お 義父 さん と は しない こと。 父の日に義父がもらって喜ぶプレゼントは?できる嫁が使うテクニック!

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お 義父 さん と は しない こと

私は義理父、つまり主人の父親とセックスをしていま す。 主人は44才、義理父は67才です。 もちろん主人には内緒です。 この ような関係になって10年になりますが、今もほぼ「毎日」のように義理父 との関係を続けています。 むしろ義理父との濃厚なセックスを楽しんでいま す。 主人ともセックスはしますが、数ヶ月に1度程度でしかもほんの10分 程度で終わってしまいます。 今では、主人とした回数よりも義理父とした回 数の方がはるかに多いですし、子供たちも義理父に大変なついていますので、 義理父が私の夫のような気さえしてしまいます。 きっかけは主人の転勤でした。 10年前の4月に地方支店から都内の本社に 転勤になったのですが、会社の都合で単身赴任となってしまったことから、都 内に近い主人の実家で主人の両親と同居することになりました。 その時私は最 初の子供を妊娠していました。 また、義理母は長いこと病気を患っており、1 年の半分以上は入院生活という状況でしたので、主人としても週末には会える ところに私がいて、義理父を一人にしておかなくて済むので安心できると考え たのかなと思います。 10年前の4月に主人の両親との同居が始まったのですが、5月の連休明け から義理母が入院をしてしまい、義理父との生活が始まりました。 その頃、私 は義理父のことをあまり良く思っていませんでした。 がさつで煙草は1日に何 本も吸いますし、スポーツマンなのですが俗にいう生理的に嫌なタイプの人の ように思っていました。 洗濯の時に義理父の下着に触るもすごく嫌でした。 義理父と初めて関係を持ったのは、5月の終わりのことでした。 私の実家か ら高価な特産の食材が届き、なま物でしたので、その晩に食べることになりま した。 義理父はいつも晩酌をしているのですが、私はお腹の子供のことを気に して、お酒は口にしていませんでした。 その晩は義理父からビールを勧められ ましたので、コップ1杯くらいなら心配ないと思い、久しぶりにビールを口に しました。 元々お酒は大好きで酔うことが好きなほうでしたので、久しぶりの ビールのあまりの美味しさにつられ、ついつい日本酒まで飲んでしまいました。 何ヵ月ぶりかで飲みましたので、それ程たくさんは飲んでいないはずなのです が、すぐに酔いがまわってしまい、すごく良い気分になってしまいました。 実 は私はお酒が入るとすごくエッチな気分になってしまう癖があり、なぜかお腹 やあそこがジンジンしてしまい、あそこが濡れてしまうのです。 お酒が入った 時のセックスは、すごく大胆でスケベです。 その日も、義理父と二人きりでし たから、私があまり好きではない義理父に無理矢理犯されてしまったらどうし ようとか、犯されているのに気持ちよくなってしまったらどうしようなどと変 な想像をしながら飲んでいました。 その後、すごく眠くなってしまい、お風呂 に入る気力もなかったので、私は先に自分の部屋に戻り、服を着たままベッド に入って寝てしまいました。 -------------------------------------------------------------------------------- 義父とのセックス2 投稿者:ゆきこ 投稿日:01月10日 木 04時43分25秒 先ほどの続きです。 当時のことを思い出しながら書きます。 久しぶりのお酒に酔ってしまい、すごく良い気分のままベッドに入って寝 てしまいました。 暫らくすると、あそこのあたりがすごく気持ち良いような 不思議な気持ちになってきました。 それが何なのか良く分からないまま、う とうとしていました。 何となくあそこを誰かに触られているような感じがし てきたのですが、酔っていて体がふわふわしたような気だるいような感じで あまり深く考えることができませんでした。 酔っていたせいもあり、てっき り主人が私のあそこを触ってきたのかと思いましたが、主人がいるわけがな いことに気づいたと同時にそれが義父だということが瞬間的にわかりました。 私はどうすることもできずに寝たふりをしていましたが、義父は私のパンテ ィの中に手を入れ、あそこの入り口やクリトリスをなでるように触っており、 すごく気持ちよくなっていました。 あそこがグショグショに濡れているこも わかりました。 日頃、私が快く思っていない義父にあそこを触られるのは嫌 だなという気持ちとだれでも良いから「行かせて」ほしいという気持ちの両 方がありました。 その頃私はセックスに対する欲求不満が溜まっていました。 というのも、妊娠がわかってからは、主人とのセックスもお腹の子供に影響 があったら困るからと主人が自分のモノの先端を出し入れして主人だけが行 って終わりというものでしたし、私は「行かない」ほうがお腹の子供には良 いだろうと二人で勝手に決めつけて私は行かないようにしていたからです。 そうこうしている内に義父の指がとうとう私のあそこの中に入ってきて、中 をゆっくりかき回す様に動かし始めました。 余りにも気持ちが良くてこれ以 上寝ている振りをしているのがつらくなってきました。 私の息が荒くなって くるのをこられ切れませんでした。 「はぁあ、はぁあ」といったような声が でてきてしまいました。 義父の指の動きが一層いやらしくあそこの中をかき 回し、私の愛液をたっぷりと付けた指先でクリトリスを転がすように触って きました。 私の息も「はあぁ、はあぁ、はあぁ」とさらに乱れていきました。 真っ暗な中で義父は無言で私のあそこを触り続けていました。 私はなぜか、 「お義父さん、困ります。 やめてください。 」と心にもないことを言ってし まったと思います。 義父は「ゆきこさん、大丈夫だから、気持ち良くしてあ げるから、心配しなくていいから。 」と言いながらなおも触りつづけていま した。 そして、義父が私のパンティに手を掛け、パンティを取ろうとしたと き、パンティを降ろし易いように私は自分からお尻を上げてしまいました。 これから始まることをお互いに理解した瞬間だったと思います。 義父は私の パンティを降ろすと私のあそこに顔を近づけてきました。 私は「お義父さん、 お風呂に入っていないから汚いです。 やめてください。 」と言ったのですが、 「すごくきれいだよ。 すごく良い匂いだよ。 」と言い、私のあそこを舐め始 めました。 体に電気が走ったような気がしました。 まだ少し酔っていたせい もあり、大胆な喘ぎ声をだして悶えていました。 自然と自分から足を大きく 開き義父が舐め易いようにしてあげました。 義父はクリトリスを舐め続けま した。 ほんの1,2分だったと思いますが、私は突然行ってしまいました。 義父は慌てて来ていたパジャマを脱ぎあっという間に裸になったかと思うと、 今度は私の着ていた服を脱がせました。 とうとう、二人とも裸になってしま いました。 私は、これから義父に抱かれるんだと思うと主人に申し訳ないと いう気持ちと早く義父のモノを受け入れてみたいというスリルのような複雑 な気持ちでした。 真っ暗な中で二人でベッドに横たわり、義父が私の乳首を 舐めながら、片方の手で行ったばかりのあそこを再び触り始めました。 久し ぶりに行ったせいか体中がすごく敏感になっており、すぐに私は喘ぎ始めま した。 義父は乳首を軽く噛んだりするのですが、痛みと快感が同時に来るよ うな感じでこれまで感じたことがないような気持ちの良さでした。 たまらな くなった私は、私から義父のモノを掴み手を動かし始めました。 義父は主人 よりも身長が10センチくらい低いのにモノは主人よりも大きく太いのでび っくりしました。 今度はゆっくりと行きそうな感覚に襲われ始めました。 「あぁ、あぁ、いい、いい」といったことを繰り返していたと思います。 義 父のモノを握った手の動きが自然と速くなり、思わず「行きそう、行きそう」 と口走り、余りの気持ちの良さから、私から舌を出し義父にキスを求めてし まいました。 すごく激しくお互いに舌を絡ませ会い、お互いの舌を求め合い ました。 煙草の味が強くしました。 その煙草の味から、主人とは違う男性に 抱かれている、しかも犯されていると勝手に想像して、自分から興奮してし まいました。 激しいキスをしながら、あれほど嫌だったはずの義父なのに、 早く義父のモノを受け入れたい、義父にメチャクチャにされたいと思ってい ました。 すぐに2度目の痙攣が襲ってきて行ってしまいましたが、今度は行 く瞬間に義父の体にしがみつきました。 行った後、私は義父を仰向けに寝か せ、自分から義父のモノを私の口にほおばり、舐め始めました。 すると段々 と硬くなってきてすごく大きなモノに感じました、明らかに主人よりかなり 立派だなとわかりました。 これから、この大きなモノが私のあそこに入って くるのかと思うと、それだけで更に興奮して濡れてきました。 我慢できなく なり、義父のモノから口を離し、「お義父さん、入れてください」と言って しまいました。 義父は自分から仕掛けておきながら、「ゆきこさん、いいん だな。 本当にいいんだな。 あつし(主人の名前です)には内緒にできるな。 」 と聞いてきたので、私は「お願いです。 入れてください」とお願いしました。 義父のモノが私の中に入ってきました。 久しぶりだったので、ギリギリしな がら入ってきました。 「ああぁ」と声が漏れてしまいました。 私は「お腹に 子供がいますから、あまり激しくしないでください。 深くつかない様に気を 付けてください。 」とお願いしました。 義父はゆっくりゆっくり私の中で動 いていました。 激しい場合よりも却って感じてしまい、自分から腰を上げた り下げたり前後に動かしたりして、言葉とは裏腹により深く入れようとして いました。 義父は私のお腹を気遣って私の体からは離れた状態で腰を動かし ていましたが、無性に義父を抱きしめたくなり、義父の体を抱きしめ、私か らキスを求めました。 再び激しく舌を絡ませ会い、激しいキスをしました。 体が敏感になっているせいか、突然行きそうになりました。 私は「お義父さ ん、行っちゃう、行っちゃう。 」と言ったとき、義父も「ゆきこさん。 行く ぞ。 中で出していいな。 」と言ってましたので、「お義父さん、思い切り中 でだして、いっぱい出して。 」と言い、私が先に行き、すぐ後に義父も「ゆ きこ、ゆきこ。 」と叫び、私の中で果てました。 激しく舌を絡ませました。 お互いぐったりして息を切らしていました。 私は無性に義父がいとおしく思 え、主人にはしたこともないのに、私の愛液と義父の精液でベトベトの義父 のあそこを舐めてきれいにしてあげました。 私は枕元のティッシュで自分の あそこをきれいに拭き、もう一度二人でベッドに横になりました。 そこで初 めて私はベッドに付いている小さな照明を付け、お互いの顔を見ました。 私たちは、まるで恋人同士のように体をぴたりとつけ足を絡ませ、話をし ながらキスばかりしていました。 でも、すぐに寝てしまいました。 義父との関係3 投稿者:ゆきこ 投稿日:01月11日 金 01時22分29秒 義父との初めてのセックスが終わった後、私たちは裸のまま抱き合い、私 は義父の腕の中で抱かれていました。 話をしたり、軽いキスをしたり、時に は激しく舌を絡ませたりしていました。 また、義父は私の胸やおしりやあそ こを触りながら話をしていました。 私自身、それまであまり良い印象を持っ ていなかった義父とどうしてセックスしてしまったんだろうと不思議な感じ がしていました。 事実、義父のモノを受け入れるとき、私は自分から仰向け に寝て足を開き義父を受け入れ易いようにしたり、行きそうになったときも 義父のモノをもっと奥まで入れたくなり、私は無意識に私の足首のところを それぞれの手で掴み、両足をさらに広げて気持ちよくなろうとしてしていた のです。 多分、初めて主人と別居をしたことや、義母が入院したため、妊娠 していても側に頼れる人がいなくて、身近に頼れる人を欲していたのかもし れません。 私も義父も余りにも疲れていたので、すぐに眠ってしまいました。 私たち が目が覚めたのは翌日の朝の10時頃でした。 私はおしっこがしたくなり、 裸のままベッドから出ました。 その時、私のあそこの中に残っていた義父の 精液が少し流れ出てきました。 慌ててティッシュで拭き取りました。 そして、 義父が「ゆきこさん、体を良く見せてほしい。 」と言ってきました。 明るい 部屋の中で裸でいるのが少し恥ずかしかったかったですが、義父に私の裸の 体を見せました。 もうすぐ妊娠6ヶ月目になろうとしていましたので、乳首 の乳輪も大きく少し濃くなりかけていました。 お腹もそれなりに出てきてい るのが分かりますが、義父は「奇麗だ。 すごく奇麗だ」と何度も言ってくれ ました。 そして、私たちはその後一緒にお風呂に入り、お風呂でもセックス をしてしまいました。 お風呂では正常位というわけにはいきませんので、バ ックから義父が入ってきました。 義父は私が妊娠しているため、避妊の必要 がありませんから、中で出せるのがすごく嬉しいようでした。 多少の記憶の 間違いもあるかもしれませんが、これだけ鮮明に書けるのは、今も義父と初 めてセックスをした時のことを懐かしく思い出しては話題にしているからな のです。 この日を境に、私たちは毎日のようにお互いの体を求め合うようになりま した。 私が27才、義父が57才でした。 私にとって「もう一つの夫婦生活」 が始まりました。 この頃、義父は地元の企業に幹部として勤めていたため、 昼間は家では私一人でしたが、義父の帰宅から翌日の出勤までは、まさに夫 婦のようになりました。 当然、夜はセックスをしますから、義父か私の部屋 のどちらかで一緒に寝ます。 お風呂も一緒です。 お互いの体を石鹸をつけた 手で洗いあいます。 困ったことに義父は私のトイレの中までついてきます。 おしっこの後、義父がトイレットペーパーで私のあそこを拭いてくれます。 そんな義父が可愛くさえ感じてしまいます。 主人が週末に帰ってきた時は、私たちは何事もなかったかのように振る 舞っていました。 週末には単身赴任の主人が帰ってくることもありますの で、主人ともセックスをしますが義父とは比較にならないほど寂しいセッ クスでした。 週末に主人が帰ってこない時は、1日中、ベッドの中で裸で いちゃいちゃしていることもありました。 義父との関係4 投稿者:ゆきこ 投稿日:01月13日 日 03時36分26秒 10年前のことを思い出しながら書いていますので、話が前後してしまう こともあります。 ごめんなさい。 どうか飽きずにお付き合いください。 義父と初めてセックスをした後、私たちはベッドの中でしばらく話をして いました。 義父は、義母の入院により私と2人きりの生活になってから、私 を抱くことばかり考えていたそうです。 私が出かけている時、洗濯機の中に ある私のパンティを使ってトイレでオナニーをしていたそうです。 話をして いる間、義父は私のあそこや胸、お尻を触りながら、これからも私を抱きた い、毎日でも抱きたいと言ってきました。 そう言った後、私を強く抱きしめ、 激しいキスをしてきました。 セックスの後にさっさとパジャマを着て寝てし まう主人と異なり、終わった後も義父に私の体の感じ易いところばかり触ら れてうっとりしていた私は、義父の背中に手をまわし、義父の舌と私の舌を 激しく絡ませることで、義父の希望を受け入れる意思表示をしてしまいまし た。 でも、私の気持ちの中には、少なからぬ戸惑いもありました。 それは、 今私のお腹の中には主人の子供がいるのに、その主人の父親とこれから肉体 関係を続けていくことに対する罪悪感のようなものでした。 それと、セック スが上手ではないとはいえ、主人を愛していないわけではありませんから、 私自身、主人とは全く違ったタイプの義父を受け入れることに対する抵抗感 のようなものもありました。 その晩は、お酒のせいで少し酔いが残っていた ことと、義父とのセックスで3回も行ってしまったせいか、直に強い眠気に 襲われ寝てしまいました。 翌朝、10時頃に目覚めた私たちは、すぐに一緒にお風呂に入りました。 主人の実家は敷地がかなり広く、家の周りに塀が巡らされており、お風呂の 会話がご近所に聞こえるような状況にはありませんので、安心して一緒にお 風呂に入ることができました。 義父は私の体をまじかで見れることに凄く興 奮しているようで、義父のモノが大きくなり上を向いていました。 改めて義 父のモノをみますとやはり主人のモノに比べて大きく太いので、つい目がい ってしまいます。 一緒に湯船につかると直ぐに義父は私のおっぱいやあそこ をふざけて触ってきました。 その後、私は断ったのですが、義父が私の体を どうしても洗いたいというので、お願いすることにしました。 義父はたっぷ りと石鹸の泡を手に付けて手で私の体を洗ってきました。 おっぱいとお尻と あそこを残すようにして洗ってくれました。 そして、私を椅子に座らせて、 うしろからおいたおっぱいを丹念に洗い始めました。 洗うというよりも揉み ながら乳首を摘んできました。 義父はいつまでも私のおっぱいを洗い続ける ので、私もだんだんと気持ちが良くなってきてしまいました。 すると、義父 のもう片方の手が私のあそこに伸びてきました。 おっぱいを揉まれながら、 しかも石鹸の泡でもまれながらですから、すごく気持ちが良くなっていると ころにあそこを石鹸の泡が付いた手で触られているのですからたまりません。 思わず息が乱れてきてしまいました。 特にクリトリスの辺りがビリビリと感 じていました。 私は後ろを振り向き義父にキスを求め、キスをしながら自分 の手を後ろに伸ばし、硬くなり始めていた義父のモノを握り手を動かしまし た。 義父は「ゆきこさん、いいね」と言ってきましたので、私は黙ってうな ずきました。 義父は湯船の手すりに私の手を掛けさせ、後ろから入ってきま した。 思わず私は「あぁ、お義父さん」と口走ってしまいました。 私の体を 気遣い、ゆっくりとしかも浅く出し入れしていました。 私はもっと奥まで入 れて欲しかったのですが、我慢していました。 大きく太い義父のモノが入っ ていますので、浅くても十分に気持ちが良かったのです。 次第に義父の動き が早くなってきました。 上ずった声で義父が「ゆきこさん、行きそうだ」と 言ってきましたので、興奮していた私も「思い切り中で行って下さい」と言 いました。 私の中で義父のモノが一瞬ズンと大きくなったと思った直後、私 の中で義父が果てました。 私の中に入ったまま、暫く私たちはそのままの状 態で「ハァ、ハァ」と息を切らしていました。 義父が私の体から離れた後、 私たちは立ったまま抱き合い激しくお互いの唇を求め合いました。 シャワー で私のあそこを洗った後、今度は私が義父の体を洗ってあげました。 義父を 椅子に座らせ、義父の前にしゃがんで義父のぐったりとしたその大きなモノ を洗ってあげました。 その間、義父は「ゆきこさんの体は本当にきれいだな あ」と何度も言ってくれました。 そして、もう一度二人で湯船に入りました。 義父がこのような関係になってどう思っているか私に聞いてきました。 私は 「こうなってしまった今でも信じられないような、不思議な感じです」と言 ったところ、「丈夫な赤ちゃんが産まれるように、俺が何でも面倒を見るか ら何も心配するな。 」と義父が言いました。 がさつな人には違いないのです が、何か頼れるような安心した気持ちが芽生えた気がしました。 暫くして、 義父が湯船に腰を掛けたとき、私の目の前に義父のモノがありました。 なぜ か義父を喜ばせてあげたいような気持ちがあり、私から義父のモノを口にく わえ舐め始めました。 さっき行ったばかりだというのにすぐに硬く大きくな りました。 大きいので私は口を大きく開け、舐めるというよりも体を動かす と言った方が適切な言い方かもしれませんでした。 私は湯船の中にいました から、額からポタポタと汗が流れました。 暫くすると、義父は私の頭に両手 で押え「行くぞ、行くぞ」と言い、さっきのように一瞬モノがグンと膨らん だ直後に「ビュッ、ビュッ」激しく私の口の中で果てました。 主人の時はす ぐにティッシュに吐き出してしまいましたが、その時は、吐き出すと義父が 気を悪くしてしまうかも知れないと思い、我慢して飲み込みました。 苦かっ たです。 義父との関係5 投稿者:ゆきこ 投稿日:02月09日 土 13時27分17秒 私は37才の主婦です。 主人の父親である義父と関係を持って10年になります。 義父と関係を持った時のことは以前お話しましたので、興味があったら過去の投 稿をお読みください。 10年前の5月に義父と関係を持ってからは、主人が単身赴任、義母は入院中と いうこともあり、まったくの2人きりの生活でしたから、まるで夫婦のような生 活になりました。 9月に出産予定の子供(主人の子供です)が私のお腹にいまし たから、お腹を気遣いながらのセックスでした。 つわりもほとんどなく、体調も 良かったので、ほぼ毎晩のように私たちは体を重ねました。 関係をもってからは 身重の私に義父はよく尽くしてくれるようになりました。 日増しにお腹が大きく なる妊婦を抱けることに興奮しているようでした。 もともとおっぱいもそこそこ 大きいほうでしたが、乳輪が黒くなり、巨乳のようになったおっぱいを義父は触 るのが好きなようでした。 セックスの回数が増えるうちに、いつのまにか義父の 前で裸でいることも気にならなくなってしまいました。 義父は私とキスをするの が好きみたいで、絶えずキスを求めてきました。 それも舌を絡ませるのが好きで、 キッチンで料理をしている時や洗濯をしている時も私のところに来てキスを求め てきましたので、いつのまにか義父とキスすることも当たり前のようになってし まいました。 その頃、義母は家から車で1時間くらいかかる大学の付属病院に入院 していましたので、義父と病院に行った帰りにラブホテルに行くようにもなりま した。 いつも家でセックスをしている時は、何となく声を思い切りだすことに抵 抗を感じていましたが、ホテルでは自分でも恥ずかしくなるくらい声を出して悶 えていました。 Hビデオを見ながら義父は私のアソコを触わり、私から「お義父 さん、入れてください」と言わせることが好きなようでした。 9月の上旬に元気な男の子が生まれ、退院後1ヵ月ほどは私の実家にいましが、 義父を1人残して来たことが心配だったことと、お医者様からセックスの許可が 出ましたことから、義父と思い切りセックスがしたい、むしろ、今までお腹の 子供を気遣って我慢のセックスをしてきた義父に好きなだけセックスをさせて あげたいと思い、主人の家に戻ることにしました。 義父との関係6 投稿者:ゆきこ 投稿日:03月22日 金 01時06分21秒 久しぶりの投稿です。 38歳の主婦です。 家族構成は、都内の本社に単身赴任中の主人(44歳) と主人の父親(68歳)、2人の子供です。 病気がちの義母がおりますが、主 人の妹夫婦が面倒を見ています。 主人の子供を身ごもっていた10年前の5月に義父と肉体関係になりました。 主人は単身赴任、義母は入院という状況でしたから、その後も関係は続き、出 産間際までセックスをしていました。 とは言いましてもお腹に子供がいました ので、私のお腹を気遣いながらのソフトなセックスでした。 その年の9月に男 の子が生まれ1ヶ月ほど実家にいたのですが、育児にもやっと少し慣れて気分 的にも落ち着いてきたことや、家に一人で残してきた義父のことが気がかりだ ったこと、何よりもお医者様からセックスの許可が出たことから、主人の実家 に戻ることにしました。 実家には主人が車で迎えに来ました。 主人の家までか なり距離がありますので途中で1泊したのですが、その晩、案の定主人が求め てきました。 申し訳ないとは思ったのですが、出産後の「バージン」を義父に あげようと決めていましたので、本当は何ともなかったのですが、出産で切れ たアソコがまだ痛むからと言って断りました。 なんとなく申し訳ないような気 がしましたので、私のお口で主人の欲望を満たしてあげました。 翌日の夕方、 主人の実家に着きました。 長距離の運転で疲れ気味の主人はすぐに風呂に入り ました。 主人がお風呂に入ったことを確認すると、私と義父は、出産前にいつ もセックスをしていた私が使っていた部屋に向かいました。 部屋に入りドアを 閉めた瞬間、義父と私は激しく抱き合い、口が壊れそうになるくらい激しく下 を絡ませ何度も歯があたるほどでした。 同時に義父の手が私のお尻や胸を撫で、 スカートの中に手を入れてきました。 義父のアソコも痛そうな位硬くなってい ることが分かりましたから、私はズボンの上から義父のアレをすりすりと撫で てあげました。 義父もすでにぐしょぐしょに濡れている私のアソコを激しく撫 でてきました。 義父は私をベッドまで連れて行き、二人でベッドに倒れこみま した。 私もセックスをしたくてしょうがありませんでしたが、主人が家の中に おりますから、やっとの思いで「お医者様からお許しがでましたから、お義父 さん、明日あつしさんが東京へ帰った後、思い切りしましょ。 お義父さんが好 きなだけ抱いてください。 」と言い、とりあえず、そこまでで終わりにしまし た。 翌日の昼過ぎ、主人は単身赴任先へ戻りました。 子供にお乳を与え寝かしつ けた後、義父と私は昨日の約束どおり、すぐに裸になりベッドに潜り込みまし た。 出産直後で私のお腹がだぶついていて妊娠線もくっきりと残っており、少 し恥ずかしい気がしました。 それでも、今日初めて義父に激しく抱かれるのか なと考えると、それだけで十分な位濡れているのが分かりました。 最初私たち は延々と続くと思うくらいキスをしていました。 時には激しく、ねっとりと舌 を絡ませながらお互いの体を触りあっていました。 ところが、義父が巨乳と化 した私のおっぱいを揉むと何とお乳がピューと出るのです。 おっぱいの周りが お乳でびしょびしょでしたが、かまわず義父はお乳をまるで赤ちゃんのように 吸っていました。 義父は私の全身を時間を掛けて舌と唇で愛してくれました。 やっと最後にびしょびしょのアソコをなめてくれました。 気が狂いそうなくら い気持ちが良くて、ほんの数分で行ってしまいました。 その後、私が上になり 69の体制でお互いのアソコを舐めあっているうちに、義父のモノが欲しくて たまらなくなり、「お義父さん、入れてください」とお願いしました。 すると 義父が「どこに入れて欲しいんだ?」と聞いてきましたので、「私のアソコで す」と答えたところ、「アソコでは分からない」と言われ、次に「私の性器で す」と言えば、「性器でも分からない」と言われました。 義父の意地悪が分か りましたから、義父の耳元で「私のオ・マ・ン・コ」と言ったところ、「分か った入れてやる」といいながら、義父のモノが私の中に入ってきました。 お腹 を気にする必要はありませんでしたから、私のアソコの奥まで義父のモノが入 ってきました。 すごく気持ちが良くて、義父の腰の動きに合わせて私も自分の 腰を激しく動かしました。 やはり義父のモノは大きく、私の子宮にゴツゴツと 当たるような今まで経験したことない衝撃がありました。 その後、じわじわと 行くような感じに襲われたかと思うと急にドカーンとすごい勢いで行ってしま いました。 その時、お尻の下までびしょびしょに濡れていることが分かりまし た。 それでも義父の動きは止まらず動いていましたが、久しぶりだったせいも あったのでしょうか、突然、義父が「ゆきこ、行きそうだ、ゴムは付けるのか ?」と聞いてきました。 妊娠の不安もありましたが、義父に思いきり中で出さ せてあげたいと言う気持ちが強くありましたので、私は「お義父さん、思い切 り中で出して」と言い、義父にしがみ付きました。 義父がすごく興奮している のが分かりました。 「ゆきこ、ゆきこ」と言いながら、激しく舌を絡ませ、私 の中で果てました。 私の中でドクドクと義父の精液が放出されました。 義父の アソコを私のお口できれいにした後、私のアソコをティッシュで拭きましたが、 すごい量の精液でした。 シーツもびしょびしょに濡れていました。 その日は、 途中、子供が起きたりお乳を与えたりで何度か中断がありましたが、昼間から まさにセックスづけでした。 義父との関係7 投稿者:ゆきこ 投稿日:03月23日 土 05時16分15秒 主人との間にできた長男を出産後、私は義父とのセックスにますますのめり 込んでいきました。 義父とのセックスに女としての悦びを感じていたのです。 自分だけ満足すればさっさと寝てします主人のセックスと違い、義父のセック スはとにかく私を気持ち良くさせてくれるのです。 子供が産まれてからは主人 も週末に家に帰ってくる機会が増えましたので、主人ともセックスはしていま した。 いつのまにか主人とのセックスでは満足できない体になっていました。 主人とのセックスが終わった後、義父に抱かれたい気持ちで一杯でなかなか寝 られませんでした。 出産後、私は基礎体温を測るようにしました。 妊娠中のセ ックスでは避妊をする必要がありませんから、いつも中出しでした。 そのため 義父はコンドームを付けるのを嫌がったからです。 基礎体温を測り危険日とそ の周辺だけコンドームを付けるようにしたのです。 私自身も義父とセックスを するようになってからコンドームを使ってのセックスはあまり好きではありま せんでした。 というのも、その頃、義父が「ゆきちゃんが僕の子供を生んでく れたらなあ」とか「ゆきちゃんに僕の子供を孕ませたいなあ」なんていうこと を言うようになっていたのです。 私からすれば受け入れられる話ではないです から、聞き流すようにしていました。 しかし、いつも中出しをしているうちに 私の中で義父が射精する瞬間に「もしかしたら義父の子供を妊娠するかもしれ ない」と思うことに妙な興奮を覚えるようになていたのです。 いつのまにか義 父が射精する瞬間に異常なほどの興奮を感じるようになり、場合によっては義 父が行った後、私も行ってしまうことがあるくらいです。 私は生理がほぼ定期 的にきますので、危険日も予測しやすかったのです。 だんだんと慣れていくう ちにコンドームを使う期間が短くなっていきました。 その頃は主人が地元の支 店に戻っており、義父も退職をしておりましたので、義父とのセックスはもっ ぱら昼間に限られていました。 長男を出産してから約2年半後、つまり7年前 の5月に私は妊娠していることがわかりました。 生理が予定日を10日過ぎて もきませんので、妊娠検査薬で調べたところ、バッチリ妊娠サインが出てきま した。 その瞬間、お腹の子供の父親が義父であると私なりに確信を持ちました。 思い当たる日があったからです。 その日は朝から二人ともやる気満々でした。 私と義父は子供が寝ついたのを確認してからベッドインしました。 朝食後のセ ックスです。 昼間のセックスは妙に興奮します。 その日は危険日でしたがコン ドームが切れていてありませんでしたから、義父に「お義父さん、今日は危険 日ですがコンドームがないので、外で出してくださいね」とお願いしました。 義父が行きそうになった時、私は義父の上に乗っていました。 義父が行きそう になると「ゆきこ、行きそうだ」と言って自分のモノを私のアソコから抜こう として慌てているのです。 その姿が可笑しかったので、私は義父をからかい中 々抜こうとしませんでした。 今までも危険かなと思った日でも中出しをして大 丈夫でしたから、その日も多分大丈夫と思い、抜こうとしている義父の上で私 はさらに激しく腰を前後上下に動かしたところ、あっけなく義父が私の中で果 ててしまったのです。 結局その日は朝、昼、夕と3回セックスをしましたが何 れもいつもどおりに中出しでした。 多分、その時に出来たのかなあと思いまし た。 その頃私の気持ちの中にある変化が起こっていました。 私は主人と義父と 2人の人を愛しているのかなあと思い始めていました。 スポーツの苦手な勉強 家の主人と違い、根っからのスポーツマンである義父のような「体育会系」の 人の子供を生んでみたいとも思っていました。 私自身ある競技で高校時代に県 大会でベスト3に入りインターハイにも出場した経験があるので、なおさらそ う思っていたのかもしれません。 悩んだ末に義父に妊娠のことを伝えたところ、 予想を遥かに越えた悦び方でした。 「ゆきこ、ありがとう。 ありがとう。 」と 言って大喜びでした。 私は義父に2つの条件を出しました。 1つはこのことは 二人だけの秘密にしておくこと、もう1つは長男と生まれてくる子に対し対等 に分け隔てなく接することの2つです。 義父は生んでくれるのなら、どんな約 束も守ると言ってくれました。 私は義父の子供を産む決心をしました。 主人に も妊娠をしていることを伝えました。 私は「安全日だと思っていた日がどうも 危険日だったらしい」と言ったところ、主人も喜んでくれましたので、主人に は申し訳ない気もしまいした。 再び義父と妊婦とのセックスが始まりました。 おまけに義父はコンドームを使わずにすむので2重の喜びでした。 翌年の1月、 2人目の男の子が産まれました。

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死別した夫の義父と同居

お 義父 さん と は しない こと

こんにちは、トピを開いてくださってありがとうございます。 先日、数年の闘病生活の末に義父が亡くなりました。 その葬儀にあたり、素朴な(?)疑問をもったので、こちらにて皆様の意見を聞いてみようと思いました。 お通夜、告別式ともに、喪主の義母、長男(私の夫)、長男嫁(私)長女(義妹、未婚)の順で座り、その順にお焼香をしました。 私が(実の娘である)義妹より先にお焼香をするのが申し訳ないような気持ちでしたが、「そういう決まり」とのことで、従いました。 告別式のあと、葬儀場のスタッフの方が「それでは、ご家族である喪主様、ご長男様、ご長女様の三人様はお残りください」と、私は外に出されました。 そしてその三人で、お位牌、遺影、お花(帰りはお位牌、遺影、お骨壺)を持ってハイヤーに乗り、私は他のお見送りしてくださる方々とマイクロバスに乗りました。 お骨を拾うときも、さいごに義母、夫、義妹だけが残り、私は待合室へ。 お焼香のときは義妹より前の位置なのに、その他の場面では「家族」の括りに入れないんだ・・・と、違和感を持ちました。 私自身は、(寂しさはありましたけど)故人を悼む気持ちはどの席にいても同じなので、どちらでもよく、不満というわけではありません。 (「家族」に入れないなら、お焼香も他の親族と同列でよかったのに、とは思います) でも、これが例えば、何年も同居して家族同然だったお嫁さんとか、家族の誰よりも介護等で尽くしていたお嫁さんだったら、たまらないだろうな・・・と。 葬儀での嫁の位置って、こういうモノなのでしょうか。 補足すると、葬儀の場所は千葉、私たちは結婚して5年目、こどもはいません。 ユーザーID: 7938891604 夫婦はひと組だと思いますが、今回は妹さんが未婚なのでそちらが優先ということではなかろうかと。 お骨を拾う際、一応参列の皆さんが一巡した後、といことですよね? ハイヤーの件は乗れる人数もありますし。 夫の祖母が亡くなった時、義父(長男)義母(長男の嫁)、義父の姉、姉、妹の順で会場に入られる皆さんに挨拶していました。 夫と私は後ろの列に控えていたのですが、前列に並ぶ着物の紋を見て… 同じ紋なのですが、義母のものだけ女紋っていうのかな?輪がなかったのです。 着物の色合いなんかを見ると、仕立てた時期なんかもまちまちなんでしょうし、義母は嫁いできてから仕立てたので婚家の紋なのでしょう。 が、義父の姉妹たちは皆、男紋というか「輪」ありでした。 父(喪主)、母、未婚の妹までが前列。 夫、私、義弟、妹が後列。 子供たちは親族席。 移動は両親だけハイヤーでした。 微妙…答えになってなくてスミマセン。 ユーザーID: 4584550447• 葬儀の形 姉妹に挟まれた長男の嫁、遠くで別居しています。 6年ほど前に義父を亡くしました。 私にとってはごく身内の初めての葬儀でしたが田舎の風習とは言え目が点になる事が多かったです。 自分の郷里とはずいぶん違っていました。 中でも1番ビックリしたのは、喪主である義母が火葬場まで同行しない=お骨拾いも無しだった事。 「えっ、最後の別れ無し?!」 しかも火葬場での待ち時間に、足を運んだ親戚一同での酒盛り(お重と酒は持参)。 でもこれは彼の地での普通の出来事らしいです。 ひのきさんのご義実家地方あるいは葬儀屋では、同様に運ばれていることではないのでしょうか? 他の人たちの目もある中で、しかも葬儀では長男嫁としてのつとめを任されたのなら、悪意あっての事でない気がします。 1度、確認されたらいかがですか? それから、この世の最後の別れに、連れ合いと血の繋がった子が優先されるのは仕方が無いのでは・・・と思える私です。 ユーザーID: 1740193304• 血は水よりも濃し 先ずは義父様のお悔やみを申し上げます。 昨年、今年の共に3月に実父・実母が他界しています。 私の場合兄2人(長男はバツ1で子供なし・二男は既婚・子供1人・ 末の私は既婚・子供2人)います。 トピ主さんの話、地域にもよるのでしょうか? 初めて聞いて驚いています。 両方の葬儀の時、兄弟の配偶者(義姉・夫共に)私達兄弟と立場が同じ でしたよ。 少しそれてしまいましたが、>こういうモノなのでしょうか。 に対しては先程もお伝えしました様に、初めて聞きましたね。 ユーザーID: 8103395802• 建前抜きで考えて、それで良かったと思います 私も長男の嫁で子供はいません。 婚家との関係は良好です。 義父が数年前に亡くなりました。 遺影などを持って車に乗ったのは義母、夫、未婚の義妹です。 私と義弟夫婦とその子供たちはバスに乗りました。 焼香は義母、夫に続いて私は3番目で、次は義弟、次は義弟嫁と子供たち、義妹はその後でした。 これが正しい順序なのでしょう。 そういう意味では、義妹は、私と義弟家族を5人抜きして上位に立った ? とも見えますが。 私は彼女にお花を持たせてやりたいと思いました。 多分、しきたりで私が乗ることになっていたとしても、 葬儀社から咎められないなら 彼女に譲ったと思います。 弟夫婦にも異存はなかったのでしょう、誰が勧めるでも諌めるでもなく、ごく自然に母と夫と義妹が車に乗りました。 義父の死を一番悲しんでいたのは、やはり一緒に暮らしていた義母と義妹です。 家庭を持って独立した夫や義弟の比ではありません。 それを思うと、彼女が花を持つのが一番ふさわしいと思いました。 あなたもそう考えたらどうでしょう? ユーザーID: 3893095886• 家族ではないということはない。 トピック主さんのご経験されたことが、普通なことと思います。 あなたが家族ではないということはなく、実際の血縁関係の濃淡だけの話です。 葬儀、通夜では、一応夫婦は同列、お骨拾いでは、実際の等親の近い人から、 決して、あなたを蔑ろした訳ではありません。 いい話でなく申し訳ありませんが、トピック主さんのご両親に万が一、不幸が あった場合、ご主人は、通夜、葬儀ではあなたと同列、しかし、斎場での 行いの順番では、ご主人は、あなたやあなたの兄弟より、後列になります。 正直、葬儀や通夜、斎場でもちょっとした順番で、家族でないとかの疎外感を 感じるほうが神経質すぎると思います。 ユーザーID: 7462794853• だいたい同じでしたが 最近姑を送りました。 私も別居です(子供はいます)。 また義妹ではなく義姉で結婚していて子供(大きい)もいます。 舅のお通夜・お葬式も、姑のお通夜・お葬式も、だいたいトピ主さんの今回のケースと同じような感じでした。 ですから、移動の車も私は子供たちと一緒にバス、姉の夫や子供もバス、夫と姉だけ霊柩車でした。 葬儀屋さんにお願いしたのですが、なにかと「実のお子さんお二人で」と言われてましたね。 私は夫実家との関係が特に悪くもなくまあ可愛がってもらったと思いますが、そんなに気になりませんでした。 人数に限りがあるとなれば、やはり血のつながった子が故人の近くで見送るというのでいいのではないかと思います。 ユーザーID: 2097721074• 同じ経験しました。 夫の祖母の葬儀でした。 夫は就職するまでの22年間実家で祖母と同居していました。 現在は実家から飛行機で2時間の遠方に住んでいます。 すでに実家を出て20年経ちます。 跡取りである義兄は未婚です。 告別式のとき。 喪主である義父・義母・義兄・夫・我が家の長男・我が家の二男、 義父の兄・兄の嫁・義父の弟・弟の嫁・義父の姉・義父の妹婿・妹… と親族席が3列ほどあったのですが、私の席は一般席。 もちろん焼香も一般の方と一緒でした。 出棺も焼き場までの移動もです。 夫が親族席であるのは理解できます。 でも、曾孫である我が家の息子たちも夫の並びの親族席に座っているのに、私は一般席なんだ…と変な気持ちになったことあります。 自宅で執り行った通夜などは、寝る暇も座る暇も無いほど嫁として動き回りましたから、ふぅん・・・と思いました。 ユーザーID: 5461646486• 土地柄もあるしケースバイケースだから。 嫁は嫁です。 そんなに気にすることかな?と思います。 夫の実家が千葉です。 ウチの義父の葬儀の時、 焼香、告別式の際の移動などは主さんと同じ。 ただ骨あげの時は嫁の私も一緒にいました。 土地によっては焼香も血の濃い順のところもありますし(千葉でも南部の夫祖母の時は実の血縁者のみが親族席でその配偶者は別席でした)、 告別式の際の移動は、単純に人数の問題もあります。 持つのが位牌、骨壺、遺影の3つなら3人で足りるので、その3人でということになります。 私の時は、夫と夫兄(未婚)と義母が一緒に移動、私は参列していた自分の父母と一緒に移動しました。 最後の骨あげについては、配偶者がいてもおかしくないと思いますが、まだ義妹が未婚ということで、 亡き義父さんをしのぶのに、3人で家族という気持ちが強かったのかも知れないですね。 私の時も義父はまだ60代で若く、義母の嘆きも深く、最後くらい家族だけにしてあげたいと全般に思いましたよ。 ユーザーID: 3116259143• 私の場合 焼香は、義母、主人(喪主)、私(嫁)、義妹(既婚)、義父の兄弟・・ 火葬場への車ですが 義母は1人霊柩車。 主人、義妹はそれぞれ2台の車に分かれて乗車。 あとは義父の兄弟が主人と義妹の車に同乗。 私は義父兄弟の奥さん達とマイクロバスの予定でしたが、あと1台車が出るのでそちらに乗車しました。 位牌や、遺影などは血縁者が持ちました。 >お骨を拾うときも、さいごに義母、夫、義妹だけが残り、私は待合室へ。 この光景はありませんでした。 みんな同じ場所で待ちました。 トピさんの複雑な気持ちはわかります。 あまり深く考えない方がいいと思います。 トピさんが悪いことをしているわけではありません。 ユーザーID: 7512733801• 主様と同じでした。 私は神戸在住で15年前に経験しました。 膵臓ガン末期で痛がる義父の背中を最後の2日間徹夜でさすり続けました。 弟妹が来た時には意識も無く其のまま… 義母も他界してましたので長男である夫が喪主に。 御焼香は喪主夫の後でしたが遺影・位牌・花・は夫と夫の弟妹が持って先頭に立ちました。 私は一般の参列者としてマイクロバスで火葬場へ… 対応した葬儀社に依って違うのかなと思っていたのですが腑に落ちなかったのは確かです。 今迄に参列した告別式では喪主の妻が従っていましたので不満という訳では有りませんが不思議だな?と感じたのを思い出しました。 最期に義父孝行が出来たし夫からも「良くしてくれて有難う」の労いの言葉も有ったので悔いは無いですが。 ユーザーID: 8214555058• 初耳です 家族として過ごしてきた者にとって寂しい瞬間だと私も思います。 けれど、そういうものなのでしょうね。 自分の親の葬儀の時を想像してみてください。 お嫁に出てしまったけれど、やはり子として親の遺影などを持ちたくないですか? 実の親子の方が義理の親子より縁が深いですもの。 「家族」として括ったときの順番が、お焼香の順番だと思います。 ちなみに、お骨を拾うときのお話は初めて聞きましたが…最後に残って何をなさったのでしょう??咽仏を拾われたのかしら?後学のために教えてください。 ユーザーID: 4787844472• いろいろでしょうね ご愁傷様です。 さてお焼香の順番ですが最低限決まっているのは一番は喪主です。 トピ主さんの場合には次の順序になります。 1喪主(故人の配偶者、この場合、貴女の義母) 2故人の長男(貴女の夫) 3長男の配偶者(貴女) 4長女 焼香の場合は以上の順になります。 座る席順についても式の前に決めておき その席順で焼香すればよいと思います。 骨の入壺、位牌、写真等は喪主及び実子の場合が多いですがこうでなければならないと謂う決まりはありません。 その家によって夫々です。 何れにしても故人のご冥福を心から祈れば順番などはどうでもよいのではないかと考えます。 ユーザーID: 8170964909• 何年も同居して家族同然だったお嫁さんだったら違うんですよ 私の父と祖母(母方)の場合なのですが、つい最近とても似た状況がありました。 私の父はいわゆるマスオさんです。 因みに父は母方の養子には入っていません。 不吉な例え方で申し訳ないのですが、分かりやすく言えば 私の父はマスオさんで妻(サザエさん)と数年前に死別してからも 同居は解消せずにおフネさんとずっと同居していました。 その祖母のお葬式の時は祖母の実子(父にとって義兄)が喪主で それはもちろんそうだと思うのですが 父はお焼香順はかなり後、葬儀後に家族だけ残る場面も他の参列者と外で待たされ 出棺の棺さえ抱えさせてもらえませんでした。 何だか完全に一般参列者側でした。 ユーザーID: 1585950361• それは普通 続きです。 父は実の母親との関係が悪かったので姑をとても慕っており 祖母も父をとても気に入っていました。 私の母が亡くなってからも祖母を色々な観光に連れて行ったり 祖母が生活が不自由になってきたら生活の面倒を看、介護もし 祖母が亡くなった時は誰よりも落ち込んでいました。 確かに血縁関係とか苗字とかの事を考えると 仕方のないことなのかもしれないのですが… たまに顔を出す程度の実子とずっと一緒にいた義理の息子… 主さんのおっしゃるように「故人を悼む気持ちはどの席にいても同じ」なのですが 祖母と父の関係をずっと見てきただけに 父が気の毒でやり切れませんでした。 父自身は「仕方ない事だから」とちょっと寂しそうでした。 難しいですよね、こういう時のルールと気持ちの折り合いって。 ユーザーID: 1585950361• >長男の嫁様 葬儀は本当に地域色が強く千差万別だと思うのですが、 私がこれまで経験した身内の葬儀では(4回経験)こうでした。 会葬者はお骨を拾うと、流れに従い、そのまま火葬室の外へ出て骨あげが終了するのを待ちますよね。 しかし、会葬者全員が骨を拾った後もまだお骨は多く残りますので、 家族で残りの骨を拾います。 細かくなって箸で拾いきれない部分は、 家族の承諾を得て職員の方がざざざと集めて、骨壺に収めます。 その時、骨の量が多かったりすると、これまた家族の了解を得て、職員の方が骨壺の中の骨を箸でかきまわして崩して収めたりすることもあります。 最後にのど仏と頭蓋骨を収めます。 骨壺を箱に入れ、箱の中に埋葬許可書を入れたら終了。 箱におおいをかけたら、家族で遺影と位牌等を持ち、会葬者の待つ場所へ行ってあいさつです。 初めてだと少しショックを受ける部分もある作業です。 お身内の方で、となるのはわかる気がします。 よく知らない人に頭蓋骨などみられるのはどうか、とも思いますし。 でも子供の配偶者はいてもおかしくないと思います。 ユーザーID: 3116259143• 仕方がありませんよ〜 私の場合。 結婚2年目、子どもあり。 義父の葬儀。 焼香の順番は、長男である夫と同列で夫の次。 夫の妹より先。 火葬場へは義母、夫、夫の妹、義父の妹。 私は家に残りました。 (家で葬儀をした)。 私はどっちでも。 行っても行かなくても。 でも家での葬儀なので、家に誰か家の者が残るのは当然。 私は義父、義母、義妹の家族ではないです。 夫を通じた一族ではあるだけ。 それでいうなら夫も私の実家の一族になってるということ。 私と夫はそれぞれの実家を出て家族を形成。 集合でいうなら私と夫は二つの実家の交わったエリア、といいましょうか。 トピ主さんが、なににこだわるのかわかりませんけど、そんな些細なことをいちいち気にしていたら今後疲れますよ。 介護をしたお嫁さんなら… と、トピ主さんは言いますけど、私はしましたよ。 でも、全然。 地方や地域、家などで冠婚葬祭はかわるもの。 よっぽどの奇行で無い限り気にする事はないです。 それより、家族の定義を今一度考えたらどうですか? ユーザーID: 6988280580• ちょっとヨコな話だけど・・・ このトピを見て思いだしたのが私の祖母の話なのです。 超ヨコの話で申し訳ないのですが書きます。 10数年前の話です。 深夜に祖母が自宅で倒れたと連絡がありすぐに駆けつけたかったのですが公共機関を使っても3時間以上離れた場所に住んでいた為、行けたのは翌日のお昼前。 意識はありませんでしたが、その後息を引き取るまでの3日間毎日4歳の息子を連れて病院に行きました。 葬儀・告別式の時、喪主は叔父 次男 で叔母 長女 ・母 次女 ・叔母 三女 ・叔父 三男 ・叔母 四女 の順で焼香していきました。 勿論それぞれの配偶者や独身の子供は親と一緒に。 当時結婚していた従姉妹たちはその次に名前を呼ばれて焼香していきましたが私は呼ばれませんでしたので一般弔問客と一緒にしました。 その時に思ったことは「私は孫じゃないの?」 火葬場に行く時、送迎のバスにも乗れませんでした 気づいた弟の車に乗せてもらいました その後も精進落としの料理がなかったりしたので喪主の叔父にとって私はどうでもいい人間なんだと確信、その後交流はありません。 ユーザーID: 7520083979• 家族単位でした 焼香順は普通ですね。 お位牌、遺影、お花を持ってハイヤーに載るのは3人の事が多いですよ。 事前に誰が何を持つか、焼香順も含めて、お母様かご主人に確認があったと思いますよ。 家庭によってはお嫁さんが持つ場合もあるでしょうし、子どもがいても故人の兄弟が持ったり、実子でも兄弟が多ければ、誰が持つかは各家庭それぞれです。 お骨拾いも普通は事前に確認があるはずです。 お母様もご主人もそこまで気がまわらなかったんですよ。 許してあげてください。 これが20年30年一緒に暮らしてきたお嫁さんなら、意気消沈している喪主(義母又は義父)とご主人に変わり、お嫁さんが親戚への挨拶から焼香順等を含めて、ハイヤーの手配、お料理の手配などすべて取り仕切っている場合も多いですよ。 ユーザーID: 5273578006• 私なんて、実子なのに・・ 今年の春、実父77歳で亡くなったときの告別式のこと(喪主は母ではなく兄) 焼香のときは、私(長女)と妹(次女)はそれぞれの夫の氏名で例えば、「大手一郎夫妻」と呼ばれ、 出棺のときは、遺影は私の「夫」、位牌は妹の「夫」が葬儀場の係員からもたされ、 火葬場に行くときは、兄、夫達が参列者の方々に挨拶しているときに 私と妹は葬儀場の方に、さっさとマイクロバスに案内されてしまいました。 実家は地方の市街地で、男性優位の風習が強いとは思ってましたが、 正直、ビックリですよ。 女は実子といえども、結婚したら夫に付随するもので、 人格はない・・・みたいと正直思ってしまいました。 ユーザーID: 0867169270• 家によって色々 トピ主さんの違和感、わかりますよ。 私の父方の祖父の葬儀で、やはり「最後は長女、長男、次男の三兄弟で」となりました。 孫である私から見ても、同居していた長男の奥さん(私にとっては義伯母)が一番世話をしていて一番悲しんでいましたが、 同行できませんでした。 とても違和感を感じましたが、よくよく考えてみると、何かあった時は実子が責任を取る形にしておくのが無難なのだと納得しました。 不手際があったとしても、「あの嫁が…」と言われることなく「故人の子供たちが考えたことだから」となって収まります。 逆に、母方の祖父の葬儀では、名字も全く違う孫の私が「故人の初孫だから」とやたらと前に出されました。 親戚内での力関係やけん制があったのでしょう。 揉めるくらいなら遠方に住んでいて利害関係のない「初孫」を出してしまえ、と。 残された故人の家族がやりやすいようにと思い、そのまま流れに身をまかせました。 トピ主さん自身に不都合がないのなら、あまり深く考えずに 「その家によって、また葬儀会社の進行によって違うようだ」と思っておくのが精神安定上良いかも。 ユーザーID: 8132558104.

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先日義母が亡くなり義父が同居を望んでいるようです。私は同居は絶対に...

お 義父 さん と は しない こと

私は義理父、つまり主人の父親とセックスをしていま す。 主人は44才、義理父は67才です。 もちろん主人には内緒です。 この ような関係になって10年になりますが、今もほぼ「毎日」のように義理父 との関係を続けています。 むしろ義理父との濃厚なセックスを楽しんでいま す。 主人ともセックスはしますが、数ヶ月に1度程度でしかもほんの10分 程度で終わってしまいます。 今では、主人とした回数よりも義理父とした回 数の方がはるかに多いですし、子供たちも義理父に大変なついていますので、 義理父が私の夫のような気さえしてしまいます。 きっかけは主人の転勤でした。 10年前の4月に地方支店から都内の本社に 転勤になったのですが、会社の都合で単身赴任となってしまったことから、都 内に近い主人の実家で主人の両親と同居することになりました。 その時私は最 初の子供を妊娠していました。 また、義理母は長いこと病気を患っており、1 年の半分以上は入院生活という状況でしたので、主人としても週末には会える ところに私がいて、義理父を一人にしておかなくて済むので安心できると考え たのかなと思います。 10年前の4月に主人の両親との同居が始まったのですが、5月の連休明け から義理母が入院をしてしまい、義理父との生活が始まりました。 その頃、私 は義理父のことをあまり良く思っていませんでした。 がさつで煙草は1日に何 本も吸いますし、スポーツマンなのですが俗にいう生理的に嫌なタイプの人の ように思っていました。 洗濯の時に義理父の下着に触るもすごく嫌でした。 義理父と初めて関係を持ったのは、5月の終わりのことでした。 私の実家か ら高価な特産の食材が届き、なま物でしたので、その晩に食べることになりま した。 義理父はいつも晩酌をしているのですが、私はお腹の子供のことを気に して、お酒は口にしていませんでした。 その晩は義理父からビールを勧められ ましたので、コップ1杯くらいなら心配ないと思い、久しぶりにビールを口に しました。 元々お酒は大好きで酔うことが好きなほうでしたので、久しぶりの ビールのあまりの美味しさにつられ、ついつい日本酒まで飲んでしまいました。 何ヵ月ぶりかで飲みましたので、それ程たくさんは飲んでいないはずなのです が、すぐに酔いがまわってしまい、すごく良い気分になってしまいました。 実 は私はお酒が入るとすごくエッチな気分になってしまう癖があり、なぜかお腹 やあそこがジンジンしてしまい、あそこが濡れてしまうのです。 お酒が入った 時のセックスは、すごく大胆でスケベです。 その日も、義理父と二人きりでし たから、私があまり好きではない義理父に無理矢理犯されてしまったらどうし ようとか、犯されているのに気持ちよくなってしまったらどうしようなどと変 な想像をしながら飲んでいました。 その後、すごく眠くなってしまい、お風呂 に入る気力もなかったので、私は先に自分の部屋に戻り、服を着たままベッド に入って寝てしまいました。 -------------------------------------------------------------------------------- 義父とのセックス2 投稿者:ゆきこ 投稿日:01月10日 木 04時43分25秒 先ほどの続きです。 当時のことを思い出しながら書きます。 久しぶりのお酒に酔ってしまい、すごく良い気分のままベッドに入って寝 てしまいました。 暫らくすると、あそこのあたりがすごく気持ち良いような 不思議な気持ちになってきました。 それが何なのか良く分からないまま、う とうとしていました。 何となくあそこを誰かに触られているような感じがし てきたのですが、酔っていて体がふわふわしたような気だるいような感じで あまり深く考えることができませんでした。 酔っていたせいもあり、てっき り主人が私のあそこを触ってきたのかと思いましたが、主人がいるわけがな いことに気づいたと同時にそれが義父だということが瞬間的にわかりました。 私はどうすることもできずに寝たふりをしていましたが、義父は私のパンテ ィの中に手を入れ、あそこの入り口やクリトリスをなでるように触っており、 すごく気持ちよくなっていました。 あそこがグショグショに濡れているこも わかりました。 日頃、私が快く思っていない義父にあそこを触られるのは嫌 だなという気持ちとだれでも良いから「行かせて」ほしいという気持ちの両 方がありました。 その頃私はセックスに対する欲求不満が溜まっていました。 というのも、妊娠がわかってからは、主人とのセックスもお腹の子供に影響 があったら困るからと主人が自分のモノの先端を出し入れして主人だけが行 って終わりというものでしたし、私は「行かない」ほうがお腹の子供には良 いだろうと二人で勝手に決めつけて私は行かないようにしていたからです。 そうこうしている内に義父の指がとうとう私のあそこの中に入ってきて、中 をゆっくりかき回す様に動かし始めました。 余りにも気持ちが良くてこれ以 上寝ている振りをしているのがつらくなってきました。 私の息が荒くなって くるのをこられ切れませんでした。 「はぁあ、はぁあ」といったような声が でてきてしまいました。 義父の指の動きが一層いやらしくあそこの中をかき 回し、私の愛液をたっぷりと付けた指先でクリトリスを転がすように触って きました。 私の息も「はあぁ、はあぁ、はあぁ」とさらに乱れていきました。 真っ暗な中で義父は無言で私のあそこを触り続けていました。 私はなぜか、 「お義父さん、困ります。 やめてください。 」と心にもないことを言ってし まったと思います。 義父は「ゆきこさん、大丈夫だから、気持ち良くしてあ げるから、心配しなくていいから。 」と言いながらなおも触りつづけていま した。 そして、義父が私のパンティに手を掛け、パンティを取ろうとしたと き、パンティを降ろし易いように私は自分からお尻を上げてしまいました。 これから始まることをお互いに理解した瞬間だったと思います。 義父は私の パンティを降ろすと私のあそこに顔を近づけてきました。 私は「お義父さん、 お風呂に入っていないから汚いです。 やめてください。 」と言ったのですが、 「すごくきれいだよ。 すごく良い匂いだよ。 」と言い、私のあそこを舐め始 めました。 体に電気が走ったような気がしました。 まだ少し酔っていたせい もあり、大胆な喘ぎ声をだして悶えていました。 自然と自分から足を大きく 開き義父が舐め易いようにしてあげました。 義父はクリトリスを舐め続けま した。 ほんの1,2分だったと思いますが、私は突然行ってしまいました。 義父は慌てて来ていたパジャマを脱ぎあっという間に裸になったかと思うと、 今度は私の着ていた服を脱がせました。 とうとう、二人とも裸になってしま いました。 私は、これから義父に抱かれるんだと思うと主人に申し訳ないと いう気持ちと早く義父のモノを受け入れてみたいというスリルのような複雑 な気持ちでした。 真っ暗な中で二人でベッドに横たわり、義父が私の乳首を 舐めながら、片方の手で行ったばかりのあそこを再び触り始めました。 久し ぶりに行ったせいか体中がすごく敏感になっており、すぐに私は喘ぎ始めま した。 義父は乳首を軽く噛んだりするのですが、痛みと快感が同時に来るよ うな感じでこれまで感じたことがないような気持ちの良さでした。 たまらな くなった私は、私から義父のモノを掴み手を動かし始めました。 義父は主人 よりも身長が10センチくらい低いのにモノは主人よりも大きく太いのでび っくりしました。 今度はゆっくりと行きそうな感覚に襲われ始めました。 「あぁ、あぁ、いい、いい」といったことを繰り返していたと思います。 義 父のモノを握った手の動きが自然と速くなり、思わず「行きそう、行きそう」 と口走り、余りの気持ちの良さから、私から舌を出し義父にキスを求めてし まいました。 すごく激しくお互いに舌を絡ませ会い、お互いの舌を求め合い ました。 煙草の味が強くしました。 その煙草の味から、主人とは違う男性に 抱かれている、しかも犯されていると勝手に想像して、自分から興奮してし まいました。 激しいキスをしながら、あれほど嫌だったはずの義父なのに、 早く義父のモノを受け入れたい、義父にメチャクチャにされたいと思ってい ました。 すぐに2度目の痙攣が襲ってきて行ってしまいましたが、今度は行 く瞬間に義父の体にしがみつきました。 行った後、私は義父を仰向けに寝か せ、自分から義父のモノを私の口にほおばり、舐め始めました。 すると段々 と硬くなってきてすごく大きなモノに感じました、明らかに主人よりかなり 立派だなとわかりました。 これから、この大きなモノが私のあそこに入って くるのかと思うと、それだけで更に興奮して濡れてきました。 我慢できなく なり、義父のモノから口を離し、「お義父さん、入れてください」と言って しまいました。 義父は自分から仕掛けておきながら、「ゆきこさん、いいん だな。 本当にいいんだな。 あつし(主人の名前です)には内緒にできるな。 」 と聞いてきたので、私は「お願いです。 入れてください」とお願いしました。 義父のモノが私の中に入ってきました。 久しぶりだったので、ギリギリしな がら入ってきました。 「ああぁ」と声が漏れてしまいました。 私は「お腹に 子供がいますから、あまり激しくしないでください。 深くつかない様に気を 付けてください。 」とお願いしました。 義父はゆっくりゆっくり私の中で動 いていました。 激しい場合よりも却って感じてしまい、自分から腰を上げた り下げたり前後に動かしたりして、言葉とは裏腹により深く入れようとして いました。 義父は私のお腹を気遣って私の体からは離れた状態で腰を動かし ていましたが、無性に義父を抱きしめたくなり、義父の体を抱きしめ、私か らキスを求めました。 再び激しく舌を絡ませ会い、激しいキスをしました。 体が敏感になっているせいか、突然行きそうになりました。 私は「お義父さ ん、行っちゃう、行っちゃう。 」と言ったとき、義父も「ゆきこさん。 行く ぞ。 中で出していいな。 」と言ってましたので、「お義父さん、思い切り中 でだして、いっぱい出して。 」と言い、私が先に行き、すぐ後に義父も「ゆ きこ、ゆきこ。 」と叫び、私の中で果てました。 激しく舌を絡ませました。 お互いぐったりして息を切らしていました。 私は無性に義父がいとおしく思 え、主人にはしたこともないのに、私の愛液と義父の精液でベトベトの義父 のあそこを舐めてきれいにしてあげました。 私は枕元のティッシュで自分の あそこをきれいに拭き、もう一度二人でベッドに横になりました。 そこで初 めて私はベッドに付いている小さな照明を付け、お互いの顔を見ました。 私たちは、まるで恋人同士のように体をぴたりとつけ足を絡ませ、話をし ながらキスばかりしていました。 でも、すぐに寝てしまいました。 義父との関係3 投稿者:ゆきこ 投稿日:01月11日 金 01時22分29秒 義父との初めてのセックスが終わった後、私たちは裸のまま抱き合い、私 は義父の腕の中で抱かれていました。 話をしたり、軽いキスをしたり、時に は激しく舌を絡ませたりしていました。 また、義父は私の胸やおしりやあそ こを触りながら話をしていました。 私自身、それまであまり良い印象を持っ ていなかった義父とどうしてセックスしてしまったんだろうと不思議な感じ がしていました。 事実、義父のモノを受け入れるとき、私は自分から仰向け に寝て足を開き義父を受け入れ易いようにしたり、行きそうになったときも 義父のモノをもっと奥まで入れたくなり、私は無意識に私の足首のところを それぞれの手で掴み、両足をさらに広げて気持ちよくなろうとしてしていた のです。 多分、初めて主人と別居をしたことや、義母が入院したため、妊娠 していても側に頼れる人がいなくて、身近に頼れる人を欲していたのかもし れません。 私も義父も余りにも疲れていたので、すぐに眠ってしまいました。 私たち が目が覚めたのは翌日の朝の10時頃でした。 私はおしっこがしたくなり、 裸のままベッドから出ました。 その時、私のあそこの中に残っていた義父の 精液が少し流れ出てきました。 慌ててティッシュで拭き取りました。 そして、 義父が「ゆきこさん、体を良く見せてほしい。 」と言ってきました。 明るい 部屋の中で裸でいるのが少し恥ずかしかったかったですが、義父に私の裸の 体を見せました。 もうすぐ妊娠6ヶ月目になろうとしていましたので、乳首 の乳輪も大きく少し濃くなりかけていました。 お腹もそれなりに出てきてい るのが分かりますが、義父は「奇麗だ。 すごく奇麗だ」と何度も言ってくれ ました。 そして、私たちはその後一緒にお風呂に入り、お風呂でもセックス をしてしまいました。 お風呂では正常位というわけにはいきませんので、バ ックから義父が入ってきました。 義父は私が妊娠しているため、避妊の必要 がありませんから、中で出せるのがすごく嬉しいようでした。 多少の記憶の 間違いもあるかもしれませんが、これだけ鮮明に書けるのは、今も義父と初 めてセックスをした時のことを懐かしく思い出しては話題にしているからな のです。 この日を境に、私たちは毎日のようにお互いの体を求め合うようになりま した。 私が27才、義父が57才でした。 私にとって「もう一つの夫婦生活」 が始まりました。 この頃、義父は地元の企業に幹部として勤めていたため、 昼間は家では私一人でしたが、義父の帰宅から翌日の出勤までは、まさに夫 婦のようになりました。 当然、夜はセックスをしますから、義父か私の部屋 のどちらかで一緒に寝ます。 お風呂も一緒です。 お互いの体を石鹸をつけた 手で洗いあいます。 困ったことに義父は私のトイレの中までついてきます。 おしっこの後、義父がトイレットペーパーで私のあそこを拭いてくれます。 そんな義父が可愛くさえ感じてしまいます。 主人が週末に帰ってきた時は、私たちは何事もなかったかのように振る 舞っていました。 週末には単身赴任の主人が帰ってくることもありますの で、主人ともセックスをしますが義父とは比較にならないほど寂しいセッ クスでした。 週末に主人が帰ってこない時は、1日中、ベッドの中で裸で いちゃいちゃしていることもありました。 義父との関係4 投稿者:ゆきこ 投稿日:01月13日 日 03時36分26秒 10年前のことを思い出しながら書いていますので、話が前後してしまう こともあります。 ごめんなさい。 どうか飽きずにお付き合いください。 義父と初めてセックスをした後、私たちはベッドの中でしばらく話をして いました。 義父は、義母の入院により私と2人きりの生活になってから、私 を抱くことばかり考えていたそうです。 私が出かけている時、洗濯機の中に ある私のパンティを使ってトイレでオナニーをしていたそうです。 話をして いる間、義父は私のあそこや胸、お尻を触りながら、これからも私を抱きた い、毎日でも抱きたいと言ってきました。 そう言った後、私を強く抱きしめ、 激しいキスをしてきました。 セックスの後にさっさとパジャマを着て寝てし まう主人と異なり、終わった後も義父に私の体の感じ易いところばかり触ら れてうっとりしていた私は、義父の背中に手をまわし、義父の舌と私の舌を 激しく絡ませることで、義父の希望を受け入れる意思表示をしてしまいまし た。 でも、私の気持ちの中には、少なからぬ戸惑いもありました。 それは、 今私のお腹の中には主人の子供がいるのに、その主人の父親とこれから肉体 関係を続けていくことに対する罪悪感のようなものでした。 それと、セック スが上手ではないとはいえ、主人を愛していないわけではありませんから、 私自身、主人とは全く違ったタイプの義父を受け入れることに対する抵抗感 のようなものもありました。 その晩は、お酒のせいで少し酔いが残っていた ことと、義父とのセックスで3回も行ってしまったせいか、直に強い眠気に 襲われ寝てしまいました。 翌朝、10時頃に目覚めた私たちは、すぐに一緒にお風呂に入りました。 主人の実家は敷地がかなり広く、家の周りに塀が巡らされており、お風呂の 会話がご近所に聞こえるような状況にはありませんので、安心して一緒にお 風呂に入ることができました。 義父は私の体をまじかで見れることに凄く興 奮しているようで、義父のモノが大きくなり上を向いていました。 改めて義 父のモノをみますとやはり主人のモノに比べて大きく太いので、つい目がい ってしまいます。 一緒に湯船につかると直ぐに義父は私のおっぱいやあそこ をふざけて触ってきました。 その後、私は断ったのですが、義父が私の体を どうしても洗いたいというので、お願いすることにしました。 義父はたっぷ りと石鹸の泡を手に付けて手で私の体を洗ってきました。 おっぱいとお尻と あそこを残すようにして洗ってくれました。 そして、私を椅子に座らせて、 うしろからおいたおっぱいを丹念に洗い始めました。 洗うというよりも揉み ながら乳首を摘んできました。 義父はいつまでも私のおっぱいを洗い続ける ので、私もだんだんと気持ちが良くなってきてしまいました。 すると、義父 のもう片方の手が私のあそこに伸びてきました。 おっぱいを揉まれながら、 しかも石鹸の泡でもまれながらですから、すごく気持ちが良くなっていると ころにあそこを石鹸の泡が付いた手で触られているのですからたまりません。 思わず息が乱れてきてしまいました。 特にクリトリスの辺りがビリビリと感 じていました。 私は後ろを振り向き義父にキスを求め、キスをしながら自分 の手を後ろに伸ばし、硬くなり始めていた義父のモノを握り手を動かしまし た。 義父は「ゆきこさん、いいね」と言ってきましたので、私は黙ってうな ずきました。 義父は湯船の手すりに私の手を掛けさせ、後ろから入ってきま した。 思わず私は「あぁ、お義父さん」と口走ってしまいました。 私の体を 気遣い、ゆっくりとしかも浅く出し入れしていました。 私はもっと奥まで入 れて欲しかったのですが、我慢していました。 大きく太い義父のモノが入っ ていますので、浅くても十分に気持ちが良かったのです。 次第に義父の動き が早くなってきました。 上ずった声で義父が「ゆきこさん、行きそうだ」と 言ってきましたので、興奮していた私も「思い切り中で行って下さい」と言 いました。 私の中で義父のモノが一瞬ズンと大きくなったと思った直後、私 の中で義父が果てました。 私の中に入ったまま、暫く私たちはそのままの状 態で「ハァ、ハァ」と息を切らしていました。 義父が私の体から離れた後、 私たちは立ったまま抱き合い激しくお互いの唇を求め合いました。 シャワー で私のあそこを洗った後、今度は私が義父の体を洗ってあげました。 義父を 椅子に座らせ、義父の前にしゃがんで義父のぐったりとしたその大きなモノ を洗ってあげました。 その間、義父は「ゆきこさんの体は本当にきれいだな あ」と何度も言ってくれました。 そして、もう一度二人で湯船に入りました。 義父がこのような関係になってどう思っているか私に聞いてきました。 私は 「こうなってしまった今でも信じられないような、不思議な感じです」と言 ったところ、「丈夫な赤ちゃんが産まれるように、俺が何でも面倒を見るか ら何も心配するな。 」と義父が言いました。 がさつな人には違いないのです が、何か頼れるような安心した気持ちが芽生えた気がしました。 暫くして、 義父が湯船に腰を掛けたとき、私の目の前に義父のモノがありました。 なぜ か義父を喜ばせてあげたいような気持ちがあり、私から義父のモノを口にく わえ舐め始めました。 さっき行ったばかりだというのにすぐに硬く大きくな りました。 大きいので私は口を大きく開け、舐めるというよりも体を動かす と言った方が適切な言い方かもしれませんでした。 私は湯船の中にいました から、額からポタポタと汗が流れました。 暫くすると、義父は私の頭に両手 で押え「行くぞ、行くぞ」と言い、さっきのように一瞬モノがグンと膨らん だ直後に「ビュッ、ビュッ」激しく私の口の中で果てました。 主人の時はす ぐにティッシュに吐き出してしまいましたが、その時は、吐き出すと義父が 気を悪くしてしまうかも知れないと思い、我慢して飲み込みました。 苦かっ たです。 義父との関係5 投稿者:ゆきこ 投稿日:02月09日 土 13時27分17秒 私は37才の主婦です。 主人の父親である義父と関係を持って10年になります。 義父と関係を持った時のことは以前お話しましたので、興味があったら過去の投 稿をお読みください。 10年前の5月に義父と関係を持ってからは、主人が単身赴任、義母は入院中と いうこともあり、まったくの2人きりの生活でしたから、まるで夫婦のような生 活になりました。 9月に出産予定の子供(主人の子供です)が私のお腹にいまし たから、お腹を気遣いながらのセックスでした。 つわりもほとんどなく、体調も 良かったので、ほぼ毎晩のように私たちは体を重ねました。 関係をもってからは 身重の私に義父はよく尽くしてくれるようになりました。 日増しにお腹が大きく なる妊婦を抱けることに興奮しているようでした。 もともとおっぱいもそこそこ 大きいほうでしたが、乳輪が黒くなり、巨乳のようになったおっぱいを義父は触 るのが好きなようでした。 セックスの回数が増えるうちに、いつのまにか義父の 前で裸でいることも気にならなくなってしまいました。 義父は私とキスをするの が好きみたいで、絶えずキスを求めてきました。 それも舌を絡ませるのが好きで、 キッチンで料理をしている時や洗濯をしている時も私のところに来てキスを求め てきましたので、いつのまにか義父とキスすることも当たり前のようになってし まいました。 その頃、義母は家から車で1時間くらいかかる大学の付属病院に入院 していましたので、義父と病院に行った帰りにラブホテルに行くようにもなりま した。 いつも家でセックスをしている時は、何となく声を思い切りだすことに抵 抗を感じていましたが、ホテルでは自分でも恥ずかしくなるくらい声を出して悶 えていました。 Hビデオを見ながら義父は私のアソコを触わり、私から「お義父 さん、入れてください」と言わせることが好きなようでした。 9月の上旬に元気な男の子が生まれ、退院後1ヵ月ほどは私の実家にいましが、 義父を1人残して来たことが心配だったことと、お医者様からセックスの許可が 出ましたことから、義父と思い切りセックスがしたい、むしろ、今までお腹の 子供を気遣って我慢のセックスをしてきた義父に好きなだけセックスをさせて あげたいと思い、主人の家に戻ることにしました。 義父との関係6 投稿者:ゆきこ 投稿日:03月22日 金 01時06分21秒 久しぶりの投稿です。 38歳の主婦です。 家族構成は、都内の本社に単身赴任中の主人(44歳) と主人の父親(68歳)、2人の子供です。 病気がちの義母がおりますが、主 人の妹夫婦が面倒を見ています。 主人の子供を身ごもっていた10年前の5月に義父と肉体関係になりました。 主人は単身赴任、義母は入院という状況でしたから、その後も関係は続き、出 産間際までセックスをしていました。 とは言いましてもお腹に子供がいました ので、私のお腹を気遣いながらのソフトなセックスでした。 その年の9月に男 の子が生まれ1ヶ月ほど実家にいたのですが、育児にもやっと少し慣れて気分 的にも落ち着いてきたことや、家に一人で残してきた義父のことが気がかりだ ったこと、何よりもお医者様からセックスの許可が出たことから、主人の実家 に戻ることにしました。 実家には主人が車で迎えに来ました。 主人の家までか なり距離がありますので途中で1泊したのですが、その晩、案の定主人が求め てきました。 申し訳ないとは思ったのですが、出産後の「バージン」を義父に あげようと決めていましたので、本当は何ともなかったのですが、出産で切れ たアソコがまだ痛むからと言って断りました。 なんとなく申し訳ないような気 がしましたので、私のお口で主人の欲望を満たしてあげました。 翌日の夕方、 主人の実家に着きました。 長距離の運転で疲れ気味の主人はすぐに風呂に入り ました。 主人がお風呂に入ったことを確認すると、私と義父は、出産前にいつ もセックスをしていた私が使っていた部屋に向かいました。 部屋に入りドアを 閉めた瞬間、義父と私は激しく抱き合い、口が壊れそうになるくらい激しく下 を絡ませ何度も歯があたるほどでした。 同時に義父の手が私のお尻や胸を撫で、 スカートの中に手を入れてきました。 義父のアソコも痛そうな位硬くなってい ることが分かりましたから、私はズボンの上から義父のアレをすりすりと撫で てあげました。 義父もすでにぐしょぐしょに濡れている私のアソコを激しく撫 でてきました。 義父は私をベッドまで連れて行き、二人でベッドに倒れこみま した。 私もセックスをしたくてしょうがありませんでしたが、主人が家の中に おりますから、やっとの思いで「お医者様からお許しがでましたから、お義父 さん、明日あつしさんが東京へ帰った後、思い切りしましょ。 お義父さんが好 きなだけ抱いてください。 」と言い、とりあえず、そこまでで終わりにしまし た。 翌日の昼過ぎ、主人は単身赴任先へ戻りました。 子供にお乳を与え寝かしつ けた後、義父と私は昨日の約束どおり、すぐに裸になりベッドに潜り込みまし た。 出産直後で私のお腹がだぶついていて妊娠線もくっきりと残っており、少 し恥ずかしい気がしました。 それでも、今日初めて義父に激しく抱かれるのか なと考えると、それだけで十分な位濡れているのが分かりました。 最初私たち は延々と続くと思うくらいキスをしていました。 時には激しく、ねっとりと舌 を絡ませながらお互いの体を触りあっていました。 ところが、義父が巨乳と化 した私のおっぱいを揉むと何とお乳がピューと出るのです。 おっぱいの周りが お乳でびしょびしょでしたが、かまわず義父はお乳をまるで赤ちゃんのように 吸っていました。 義父は私の全身を時間を掛けて舌と唇で愛してくれました。 やっと最後にびしょびしょのアソコをなめてくれました。 気が狂いそうなくら い気持ちが良くて、ほんの数分で行ってしまいました。 その後、私が上になり 69の体制でお互いのアソコを舐めあっているうちに、義父のモノが欲しくて たまらなくなり、「お義父さん、入れてください」とお願いしました。 すると 義父が「どこに入れて欲しいんだ?」と聞いてきましたので、「私のアソコで す」と答えたところ、「アソコでは分からない」と言われ、次に「私の性器で す」と言えば、「性器でも分からない」と言われました。 義父の意地悪が分か りましたから、義父の耳元で「私のオ・マ・ン・コ」と言ったところ、「分か った入れてやる」といいながら、義父のモノが私の中に入ってきました。 お腹 を気にする必要はありませんでしたから、私のアソコの奥まで義父のモノが入 ってきました。 すごく気持ちが良くて、義父の腰の動きに合わせて私も自分の 腰を激しく動かしました。 やはり義父のモノは大きく、私の子宮にゴツゴツと 当たるような今まで経験したことない衝撃がありました。 その後、じわじわと 行くような感じに襲われたかと思うと急にドカーンとすごい勢いで行ってしま いました。 その時、お尻の下までびしょびしょに濡れていることが分かりまし た。 それでも義父の動きは止まらず動いていましたが、久しぶりだったせいも あったのでしょうか、突然、義父が「ゆきこ、行きそうだ、ゴムは付けるのか ?」と聞いてきました。 妊娠の不安もありましたが、義父に思いきり中で出さ せてあげたいと言う気持ちが強くありましたので、私は「お義父さん、思い切 り中で出して」と言い、義父にしがみ付きました。 義父がすごく興奮している のが分かりました。 「ゆきこ、ゆきこ」と言いながら、激しく舌を絡ませ、私 の中で果てました。 私の中でドクドクと義父の精液が放出されました。 義父の アソコを私のお口できれいにした後、私のアソコをティッシュで拭きましたが、 すごい量の精液でした。 シーツもびしょびしょに濡れていました。 その日は、 途中、子供が起きたりお乳を与えたりで何度か中断がありましたが、昼間から まさにセックスづけでした。 義父との関係7 投稿者:ゆきこ 投稿日:03月23日 土 05時16分15秒 主人との間にできた長男を出産後、私は義父とのセックスにますますのめり 込んでいきました。 義父とのセックスに女としての悦びを感じていたのです。 自分だけ満足すればさっさと寝てします主人のセックスと違い、義父のセック スはとにかく私を気持ち良くさせてくれるのです。 子供が産まれてからは主人 も週末に家に帰ってくる機会が増えましたので、主人ともセックスはしていま した。 いつのまにか主人とのセックスでは満足できない体になっていました。 主人とのセックスが終わった後、義父に抱かれたい気持ちで一杯でなかなか寝 られませんでした。 出産後、私は基礎体温を測るようにしました。 妊娠中のセ ックスでは避妊をする必要がありませんから、いつも中出しでした。 そのため 義父はコンドームを付けるのを嫌がったからです。 基礎体温を測り危険日とそ の周辺だけコンドームを付けるようにしたのです。 私自身も義父とセックスを するようになってからコンドームを使ってのセックスはあまり好きではありま せんでした。 というのも、その頃、義父が「ゆきちゃんが僕の子供を生んでく れたらなあ」とか「ゆきちゃんに僕の子供を孕ませたいなあ」なんていうこと を言うようになっていたのです。 私からすれば受け入れられる話ではないです から、聞き流すようにしていました。 しかし、いつも中出しをしているうちに 私の中で義父が射精する瞬間に「もしかしたら義父の子供を妊娠するかもしれ ない」と思うことに妙な興奮を覚えるようになていたのです。 いつのまにか義 父が射精する瞬間に異常なほどの興奮を感じるようになり、場合によっては義 父が行った後、私も行ってしまうことがあるくらいです。 私は生理がほぼ定期 的にきますので、危険日も予測しやすかったのです。 だんだんと慣れていくう ちにコンドームを使う期間が短くなっていきました。 その頃は主人が地元の支 店に戻っており、義父も退職をしておりましたので、義父とのセックスはもっ ぱら昼間に限られていました。 長男を出産してから約2年半後、つまり7年前 の5月に私は妊娠していることがわかりました。 生理が予定日を10日過ぎて もきませんので、妊娠検査薬で調べたところ、バッチリ妊娠サインが出てきま した。 その瞬間、お腹の子供の父親が義父であると私なりに確信を持ちました。 思い当たる日があったからです。 その日は朝から二人ともやる気満々でした。 私と義父は子供が寝ついたのを確認してからベッドインしました。 朝食後のセ ックスです。 昼間のセックスは妙に興奮します。 その日は危険日でしたがコン ドームが切れていてありませんでしたから、義父に「お義父さん、今日は危険 日ですがコンドームがないので、外で出してくださいね」とお願いしました。 義父が行きそうになった時、私は義父の上に乗っていました。 義父が行きそう になると「ゆきこ、行きそうだ」と言って自分のモノを私のアソコから抜こう として慌てているのです。 その姿が可笑しかったので、私は義父をからかい中 々抜こうとしませんでした。 今までも危険かなと思った日でも中出しをして大 丈夫でしたから、その日も多分大丈夫と思い、抜こうとしている義父の上で私 はさらに激しく腰を前後上下に動かしたところ、あっけなく義父が私の中で果 ててしまったのです。 結局その日は朝、昼、夕と3回セックスをしましたが何 れもいつもどおりに中出しでした。 多分、その時に出来たのかなあと思いまし た。 その頃私の気持ちの中にある変化が起こっていました。 私は主人と義父と 2人の人を愛しているのかなあと思い始めていました。 スポーツの苦手な勉強 家の主人と違い、根っからのスポーツマンである義父のような「体育会系」の 人の子供を生んでみたいとも思っていました。 私自身ある競技で高校時代に県 大会でベスト3に入りインターハイにも出場した経験があるので、なおさらそ う思っていたのかもしれません。 悩んだ末に義父に妊娠のことを伝えたところ、 予想を遥かに越えた悦び方でした。 「ゆきこ、ありがとう。 ありがとう。 」と 言って大喜びでした。 私は義父に2つの条件を出しました。 1つはこのことは 二人だけの秘密にしておくこと、もう1つは長男と生まれてくる子に対し対等 に分け隔てなく接することの2つです。 義父は生んでくれるのなら、どんな約 束も守ると言ってくれました。 私は義父の子供を産む決心をしました。 主人に も妊娠をしていることを伝えました。 私は「安全日だと思っていた日がどうも 危険日だったらしい」と言ったところ、主人も喜んでくれましたので、主人に は申し訳ない気もしまいした。 再び義父と妊婦とのセックスが始まりました。 おまけに義父はコンドームを使わずにすむので2重の喜びでした。 翌年の1月、 2人目の男の子が産まれました。

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