目白台 田中角栄。 田中角栄都市伝説。目白の田中角栄邸から新潟県西山町の実家まで3回曲がるだけで着く。神楽坂の逆転一方通行。

【再開発】

目白台 田中角栄

以前、実家の母が、 「目白行ってるって言ってたけど、目白と言えば の目白御殿があるんじゃないの??」 って聞いてきた。 は名前は知ってるけど、私の中では歴史上の人物と 同じ扱いやから、「目白御殿」っていう言葉も知らなかった(笑) でも、こないだTV見てたら、目白御殿のことをやってた。 「運動公園」というのが、目白の横にあって、 結構新しい公園。 噴水あり、野球場あり、テニあり、フットサル場ありの、 それはそれは芝生の緑が綺麗な、広くて気持ちのいい公園。 高台にあるから、新宿の高層ビル群が見渡せて、 晴れた日はとっても気持ちいいピクニックが出来そうな、 そんな公園。 そこが、例の「目白御殿」の跡地らしい!! 去年の4月にオープンしたばっかりだから綺麗なんや〜。 以前"目白御殿"の異名があったの土地の一部が、 が払いきれないが物納した土地を含めて 文京区が再開発して『運動公園』となったらしい。 昭和初期までは、元・細川邸の大きな洋館が建っていた場所で、 つい最近までは(KKR)の運動場 だったそうな。 の「目白御殿」、2575坪あったらいし!!! ひえ〜 で、そのうちの500坪程を文京区に渡したとか。 でも、まだ2000坪ほどあるんやんね?? 23区内、しかもお金持ちの街目白で2000坪・・・ 想像できないな。 歩いたり自転車で何回も前は通ってたけど、 この運動公園が目白御殿の跡地やったとは。 この公園の真横に、でっかいでっかいお家ありましたよ! そして、でっかいでっかい「田中」の表札がついてました! saya7713.

次の

☆目白御殿☆の跡地・・・

目白台 田中角栄

昨日午後から文京区目白台に散歩に出かけた。 予備知識としては、日本女子大と田中角栄邸があることくらい。 歩いたコースは下図の通り。 赤い線を歩いているうちに、途中で、「練馬車庫行き」のバスに乗って練馬車庫まで行って戻って来て、また、目白台散策を黒い線のように続けた。 結論から先に行ってしまうと、とても良いところだった、私が一番惹かれたのは、元細川家の広大な敷地。 都バスの一日乗車券を買って、大塚駅行きのバスに乗り、大塚車庫前で降りて、跡見学園とお茶大の間の坂を下りて行った。 (この跡見とお茶大の間の坂も、並木道でとても素敵) 高速道路の通る道路が谷の底になっており、「大塚署前」の信号を渡り、反対側の坂を上ったが、こちらは余り風情がなかった。 寂れたような大きな空き地があったが、それは、東大の目白台キャンパスのよう。 突き当たりに、大きな小学校のような建物が見えて来たので、左に曲がって、少し歩いたら、目白通りの「文京区目白台運動公園」の前に出た。 まずは、目白通りを渡って右の方に行くと、簡易ポリスボックスと警官が一人立っているお家があり、表札を見たら、「田中」とあり、すぐに、「ここが田中角栄邸」とわかった。 ま、入り口は小さいし、中は深くて、何も見えない、とりあえず、表札を見て終り。 その後、日本女子大の方に進み、日本女子大の正門と成瀬記念講堂を遠くから眺めて終り。 (それにしても、周囲に喫茶店とか何もなく、(入る気もなかったが)入らなくて良かったと思う。 ) その後、来た道を戻って、の前を通ると、区立の公園とは思えない程、大きくて、素敵。 予約しないと使えない施設だけでなく、じゃぶじゃぶ池みたいな、子供たちが洋服を着たまま、水と戯れることができる池があったり、大きな木が植えられた芝生が開放されていて、そこで寝そべったり、ピクニックのように、お弁当を広げることができるようだ。 本当に良い雰囲気。 ここは、目白台のてっぺんだから、周囲に高い建物が全然見えなくて、空が大きい。 そのまま、椿山荘方面に歩いて行ったら、右側に「」なる施設が出て来た。 門から中を見ると、鬱蒼とした木立が素敵なのだ。 私は今までその存在を知らなかったのだが、和敬塾の説明のプレートがあり、それを読むと、前川喜作さんという実業家が作った、500人以上の男子学生寮だとか。 敷地は7千坪で、その敷地には、元細川侯爵邸もあるとのこと。 中に、普通の人が入って散歩することはできないと書いてあったので、通り過ぎて、次の路地を見ると、何だか、古めかしい土蔵というのだろうか、きっとお金持ちか、江戸時代のお殿様の土蔵ではないかと思われる黄色っぽい土壁の長い家が見えて、興味が湧き、その路地に入ってみた。 で、その黄色っぽい土蔵の先には、古い門に、「蕉雨園」との文字が。 (なんちゃって実は漢字が読めなかった、無理して、慈両園と読んだのだが、先程、調べたら、蕉雨園が正しいみたい) 門の向こうは何なのだろう、何だか、手入れされていない古い庭園のような気がした。 (が、後で、が見つかって、のお庭かなと思うのだが。 この野間記念館の周辺イラストマップに描かれている緑の部分が素敵。 ) その反対側には、「」の文字とポスター、解説のプレートがあった。 私は恥ずかしながら、永青文庫の存在もそれまで知らなかった。 そして、その路地をずずっと進むと、そこは、崖で、下る階段があって、に続くようであった。 階段を下りて下に行ってみたい気もしたが、一度降りてしまうと、再び台地の上に上がるのがおっくうになる気がして、その日はやめておいた。 永青文庫の説明は下記の通り。 新江戸川公園から和敬塾も含んだここらへん一帯3万8千坪全てが、細川侯爵家だったのだ。 本当に、細川さんはすごいお金持なのねと実感する。 (今は、相当切り売りしているし、残ったものも、財団法人化して、個人の財産ではなくなているだろうが) 何だか、切り売りしていない時の三万八千坪の邸宅を見てみたかったなと思った。 しかし、目白台には、後で前を通った「講談社野間記念館」という美術館も含めて、私が知らない文化的施設と緑が沢山あり、まだまだ訪れたい地域だと思った。 目白台というのは、高級住宅地というイメージで近寄りがたかったか、個人の家で、見るからに金持ちと言う家もないわけではないが、成金ぽい家はなかったし、全ては、旧細川家の広大さに圧倒され、かすむ。 (笑) 椿山荘は、元黒田家の下屋敷で、明治以降は山縣有朋さんの邸宅であったとのこと。 講談社野間記念館は、元々どこのものであったのだろう?(黒田家か、細川家か).

次の

文京区目白の田中角栄邸が、堀家の江戸屋敷だったそうだが、それが載っている地図はあるか。

目白台 田中角栄

目次 JR, (山手、総武、中央線快速、横須賀 埼京、南武、京葉) 地下鉄全線 (営団:メトロ、都営 東急 全線 東横、田園都市 他 ) 京王全線 京王、井の頭、高尾 他) 京急全線 本線、久里浜、大師、他) 小田急全線 小田原、江ノ島、多摩) 台場 ゆりかもめ線、りんかい線 横浜 みなとみらい線 秋葉原 つくばエクスプレス 都心 皇居、六本木ヒルズ、新宿 他) 下町 浅草、上野、両国、隅田川 他) 山手 高田馬場、中野、王子 他 横浜 みなとみらい、中華街 他) 北海道 ( 函館〜 札幌〜小樽) 祭礼 天下祭、赤穂義士祭 他 その他 東京ディズニーシー 金沢 博多他) 中国・台湾 上海、蘇州、杭州、寧波、台北) 歴史点描 江戸風景、明治維新点描、 大日本帝国残影、東京散策) 名園 (日比谷公園 、新宿御苑、他) 東京の 新名所 六本木ヒルズ、台場 他) 東京の名所 (上野、浅草 巣鴨) 皇居点描 皇居一周、東御苑 他 有名神社 神田明神、日枝山王 他 有名仏閣 浅草寺 川崎大師 他) 大学点描 早稲田、慶應 他 椿山荘〜目白台運動公園〜千登世橋 【関連サイト】 目白通り 急坂の目白坂を上る 目白坂は坂も急だが、距離もある。 目白通り 椿山荘 目白坂を上りきった所にあり、明治の元勲の山県有朋の山荘だった。 結婚式場としても有名である。 政敵だった大隈重信の早稲田大学が崖下に見えるのが不満だった、との逸話も残る。 当初は、椿山荘の庭園を散策するつもりだったが、普段は特に問題ないはずだが、花見シーズンのため、係員が立って入場者のチェックをしており、断念した。 普段は特に問題ないはずだが、と 目白通り 獨協中学・高校 椿山荘の真向かいにある。 目白通り 椿山荘 江戸時代、この地は黒田豊前守 上総久留里藩三万石、現・千葉県君津市 の下屋敷であった。 その後、長州 山口県 出身、明治の元勲山県有朋 軍人・政治家 の屋敷となった。 台地と谷の起伏を巧みに利用し、二段の池を配した庭の築構は明治30年(1897)頃といわれている。 この地は以前から椿が多く自生し、神田川を隔てた早稲田田圃を一望できる景色がすばらしく「椿山」と言われた。 明治になって山県有朋によって「椿山荘」と命名され、天皇をはじめ多くの人々が訪れた。 大正年間に藤田平太郎男爵の所有となり、各地からの文化財を随所に配した林泉廻遊式庭園として、さらに整備された。 園内の三重塔は大正14年(1925)広島県加茂郡河内町篁山竹林寺から移築し、一部改修したもので、室町時代末期の建立といわれている。 目白通り 椿山荘 目白通り カテドラル聖マリア大聖堂 建築家丹下健三の設計で、昭和39年(1964年)に再建された。 椿山荘の真向かいにあり、特色のある建物でも有名である。 目白通り 講談社 野間記念館 は、椿山荘に隣接し、講談社初代社長の野間清治のコレクションが展示されている。 満開の枝垂れ桜が見えるが、休館日だった。 目白通り 左折すると永青文庫へ は、肥後熊本細川家の下屋敷跡で、南北朝から現代に至る細川家25代の間に蒐集された細川家の歴史資料や文化財などがあり、昭和47年に一般公開された。 目白通り 目白台三丁目交差点 目白通り 和敬塾 早稲田大学出身の前川製作所の創設者前川喜作氏が、男子学生寮として昭和32年に開設した。 塾には早稲田だけではなく、慶応などの学生もいる。 目白通り 目白台運動公園 目白通り 目白台運動公園 公園の西側は、旧田中角栄邸の遺産相続の物納分で、全体の1/5に相当する。 目白通り 目白台運動公園 目白通り 田中真紀子邸(旧田中角栄邸) 日本女子大の真向かいにあり、今はこの門の左は運動公園になっているが、かつてはテレビでおなじみのされていた。 目白通り 日本女子大 目白通り 目白台二丁目交差点で不忍通りが合流 目白通り 目白台二丁目交差点で不忍通りが合流 護国寺前交差点で左折して音羽通りに進んだが、そのまま直進していればこの交差点に出た。 目白通り 高田一丁目交差点 右折すれば雑司ヶ谷鬼子母神表参道へ 目白通り 千登世橋 階段を下りて明治通りへ 目白通り 千登世橋 階段を下りて明治通りへ 目白通り 千登世橋下を走る都電荒川線 目白通り 千登世橋 階段を下りて明治通りへ 明治通りに下りる階段からも、かなりの高低差があることが分かる。

次の