ラジオ びん びん 物語。 教師びんびん物語

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ラジオ びん びん 物語

教師びんびん物語のとても印象的なセリフが思い出せません。 ライターは、矢島正雄さん。 主演は、田原俊彦ですが、 気になっている、思い出せないのは田原演じる徳川先生のセリフではなく、 一匹狼の萩原流行が田原俊彦に向かって放つセリフ、 「やさしさなんて言い訳じゃない。 子供のために熱心に行動する田原。 でも、こどものために良かれと思って行動しこどもに裏切られ、人生を挫折していった自分の恩師の姿を見てきた萩原は、冷たいセリフを吐く。 そういう感じでした。 気になっているいいセリフ。 だれか助けてください。 でも、いいセリフというのは心に残っています。 「だめな会社には、ふたつのタイプがある。 ひとつは頭のいい奴が喧嘩ばかりしている会社。 もうひとつは馬鹿がなかよくしている会社だ」 これなどは、ドラマの名前は忘れたけれど、肺腑をつくセリフとして憶えています。 ああ、こいつは何のドラマだったっけ。 よろしくお願いいたします。

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田原俊彦の『教師びんびん物語』パート3が幻に終わった理由|NEWSポストセブン

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解説 「ラジオびんびん物語」 87年 に続く「びんびんシリーズ」第2弾。 脚本・演出とも同じスタッフで制作された学園ドラマ。 「3年B組金八先生」 79-80年 の生徒役でデビューした田原俊彦が、27歳にして初の教師役にのぞんだ名作。 あらすじ 教員歴3年の徳川龍之介 田原 が銀座第一小学校に赴任してきた。 性格は単純、理想主義の熱血教師。 生徒数16名、5年1組の担任として大張り切り。 気掛かりなことは、大家に立ち退きを求められてから住む所が決まっていないことだった。 そこで龍之介は、4年の担任で超豪華マンションで一人暮らしをする榎本英樹 野村 のもとに、強引に居候を決めこむ。 晴れて? 住まいも決まり、教師職に専念しようとする龍之介と、生意気盛りでナイーブな年頃の子供たちとの心温まる日々が始まった。

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「榎本!」「センパ~イ」。 あのコンビが久々に共演する。 3月30日、『爆報!THE フライデー』(TBS系・19時~)で、田原俊彦と野村宏伸が再会。 野村が田原に自身の離婚を告白するようだ。 この2人といえば、1988年のドラマ『教師びんびん物語』(フジテレビ系)で、熱血教師・徳川龍之介(田原)と後輩教師・榎本英樹(野村)を演じ、その掛け合いも話題となった。 翌1989年4月から放送された『教師びんびん物語II』では、最終回で月9史上初となる視聴率30%越えを記録。 全13話の平均視聴率も26%で、歴史に残る名作となった。 「パート1よりもパート2のほうが視聴率の高いドラマは珍しい。 当然、パート3の話もありました。 実際、1990年4月から開始する予定で、キャストも決まっていたんです。 それまでと同様に、萩原流行、阿藤海(現・阿藤快)もブッキングされていた。 しかし、直前で野村宏伸が『僕は降りたい』と頑なに拒否したため、頓挫したんです」(当時を知るテレビ関係者) 野村はハマり役と絶賛されていたが、なぜ拒否したのだろうか。 「ドラマで『センパ~イ!』とナヨナヨしたイメージがついてしまい、街に出ると『榎本!』と執拗にからかわれたそうです。 それで嫌になってしまい、パート3は実現しなかった。 榎本のいない『びんびん』は、ありえないですからね」(同前) 代わりに、田原俊彦主演で『日本一のカッ飛び男』が放送されたが、視聴率は『教師びんびん物語』ほど奮わなかった。 その後、田原はジャニーズ事務所独立もあり、人気が下降。 もしも『教師びんびん物語III』が放送されていたら、どうなっていたのだろうか。

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