釜爺 正体。 千と千尋の神隠し

ススワタリ

釜爺 正体

C スタジオジブリ 性別 男 年齢 不明 モデル 蜘蛛 クモ 仕事・職業 薬湯の調合 声優 菅原文太 釜爺のそれぞれの項目について解説していきます。 釜爺の見た目や性格 釜爺は6本の手がある異形の存在として描かれています。 端的な表現をすると蜘蛛男と呼ぶべき風貌で、劇中序盤では釜爺が平然と出ており湯屋が現実とは全く違う世界であることを認識させられます。 性格はいわゆる「お爺ちゃん」という感じで、仕事に対しての妥協や手抜きは許さない職人気質なところがありつつも、劇中では「異形」である人間の千尋に対しても一切の差別をせず、時に厳しく、時に甘く接してくれた人物でもあります。 千尋がはじめて湯屋にやってきたときも、ススワタリ の仕事を手伝おうとした千尋に対して、「あんたも気まぐれに手ぇ出して、人の仕事を取っちゃならね。 」と言うなど、釜爺の仕事や役割に対する意識が伺えます。 その一方でが来て千尋のことを「うわ、人間だ!」と言ったときも「…俺の孫だ!」と庇うなどの優しさ、包容力を見せる優しさを見せてくれます。 年齢については不明ですが、人間の年齢や時間間隔が当てはまるかはさておき、湯屋で少なくとも40年以上は働いているという発言からも60歳は超えていると考えてよいでしょう。 釜爺の仕事・職業 釜爺は湯屋で生薬の調合などを担当しています。 作中でリンや千尋が湯釜の掃除をする際にも釜爺の調合した湯薬は登場しており、頑固な汚れに対してはこの湯薬なしでは太刀打ちできない様子からも、かなり重要な役割を担っています。 あれだけの湯釜のある大きな湯屋で、ひとりですべてを担当していることからもかなり優秀な人物であることが伺えます。 釜爺と湯婆婆 ゆばーば との関係 とはかなり古い関係で、少なくとも40年は湯屋で働いているようです。 「ワシは反対したんだ、魔女の弟子なんぞろくな事がないってな。 」とに助言するなど、湯婆婆のことを快くは思っていないものの、ずっと湯屋で働き続けていることからも何かしらの縁がある可能性はあります。 湯婆婆の双子の姉である ぜにーば に対しても「あの魔女はおっかないぞ」と面識があることからも、何かしらの裏設定がある可能性もあります。 釜爺のモデル 釜爺のモデルとなったのはザトウムシと言われています。 見た目ももちろんそうですが、動きもかなり意識して描かれていることが分かります。 このザトウムシは一見すると蜘蛛のようですが、厳密にはダニなどの仲間のようです。 釜爺の声優 釜爺の声優を務められたのは、俳優の菅原文太 すがわらぶんた さんです。 菅原文太さんはワンピースの赤犬 サカズキ のモデルになった俳優で2014年に亡くなられていますが、未だに強い人気を誇る俳優さんです。 釜爺の厳しくも優しい、釜爺のお爺ちゃんの部分を見事に表現されています。 釜爺の名シーン・名セリフ 釜爺の名シーンや名セリフについて解説していきます。 作中ではかなり登場回数の多い釜爺は「愛だ」や「グッドラック!」などの数多くの名シーンを残しています。 えーんがちょ、せい!えーんがちょ!!.

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ラフ画に根拠が…千と千尋の神隠し、リンの正体は人間ではなく白狐? | シネパラ

釜爺 正体

」 「千はどこだ!千を出せ!」 「千~っ。 小娘が何を食わしたぁ!!」 「 欲しがれ」 概要 黒い影のような体にお面をつけたような姿をしている。 手から金などの人が欲しがるものを出す力を持つが、それはただの土くれを変えたものに過ぎず、それを欲した瞬間に相手を飲み込んでしまう。 また「己」を持たず、呑み込んだ他人の声を借りなければ会話ができない(普段は「あ・・・」や「え・・・」と言ったか細い声を搾り出すだけで、表情も無い。 ただし後述の様に相手の言葉にある程度反応はするため、簡単なボディーランゲージなら可能な模様)。 後、僅かだがお面にも感情が反映されてたりしている。 橋の欄干でハクの術で気配を消して見えないはずのを見かけた時から執拗に彼女を求めるようになり、の一件の前に、渡り廊下の外で佇んでいたが千尋に招き入れられた この時は「雨に紛れてろくでもないものが紛れ込んだかな?」と感づいていた 際はもっと喜んでもらいたい一心で番台蛙から薬湯の札を盗んだり、大量の金を手から出し千尋に渡そうとした。 その後オクサレ神様の身体からこぼれ出た砂金に興奮する従業員達を見て土くれでニセの金を大量生産できる力を使い、それを餌に夜間に大湯に忍び込んだ青蛙をおびき寄せ、ニセの金に手をつけた瞬間捕まえ呑み込み、青蛙声で喋るようになる。 その後兄役から、大量に金を出せる「お大尽様」と呼ばれ、もてなされてはたらふく食べて肥大化していく。 再び出会った千尋にも砂金を差し出したが断られ、絶望したところにやってきた兄役の愛想笑いに逆上し、手に残った一つの金を落とし、取ろうと近くでいた従業員の湯女と共に飲み込んでしまう。 その後更に肥大化して千尋と対面するが彼女に拒絶され、残った最後の苦団子を食べさせられると強烈な味に今まで食べたものを嘔吐し、怒りで暴走(この時湯婆婆の魔法攻撃すら弾き、逆に吐瀉物の泥で埋めてしまった)し、飲み込んだ人々や、食べた物が変化したと思われる泥を千尋を追いかけている途中に全て吐き出し、元の姿に戻った。 元に戻った後はまた大人しい性格に戻り、千尋についての所に行き、そのまま引き取られ銭婆の所に留まることになる。 余談 実はが現れる場面と前後して登場している。 千尋のセリフから「ハクって人は二人いるの?」とリンに尋ねる場面があり、ハクの正体はカオナシなのかと思わせたこともあったが、終盤で一緒に映る場面は無いが、竜のハクと交互に登場している。 元々は重要キャラではなく、単なる「橋の上で単にハクの術で気配を消していた千尋が見えており、通り過ぎるだけの何か」(つまり )程度であったが、監督が物語を進めるに当たって、後からキーパーソンになるキャラに起用した経緯を持つ。 顔を持たないというキャラクター性から、海外版においても名称の変わらないキャラクター達の中で唯一彼のみが各国語に翻訳された名前が使われている。 (例:英語圏なら「No Face(ノーフェイス)」など) フィルム・コミック「千と千尋の神隠し3」には「仮面男」と書かれ、後にモデルがであったことが明かされている。 が、後に本人が後付けであると述べた。 正体 宮崎監督曰く「カオナシは誰の心にも存在する」という。 カオナシは現実世界でも油屋の世界でも居場所のない不安定な存在で、 千尋に故郷や親について聞かれた時に困惑した、また、銭婆にとどまるよう言われた=居場所を提供されたとき非常に喜んだことから 出処は 人間の心なのだろう。 そのキャラクター性を「 主体性が無く、居場所も無く、拾い物の他人の言葉でしか喋れず、金品を以外の他人(特に)とのがわからず、拒絶されたと思いこむとキレて暴れだす」とざっくり要約すれば、程度の差こそあれど大なり小なり身に覚えのある人はけっこう多いのではなかろうか。 千尋が来るまでは一般的に馬鹿にされていた人物がこれほどの大問題を起こすほどの力をつけたというのもなんらかの因果を感じる。 また、カオナシは 欲の権化、とくに 金銭欲であるという意見もある。 金銭欲に取り憑かれた湯婆婆は「ヤバい」という事を事前に察知するが侵入を防げず、大損をすることになる。 同じく、従業員も、上役に至るまで、湯婆婆に通すこともせずに上客としてもてなしてしまう。 しかし、金銭欲に惑わされず、 河の神様やハク、カオナシや坊への接し方などから暗示されている 物事の本質を捉えられる千尋や銭婆 絵コンテには、財力にも溢れる優れた魔女であると書かれている はカオナシに取り込まれる事はなかった。 一方で、人間がカオナシに取り込まれると、元の世界に戻れても金の亡者に成り果ててしまうのではないだろうか? そして、財力を持ちながらも金銭欲に縛られない銭婆の下こそ、カオナシが安住できる環境であると仮定できる。 金銭欲の権現だったカオナシは、個性を失い自分の感情を表現する事もままならなかったが、千尋達と出会い感情を取り戻し、最終的には彼自身が憑き物が落ちた様に解放されている。 また、「 世界のルールに従わざるを得ない」という本作の設定の一つからして、カオナシは「ハクや従業員を魔法で奴隷にしようとしていた 絵コンテより 」&「財を他者の為に使う事もせず、神々の疲れを癒す仕事とはいえ金の亡者に成り果て他者を欲のために苦しめていた」、そして、神であるハクを奴隷として苦しめ悪事を働かせたり、息子の事を見ているようで見えていなかった 湯婆婆に降りかかった「天罰」や「神罰」なのでは?などの声もある。 これらの悪しき結果に対し「神々の為」という罰当たりな言い訳を考えさせてしまいかねない意味でも、湯婆婆を踏み留まらせるための神罰および神々からの贈り物だとも考えられる。 同時に、当初は落ち込んでやる気をなくしていて、そして同じ人間の可能性がある 千尋だからこそ欲に駆られたり焦ったりせず、カオナシを最初から受け入れ、無下にしなかった千尋は、金ではなく本当に欲しかった物である、家族とハク つまりハクの名前 と自分の自由を手にする事ができた。 河の神様の苦団子やおしら様がエレベーターで隠してくれた事、千尋が最初に出会ったり傷付いたハク龍の姿を見た従業員がリンだった事、カオナシの来訪、ハクを操っていたすばやい虫を千尋が踏み潰した事、など あらゆる事が千尋やハク等の心正しい者達への救いだった、または 「成長する機会や改心する機会があればやり直せる者達」へのチャンスだったとも取れる。 それは同時に、 千尋一家の来訪も、神々の為に働くが魔法で縛られてきた油屋の面々や、自身を欲とエゴとコンプレックスで縛っていて、息子の本当の姿すら見えていなかった湯婆婆への神々からの贈り物だったのかもしれない。 事実、終盤では湯婆婆に意見をしたりブーイングする、千尋を応援するなど、従業員達にも多少の変化が見られていた それ以前からも、河の神様の砂金の没収に対して不満をもらすなどはあったが。 そうすると、一見天罰にも思える損をしている湯婆婆も、息子の成長、本当の息子と向き合う機会を与えられた、従業員との心の壁の消失と其による将来的な仕事の効率化、等々、やはり救われている事になり、宮崎監督の「本当の意味での悪人はいない」、つまり「やり直せる者へのチャンスは与えられる」といる事にも繋がる。 彼の言葉の意味について 実は彼の言葉にはある程度の法則がある。 つまり、言葉だけでもある程度カオナシが何を考えているのかある程度読み取ることが出来る。 この時仮面の表情も変わっている。 あ・・・ 物をあげるときに使うことが多い。 基本的に物を差し出しながら発する。 仮面の表情はどことなく笑顔。 え・・・ 断られるなどしてショックを受けているときに使うことが多い。 文字通り「え・・・」という意味である。 仮面の表情はどことなく落ち込んでいる。 その他 演じた中村は当時、日本テレビ系列『ズームイン!! SUPER』のインタビューに答えており、「うめき声しかセリフがなく、演じ分けるのに苦労した」と語った。 ちなみにCM前はモザイク代わりにカオナシの仮面で顔を隠されていたため、見様によっては 「流暢にしゃべるカオナシ」というかなりシュールな珍場面となった。 主要人物になるに当たり、初期のイメージは星の模様が付いたマントや体などがあしらわれ、髪も緑色で痩せたカオナシはややファンタジックなヒーロー調となっている。 宮崎駿が作詞したカオナシの歌がある。 歌詞は「さみしい」、「たべちゃいたいの」など、カオナシの欲っしても満たされない孤独な心を表現した少々おぞましいものとなっている。 の漫画『不安の立像』に仮面のないカオナシのような"影"が登場する。 アニメ『』に、 「」という不気味なを着けて本作のカオナシと似た特徴も有する ののようなが登場する。 pixivでは pixivにも多くのイラストが投稿されている。 そのなかには、などカオナシをに書いたイラストがあり、人気を集めている。 関連イラスト.

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【千と千尋の神隠し】釜爺のモデルの生き物は蜘蛛?正体や何者なのかについても

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千と千尋で思い出したけどハクって千尋とさよならしたあと湯婆婆に八つ裂きにされるんだよね トンネル出るの前に千尋が振り向きそうになった時に髪留めが光るのは銭婆が振り向かないように魔法をかけた時で 最後の千尋がトンネルを出て髪留めが光るのはハクの涙とかなんとかどっかに書いてあった — 池崎 ユキ ikemoai 千と千尋の神隠しの終わり方めっちゃ好き。 今までドタバタしてたのに、あっさりと日常世界へ帰る。 もうあの不思議な町にも、多分ハクにも会えないだろうけど、千尋は振り向かない(戻らない)。 あの寂しい感じが良い — はつみ 823hatumi823 後ろを振り向かない最後の別れで、手の感覚を視覚化しているよう — チャップ nonakatomki ハクが千尋に「絶対振り向いてはいけない」と最後の別れのシーンで告げ、そのまま現実世界を目指します。 途中で振り向きそうになりますが、銭婆がくれた髪飾りが光り、そのまま約束を守り、現実世界へ戻ることができ物語は終焉を迎えます。 ハクが千尋に告げた理由としては、• 千尋に元の世界で幸せに生きて欲しい。 振り返ると過去の自分に戻ってします。 この2点ではないかこ考察します。 千尋に元の世界で幸せに生きて欲しい。 ハクとの距離が縮まったことに、恋ともとられる感情が千尋の中にある状態です。 年齢的にも異性を好きになる時期でもあります。 その気持ちは人間ではなく、かつて川であったハクに向けられたものであり、抱き続けていては、千尋にとって良くないとハクが考えたのではないでしょうか。 また、坊がいなくなったことがわかった直後、ハクが湯婆婆に「戻ってきたときにはお前が八つ裂きにされる覚悟はあるのかい」と聞かれたとき、千尋を思う気持ちから「覚悟があります」と答えました。 よって、ハクは千尋を助けるために犠牲になる覚悟が出来ており、千尋にその結末を見て欲しくないと願ったことも考えられます。 いずれにせよ、千尋にとって幸せに生きてほしいという願いが込められていたと想うと感慨深いですね。 「また会える?」とハクに言った際「きっと」と答えています。 この事から自分の運命を悟ったハクはまた生まれ変わって千尋に出会えることを願ったのかもしれませんね。 決して嘘ではないと思います。 振り返ると過去の自分に戻ってしまう。 今作では千尋が少しずつ成長していくストーリです。 物語冒頭の千尋からは湯屋での出来事を乗り越え、格段に人間として大人へと成長しています。 振り返る=過去の自分に戻る。 のではないかと考察します。 最初にトンネルを抜けて来た時に戻ってしまうことが予想されます。 過去に囚われずに前を向いて歩けという意味にも捉える事ができます。 よって、湯屋で起きた出来事はあくまで成長するイベントのようなものであり、思い出として残す必要はないという事です。 元の世界に戻れなくなるという説もあります。 いわゆる「ダルマ説」です。 ダルマ説と理由を考察 千と千尋の神隠しで最後らへんのシーンでハクが振り向かないでって言ったのは振り向くとトンネル付近にあるダルマになっちゃうかららしい。 見てればわかる。 髪留めに助けられる — りょう。 千尋は振り向こうとしたが、振り向こうとした瞬間、銭婆からもらった髪留めが光り、そのおかげで踏みとどまった。 ダルマとは、トンネルの前にあった石像のダルマです。 なんと、最初はダルマはトンネルの方を向いており、出た際は車の方を向いています。 このダルマは実は意思を持っているのではないかと噂されています。 千尋のように迷い込んでしまった人間が現実世界に戻る際に、振り返ってしまいダルマの石像になってしまうという設定があるのではないかと話題です。 よって、千尋がいる方向へ向いているのではないでしょうか。 過去の自分に戻ってしまうよりも悲しいですね。 その事実をハクは知っており、(ダルマになることは知らない)助言したのだと思います。 よって、トンネルの先の世界から現実世界へ帰る時は、決して振り返ってはいけないのです。 また、油屋では湯婆婆に名前を取られてしまい、名前を奪われてしまいますよね。 その世界のものを食べないと姿が消えてしまうなど、そもそもの次元が違う世界になります。 思い出や記憶も含め、現実世界に戻るには熱量が必要だと思います。 なので、振り返ることの代償は大きいと考察します。 まとめ 今回は千と千尋の神隠しで、なぜ振り向いてはいけないのか考察しました。 最後のシーンも含め、素晴らしい作品ですよね。 せつないですが、最後のシーン・別れを乗り越えてさらに千尋は成長したのではないでしょうか。 様々な考察でが出来ますね。 「千と千尋の神隠し」関連記事.

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