさせていただきます。 「長男」などの理由で、お寺にある本家の墓を継ぐ檀家の家庭があるとします。 しかしお寺の宗派とは別の宗派や、別の宗教を信仰してしまった場合、 または無宗教にこだわりたいというような場合、 その人の葬式や戒名やお墓はどうしたのか、 経験談がありましたら教えて欲しいです。 自分の信仰とは別に、檀家だからお寺に従い、 戒名をつけてもらって葬式もしてもらいお墓に入る人もい多いと思いますが、 お寺とは関わらず、自分の信仰や信条に従った方法で葬式をしたり、 新たなお墓を作ったりなどのケースはあるのでしょうか。 またそういう場合、檀家契約をしているお寺と トラブルになったなどのケースもあるのでしょうか。 私は生きている間はきちんとお墓を守り、故人の法事も行いますが、 自分が死んだら、葬式も戒名も法事もなしにして欲しいのです。 そうすると先祖代々のお墓には入れないだろうと思いますが、 遺骨は処分してもらってかまいません。 檀家の人間がこういうことをしようとすると お寺とトラブルになり得るでしょうか。 このようなケースを見た、聞いたという方がおられましたら、 どうか教えてください。 ユーザーID: 5723738272 全て守られるか否かは別として、生前そのように自分を弔って下さる予定の方にお話ししておく、遺言に残しておく、と言うのは良いと思いますよ。 お寺様も普通そんな事に文句は仰いません。 ただ、お葬式やお通夜、四十九日に法事…と言う一連の物は、まあ義務としてただやる人、主に対して何も感情のない人は別として、主が「要らないから」と言うよりも、残された方々が主を失ってたと言う現実に心を整えるお別れの儀式であって、加えて主の冥福を祈る為のものなのですよ。 檀家が…と仰ってましたので基本仏教としてお話ししますが、仏教には彼岸でどうなるかの裁判の折、残された遺族が故人の為に祈ったりお供えをする、法要を営むことにより生前の罪が現ぜられ、より良い死後を送れ生まれ変わりを得られる、と言う考えがあります。 主に死後もして上げられる事として「義務」ではなく「したい事」なのだと考えて頂ければ。 最近は何も要らないという方も多いでしょうが、主を愛していた方々はご供養をしたいものですよ。 私も母方の祖母のお仏壇にはよく話しかけますしお位牌は便の一つです。 生きている人間の為のものでもあるのです。 ユーザーID: 2490801425• レスします 葬式・戒名・お墓は、大切な人と別れた後に、現世に残った人の信仰のあり方で決まっていくものです。 大切な人と別れた悲しみの深さは何かと問えば、その人から現世に残った人に贈られているものの大きさであると言えましょう。 それを受け止める儀式や場所が葬式・戒名・お墓なのでしょう。 トピ主さんは、お墓をきちんと守り、故人の法事もなされているとのことですから、先祖から贈られたものをきちんと受け止めていらしゃいます。 贈られたものとは何かと問えば、あなたの人生の「終わりの時」のことを考えることと言えましょう。 もっと言えば、自分が死んだ後ではなく、生きている今、自分の人生をしっかりと受け止めることを考えることと言えましょう。 信仰とは、それぞれの人の心の中に生まれてくるものです。 他人が強制するものではありません。 その人の心の中に生まれたものは、他人には判らないことですし、踏み込むことも出来ません。 トピ主さんが亡くなった後のことは、現世に残った人の信仰によって対応すべきもので、任せていくしかないでしょう。 一番の問題は、自分の信仰を他人に強制することであり、それがトラブルの元になるのではないでしょうか。 ユーザーID: 6245769644• 身近な例では 義父の実家がそうでした。 夫の伯父(長男)がお墓の継承を放棄したため、次男である 義父がお墓を継承しました。 宗教上の理由ではないようですが、詳しい事情は夫も知らないようです。 二人ともすでに他界しましたが、長男は自分で別に建てたお墓に 入り、お葬式ももともと檀家だったお寺とは無関係に行ないました。 当然戒名もそうでしょう。 次男である義父は、もちろん檀家であるお寺に依頼してお葬式をし 戒名をもらい、継承したお墓に入っています。 お寺の方針やその地方の習慣にもよるかもしれませんが、他にお墓を継ぐ 兄弟がいて、一族間の同意が得られれば、問題ないのではないでしょうか? ユーザーID: 7131522241• 話題ランキング• 自由に 皆様、ありがとうございます。 私の場合は家族に自分の考えは話しており 理解は得ておりますし、同意をもらっています。 「遺影やアルバムがあればいつでも思い出せるから、それで十分だよね」 というのが私の家族の気持ちです。 死んだ後に家族が苦労しないよう あらかじめある程度手配を整えておくつもりです。 直葬してくれる業者も把握しております。 遺骨の処分も火葬場にてできることは確認済みですが、 保管しておいてもどこかの墓に入れてもらっても アクセサリーなどにしてもらってかまいません。 親戚として付き合いのある人々もほとんどいませんので 彼らが口を出してくることはないでしょう。 それはすなわち、本家の墓を継いでくれる親戚もいないということなので 私の家が守っていくしかありません。 できれば「経験談」をいただきたいです。 引き続きよろしくお願いします。 ユーザーID: 5723738272• トラブル?聞きませんね。 トピ主さんご要望どおりのことを2度したことがあります。 祖父母がそう遺言したので、その通りにしました。 葬儀社には棺と火葬の手続きだけ頼みました。 病院から直葬もできますよ言っていただけましたが、 なんとなく遺体は家につれて帰りました。 (同じ遺言をしている母のときは直葬するかも) 遺骨も不要ならば火葬場で対処してくれるので、 遺言どおりに遺骨不要でお願いしました。 かれこれ10年たちますが、 もともとあったお墓にお参りに行っても、 お寺からは何も言われてません。 私の代で、墓守もいなくなるので、 両親も亡くなったら、その時点で墓を返して 更地に戻そうと思っています。 これは結構、お金がかかるようですよ。 ユーザーID: 3441868578• 永代供養のひとつの例 故人の遺志がしっかりしてて、文章にして残されているなら、読経や戒名・告別式等もなしでいいと思います。 文章に残して…というのは、意外と親族や故人の友人達が口を出してくるからです。 無宗教でお墓のない人でも、葬儀社に頼めば適当なお坊様を派遣して下さいますように、導師様も読経もなしもアリだと思います。 ただ、先祖伝来のお墓に入るには、最低限その宗派の僧侶に戒名を授けていただく必要があるようです。 公営の墓地だったら戒名は必要ないでしょう。 遺骨を処分したければ、火葬場に頼めば可能です。 いっそ献体するという手もあります。 なおお寺のお墓ですが、永代供養料を払っていても一定期間お参りに来なかったりする檀家さんへはお寺から連絡がゆきます。 檀家さんと連絡がつかない場合、いついつまでに連絡下さいとお墓に看板を立てます。 それでも連絡がつかなければ、遺骨を散骨して更地にし、他の檀家さんへ譲ります。 だから自分の死後墓守りがいなくなるからといって、焦って更地にする必要はありません。 無くなる前に永代供養料を払っておけば、供養期間が過ぎたらお寺がちゃんとしてくれます。 ユーザーID: 0363657817• 経験談はまだ難しい(あまりない)んじゃないですかね 約3年前に母が亡くなったのですが、 以前契約していた葬祭会社の3口のうち、1口だけ使い、 火葬以外、宗教的なことは何もしない直葬としました。 そして、私が婚期を逸しているので、 神社の共同墓(宗派は問わず)を3人分予約しました。 (父方は日蓮宗、母方は神道なのですが、そもそも父が日蓮宗を嫌っていたこともありまして... 父は三男、母は次女なので、必然的に新しい墓を我が家で作る必要もありました。 ) その分、テーブルの母の場所に写真を飾り、 父が朝に一番茶と少量のご飯を添えてます。 また、月命日に、母が好きだった混ぜご飯を炊いています。 お骨は、私の死後に3人まとめて親戚に入れて貰おうと、 エンディングノートをそろそろ作ろうかと思っているところです。 ユーザーID: 1016805127• お金が必要 私は結婚して実家を出ているのですが、独身の兄を昨年亡くしました。 私の実家は本家でしたが、生前より兄は「自分の葬儀・戒名等不要」と 希望しておりました。 お寺には連絡せず、代々の墓に納骨だけしました。 お仏壇には、代々の位牌とは別に、インターネットで小さな位牌を註文し 兄の名を入れたもの(数千円)を置いてあります。 これは、私が両親と自分の為にしました。 先祖代々の法事の時に、お寺さんは兄の位牌に気付かれましたが、 「本人の意思です」と伝えると、 「故人を想って手を合わせてあげる事が何よりの供養になります」 と言われて、責められる事はありませんでした。 私の両親が亡くなれば、跡継ぎがいない実家のお墓は私が永代供養にする 事になります。 位牌たちは私が引き取り、嫁ぎ先で一緒に手を合わさせていただくからと、 すでに両親と主人と義両親には了承を得ています。 ユーザーID: 2709930608• 経験談をお話します。 3年前に父(80歳)が亡くなった時には、斎場で通夜、告別式は行いましたが、無宗教のためお坊さんを呼ばず、お経も無し、戒名無し。 お別れ会という名目で、親族一同が集まってお焼香をして食事会をしてお終いにしました。 その斎場の担当者の話ですと、最近は親族だけで簡単に済ます人が増えてきているそうで、快く引き受けて下さいました。 都内のお寺にお墓がありましたが、そこで葬儀を行わず、近所の斎場で式を行い、家の近くに新たなお墓を購入して納骨しました。 そのお寺との縁もこれまでという感じです。 お坊さんを呼ばないとお経なし、戒名なし、お車代なしなので、その分の諸費用が相当節約できたので、祭壇のお花や食事を豪華にしたりできました。 斎場の方が司会進行を担当して下さり、お焼香の際には、親族一人一人の名前を呼んでくれて順番に時間をかけてお焼香と最後のお別れができました。 とても経済的で、実のある葬儀でとても満足できました。 葬儀に参列される方々の理解が得られ、自分たちの満足できる葬儀が行われる事をお祈りしております。 ユーザーID: 5013427880• 直葬の例 2度目のレスです。 ご要望により、もう一つの例を紹介します。 今年、私の叔父が亡くなりました。 本人の意志によりお葬式も戒名もなしで、近親者が 火葬に立ち会ったのみです。 叔父は次男ながら、実家のお墓に入るという話が過去に出たことも ありましたが、その話はまとまりませんでした。 本人は、「骨はそのへんにまいてくれればいい」などと言っていた ようですが、そういうわけにもいかないので、もう四十九日はとうに 過ぎましたが、遺骨は今も自宅に置かれています。 家族は、最終的にどういう形で安置するか、検討中のようです。 (遺骨を火葬場で処分してもらうという方法は、知らなかったのか 望まなかったのかはわかりません) トピ主さんは、 「保管しておいてもどこかの墓に入れてもらっても アクセサリーなどにしてもらってかまいません。 」 とおっしゃっていますが、それでは残された者がかえって困ることも あるのではないでしょうか。 まかせるのか、自分で決めておく(場合によっては手配までしておく) のかは、考えておかれた方がいいと思います。 ユーザーID: 7131522241• 寺の嫁です お寺との関わりは、その土地やお寺さんによっても変わってくる問題だと思います。 うちの場合は、というお話を。 1 自分だけ、葬儀関連をしない これまでのご先祖様をまつった仏壇、お墓等は どなたか別の方が管理するということになります。 管理者が変わったとお知らせいただければそれでいいです。 ただ、亡くなられた後、ご遺族への心証は、正直あまりよくはありません。 葬儀を拝ませてもらえなかったわけですから。 2 そもそもお寺との付き合いをやめる この場合、お寺に来られて、檀家でなくなる手続きをしてもらうようになります。 お仏壇のお位牌等は(お墓を倒すなら、お骨も)ご相談のうえ、お預かりすることもできます。 永代供養 もちろん有料です) お寺にとって、トピ主様の葬儀を行うということは、単体ではありません。 昔から続くお寺と檀家のお付き合いの延長線上にあるものです。 その線はこれからも続いていくものですから、 トピ主様がそういった道をお選びになった後、 ご家族が今度亡くなられたときに墓に入りたい、といった場合は、 かなりいろいろ煩わしいことがあるかもしれません。 ユーザーID: 5387911021• 簡単にしたつもりが面倒なんて事ないよう。 葬儀をナシにして直葬を選んだり、法事もやる・やらない、それぞれですよね。 が、遺骨は処分してもらう…と簡単に言っても自由な場所へパッパッとまく訳にはいかないでしょう。 故人の拘りが強すぎて、残された者は、別の手続きや手間がかえってかかり、面倒なんて事あるかもしれないですね。 そこまでお考えなら、今あるお墓を公園墓地に移した方が、良くないですか? 宗教も拘らずに済みますし、わざわざ他の所に散骨の手続きしたり行かなくても、そこで済みます。 また、あなたと違う考えで私は墓で落ち着きたいな〜と考える他の家族や、後の世代も利用できます。 ユーザーID: 1831118454• ただ、寺に何も相談や確認をしないでやると 私は結婚と同時に同居し、義家族の嫁いびりと夫の不倫により鬱病になりました。 義家族と別居して7年、夫と子供は交流がありますが、私は絶縁状態です。 先日、舅が亡くなりましたが、お葬式さえ出ませんでした。 未だにフラッシュバックし、辛かった日々に苦しんでいます。 夫は跡取りの長男ですが、私だけはお墓に入りたくありません。 死んでまで、一緒の場所に埋葬されるなんて耐えられません。 今は夫と仲良く暮らしておりますが、不倫の一件は一生忘れられませんし、 今回の人生は失敗だったと思っています。 だから、夫と一緒のお墓も嫌です。 夫が先に亡くなった時は先祖のお墓に入れるつもりです。 家族には、戒名無・無宗教の家族葬・骨は散骨とお願いしてあります。 息子が居ますが、法要・墓守など跡取りとしての責務を強要する気はありません。 息子が決めれば良いと思っています。 散骨が難しい場合は、実家のお墓に入れてもらうようお願いもしてあります。 今までの経緯を知っている息子は納得してくれています。 ユーザーID: 2591646576• あっあと… 様々な例がありますね。 ありがとうございます。 再度書きますが、私の場合、自分の希望と 家族の気持ちのすり合わせはできております。 自分の希望だけを一方的に伝えているわけではなく、 家族との話し合いを元に決めております。 死後に段取りがスムーズに行くよう、ある程度の手配を 済ませてあります。 口を出してくる親戚は、おりません。 問題として考えられるのは、お寺さんとの関係だけです。 ぶこさんの例にあるような心の広い住職さんなら良いですね。 お寺さんとのトラブルの例やお寺さん側からの意見を書いて下さった方、 とても参考になりました。 一番気になっていたことなので、ご意見ありがたく頂戴いたしました。 お寺さん対策はやはり考えねばなりませんね。 私は無宗教者ではありませんが、今までの経験や諸事情により、 あえて直葬と無宗教の形をとると決めました。 単なる「気持ち」で言っているのではなく、 それなりの事情が何かあっての結論だと お察しいただけるとありがたいです。 ユーザーID: 5723738272• 回答ありがとうございます 連続で失礼します。 船酔い様、何度もレスをありがとうございます。 知り得る全ての情報を書いて下さっているようで 大変ありがたく思います。 船酔い様に一つご質問があるのですが、良いでしょうか? >葬儀について意見をしている人・口を出してる親戚は、大抵普段お付き合いのない人なんです。 (中略) >そんな為の準備でもあると思うんですけど。 このような人は何をしても何をしなくても 口を出しケチをつけるのではないかと思います。 親戚にこのような人がいる方は 通常の葬儀をしたとしても、 どのみち遺族は対応せねばならないように思えます。 このような方の対策に、どのような準備が必要だと思われますか? 私の場合は、付き合いがないどころか 連絡先も知らないような遠縁しか、もはやおりませんし、 当然葬儀をしたとしても来る親戚もいませんので ご心配は無用なのですが、 他の同じようにしたい方の参考になるかもしれませんので お時間があればご教示ください。 ユーザーID: 5723738272•

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お坊さんも呼ばない・戒名もない・そしてお墓もない。。

戒名 いらない

戒名は付けない 戒名はいらない。 という方に 戒名は、100%必要です。 しかし、戒名を要らないという方のほとんどは 「戒名代が高いから・・・」 では、私が無料で戒名をお授けしましょう。 そういうと、かえって困られる。 だから当院では3万円という目安を出しました。 最近は、故人の遺志で「 戒名はつけなくていいい」と言っていたのでつけていません。 また、若いお子さんで仏事の事を知らず、「 戒名は金がかかるからいらない」 とか「 知らない坊さんにつけてもらうより、自分たちでつける」 とお話しされる方が多くなりました。 そして、49日にご自宅に伺うと、お位牌が用意されていて、そこには戒名ではなく「俗名」が書かれています。 俗名の位牌に意味はありません。 何のためのお位牌でしょうか? 戒名がないと困る理由まとめ• 戒名がないと位牌が造れません。 位牌がないと、手を合わせる場所がありません。 霊が宿る場所がありません。 位牌がないと、お盆に迎える精霊棚を造れません• 位牌がないと、1周忌・3回忌など法事が出来ません。 そして一番大切な「戒名は御仏の仏弟子として導いていただく」ことが出来ません。 俗名の位牌は、位牌ではありません 故人は、なぜ?戒名はいらないと遺言したのでしょうか? 本当に無宗教であれば、位牌も供養もいりません。 でも、御仏に導かれ、供養を願われるのであれば戒名が必要です 「仏弟子」となり導いていただくのです。 しかし、お金がかかるから?という理由でいらないとお考えではないでしょうか? であれば、私が無料で戒名をお授けします。 如何でしょうか? 亡くなったらどこに?行きますか? 葬儀という言葉は、葬送儀礼の略されたものです。 仏教では、人の肉体が滅びた時、彼岸(永遠の世界)へ見送るための人生最後のセレモニーとしての意味があります。 そのため、死者に旅装束をさせて配列を組んで墓地まで赴く「野辺送り」の風習などにその象徴的意味が読み取ることができるでしょう。 葬儀は、戒名を授けられて仏弟子となった死者を極楽浄土へ導く「 引導」を渡す儀式でもあります。 引導とは、人を導いて仏の道に帰依させ、死出の旅路を迷う事なく「 浄土へ導く」為のものです。 この二つが、葬儀を構成する大切な要素です。 仏教は生死を超越した世界を説き、人間の心の正しいあるべき姿を考えるものです。 仏教では、浄土 宗派によって呼び方が違います。 天台宗・浄土宗・浄土真宗では、極楽浄土 真言宗では、密厳浄土 日蓮宗では、霊山浄土 呼び方や考え方は違っても、仏様の仏国土であることに違いはありません。 一方 キリスト教では、「 天国」ですね。 イスラム教では死んだ人の魂は、善人だろうが悪人だろうが、いったん冥界「バルザフ」に留まることになっています。 無宗教の方は、どこに行くのでしょうか? 死んだら無になる。 どこにも行かない。 浮遊霊?地縛霊? それとも、魂などない? 本当にそのように信じることができたのであれば、戒名も儀式も葬儀も必要ないでしょう。 無神論者であれば問題ありません。 魂は存在するのでしょうか? 記憶に新しい、平成天皇から令和天皇への儀式は、一体何のため 誰に向かって行われていたのでしょうか? 私たちは、生まれて、お宮参りをしませんでしたか? 七五三は? 端午の節句は? 正月に初詣 節分 酉の市 秋祭り お墓参りをしたことがない人などいないでしょう。 お盆やお彼岸も関係なかった人はいないでしょう。 大学受験 就職祈願 病気平癒など、お寺や神社で祈ったことがない方もいないでしょう。 神や仏の存在など何もない。 と言えるでしょうか? 祈ったことがない人間など、この世には存在しないでしょう。 話を仏教や戒名に戻します。 葬儀の時は、「ご霊前」 49日以降は「ご仏前」となります。 亡くなると死出の旅路にでて、三途の川があります。 三途の川 死にかけた時などに「三途の川まで行きかけた」などとよく言いますが、三途の川とはどのような川なのでしょうか? また、その意味は?あの世とこの世を繋ぐとされている三途の川です。 三途の川とは? 三途の川とは、何を意味しているのでしょうか? 三途の川と聞いて思い出すのは、死者があの世へ行くときに通る川、あの世とこの世を隔てている川などという事ではないでしょうか? また、三途の川には渡るところが3か所あるから三途の川といわれています。 渡るところが3か所あるとはどのよう意味なのでしょうか? 三途の川の意味や由来 三途の川(さんずのかわ)の三途とは、仏教に由来しています。 三途の川とは仏教では、人が死ぬと7日目に渡る川となっています。 三途の川とは、あの世と言われている彼岸(ひがん)と現世と言われている此岸(しがん)の境目にあります。 三途の川は生前の罪の重さによって渡る場所が異なるとされています。 三途の川の渡る場所は、生前に善人だった人、軽い罪を犯した人、重い罪人の3種類に分けられいます。 このように渡る場所が3つあることから三途の川と名付けられたようです。 また、川を渡り切れない場合は、そのまま地獄へ行ってしまうようです。 三途の川の渡り方 三途の川とは、あの世へ行くときに生前の罪の重さによって渡る場所が3か所あることから名づけられています。 三途の川の3つの場所では、十王(じゅうおう)による裁判をかけられているとも言われています。 十王とは、冥途にて死者を裁いていく裁判官のことを言います。 裁判官の中には一般的に有名な閻魔大王もいます。 閻魔大王は、十人の裁判官の一人なのです。 人間が死んだ後に七日ごとに法要が行われる初七日、二七日、三七日などは、このタイミングで裁判官である十王によって死者への裁判が行われているからなのです。 三途の川とは、初七日が終わった死者が向かう場所となっています。 善人の三途の川の渡り方としては、金銀七宝で作られた橋を渡ることができるといいます。 綺麗な金銀七宝で作られている橋を楽々と楽しみながら渡っていくことができるのです。 生前に善い行いを行ったご褒美ということができるでしょう。 今まで色々な悪さをしてしまった人も、諦めるのはまだ早いでしょう。 少しでも罪を軽くしていくためにも、心を入れ替えて生きていくことで三途の川も渡りやすくなります。 罪が軽い人の渡り方 三途の川の罪が軽い人の渡り方としては、善人のように橋を渡ることはできません。 山水瀬(さんすいせ)と呼ばれている 川の浅瀬を渡っていくことになります。 自力でひたすら浅瀬を渡っていくのです。 橋を渡ることはできませんので濡れてしまうのですが、浅瀬を渡っていくので一歩一歩足を進めていけば、それほど大変な思いをしないで渡ることはできます。 一般的には罪が軽い人が一番多いようです。 罪の軽さにもいろいろあるでしょうから、生前犯してしまった罪があったとしてもそれと向き合って改善していくことで罪はドンドンと軽くしていくことができますので、あきらめずに精進しましょう。 重罪人の渡り方 三途の川の重罪人の渡り方としては、強深瀬(ごうしんせ)と呼ばれている川の深瀬を渡ることになっています。 川の深瀬は波も高く、流れが急になっています。 時には岩が上流から流れてくることもあります。 その岩が重罪人の体を打ち砕いていくそうです。 しかし、すでに死んでいる重罪人は上流からの岩に砕かれても砕かれてもまた修復されて、 永遠と深瀬を渡り続けなくてはなりません。 また、深瀬の皮底には、大蛇も住んでいると言われています。 時には、大蛇に食われてしまうこともあります。 しかし、すでに死んでいる重罪人は、死んでも死んでもまた修復されて永遠と三途の川を渡らなければならないのです。 川を渡り切れずに流されてしまうと地獄へ向かうと言われています。 三途の川を渡るにはお金(渡し賃)が必要? 三途の川を渡るには、渡し賃というお金が必要なのでしょうか?三途の川のほとりには、大樹がありその大樹を衣領樹(えりょうじゅ)といいます。 そこには、懸衣翁(けんえおう)と奪衣婆(だつえば)という鬼の老夫婦が住んでいます。 三途の川を渡る際には、その老夫婦に衣類をはぎ取られて、衣領樹に衣類をかけるとその垂れさがり具合でその人の罪を見抜くことができるようです。 その人の罪を見たうえで、3つのどの場所を渡るかが決まります。 六文銭が必要 江戸時代の中頃には、死者になった時に六文銭を持っていれば、鬼の老夫婦に衣類をはぎ取られないので、罪の重さで決められてしまう三途の川を決められないで済むと考えました。 罪がわからなければ、罪人も渡橋を渡ることができると考えたのです。 しかし、六文銭があれば、善人のように橋を渡れるということではありません。 六文銭はお賽銭と同じような意味となっています。 六文銭を納めることで、生前の罪を反省します、信心します、仏に帰依しますという証明となると考えられました。 このようなことから、重罪人でも地獄に落とされることなく三途の川を渡っていけるようになるということのようです。 現在では、 六文銭を印刷し紙をお棺に入れているところもあるようです。 これは、そのような意味からなのです。 六文銭がないとどうなる? 六文銭がないと鬼の老夫婦に衣をはぎ取られて、罪の重さを判断されてしまいます。 それゆえに重罪人は、深瀬の川を何度も岩に砕かれながら渡らなくてはならないのです。 三途の川には、賽の河原(さいのかわら)という場所がありました。 子供たちが集まっている場所なのですが、親よりも先に死んでしまった子供たちは親不孝者として、大きな罪であるということでこの賽の河原に集められるのです。 両親の供養のために子供たちはせっせと石を積んでいかなければなりません。 法要と中陰供養 法要は追善供養ともいい、この世に残された者が仏の供養によって故人にあの世での良い報いを向けるために行うものです。 仏教では死者は亡くなった日から数えて七日目に当る初七日から二七日(十四日目)・三七日(二十一日目)・四七日(二十八日目)・五七日(三十五日目)・六七日(42日目)・七七日(四十九日目)と、七日目ごとに七回、死後の世界の裁判官である閻魔によって生前の功徳に対する裁判を受け、来世で行くべき場所が決定されると言われています。 そのため残された者は閻魔帳に記録されている罪業を消滅させるためそれぞれの裁判の日(忌日)に、故人の冥福を祈って法要を行います。 尚、七七日まで故人の霊がさ迷っている期間を中陰あるいは中有と言うため、忌日に営む法要を中陰供養とも言います。 また、判決によって故人の霊が極楽浄土に行けるかどうか決まる七七日が、一般にいう忌明けということになります。 本来ならすべての忌日に僧侶を呼び、仏壇の前で読経してもらうのが望ましいのですが、現在では初七日忌・五七日忌・七七日忌の法要以外は省略するか、身内だけで拝礼する程度のことが多くなっています。 そうして、長い時間日本の死生観が培われてきたのです。 初めて迎えるお盆の事を「新盆」とは「初盆」といいますが、49日を過ぎてから迎えるのが新盆です。 7月初めに亡くなって、まだ49日になっていなければ、新盆は翌年となります。 お亡くなりになると「白木位牌」を49日までお祀りします。 49日までは、霊がさまよっていると考えられ、その依り代として重要になります。 葬儀の時に喪主が持っているのが 「白木位牌」です。 49日に本位牌ができるまで、お線香をあげたり手を合わせて祈るのがこの位牌です 49日には、 白木位牌から本位牌に魂替えを行い、仏壇に納め手を合わせます。 そして、お盆は何をする日なのでしょう。 お盆とは正式には【盂蘭盆】といい、古代のインド語の一つであるサンスクリット語の「ウランバナ」を漢字にあてはめて読まれた言葉です。 お釈迦様の弟子の目連は、母親が死後の世界で餓鬼道に堕ちて飢えに苦しんでいる姿を見て、お釈迦様に母を救う方法の教えを請いました。 その教えに従って、布施や供養を僧侶や多くの方々に施したところ、その功徳により母親は極楽浄土に行くことができました。 それ以来、目連が多くの人に施しをした7月15日は先祖供養の大切な日となったと伝えられています。 また一方中国では仏教以前から死者への祖霊の儀式もありました。 これらが一緒になって日本に祖霊信仰として伝わってきたとも言われます。 お盆の時期お寺では「盂蘭盆会(うらぼんえ)」という法要を執り行います。 戒名の付いた位牌を精霊棚にお祀りし、ご供養します。 各家庭ではお盆には故人の霊が帰って来るといわれ、お供えや提灯を飾ってお迎えします。 そのお供えが「お中元」であり、お正月様にお供えするのが「お歳暮」です。 お歳暮のルーツは中国に古くからある慣習にあります。 中国の道教では、旧暦の1月15日は「上元」、旧暦の7月15日は「中元」、旧暦の10月15日は「下元」と呼ばれ、それぞれの日を神様の誕生日として人々がお供え物をする行事がありました。 これらの行事が、日本ですでに存在していた「盆礼」という行事と結びつき、「お中元」が生まれました。 また、日本には、もともとお正月にご先祖様の霊をお迎えする「御霊祭」のためにお供え物をする風習がありました。 そのお供え物として、よその家に嫁いだ人や分家の人たちが、本家や実家にお神酒のおつまみになるような塩鮭やするめ、数の子などを年末に手渡しで持っていくようになります。 これが中国の行事と結びついて「お歳暮」のルーツになったと言われています。 そうして、死んだらおしまい。 ではなく、死後も祖先とともに生き続けるのです。 そうして、先祖は、我が家を守る守護霊となるのです。 同時に、祖先は、先祖から受け継ぐ命のバトンを託され、生かされていることに感謝し日々の生活が充実していくのです。 戒名は、100%必要です。 経済的にお困りの方は、いやそうでなくとも、お困りの方は、どうぞお知らせください。 私が無料で戒名をお授けします。 3万円という目安を出していますが、費用の事より供養が先です。 戒名をちゃんと授かり、位牌を作り、手を合わせると不思議と心が落ち着くものです。 戒名は付けない 戒名はいらないという方へ 戒名とは何かをわかって、その選択をしていただくことをお願いします。 戒名が高いから?安いからといった経済的な問題ではなく、 故人が成仏し、遺族も心安らかな感謝の日々を送ることができる。 戒名を授かるとは、とても大事な事であります。 今回は、戒名を付けなかった方が、あとでお困りになった事例を挙げてお話しさせていただきました。 テレビ東京「なないろ日和」葬儀戒名特集に出演.

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葬式不要という人たちが増えている

戒名 いらない

戒名は必要?いらない場合つけなくても大丈夫? 「俺が死んでも戒名はいらない、位牌もいらない」、最近はこのような遺言を残す方も多くなりました。 戒名は死んだ人につける名前として習慣化されており、位牌や墓石に刻まれる文字でもあります。 「じゃあ戒名は必要なの?」と思うかもしれませんが、 必要なければ戒名をつけなくても構いません。 お金がなくてお坊さんを呼べず戒名もつけられなかったと言う人でも、供養の気持ちさえあれば別に戒名は必要ないのです。 ですので、 戒名をつける・つけないは気持ちの問題ですが、つけないことで困ることもあります。 また、戒名をつけないとお葬式はどうなる?お坊さんは呼べないの?位牌は作れない?など、気になる疑問もあると思うので、その点を詳しくご説明いたします。 戒名がないとどうなる?困ることは? 戒名をつけない場合の疑問や注意点について、以下3つをご説明いたします。 【疑問】戒名がないと葬儀にお坊さんは呼べない?• 【疑問】戒名をつけない場合の位牌について• 【注意】お寺によってはお墓に入れない 1. 戒名がないと葬儀にお坊さんは呼べない? ほとんどのお葬式でお坊さんを手配し供養をお願いしますが、戒名がないとお坊さんが呼べないのか?気になるかもしれません。 結論から言うと 戒名をつけなくても葬式にお坊さんは呼べます。 菩提寺(お付き合いしてるお寺)の場合は除きますが、お坊さんは葬儀社や僧侶派遣サービスから手配することができ、戒名なしで供養してもらえます。 読経のお金と戒名のお金は分かれているので、通常より少し安いお布施で供養が可能です。 戒名をつけない場合の位牌について 位牌には戒名の文字が刻まれるのが一般的ですが、 戒名がない場合は故人の名前を入れることができます。 お寺によってはお墓に入れない 入るお墓(菩提寺)がある場合、戒名をつけないと納骨を拒否されます。 相談すれば入れるかもしれませんが、菩提寺ですとほぼ入れないでしょう。 ただ、宗派を問わない霊園や永代供養・散骨などなら戒名は必要ありません。 死後に入るお墓(菩提寺)がある場合のみ戒名は必要になってきます。 戒名は自分で作ることもできる 戒名は必ずしも僧侶につけてもらう決まりなどなく、ご自身で作ることもできます。 戒名を作るにはルールがあるので、それらを調べながら作成してください。 また、入るお墓(菩提寺)がある場合は勝手に作った戒名ではダメです。 そのお寺の僧侶に作ってもらった戒名でないと納骨は拒否されるので、霊園など宗派や戒名を問わない納骨ならご自身で作成しても問題ありません。 戒名をつけたいが高いお布施が払えない場合 戒名をつけたいが高いお布施は支払えない場合、インターネットで戒名だけ作ると安く抑えれらます。 一般的な戒名の価格は最低ランクで5万くらいしますが、インターネットなら2万くらいで戒名の作成が可能です。 戒名が作れるサイトは色々ありますが、一番利用者が多い「 」を利用するのが良いでしょう。 支払い方法にはクレジットカードも利用できるので、すぐに現金が用意できない方でも利用できます。 戒名はなぜつけるの? 「仏の世界に行くには、俗名 生きてた時の名前 では行けない」ため、戒名が必要と言われています。 本来なら出家して仏門に入ることで戒名が授けられますが、現在は亡くなってからつけられるのが一般的です。 戒名は仏教の世界のもので、必要性を感じないなら戒名はいりません。 ようは気持ちの問題で、戒名がないと供養した気がしない、故人に申し訳ない、と思うならあった方がいいでしょう。 亡くなってから忌明けとなる四十九日の法要や1年後の一周忌法要など「節目に故人の供養をする」だけでも構わないのです。 まとめ 戒名は必ずしも必要なわけではありません。 菩提寺がある場合はお墓に入れてもらえないことが多いので戒名をつけなければなりませんが、霊園や永代供養・散骨など、宗教を問わない納骨なら戒名はなくても大丈夫です。 後で戒名をつけたくなったら、近所のお寺さんでも葬儀社でもいいのでお坊さんを紹介してもらったり、インターネットで作成することもできます。 インターネットで戒名を作るなら「 」が良いでしょう。 一番低いランクなら2万円で授与できます。

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