飯塚 幸三 なん j。 ミスチルの歌詞に(88)をつけると飯塚幸三の蔑称になる

池袋暴走「逮捕されない」本当の理由とは 弁護士が指摘する「あえてしない」可能性: J

飯塚 幸三 なん j

プライバシーに関する記述は、「」や「」を参照の上、でを取ってから加筆するようにして下さい。 また、方針「」についてもご留意願います。 飯塚 幸三 ( いいづか こうぞう ) 人物情報 生誕 1931-06-01 (89歳) 居住 出身校 学問 研究分野 、 研究機関 (中央計量検定所、) 技術研究所 技術開発本部 指導教員 日置隆一 学位 (東京大学) 主な業績 の研究 における測定器誤差と形状誤差の分離(精度分離真円度測定器 、マルチステップ法 ) 計量計測の国際標準活動 の提案 影響を 受けた人物 山本健太郎 、吉澤武雄 、佐藤豪 影響を 与えた人物 、後藤充夫 学会 、、、、日本計量史学会 主な受賞歴 精機学会「青木記念論文賞」 、計測自動制御学会「功績賞」 飯塚 幸三(いいづか こうぞう、〈6年〉 - )は、を専門とするの、。 測定器誤差と形状誤差を分離して測定ができるの開発者。 15年間委員を務めたでは日本人初の副委員長にも就任し 、を提唱。 ()(IMEKO)では会長を務めた。 において硬さ測定 や形状誤差 など測定・軽量の研究に取り組み、所長、長、(常務、専務、副社長)を歴任。 計測の国際標準化活動にも貢献し、やでは会長を、やでは副会長を務めた。 秋にを受勲した。 来歴・人物 生い立ち・学生時代 、内 (現・ )で生まれる。 末期はで、により自宅を焼失している。 好きな科目はで、(現・都立戸山高校)、(の前身)を経て、新制のに進学。 東京大学ではに在籍し、を担当。 の計測工学専修に進み、卒業研究は日置隆一の元でに関するテーマに取り組んだ。 計量研究所時代 に東京大学を卒業し、に就職し、後のであるに配属される (のちに 、現在のに移転するが 、当時はにあった )。 計量研究所では各種標準の研究を手掛けることになり、の研究に従事(にはが取り組んだ)。 振り子型の試験機を試作し 、ハンマーや圧子の変形が影響すること など、ショア硬さの諸条件を実験的に解明した。 なお3月から6月まで、政府在外研究員として(NPL)に滞在した。 1967年7月開催の第4回から ()(IMEKO)の総会に参加するようになり 、技術委員会のTC5「硬さ測定」やTC8「測定学」で代表委員を務めるようになる。 さらに同連合に対する日本の加盟団体であったの「IMEKO委員会」でも委員長を務めた (2011年からが加盟団体 )。 後に会長を務め、その影響で日本人のIMEKO総会参加が増えたと言われている。 とは微小球面の曲率半径を求める手法を開発し 、英語論文は論文賞も受賞。 1972年には『ショアかたさ目盛の精度向上に関する研究』のテーマにより、としてでのを取得。 さらに形状誤差()の研究にも取り組んでいき 、後藤充夫とは真円度測定や円筒形状測定に取り組み、測定器誤差と形状誤差を分離することに成功した。 ( の節も参照。 ) また、部下や学生とともに物性計測の研究にも従事。 この間、3年ほど研究企画官も務める。 さらに計量研究所力学部の部長を3年ほど務めた後、所長に就任。 2月からはの委員を務めることになり 、以後15年間委員を務め、名誉員も含めると17年間関与した。 行政・経営・国際事業における貢献 1986年、の院長に着任。 基礎研究の重要性を強調し 、新しいNEDOの発足(「」への改組)や新規事業導入(研究基盤整備事業、研究開発事業、国際研究協力事業)を推進。 「脳機能の解明のための基礎研究」や「生体機能のための分子論的アプローチのための基礎研究」を支援する () の設立を推進した。 1989年に工業技術院を退官し、の副会長に着任。 同年8月から1991年5月まで、同協会の技術研究所長も務めた。 その後の 、 、副社長 を歴任。 クボタでは技術開発本部を組織し 、同本部長を務めた。 この間、学術用語集「計測工学編」における増補改訂のための調査研究にも関与し 、では1992年度に会長を務めた。 1995年度から4年間、国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム機構の会長を担当し 、では副委員長に就任。 からには()ので国外顧問も務めた。 さらに、では日本人初の副委員長に選出され 、の委員会ではを提案した。 また、日本初開催であった2000年のIMEKO世界大会において大会委員長を務めている。 2000年、クボタ副社長を退き、顧問に就任。 その後はで会長を務めており (少なくとも2003年 から)、の教育や計量・の普及・教育を推進する事業を展開した。 また、がのに実施する行事において、計量記念日組織委員長を務めていた。 が特別講演を務めた2003年の「計量標準100周年記念講演会・記念式典」では「計量の一世紀を振り返って」と題して招待講演を務めている。 計量史の語り部 その後はの会長も退き、顧問に就任(2011年までは会長 で、遅くとも2013年には顧問 )。 理事を務める日本計量史学会では、2014-2015年のメートル原器調査研究委員会で委員長を務める。 秋にはを受章。 同年12月には日本計量史学会と力学量計測部会の合同で祝賀会が催された。 2016年3月には1時間半に及ぶ特別講演で、日本の計量技術や ()(IMEKO)の歴史を語った。 2016年にらが2021年IMEKO世界大会の日本招致を勝ち取った際には関係者と喜びを共にするとともに、招致の経緯を寄稿した。 2017年(85歳)には、日本のの歴史についても講演し 、この年以降も日本計量振興協会 顧問 、日本計量史学会 理事 、計測自動制御学会力学量計測部会 顧問 、 顧問 、三豊科学技術振興協会 理事 、光科学技術研究振興財団 評議員 などを務めていた。 研究開発 マルチステップ法 後藤充夫ともにの計測手法に取り組み、を用いて測定器の誤差と形状の誤差を分離することに成功した。 円筒度に関する論文は1975年にの第9回青木記念論文賞を受賞し 、「精度分離可能な真円度測定器」はから製品化された。 この手法は「マルチステップ法」と呼ばれ、7451「真円度測定機」の中で規格化されている。 精度の基準となる回転精度検査用標準器の真円度を検査・する真円度校正器にも、この技術は用いられている。 なお、この手法は厳密には誤差を分離できていないという課題があったが、で改良が進められた。 光計測応用 東京大学では光学の研究室に在籍 、は光波干渉技術を強みとしていた。 とともに薄板を計測の検証にを利用し 、微小球面の形状測定ではを応用した。 後者の測定では、半径1mmの微小半球面(凸型)に対しレプリカ(凹型)を作成し、透過型顕微干渉法を用いてニュートンリングから ()で球面の曲率半径や断面の真円度を高精度に求めた。 また、レーザー干渉計で材料の や を導出する研究にも取り組んだ。 クボタ技術開発本部 は農機のみならずなど計測機器を開発しており 、久保田鉄工の時代から技術開発研究所を持っていた。 同研究所は動的な質量計測などの技術を開発するとともに 、の質量・力計測部会でも活動していた。 飯塚はクボタの時代に研究開発本部を設立。 研究開発本部長を務め、『クボタ技報』で計測制御特集が組まれた際には、計測技術の論文が多かった。 後年組織はなくなったが、「在任中指導した社員たちが今も社内外で活躍しているので、それなりの役割は果たせた」と述懐している。 受賞・栄典• 1970年度 - 第4回青木記念論文賞• 1975年度 - 精機学会 第9回青木記念論文賞• 2003年度 - 功績賞• 2015年秋 - (通産行政事務功労による) 社会的活動 (学術団体)• (旧 日本計測学会 ) - (1988年認定) 、会長(1992年度) 、IMEKO委員会委員長 、力学量計測部会顧問• (旧 精機学会) - 名誉会員(1997年推薦)• - 正員• - 正員• 日本計量史学会 - 理事 、メートル原器調査研究委員会 委員長 (国際団体)• ()(IMEKO) - 理事、会長(1997年-1999年) 、諮問委員会名誉委員• () - 会長(1995-1999年度) 、HFSP制度中間評価検討会 座長 、名誉会員• - 委員(1986-2001年) 、副会長 (1995年選出) 、名誉員(-2003年) (国家関係)• - 「標準研究連絡委員会」委員長• - 副会長• - 副会長 、顧問 、「国立試験研究機関等小委員会」委員 、など• 政策委員会 - 研究評価小委員会委員(1998-1999年度) 、知的基盤整備小委員会委員(1998-2000年度)• - 国外顧問(1996年 -1999年 ) (その他、協会など)• - 会長 、顧問• 三豊科学技術振興協会 - 理事長 、理事• 光科学技術研究振興財団 - 評議員• 日本淘道会 - 理事長 、常務理事 主な著作 学位論文• 『ショアかたさ目盛の精度向上に関する研究』 東京大学博士学位論文(乙第2820号)、1972年7月7日。 著書 (共著・分担執筆)• 『単位の辞典』 ラテイス、1965年、押田勇雄 編。 『硬さ』 〈計量管理技術双書〉、1974年、計量管理協会 編、山本健太郎との共著。 『JISとSIに基づく量記号・単位記号の使い方』 、1976年。 (編集・監修)• 『ISO国際文書「計測における不確かさの表現のガイド」統一される信頼性表現の国際ルール』 、1996年、監修、 編、今井秀孝 翻訳。 『世界の規格便覧(第1巻、第2巻、第3巻、第4巻)』、日本規格協会、2005年、監修、日本規格協会編、 解説記事 (硬さ試験・標準)• 「」『計測』第10巻第9号、1960年、559-564頁。 「」『計測』第10巻第10号、1960年、622-630頁。 「」『計測』第10巻第12号、1960年、781-786頁。 「」『計測』第11巻第11号、1961年、656-663頁。 樋田並照、との共著。 「」『精密機械』第33巻第395号、1967年、765-773頁。 (物性計測・精密測定)• 「」『計測と制御』第12巻第1号、1973年、70-75頁。 「」『精密機械』第44巻第526号、1978年、1265-1267頁。 後藤充夫との共著。 「」『日本機械学会誌』第82巻第731号、1979年、1083-1086頁。 「」『精密機械』第51巻第2号、1985年、264-267頁。 「」『精密機械』第49巻第6号、1983年、796-800頁。 (測定・計量標準)• 「」『精密機械』第30巻第354号、1964年、589-593頁。 「」『計測と制御』第3巻第11号、1964年、807-818頁。 森村正直、山本弘、との共著。 「」『精密機械』第35巻第418号、1969年、752-757頁。 「」『精密機械』第39巻第462号、1973年、704-709頁。 「」『計測と制御』第15巻第1号、1976年、43-47頁。 「」『精密機械』第44巻第526号、1978年、1242-1248頁。 「」『品質』第10巻第4号、1980年、18-24頁。 「」『精密機械』第49巻第3号、1983年、301-305頁。 「」『標準化ジャーナル』第21巻第3号、1991年、88-91頁。 「」『計測と制御』第32巻第8号、1993年、623-627頁。 「」『計測と制御』第41巻第1号、2002年、43-47頁。 「」『計量史研究』第24巻第2号、2002年、85-90頁。 「」『計量史研究』第25巻第1号、2003年、9-24頁。 (その他)• 「」『精密機械』第26巻第303号、1960年、193-198頁。 「」『計測』第10巻第5号、1960年、310-315頁。 「」『計測と制御』第12巻第11号、1973年、916-922頁。 「」『精密機械』第45巻第534号、1979年、676-679頁。 「」『計測と制御』第21巻第9号、1982年、906-907頁。 「」『日本機械学会誌』第93巻第859号、1990年、466-469頁。 「」『研究 技術 計画』第14巻第3号、1999年、148-151頁。 (回想)• 「」『精密工学会誌』第73巻第10号、2007年、1131頁。 「」『精密工学会誌』第73巻第11号、2007年、1208頁。 「」『精密工学会誌』第73巻第12号、2007年、1312頁。 (対談・座談会)• 「」『精密機械』第50巻第1号、1984年、203-210頁、飯塚司会による、との鼎談。 「」『通産ジャーナル』第20巻192号、1987年4月、13-17頁。 飯塚司会による、植之原道行との座談会。 「」『工業技術』第30巻第1号、1989年1月、19-27頁。 奏者のとの対談。 脚注 [] 注釈• 応用物理学科は後に物理工学科と計数工学科に再編される。 応用物理学科で日置は計測専修であったが、学科再編では物理工学科に所属していた。 により応力を測定する技術 や、レーザー干渉計で材料の や を計測する技術などを開発した。 受賞論文 - Iizuka, K. and Imai, H. 1970. Bullutten of JSPE. 4 1. 今井秀孝との共著。 受賞論文 - 後藤充夫、飯塚幸三「」、『精密機械』第41巻第5号、1973年、477-482頁。 「ものづくりヒューマンルネサンス」作業部会委員。 第1巻 - 、第2巻 - 、第3巻 - 、第4巻 -。 627. 2019年4月27日閲覧。 2019年5月4日閲覧。 2019年4月27日閲覧。 計測自動制御学会 2018年10月9日 2019年4月27日閲覧。 計量計測データバンク. 2019年5月4日閲覧。 2019年4月28日閲覧。 76、2016年2月、 、9頁、2019年4月27日閲覧。 2008年2月18日時点のアーカイブ. 2019年4月27日閲覧。 「」『時評』第28巻第287号、1986年、70-74頁。 日置隆一「」『光学ニュース』第79号、1965年、1-3頁。 , p. 637. 山本健太郎、飯塚幸三「」『計測』第7巻第2号、1957年、81-86頁。 松田健次、藤榮淳「」『日本機械学会論文集 A編』第70巻第700号、2004年、1741-1746頁。 内藤正「」『計測と制御』第7巻第2号、1968年、126-130頁。 山崎敬則「」『精密工学会誌』第77巻第4号、2011年、438頁。 (「」『光学ニュース』第113号、1971年、29-40頁。 参照)• 衆議院会議録情報. 2019年5月4日閲覧。 今井秀孝「」『計測と制御』第37巻第5号、1998年、300-305頁。 衆議院会議録情報. 2019年5月4日閲覧。 「」、『日本工学アカデミーニュース』No. 4、1988年7月30日、4-5頁、2019年4月27日閲覧。 飯塚幸三「」『日本の科学と技術]』第31巻第259号、2019年、18-22頁。 計測自動制御学会. 2019年4月27日閲覧。 データベース. 1993年3月16日公開、2016年4月21日更新 2019年4月27日閲覧。 HFSP. 2019年4月28日閲覧。 HFSP. 2019年4月28日閲覧。 BOST 行政院科技會報. 2019年5月4日閲覧。 (中国語)• 2007年・関係団体の行動の基本. 計量計測データバンク. 2019年4月27日閲覧。 2011年・関係団体の行動の基本. 計量計測データバンク. 2019年4月27日閲覧。 計量標準総合センター. 2019年5月4日閲覧。 競輪とオートレースの補助事業. 2019年5月4日閲覧。 『日本計量新報』第2797号、2009年11月8日、2019年5月4日閲覧。 日本計量振興協会 2013年5月29日 2019年4月27日閲覧。 飯塚幸三「」『計量史通信』第78号、2017年2月28日、7頁、2019年5月18日閲覧。 日本計量史学会. 2019年5月7日閲覧。 公益財団法人光科学技術研究財団. 2019年5月4日閲覧。 、2017年7月31日、2019年5月7日閲覧。 2019年5月7日閲覧。 法人概要. 日本工学アカデミー 2019年4月11日 2019年4月27日閲覧。 三豊科学技術振興協会 2018年6月9日 2019年4月27日閲覧。 高偉「」『精密工学会誌』第67巻第7号、2001年、1067-1071頁。 渡部司、直井一也、藤本弘之「」『精密工学会誌』第73巻第1号、2007年、145-149頁。 佐藤浩志、渡部司、藤本弘之「」『計測自動制御学会論文集】第49巻第3号、2013年、386-393頁。 今井秀孝、飯塚幸三「」『精密機械』第38巻第455号、1972年、1058-1061頁。 技術の系譜. 2019年5月9日閲覧。 沿革・組織. 計測自動制御学会. 2019年4月27日閲覧。 会員・役員. 計測自動制御学会 2018年11月7日 2019年4月27日閲覧。 精密工学会 2018年4月1日 2019年4月27日閲覧。 , p. 466. 「」『計測と制御』第36巻第11号、1997年829-830頁。 日本医療研究開発機構. 2019年4月28日閲覧。 研究振興局 研究振興戦略官付 2013年3月. 科学技術・学術分野における国際活動の戦略的推進. 文部科学省. 2019年4月28日閲覧。 産業構造審議会産業技術分科会評価小委員会 2005年7月. 経済産業省. 2020年6月19日閲覧。 2019年5月7日閲覧。 2019年5月27日閲覧。 2019年5月27日閲覧。 岩田一明「」、『EAJ News』No. 129、2009年8月、5-6頁、2019年4月27日閲覧。 2019年5月5日閲覧。 文部科学省. 2019年5月5日閲覧。 科学技術会議政策委員会 研究評価小委員会『』2000年3月、2019年5月5日閲覧。 政策委員会 知的基盤整備小委員会『』、2000年12月、2019年5月5日閲覧。 BOST 行政院科技會報. 行政院科学技術部. 2019年5月25日閲覧。 BOST 行政院科技會報. 行政院科学技術部. 2019年5月25日閲覧。 名古屋機工新聞. 2020年6月19日閲覧。 日本物流新聞. 2020年6月19日閲覧。 「」『弓削商船高専 校報』第70号(平成20年8月2日-平成20年12月1日)、2008年、8頁(PDFで9頁)。 2019年4月8日 16:39:58 GMT 時点のアーカイブ. 2019年5月18日閲覧。 2011年7月22日時点のアーカイブ. 2019年5月18日閲覧。 関連文献• 飯塚幸三「私の出会い 63 内外の研究所と共に立ち上げた新しい組織」『時評』第45巻第7号、2003年7月、122-127頁、。 松本栄寿「オーラルヒストリー・インタビュー報告「計量標準の日本における確立と進展」飯塚幸三 氏」『計測と制御』第47巻第12号、2008年、1061-1062頁、。

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飯塚 幸三 なん j

プライバシーに関する記述は、「」や「」を参照の上、でを取ってから加筆するようにして下さい。 また、方針「」についてもご留意願います。 飯塚 幸三 ( いいづか こうぞう ) 人物情報 生誕 1931-06-01 (89歳) 居住 出身校 学問 研究分野 、 研究機関 (中央計量検定所、) 技術研究所 技術開発本部 指導教員 日置隆一 学位 (東京大学) 主な業績 の研究 における測定器誤差と形状誤差の分離(精度分離真円度測定器 、マルチステップ法 ) 計量計測の国際標準活動 の提案 影響を 受けた人物 山本健太郎 、吉澤武雄 、佐藤豪 影響を 与えた人物 、後藤充夫 学会 、、、、日本計量史学会 主な受賞歴 精機学会「青木記念論文賞」 、計測自動制御学会「功績賞」 飯塚 幸三(いいづか こうぞう、〈6年〉 - )は、を専門とするの、。 測定器誤差と形状誤差を分離して測定ができるの開発者。 15年間委員を務めたでは日本人初の副委員長にも就任し 、を提唱。 ()(IMEKO)では会長を務めた。 において硬さ測定 や形状誤差 など測定・軽量の研究に取り組み、所長、長、(常務、専務、副社長)を歴任。 計測の国際標準化活動にも貢献し、やでは会長を、やでは副会長を務めた。 秋にを受勲した。 来歴・人物 生い立ち・学生時代 、内 (現・ )で生まれる。 末期はで、により自宅を焼失している。 好きな科目はで、(現・都立戸山高校)、(の前身)を経て、新制のに進学。 東京大学ではに在籍し、を担当。 の計測工学専修に進み、卒業研究は日置隆一の元でに関するテーマに取り組んだ。 計量研究所時代 に東京大学を卒業し、に就職し、後のであるに配属される (のちに 、現在のに移転するが 、当時はにあった )。 計量研究所では各種標準の研究を手掛けることになり、の研究に従事(にはが取り組んだ)。 振り子型の試験機を試作し 、ハンマーや圧子の変形が影響すること など、ショア硬さの諸条件を実験的に解明した。 なお3月から6月まで、政府在外研究員として(NPL)に滞在した。 1967年7月開催の第4回から ()(IMEKO)の総会に参加するようになり 、技術委員会のTC5「硬さ測定」やTC8「測定学」で代表委員を務めるようになる。 さらに同連合に対する日本の加盟団体であったの「IMEKO委員会」でも委員長を務めた (2011年からが加盟団体 )。 後に会長を務め、その影響で日本人のIMEKO総会参加が増えたと言われている。 とは微小球面の曲率半径を求める手法を開発し 、英語論文は論文賞も受賞。 1972年には『ショアかたさ目盛の精度向上に関する研究』のテーマにより、としてでのを取得。 さらに形状誤差()の研究にも取り組んでいき 、後藤充夫とは真円度測定や円筒形状測定に取り組み、測定器誤差と形状誤差を分離することに成功した。 ( の節も参照。 ) また、部下や学生とともに物性計測の研究にも従事。 この間、3年ほど研究企画官も務める。 さらに計量研究所力学部の部長を3年ほど務めた後、所長に就任。 2月からはの委員を務めることになり 、以後15年間委員を務め、名誉員も含めると17年間関与した。 行政・経営・国際事業における貢献 1986年、の院長に着任。 基礎研究の重要性を強調し 、新しいNEDOの発足(「」への改組)や新規事業導入(研究基盤整備事業、研究開発事業、国際研究協力事業)を推進。 「脳機能の解明のための基礎研究」や「生体機能のための分子論的アプローチのための基礎研究」を支援する () の設立を推進した。 1989年に工業技術院を退官し、の副会長に着任。 同年8月から1991年5月まで、同協会の技術研究所長も務めた。 その後の 、 、副社長 を歴任。 クボタでは技術開発本部を組織し 、同本部長を務めた。 この間、学術用語集「計測工学編」における増補改訂のための調査研究にも関与し 、では1992年度に会長を務めた。 1995年度から4年間、国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム機構の会長を担当し 、では副委員長に就任。 からには()ので国外顧問も務めた。 さらに、では日本人初の副委員長に選出され 、の委員会ではを提案した。 また、日本初開催であった2000年のIMEKO世界大会において大会委員長を務めている。 2000年、クボタ副社長を退き、顧問に就任。 その後はで会長を務めており (少なくとも2003年 から)、の教育や計量・の普及・教育を推進する事業を展開した。 また、がのに実施する行事において、計量記念日組織委員長を務めていた。 が特別講演を務めた2003年の「計量標準100周年記念講演会・記念式典」では「計量の一世紀を振り返って」と題して招待講演を務めている。 計量史の語り部 その後はの会長も退き、顧問に就任(2011年までは会長 で、遅くとも2013年には顧問 )。 理事を務める日本計量史学会では、2014-2015年のメートル原器調査研究委員会で委員長を務める。 秋にはを受章。 同年12月には日本計量史学会と力学量計測部会の合同で祝賀会が催された。 2016年3月には1時間半に及ぶ特別講演で、日本の計量技術や ()(IMEKO)の歴史を語った。 2016年にらが2021年IMEKO世界大会の日本招致を勝ち取った際には関係者と喜びを共にするとともに、招致の経緯を寄稿した。 2017年(85歳)には、日本のの歴史についても講演し 、この年以降も日本計量振興協会 顧問 、日本計量史学会 理事 、計測自動制御学会力学量計測部会 顧問 、 顧問 、三豊科学技術振興協会 理事 、光科学技術研究振興財団 評議員 などを務めていた。 研究開発 マルチステップ法 後藤充夫ともにの計測手法に取り組み、を用いて測定器の誤差と形状の誤差を分離することに成功した。 円筒度に関する論文は1975年にの第9回青木記念論文賞を受賞し 、「精度分離可能な真円度測定器」はから製品化された。 この手法は「マルチステップ法」と呼ばれ、7451「真円度測定機」の中で規格化されている。 精度の基準となる回転精度検査用標準器の真円度を検査・する真円度校正器にも、この技術は用いられている。 なお、この手法は厳密には誤差を分離できていないという課題があったが、で改良が進められた。 光計測応用 東京大学では光学の研究室に在籍 、は光波干渉技術を強みとしていた。 とともに薄板を計測の検証にを利用し 、微小球面の形状測定ではを応用した。 後者の測定では、半径1mmの微小半球面(凸型)に対しレプリカ(凹型)を作成し、透過型顕微干渉法を用いてニュートンリングから ()で球面の曲率半径や断面の真円度を高精度に求めた。 また、レーザー干渉計で材料の や を導出する研究にも取り組んだ。 クボタ技術開発本部 は農機のみならずなど計測機器を開発しており 、久保田鉄工の時代から技術開発研究所を持っていた。 同研究所は動的な質量計測などの技術を開発するとともに 、の質量・力計測部会でも活動していた。 飯塚はクボタの時代に研究開発本部を設立。 研究開発本部長を務め、『クボタ技報』で計測制御特集が組まれた際には、計測技術の論文が多かった。 後年組織はなくなったが、「在任中指導した社員たちが今も社内外で活躍しているので、それなりの役割は果たせた」と述懐している。 受賞・栄典• 1970年度 - 第4回青木記念論文賞• 1975年度 - 精機学会 第9回青木記念論文賞• 2003年度 - 功績賞• 2015年秋 - (通産行政事務功労による) 社会的活動 (学術団体)• (旧 日本計測学会 ) - (1988年認定) 、会長(1992年度) 、IMEKO委員会委員長 、力学量計測部会顧問• (旧 精機学会) - 名誉会員(1997年推薦)• - 正員• - 正員• 日本計量史学会 - 理事 、メートル原器調査研究委員会 委員長 (国際団体)• ()(IMEKO) - 理事、会長(1997年-1999年) 、諮問委員会名誉委員• () - 会長(1995-1999年度) 、HFSP制度中間評価検討会 座長 、名誉会員• - 委員(1986-2001年) 、副会長 (1995年選出) 、名誉員(-2003年) (国家関係)• - 「標準研究連絡委員会」委員長• - 副会長• - 副会長 、顧問 、「国立試験研究機関等小委員会」委員 、など• 政策委員会 - 研究評価小委員会委員(1998-1999年度) 、知的基盤整備小委員会委員(1998-2000年度)• - 国外顧問(1996年 -1999年 ) (その他、協会など)• - 会長 、顧問• 三豊科学技術振興協会 - 理事長 、理事• 光科学技術研究振興財団 - 評議員• 日本淘道会 - 理事長 、常務理事 主な著作 学位論文• 『ショアかたさ目盛の精度向上に関する研究』 東京大学博士学位論文(乙第2820号)、1972年7月7日。 著書 (共著・分担執筆)• 『単位の辞典』 ラテイス、1965年、押田勇雄 編。 『硬さ』 〈計量管理技術双書〉、1974年、計量管理協会 編、山本健太郎との共著。 『JISとSIに基づく量記号・単位記号の使い方』 、1976年。 (編集・監修)• 『ISO国際文書「計測における不確かさの表現のガイド」統一される信頼性表現の国際ルール』 、1996年、監修、 編、今井秀孝 翻訳。 『世界の規格便覧(第1巻、第2巻、第3巻、第4巻)』、日本規格協会、2005年、監修、日本規格協会編、 解説記事 (硬さ試験・標準)• 「」『計測』第10巻第9号、1960年、559-564頁。 「」『計測』第10巻第10号、1960年、622-630頁。 「」『計測』第10巻第12号、1960年、781-786頁。 「」『計測』第11巻第11号、1961年、656-663頁。 樋田並照、との共著。 「」『精密機械』第33巻第395号、1967年、765-773頁。 (物性計測・精密測定)• 「」『計測と制御』第12巻第1号、1973年、70-75頁。 「」『精密機械』第44巻第526号、1978年、1265-1267頁。 後藤充夫との共著。 「」『日本機械学会誌』第82巻第731号、1979年、1083-1086頁。 「」『精密機械』第51巻第2号、1985年、264-267頁。 「」『精密機械』第49巻第6号、1983年、796-800頁。 (測定・計量標準)• 「」『精密機械』第30巻第354号、1964年、589-593頁。 「」『計測と制御』第3巻第11号、1964年、807-818頁。 森村正直、山本弘、との共著。 「」『精密機械』第35巻第418号、1969年、752-757頁。 「」『精密機械』第39巻第462号、1973年、704-709頁。 「」『計測と制御』第15巻第1号、1976年、43-47頁。 「」『精密機械』第44巻第526号、1978年、1242-1248頁。 「」『品質』第10巻第4号、1980年、18-24頁。 「」『精密機械』第49巻第3号、1983年、301-305頁。 「」『標準化ジャーナル』第21巻第3号、1991年、88-91頁。 「」『計測と制御』第32巻第8号、1993年、623-627頁。 「」『計測と制御』第41巻第1号、2002年、43-47頁。 「」『計量史研究』第24巻第2号、2002年、85-90頁。 「」『計量史研究』第25巻第1号、2003年、9-24頁。 (その他)• 「」『精密機械』第26巻第303号、1960年、193-198頁。 「」『計測』第10巻第5号、1960年、310-315頁。 「」『計測と制御』第12巻第11号、1973年、916-922頁。 「」『精密機械』第45巻第534号、1979年、676-679頁。 「」『計測と制御』第21巻第9号、1982年、906-907頁。 「」『日本機械学会誌』第93巻第859号、1990年、466-469頁。 「」『研究 技術 計画』第14巻第3号、1999年、148-151頁。 (回想)• 「」『精密工学会誌』第73巻第10号、2007年、1131頁。 「」『精密工学会誌』第73巻第11号、2007年、1208頁。 「」『精密工学会誌』第73巻第12号、2007年、1312頁。 (対談・座談会)• 「」『精密機械』第50巻第1号、1984年、203-210頁、飯塚司会による、との鼎談。 「」『通産ジャーナル』第20巻192号、1987年4月、13-17頁。 飯塚司会による、植之原道行との座談会。 「」『工業技術』第30巻第1号、1989年1月、19-27頁。 奏者のとの対談。 脚注 [] 注釈• 応用物理学科は後に物理工学科と計数工学科に再編される。 応用物理学科で日置は計測専修であったが、学科再編では物理工学科に所属していた。 により応力を測定する技術 や、レーザー干渉計で材料の や を計測する技術などを開発した。 受賞論文 - Iizuka, K. and Imai, H. 1970. Bullutten of JSPE. 4 1. 今井秀孝との共著。 受賞論文 - 後藤充夫、飯塚幸三「」、『精密機械』第41巻第5号、1973年、477-482頁。 「ものづくりヒューマンルネサンス」作業部会委員。 第1巻 - 、第2巻 - 、第3巻 - 、第4巻 -。 627. 2019年4月27日閲覧。 2019年5月4日閲覧。 2019年4月27日閲覧。 計測自動制御学会 2018年10月9日 2019年4月27日閲覧。 計量計測データバンク. 2019年5月4日閲覧。 2019年4月28日閲覧。 76、2016年2月、 、9頁、2019年4月27日閲覧。 2008年2月18日時点のアーカイブ. 2019年4月27日閲覧。 「」『時評』第28巻第287号、1986年、70-74頁。 日置隆一「」『光学ニュース』第79号、1965年、1-3頁。 , p. 637. 山本健太郎、飯塚幸三「」『計測』第7巻第2号、1957年、81-86頁。 松田健次、藤榮淳「」『日本機械学会論文集 A編』第70巻第700号、2004年、1741-1746頁。 内藤正「」『計測と制御』第7巻第2号、1968年、126-130頁。 山崎敬則「」『精密工学会誌』第77巻第4号、2011年、438頁。 (「」『光学ニュース』第113号、1971年、29-40頁。 参照)• 衆議院会議録情報. 2019年5月4日閲覧。 今井秀孝「」『計測と制御』第37巻第5号、1998年、300-305頁。 衆議院会議録情報. 2019年5月4日閲覧。 「」、『日本工学アカデミーニュース』No. 4、1988年7月30日、4-5頁、2019年4月27日閲覧。 飯塚幸三「」『日本の科学と技術]』第31巻第259号、2019年、18-22頁。 計測自動制御学会. 2019年4月27日閲覧。 データベース. 1993年3月16日公開、2016年4月21日更新 2019年4月27日閲覧。 HFSP. 2019年4月28日閲覧。 HFSP. 2019年4月28日閲覧。 BOST 行政院科技會報. 2019年5月4日閲覧。 (中国語)• 2007年・関係団体の行動の基本. 計量計測データバンク. 2019年4月27日閲覧。 2011年・関係団体の行動の基本. 計量計測データバンク. 2019年4月27日閲覧。 計量標準総合センター. 2019年5月4日閲覧。 競輪とオートレースの補助事業. 2019年5月4日閲覧。 『日本計量新報』第2797号、2009年11月8日、2019年5月4日閲覧。 日本計量振興協会 2013年5月29日 2019年4月27日閲覧。 飯塚幸三「」『計量史通信』第78号、2017年2月28日、7頁、2019年5月18日閲覧。 日本計量史学会. 2019年5月7日閲覧。 公益財団法人光科学技術研究財団. 2019年5月4日閲覧。 、2017年7月31日、2019年5月7日閲覧。 2019年5月7日閲覧。 法人概要. 日本工学アカデミー 2019年4月11日 2019年4月27日閲覧。 三豊科学技術振興協会 2018年6月9日 2019年4月27日閲覧。 高偉「」『精密工学会誌』第67巻第7号、2001年、1067-1071頁。 渡部司、直井一也、藤本弘之「」『精密工学会誌』第73巻第1号、2007年、145-149頁。 佐藤浩志、渡部司、藤本弘之「」『計測自動制御学会論文集】第49巻第3号、2013年、386-393頁。 今井秀孝、飯塚幸三「」『精密機械』第38巻第455号、1972年、1058-1061頁。 技術の系譜. 2019年5月9日閲覧。 沿革・組織. 計測自動制御学会. 2019年4月27日閲覧。 会員・役員. 計測自動制御学会 2018年11月7日 2019年4月27日閲覧。 精密工学会 2018年4月1日 2019年4月27日閲覧。 , p. 466. 「」『計測と制御』第36巻第11号、1997年829-830頁。 日本医療研究開発機構. 2019年4月28日閲覧。 研究振興局 研究振興戦略官付 2013年3月. 科学技術・学術分野における国際活動の戦略的推進. 文部科学省. 2019年4月28日閲覧。 産業構造審議会産業技術分科会評価小委員会 2005年7月. 経済産業省. 2020年6月19日閲覧。 2019年5月7日閲覧。 2019年5月27日閲覧。 2019年5月27日閲覧。 岩田一明「」、『EAJ News』No. 129、2009年8月、5-6頁、2019年4月27日閲覧。 2019年5月5日閲覧。 文部科学省. 2019年5月5日閲覧。 科学技術会議政策委員会 研究評価小委員会『』2000年3月、2019年5月5日閲覧。 政策委員会 知的基盤整備小委員会『』、2000年12月、2019年5月5日閲覧。 BOST 行政院科技會報. 行政院科学技術部. 2019年5月25日閲覧。 BOST 行政院科技會報. 行政院科学技術部. 2019年5月25日閲覧。 名古屋機工新聞. 2020年6月19日閲覧。 日本物流新聞. 2020年6月19日閲覧。 「」『弓削商船高専 校報』第70号(平成20年8月2日-平成20年12月1日)、2008年、8頁(PDFで9頁)。 2019年4月8日 16:39:58 GMT 時点のアーカイブ. 2019年5月18日閲覧。 2011年7月22日時点のアーカイブ. 2019年5月18日閲覧。 関連文献• 飯塚幸三「私の出会い 63 内外の研究所と共に立ち上げた新しい組織」『時評』第45巻第7号、2003年7月、122-127頁、。 松本栄寿「オーラルヒストリー・インタビュー報告「計量標準の日本における確立と進展」飯塚幸三 氏」『計測と制御』第47巻第12号、2008年、1061-1062頁、。

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池袋暴走事故、飯塚幸三容疑者が「逮捕」でなかった理由

飯塚 幸三 なん j

「予約していたフレンチの時間に遅れそうだった」 旧通産省工業技術院の元院長・飯塚幸三容疑者(88)は、そう供述したという。 事故が発生したのは4月19日。 横断歩道を渡っていた松永真菜さん(当時31)と娘の莉子ちゃん(当時3)が犠牲になったほか、10人が負傷した。 それから7カ月後の11月12日に、ようやく飯塚元院長が自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)容疑で書類送検されたのだ。 「よほど予約の時間に遅れたくなかったのか、飯塚元院長は前方のバイクや車を追い越すために蛇行運転を繰り返していたのです。 縁石に衝突した後も加速し、自転車に乗っていた真菜さんと莉子ちゃんをはねたときには、車のスピードは時速90キロ台後半に達していました。 この点について元検事で東京地検特捜部副部長などを歴任した若狭勝弁護士は言う。 「犯人と疑われる人物に逃亡の恐れや、証拠隠滅の恐れがある場合は、逮捕し、身柄を拘束します。 しかし飯塚幸三被疑者は事故により大けがをして病院に運ばれました。 退院時にも、すでに警察は車を押収して事故原因の分析も始まっていましたから、証拠隠滅もできません。 そういった理由から、逮捕の必要がなかったのだと思います」 いっぽう事故の直後に著書『上級国民/下級国民』(小学館新書)を出版した作家の橘玲さんは次のように語る。 「事故発生当時、私も知り合いの弁護士などと、いろいろ検討しました。 これまでの事件でも彼らは警察に対し、『容疑者は逃亡の恐れもないし、証拠隠滅の恐れもないのだから、逮捕する必要はないのではないか』などと抗議してきたそうですが、認められることはなかったのです。 確かに警察による説明は正論であり、弁護士たちがこれまで主張し続けていたことでもあるのですが、『なぜ飯塚元院長だけが……』と釈然としない思いにとらわれたと言っていました。 果たして元院長にはどのような裁きが待っているのか? 若狭弁護士が今後の展開を解説する。 「警視庁は書類送検の際に、起訴(訴えを裁判所に提起すること)を求める『厳重処分』の意見を付けていました。 検察も早ければ年内には起訴すると思います。 その後は公開での裁判が行われるでしょう。 逮捕されず、書類送検だったからといって量刑が軽くなるわけではありません」 過失運転致死傷罪の場合、「7年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金」が科せられる。 厳罰を求める人々が心配しているのが飯塚元院長の年齢だ。 元院長はすでに88歳という高齢。 若狭弁護士が続ける。 「第一審の段階で、被告人が体調不良を訴え、入院したりするなどして引き延ばすことは可能だと思います。 しかし数カ月程度の時間稼ぎにしかなりませんし、裁判官の心証を悪くする可能性もあります。 私の経験から言えば、飯塚被疑者は容疑を認め、裁判では争わず、執行猶予を狙おうとするのではないでしょうか。 しかし遺族との示談が成立しない場合、今回のケースでは実刑の可能性が高いと思います。 おそらく来年の3月あたりには判決が下ることでしょう」 だが驚くべきことに、たとえ実刑判決が下っても、遺族の意に沿わない展開もありうるという。 「法律的には70歳を超えているときは、刑の執行停止、つまり服役しないですむ場合もあると規定されています。 もちろん現代の70歳ですとまだまだ健康に支障もなく、70歳以上でも刑務所で懲役に服するケースも多いです。 しかし飯塚元院長は88歳。

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