れもん 歌詞。 米津玄師/Lemon

米津玄師「Lemon」歌詞の意味は?解釈と考察!亡くなった祖父に捧げる死別の歌

れもん 歌詞

思い出を思い出すことはできるけれど、あなた自身は戻らないと言っているのです。 ずっと言えないで隠していた昏い過去も、それを言えるほどの愛する人がいないとずっと昏いままだと言っています。 これ以上傷つくことがないと思えるほどの、辛いことを経験したのでしょう。 もしも辛い過去を言えるほどの愛する人に出会えたら、その暗かった過去は癒えると言っているのかもしれません。 まだ忘れられないあなたへの想いを綴っているのです。 料理を作るお母さん、掃除をするお母さんの姿をずっと見ていたから、今でもお母さんの背中を手で書くことができるのです。 受け止めきれない時に出てくるのは涙だけだと言っています。 悲しみをとても生々しく表現しています。 私に見せる母の顔。 そして私には見せない母の顔があったのです。 あなたは私の知らないところで何をしていたの?と今はもう聞けないあなたへの思いを描いています。 ありもしないことですが、もしもあなたが今でも私を想って泣いているのであれば忘れて欲しいと言っています。 そのように心配するほど、まだまだあなたのことを好きなのです。 あなたとあんなに近くにいたのに、今は一切会うことができないのです。 それが悲しくてその悲しさだけが残っているのです。 本当に辛い心情だと思います。 まだ会うことができた日々が楽しければ楽しいほど、あなたに会えない時の悲しさは苦しいのです。 全ての悲しみが通り過ぎるまで、歩き出すことすらできないのです。 私はもしかすると永遠に幸せになれないのかもしれません。 あなたはもともと同じ個体だった片割れのようだと表現しています。 やはりこれは母と娘の話なのかもしれません。 米津さんのメロディと言葉はとても心に入ってくるので、より一層悲しさが伝わってきます。 この歌は愛する母親との死別を描いた曲なのかもしれません。 ドラマ「アンナチュラル」の主人公・ミコトはお母さんに睡眠薬を飲むよう言われ、無理心中をさせられます。 しかしミコトだけその睡眠薬を飲むことができず、練炭から離れた部屋で眠ったのです。 それが原因でミコトのみ一家四人無理心中から生き残りました。 どんなに母親を憎んでいたとしても、あなたとの思い出は私にとっての光なのです。 だからもしも私のことを心配して泣いているのなら、どうか私のことを忘れて下さいと願っています。 lemonの意味 レモンの香りはいつまで経っても取れません。 夕飯を作る際に絞ったレモン、唐揚げにかけるために絞ったレモン。 その匂いはいつまでも手についてはなれないのです。 この歌詞で使われている苦いレモンの匂いは、どんなレモンよりも長く手に残っているのかもしれません。 これはミコトが母親からもらった愛の匂いを表現しているのではないでしょうか。 どんなに苦い思い出もレモンの匂いのようにいつまでもミコトについてはなれないのだと思います。 MV考察 はじめはMVが伝えたいことが全くわかりません。 なぜ16:9の画角ではなく、4:3なのでしょうか。 米津さんたちがいる場所はどこなのでしょうか。 4:3は古いことを表現しているように思います。 古いということはずっと変わらないということかもしれません。 やはり、この歌は過去に囚われている人の歌なのでしょう。 そして後半に懺悔している人がいるので、この場所が教会であることがわかります。 米津さんを含め、出演者は皆懺悔をしているのです。 やはり、この人たちも過去の出来事に囚われているのかもしれません。 やがて懺悔した人たちは、究極の後悔を表現しダンスする女性を取り囲みます。 その女性はとても深々と腰を曲げて嘆いたりしています。 後半ではその教会に光が差し込んできます。 そしてダンスも希望に満ちたものに変わっていくのです。 懺悔した人々もそれと同時に過去から解放されていきます。 収録内容 「Lemon」は3月14日にリリースされました。 「レモン盤」「映像盤」「通常盤」の3形態で発売されます。 ジャケットは今作も、米津玄師の描き下ろしイラストだそうです。 また新しい曲が聴ける日が来るのかもしれません。 こちらの映像もとても楽しみです。 私も同感です。 ドラマの主題歌として作ったとの話なので、ドラマの中だとすれば中堂さんの心情がしっくり来ると個人的に感じました。 殺されてしまった彼女が自分の為に復讐をしようとしている中堂さんを止めたいと思い、自分の事を忘れて新しい人生を歩んで欲しいと思っているのかな…とも解釈出来る気がしました。 そしてドラマをみている限り、自分が思うより彼女に恋をしていたのは中堂さんだと思うし… ミコトにもあてはまるかな?と思いますが、個人的にはドラマをみていると中堂さんの為の歌にしか聴こえません。 ドラマの最終回、この曲が流れてきたら絶対泣くと思います… 昨年最愛の人を亡くし、息が出来ないほど空っぽだった私はこの曲に出逢い大泣きしました。 哀しくて辛くて、現実を見るのが嫌で思い出すのも怖くなって何も考えない様にしていた自分に、死を受け入れ1歩踏み出す勇気をくれた曲です。 アンナチュラルの主題歌だと聞き、ドラマも全て見て自分にリンクした意味も知りました。 歌詞については1番目はミコトの家族への愛、恋人に話せなかった事による暗いままの過去について、 2番目は中堂さんの恋人への想い、亡くなってはいるがもしゆきこさんが同じ哀しみを感じる位ならば、自分 中堂さん の事を忘れてくれていい。 俺だけが覚えているだけで,,,っていう見返りのない無限の愛情表現、 最後はミコトと中堂さんがそれぞれの相手を永遠に愛しているという共通の感情表現だったののかな,,,と勝手に解釈しました。 Lemon,,,永遠の愛ですね,,, 「言えずに隠してた暗い過去もあなたがいなきゃ永遠に暗いまま」と「きっともうこれ以上傷つくことなどないと分かっている」は繋げないほうがよいかと。 前者は、抱えている過去の色々な闇でもあなたがいたから何とか抑えることが出来ていたという意味。 後者は、もうあなたがいなくなったということ以上にショッキングなことはないと分かっているけど、それでもこの悲しみが終わらないかのように辛い思いが消えないという意味。 そして全体的には、恋人を亡くした悲しみの歌ですね。 暗闇であなたの背をなぞったというのも、性行為でしょう。 もちろんここは聞く人がそれぞれ自分と重ね合わせることで特別なものを感じるものです。 しかし基本的には恋人との死別の歌でしょう。

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米津玄師「Lemon」歌詞の意味(解釈)とは?

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夢ならばどれほど良かったでしょう 未だにあなたのことを夢に見る 忘れた物を取りに帰るように 古びた思い出の埃を払う 出典:米津玄師 Lemon 作詞・作曲:米津玄師 夢ならばどれほど良かったかというのは、現実につらい何かが起こったと解釈できますね。 いまだにあなたのことを夢に見るという部分でMVでは、一人の女性が登場します。 あなたというのはこの女性のことなのでしょう。 忘れた物を取りに帰るようにと例えを使いながら、昔の思い出に浸るということを意味しているのかもしれません。 MVの舞台は教会で、たくさんの外国人たちと一緒にいる米津玄師さんの姿が見られます。 教会に来て亡くなった恋人のことを思い出しているということなのでしょう。 MVで踊っている女性ダンサーが誰かについて知りたい方はこちらの記事をご覧ください。 2018-02-27 23:50 ドラマ「アンナチュラル」に沿って考えてみると 三澄ミコトが一家心中で生き残ったという話や中堂さんの昔の恋人が亡くなった話が夢であればよかったと思うほど悲しい過去であるということでしょう。 そして、彼らは 亡くなった人のことを今でも夢に見るくらいに思い続けているということなのかもしれません。 戻らない幸せがあることを 最後にあなたが教えてくれた 言えずに隠してた暗い過去も あなたがいなきゃ永遠に暗いまま 出典:米津玄師 Lemon 作詞・作曲:米津玄師 MVでは、女性が一人で踊っています。 この女性といた 楽しい日々はもう戻ることはないということなのでしょう。 そして、もう恋人と会うことができないということを「言えずに~暗いまま」の部分で表現されているような気がします。 ドラマ「アンナチュラル」に沿って考えてみると 三澄ミコトさんの亡くなった家族や中堂さんの昔の恋人との幸せな生活はもう戻らない。 という悲しい現実を描写しているのではないでしょうか? きっともうこれ以上 傷つくことなど ありはしないと分かっている 出典:米津玄師 Lemon 作詞・作曲:米津玄師 LemonのMVではこの部分で米津玄師さんがハイヒール ピンヒール をはいている姿が映されます。 おそらく ハイヒールは恋人の私物でそれをはいて、恋人のことを思うほど傷ついているということを描いているのではないでしょうか? これ以上傷つくことがないほど傷ついているということだと思います。 米津玄師さんがハイヒールをはいている理由について知りたい方はこちらの記事をご覧ください。 昔の恋人を思っている姿が初めの顔のアップで表現されていて、 歌うことで女性の安息を祈っていると考えられるのではないでしょうか? ドラマ「アンナチュラル」に沿って考えてみると 三澄ミコトは、亡くなった家族を 中堂さんは昔の恋人を今でも思い続けているということなのでしょう。 三澄ミコトは、どうして家族が心中を選んだのかをいまだにわからないままでいます。 中堂さんも恋人が亡くなった真相を突き止めようとしていて、 どちらもまだ忘れられないという心情が描かれているのです。 暗闇であなたの背をなぞった その輪郭を鮮明に覚えている 受け止めきれないほど求めあうたび 溢れて止まないのは涙だけ 出典:米津玄師 Lemon 作詞・作曲:米津玄師 恋人との昔の別の思い出が描かれています。 涙が出るほど悲しい気持ちが今も癒えないでいるということでしょう。 何をしていたの 何を見ていたの わたしの知らない横顔で 出典:米津玄師 Lemon 作詞・作曲:米津玄師 LemonのMVでは、踊る女性が外国人の人たちに囲まれた円の中心にいます。 この辺の解釈はちょっとあまりわかりませんね。 どこかであなたが今 わたしと同じような 涙に暮れ寂しさの中にいるなら わたしのことなどどうか 忘れてください そんなことを心から願うほどに 今でもあなたはわたしの光 出典:米津玄師 Lemon 作詞・作曲:米津玄師 恋人が 自分と別れたことで同じように悲しみにくれているのなら、それを忘れてくれという歌詞です。 自分が悲しい状況であるにもかかわらず、 なおも恋人のことを考えている。 それほどまでに恋人のことを思っていたのでしょう。 レモンの花言葉に、「心からの思慕、誠実な愛」というものがあります。 まさにこの歌詞はこれに当てはまるのではないでしょうか? 歌詞を見てるだけなのに、ホントに泣けてきます。 自分が思うより 恋をしていたあなたに あれから思うように 息ができない あんなに側にいたのに まるで嘘みたい とても忘れられない それだけが確か 出典:米津玄師 Lemon 作詞・作曲:米津玄師 自分が思っていたよりも恋人を思っていた自分に気づいた。 息ができないほど苦しい。 少し前に一緒にいた過去に現実感が感じられない。 それほどまでの喪失感。 そして、 今でも忘れられない。 そこまで深く恋人を思っていたということでしょうか? ほんとに 純愛の歌ですね。 悲しい歌ではありますが、ここまで思えるほどの人がいたらホントに幸せでしょうね。 あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ そのすべてを愛してた あなたとともに 胸に残り離れない 苦いレモンの匂い 雨が降り止むまでは帰れない 切り分けた果実の片方の様に 今でもあなたはわたしの光 出典:米津玄師 Lemon 作詞・作曲:米津玄師 二人の別れを切り分けた果実に例えているのでしょうか? そして、今でも忘れられずに思い続けている。 そんな、「心からの思慕」をテーマにした歌だったのではないでしょうか? 米津玄師Lemon歌詞の解釈・考察をしてみて思ったこと 米津玄師さんのLemonの歌詞を解釈・考察してみると、 歌のテーマが「心からの思慕」だったと私は思いました。 それを 教会という場所で亡くなった人の安息を祈るレクイエムとして表現したのでしょう。 それにしても ドラマ「アンナチュラル」と絶妙にマッチした良い曲ですよね。 しかも、ドラマの最後のいいところでLemonが流れるんです。 すごく心が動かされますよね。 Lemonの歌詞の解釈・考察をした後に、またLemonを聴くともっと良さが分かると思います。 ぜひ、何度も聞いてみてください。 ドラマ「アンナチュラル」もこれからもっと楽しく見ることができるようになるかもしれません。 こんなに良い曲を作ってくれた米津玄師さんは本当にすごいです。 大学ってどんなところかイメージがわかないし、やりたいこともなかったからです。 でも、先生に勧められて 大学の資料請求をしてみたら、志望校を決めることができました。 大学の資料請求は 無料です。 一度、 早慶上智、MARCH、関関同立のすべての資料請求をしてみてください! 入学した先輩の話からキャンパスライフのイメージがわくので、行きたいと思える大学がでてきますよ。 早めに志望校を決めた方が合格率が上がるというデータがあるので、 志望校が決まっていない人は今すぐ志望校を決めてください!.

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【米津玄師/Lemon】歌詞の意味を解釈

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曲そのものは、一貫して「あなたがこの世から消えてしまって悲しい・・。 」という思いを歌ったものなのですが、米津玄師さんなりの「人の死」への想いが込められているようです。 とにかく悲しい、寂しいという思いを歌っているのですが、ただそれだけではない、 いろいろな感情を呼び起こさせる歌詞になっています。 悲しげな表情を浮かべる米津玄師さんと、その雰囲気に似つかわしくないハイヒール。 一見すると、なんとも理解出来ない行動・・。 ですが、米津玄師さんは、このハイヒールで、他人には理解されない 「2人を繋ぐ何か」として表現したかったそうです。 詳しくは、『 米津玄師 ・・・・・・とLemon。 」と思うことはよくあります。 しかし、これは 夢ではなく現実。 あなたがこの世にいないという、 悲しい現実が「夢」だったらよかったのにと、嘆いている状態です。 「思い出」に埃がかかるほど、時が経っているのに、未だにあなたの夢を見る・・。 今でも「あなた」の死を受け入れられていないほど、悲しんでいるようですね。 「昏い くらい 」は、「暗い」と比べると、感情や道理的なニュアンスがありますので、 ここではネガティブな過去という表現になるかもしれません。 しかし「昏い」には、霞んでぼやけた状態でくらい。 という意味もありますので、どちらとも受け取れるかもしれませんね。 私の昏い過去も、いつかあなたに打ち明けられると思っていたのに、あなたはもういない。 取り戻すことのできない「幸せ」は、過去だけでなく、未来さえも昏くしていくことでしょう。 深く傷ついた心は、癒えることは無いかもしれません。 最も深い悲しみということですね。 「わたし」にとっての 「あなた」の存在がどれだけ大切だったか・・それが伝わってくる歌詞です。 「あの日」とは、失ったその日、その瞬間を表しているのかもしれません。 今までの「幸せ」な思い出はもちろん、「悲しみ・苦しみ」という今の現実さえも、すべてひっくるめて愛している。 「あなた」への想いの強さが解るサビです。 「レモンの匂い」は、「あなたの匂い」を比喩した形で表現しています。 思い出には、視覚や感触だけでなく「匂い」も大きな記憶として残ります。 そして、ここでは2つの解釈をしました。 そのまま「あなた」の匂いをレモンに例えた?• 「苦いレモンの匂い」は 遺体の匂い? 「あなた」の匂いをレモンに例えた? 「あなた」の匂いをレモンに例え、ひとつの記憶として存在している という解釈をした場合。 「あなた」と「わたし」が、気持ちも 距離感も 親密な関係であったことが解ります。 「匂い」を感じられる距離感にいる、存在だったということですね。 「苦いレモンの匂い」は、遺体の匂い? この「苦い」という表現がどうしても引っかかったので、もしかしたら? と思って、そう解釈してみました。 ドラマ「アンナチュラル」では、中堂さんが、 恋人の遺体を前に、言葉を失っているシーンがよく出てきます。 胸に残り離れない記憶は、目の前にした恋人の遺体で、 「 苦いレモンの匂い」と比喩したのは、 遺体の匂いだったのかもしれません。 死後、どれくらいの時間が経っているかにも寄りますが、そう簡単に取れるようなにおいでは無いですからね。 「強い匂い」も、記憶として残り続けているのかもしれません。 そうやって解釈すると、「 雨が降り止むまでは帰れない」という、言葉が理解できます。 事件が解決するまで。 そう簡単には戻れない・・という「決心」としても感じ取ることができます。 2つのパターンで解釈してみましたが、どちらとも感じ取れる表現ですね。 最後になぞった輪郭は、もう亡くなってしまった 「あなた」の亡き骸かもしれません。 その後もたびたび実感する、あなたが無くなってしまったという事実。 その瞬間と出会うたびに、涙があふれてやまないのかもしれませんね。 この歌詞の部分は、 特にドラマ「アンナチュラル」のシーンと重なる気がします。 恋人の遺体を、顔色一つ変えずに解剖しなければならなかった、中堂さんの気持ち。 想像もできないほどの 苦しみだったと思います。 中堂さんの恋人は、目を開けたまま亡くなっていました。 その開いたままの眼は、いったい何を見ていたのでしょうか? 変わり果てたその姿を、私が今まで見たことのない、横顔と表現したのかも。 「わたし」と同じ悲しみを「あなた」には背負ってほしくないという気持ちです。 しかし、「あなた」は亡くなってしまった存在。 この世に形はなく、悲しむことも無いかもしれない。 でも、もし・・死後の世界で存在していたとしたら。 そして、私と同じような悲しみを感じているとしたら・・。 私のことなんて忘れてほしいと、心から願っている。 この部分は、本当に切ない歌詞ですね。 思い出すほどに美化する記憶と、そばにいた感触が、消えない悲しみとして残ります。 そして、ラストのサビへ。 そして、最後の歌詞「 切り分けた果実の片方の様に」という部分。 これは、スペインのことわざ「オレンジの片割れ」からきています。 元々はひとつのものが2つに割れ、片割れに一致するのは、もうひとつの片方しかない。 相手が魂のパートナーであり、 生涯愛する人という意味が込められています。 このように愛し合う2人を果物で例えることは多いのですが、ここでは、匂いの強い「レモン」に例えているんですね。 そして、その片割れである、「あなた」だけが、「わたし」の昏い過去と未来を、照らすことができるのかもしれません。 この先の「わたし」の未来が明るいものではなかったとしても、それを照らす「光」として 「あなた」は心の中で存在し続けることでしょう。

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