四国 88 カ所。 四国八十八箇所

新四国88カ所霊場

四国 88 カ所

四国八十八箇所とは、空海(弘法大師)ゆかりの霊所の総称で、四国に88箇所あることからそのように呼ばれています。 また、四国八十八箇所は『四国霊場』『八十八箇所』などと呼ばれる場合もあります。 さらに、これらの霊場を巡ることを、『四国遍路』『四国巡礼』といい、これを行っている人のことを『お遍路さん』と言います。 四国八十八箇所の歴史は古く、平安末期から修行僧らがこれらを修行の場としたり、88箇所をめぐったりしたのだと言います。 ただし、これらはあくまで修行僧の間でのことで、庶民に根付いたのはこの後といわれています。 庶民が四国八十八箇所を回るようになったのは、室町時代になってからで、その後江戸時代には庶民の間で、大ブームとなりました。 (現代のハワイ旅行のような感覚だったとも言われています) 四国八十八箇所 所在地マップ・地図 第一番札所 竺和山【じくわざん】霊山寺【りょうぜんじ】 高野山真言宗 ご本尊:釈迦如来 所在県:徳島県 住所 ::徳島県大麻町板東126 電話 :088-689-1111 本尊真言:のうまくさんまんだぼだなんばく ご詠歌:霊山の釈迦の御前にめぐりきてよろずの罪も消えうせにけり 礼所への行き方 電車::JR四国高徳線板東駅下一般800メートル バス::徳島バス、鳴門市営バス、大麻線『霊山寺前』下車100メートル 一般::県道12号線霊山寺前 高速:高松高速板野インターチェンジより3. 0km 前後の札所とその距離 <<<【約 3880m】>>>1霊山寺<<<【約 1400m】>>> 解説 奈良時代、天平年間(729年 - 749年)に聖武天皇の勅願により、行基によって開創された。 弘仁6年(815年)に空海(弘法大師)がここを訪れ21日間(三七日)留まって修行したという。 その際、天竺(インド)の霊鷲山で釈迦が仏法を説いている姿に似た様子を感得し天竺の霊山である霊鷲山を日本、すなわち和の国に移すとの意味から竺和山霊山寺と名付け第一番札所としたという。 本尊の釈迦如来は空海が刻んだもので左手に玉を持った坐像である。 室町時代には三好氏の庇護を受けており、七堂伽藍の並ぶ大寺院として阿波三大坊の一つであったが、天正年間(1673年 - 1693年)に長曽我部元親の兵火に焼かれた。 その後徳島藩主蜂須賀光隆によって再興されたが明治時代の出火でまた多くの建物を失った。 本堂と多宝塔以外は近年の再建である。 wikipedia.

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たった1日で巡れるお遍路:ミニ四国八十八ヶ所

四国 88 カ所

私たちの建築巡礼四国88カ所は弘法大師が修行し悟りを開いた足跡をたどる四国霊場88カ所にちなんで構想された。 人々は霊場を巡りつつ、今もこの四国の地で同行二人、大師と共に御堂の佇まいに心を癒し自然に包まれ安らぎそして精神的な力を得て、明日を生きるための活力としている。 驚かれるかもしれないが、このような霊場のもつ精神的な力は私たち建築家が生み出す建築作品にも宿っている。 明治時代の浄水場、入念に積まれた煉瓦の壁に、当時の人々の使命感が伝わってこないだろうか。 岬にそびえる灯台、風雨に耐えて建つ姿に、共感を覚え励まされないだろうか。 山間に佇む茶屋、使い込まれた造作に、神と自然と村人が集う生活を見ないだろうか。 コンクリート打放しの庁舎、見事に打たれた壁面に、建築家と技術者の英知と努力を感じないだろうか。 建築巡礼四国88カ所は、四国霊場88カ所巡りにちなんで、四国の建築作品を古いものも、新しいものも同じテーブルに乗せて、広く社会に問いかけ、建築というものに感心を持ってもらおう、また、四国に居るわれわれももう一度この地域の建築や風土的個性を見直してみようという考え方のもとにスタートした企画でした。 1995年12月、各県三人のメンバーにより構成された建築巡礼四国88カ所特別委員会が設けられ、作品の調査と拾い出しを始めました。 四国のすべての建築作品を対象としたわけですが、すでに文化財としての価値の定まっている江戸期以前の建築作品と、明治以降の近代・現代建築を、同基準で比較することは難しく、まず江戸期以前の文化財は「別格」として取り上げ、88カ所作品には含めないことにしました。 つまり近代以降の88作品を選ぶことになったわけです。 選考基準を定めた上で、各県毎に委員会メンバーを含めたJIAメンバーで作品の絞り込みを進め、1996年8月の委員会会議には各県から44作品、4県で合計176作品が集められました。 同年末、四国の中央にあたる徳島県池田町で1泊2日をかけて作品の内容確認と、さらなる絞り込みをおこないましたが、優れた作品が多く、最終的に88作品が決まるのは1997年4月の委員会会議となりました。 絞り込みの課程で、非常にユニークな建築作品や建築物、ランドスセープ等が見出され、88作品におさまりきらないこれらの「おもしろ建築」は「番外」として取上げることとしました。 また88作品は、竣工から5年以上経過し、ほぼ評価が定着した作品に限ったため、1992年以降に竣工した作品は取上げていないのですが、特に全国的な評価を受けた優れた作品については「別枠」として取上げました。 今回の選考で、特に明治以降昭和戦前の間につくられたすぐれた建築作品が見出されましたが、88作品を取上げるという制約上、多くを落とさざるをえなかったのは残念です。 今後何等かの形でまとめておくことが必要かと思います。 資料収集の過程でご協力をいただきました、各県及び市町村の教育委員会をはじめ多くの団体や個人の皆さんに感謝します。 「建築巡礼四国88カ所」という名称は他の地域でも「建築巡礼」が企画されることを期待して名付けたものです。 日本各地に建築巡礼の輪が広がるのを期待しています。

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松山市中心部にある四国八十八カ所のお寺(3か所)

四国 88 カ所

)からメールが来た。 四国堰堤88箇所巡礼については、、四国88箇所の堰堤(と番外別院堰堤をあわせて合計108の札所)の巡礼キャンペーンで、各ダムに備え付けのダム印を押しながら巡礼をして、完走者には称号の認定証を授与するというユニークな試み。 ところが各ダムにダム印を置いてもらうのに手間取って、これまで本格スタートが延び延びになっていた。 それがこのたび準備が整ったようで、メールには「長らくお待たせしておりました。 」とある。 面白い内容のメールなので、一部を以下に紹介します。 皆さん、元気を出してチャレンジしましょう! ---------メールの一部を紹介---------- 結局、ダムの取材に5カ月 そのあとの判子取り付け ・・・というより各ダムの管理者さんとのやりとりに6カ月を要し その途上でバイクで転倒して足を骨折したりして(笑) ようやく発表までこぎつけました。 判子は全ダムに設置済 また全ダムの管理者様にはご説明と了解を得ております。 業界外なので管理者様とのやりとりが一番大変でした。 ダムによっては、最初はまずとりあって頂けず 仕方がないので現場まで、アポをとってお会いしに行って御説明し 「田舎のしきたり」に従って了解を得てまいりました。 酒蔵88の際にすべての酒蔵にかけあった経験がありますので 田舎の筋のとおしかたが三顧の礼しかないことは 身体でわかっておりましたので役に立ちましたが 先方は土日休みで私は平日は仕事ですので時間のやりくりに苦労し 一日600キロ走破とかたいへんでした。 しかし粘った甲斐があって、地整局や電力会社や農政局や水利組合のおじさんやらの内々の縦割りの垣根を飛び越えた、 一般人の目線からの88箇所ができてよかったと思います。 おかげさまでこんな酔狂な企画に 国土交通省四国運輸局観光地域振興課様が 「四国の観光に役立つ」と後援についてくれました。 ありがとうございました。 もうどこに出してもおかしくない事業です。 ・・・というより、そうなるように頑張ります。 25、Jny) 【 関連する 「このごろ」「テーマページ」】 (四国堰堤ダム88箇所巡り) [こ] [こ] [こ] ご意見、ご感想などがございましたら、 までお願いします。

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