キングギドラ 公開 処刑 歌詞。 キングギドラの「公開処刑」の歌詞の内容について

阿婆擦れ / Creepy Nuts

キングギドラ 公開 処刑 歌詞

Dragon AshのKJこと降谷建志を「金魚のフン」「モノマネ」「すれ違えばペコペコしやがって」などとDisったZEEBRAが再び怒りを露わにしている。 どうやら今もKJのことを許していないようだ。 2002年に話題になった曲「公開処刑」は10年の時を経てもファンたちに強烈なインパクトを残しており、ZEEBRAがKJを攻撃対象とした理由について色々と騒がれている。 主要な理由は1999年の「Summer Tribe」でKJがZEEBRAの歌い方を真似したことだろう。 このことについてKJは尊敬しているうちに似てしまったと自らの非を認めており、反撃のアンサーソングを返すことはなかった。 この謙虚な対応と「Dragon Ashのほうが売れている」という事実はZEEBRAにとって向かい風となった。 なんと周囲はZEEBRAのほうを叩き始めたのだ。 今回のZEEBRAの投稿に対しても反論が相次ぐ。 その中の一つで最も説得力があったのはCDの売上枚数の比較だ。 こうして比較してみればDragon Ashのほうが圧倒的に売れているということが分かる。 本来であればパクられたことを正々堂々と批判したZEEBRAは一切悪くないのだが、なぜか周囲はKJの味方。 ブランドイメージの差だろうか。 売上枚数について指摘されたZEEBRAはこう反論した。 偽物のほうが売れるというのはどういう論理に基づいているのだろうか。 確かにブランド品の偽物は価格が安く設定されるのでそちらのほうが売れるということはあり得る。 だが、アーティストにとってその論理は成り立たないのではないだろうか。 むしろZEEBRAのほうが偽物でDragon Ashのほうが本物。 みんながそう考えており、その結果が売上枚数の数値として表れていると考えられる。 その後の口論。 売れないアーティストは必ず「金のためにやってるんじゃない」「ファンに届けばいい」「枚数なんて関係ない」「数字に惑わされるな」などと言い訳を始める。 確かにニッチな分野を攻めるならその主張も成り立つだろう。 ただ、今回のZEEBRAの「偽物のほうが売れやすい」という言葉は負け惜しみにしか聞こえなかった。 ZEEBRAがDragon AshのKJ(降谷建志)を「パクリ」「金魚のフン」と公開処刑したことを踏まえて…。 つーかBOYKENが暴露してたけどビジネスで話題作りしたかっただけだろ。 ギドラとその取り巻き共は自分らのあってないような安いプライドと才能のなさと不甲斐なさを棚上げしてとんでもない事をしたよな。 その十字架一生背負えよ。 オワコンジブラ kjに情けかけられてんのにあんたって人は残念やな ジブラが日本のヒップホップ界に影響与えたのは事実かもしれんけど、別に先駆者でも唯一無二でもない、証言で脚光浴びたように公開処刑でkjを利用しただけやな。 つかそーゆーやり方しかないのかよヒップホップって笑 リップもキックもリスナーに近づいた結果HIP-POPになったけど、J-HIPHOPより遥かに耳障りのいいラップを聴かせてくれると思う。 それにR-指定はKREVAみたいになりたいなるって言ってたのはジブラ許せんの?メジャーデビューおめでとー笑 まとめ、スタイルの多様性を表現して日本の音楽業界に影響を与えたのは紛れもなくdragon ashじゃない? は? これ書いた人はあの時代に生きてなかったのかな? 当時高校生だったけどDragon Ashがzeebra と組む前からzeebra が有名なラッパーって大半は認識してたはず。 今とラッパーへの影響で違うし。 アングラ感がまだあって個人的にはzeebra ファンじゃなかったけど影響力はすごかったと思う。 ashもみんな好きだったけどパクってるな〜wwってはみんな思ってた。 お互いの人気が少し落ち着いた頃にdisり騒動があった気がする。 周りはあ〜〜やっぱねwwって感じだった。 だってパクリ過ぎてたもん。 誰が見てもわかる。 だからあのあとポップ感強いケツメリップとかは好き嫌い分かれたと思う。 自分的にはあの時期らへんからポップ感強いのちょっと苦手になって今出てるラッパーはもう二番煎じにしか見えないから受け付けない。 すごい人達がいすぎた。 kjをラッパーとして本物ってのは何言ってんの?って感じ。 何も分かってないし時代背景も知らない。 売上だけで比べるならこんな記事書かないでよ。 ちゃんと下調べしてから書いて? あまりにも失礼だよ。 匿名 日本語ラップなんて昔から排他的な集団でしょ。 DA PUMPがちょっとラップを取り入れただけで「ラップすんじゃねー」とDIS KJのみならず関係ないRIPやKICKまでDISして、メジャーの奴らはダサイとリスナーに強く印象づけた。 自分達は本当は金持ちのお坊ちゃまのくせに、嘘ついて不良を演じて大勢の不良に媚びを売ってイメージダウンに貢献。 物真似大嫌いなZEEBRAさんが面倒見てる若手もStuey Rockの「For Me」をクレジット詐称してそのまま無断使用してるし、ドミノピザの商標やドラゴンボールの商標も無断でパクってるよね。 なのに何もDISしないのは虫がよすぎるよ。 ここまで好き勝手に暴言吐いたり空気を乱してきたのに身内はスルー?筋が通ってないよ。 匿名 日本の音楽シーンで「俺は東京生まれHIPHOP育ち」は日本一有名なリリックである事には変わりない そんでDAPUMPのケンとかああいう所にまで波及するような「ラップとはダミ声にして手をフレミングにしてブンブンふるもの」「ヨーチェケラ」「チェケラッチョ」 そういう表層的なラッパーイメージはZEEBRA一人で作ったと言える それの良し悪しはもちろんあるだろうし、今となっては悪しき印象の人も多いだろうけど、新しい文化を日本中に周知した功労者である事には違いない そんであの事に関しては降谷がカッコよくてカリスマ性もあったから、ZEEBRAの要素を丸ごと真似して持って行かれた事に死ぬ程腹立ったんだと思う 野を駆けるシマウマに憧れてたウサギを可愛がってたら、いつの間にか翼を持ったペガサスに化けた事 自分のスタイルなのに横取りされた途端、全部持って行かれた 「ふざけんな!それは俺のだ置いていけ!」っていうのはまぁZEEBRAの気持ち考えたらよく理解できる話だ.

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そろそろZeebraを赦そう

キングギドラ 公開 処刑 歌詞

ZEEBRAはキングギドラの「公開処刑」という曲の中でKJをDisしていると言う事です。 処刑とは彼がKjを持ち歌(公開処刑)の中でDISしたことですが、これもある意味ではその表れかもしれません。 本場アメリカでは、DISにより互いのスキルを磨くという概念がありますから、日本にもその文化を根付かせようとしたんでしょう。 しかしKjはZEEBRAへのリスペクトという意味で、アンサー(DISで返すこと)はしませんでした。 もともとDISに至ったのも、KjがZEEBRAを尊敬するあまり声・振舞いなどを真似てしまったことに原因がありましたので。 しかし、Kjは決してZEEBRAの「曲」までを真似たわけではありませんよ。 よく誤解されるので念のため。 よくZEEBRAとDMXをかぶせるヒトがいますが、 昔はDMXもしゃがれ声じゃなかったって、知っているのでしょうか… 売れるためにだみ声にしました。 あと、歌詞掲載は著作権違反です。 もともとKJが好きでGreatfuldaysで競演。 ZEEBRAは乗り気でなかった物の、KJは友達になったつもりで、 フロウやリリックを真似していったのです。 それでZEEBRAから突っ込みが入った。 当時Dragon Ashは売れていて、ZEEBRAの真似をした Summer Tribeなどを出していた(自主的にアルバムから削除)。 それをやめろと言われて、彼は曲を作れなくなったのです。 昔は良い曲書いてたのに、一度真似すると元には戻れないみたいで。 最近ようやく曲を出していますね。

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公開処刑 www.m6mobile.fr

キングギドラ 公開 処刑 歌詞

タイトルは釣りです。 許すというより、謝ろうという内容です。 はののひとりで、功労者であることは間違いありません。 しかし、私はがのメジャー化(一般化)を阻んだ戦犯だとも思っています。 私もこのライブ放送録画しましたが、VHSなので見ることができない) 「俺は東京生まれ育ち 悪そうなヤツはだいたい友達」。 これは、史上最大のです。 『DA. 』『』など、で売れた楽曲はいくつかありますが、世間に認知されている歌詞としてはこの曲のこの部分が一番でしょう。 これはもちろん当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったが出した楽曲だから売れたわけですが、世間の印象はこちらのリリックの部分の方が印象に残っているでしょう。 この曲はの楽曲で、はフィーチャリングゲストです。 なのに本家のKjよりも印象的なをぶち込むは、作詞家・コピーライターとしても一流なのです。 この共演がきっかけではブレイク。 翌年出したアルバムは3位に入りました。 しかし。 この頃のシングル・アルバムの内容が「クソなゲットーから抜け出す、マイク1本でメイクマネー、オレがNo. 1」といった、「ワル・カネ・成功・自己顕示欲・地元」にまつわる楽曲が多かったため、こういう音楽・リリック・ファッションがだ、というイメージが世間に定着しました。 これが私の思うの罪です。 罪とは言葉がきついですが、本エントリではこの言葉を使わせてください。 こういう言動・ファッションをカッコいいと思う人たちもたくさんいるでしょうが、逆に「ダサい・恥ずかしい」と思う人もいるでしょう。 私は後者です。 ヤンキー文化と合わさって、は悪い、そして頭の悪いイメージが世間に広まってしまいました。 このせいで、はメジャー化(一般化)しなかったと思っています。 しかし、最近考えを改めました。 のに対する態度(ファッション・リリック)は、間違いなくの要素であり、そして魅力の一側面です。 日本に「とはこういうものだ」と紹介してくれたは確かに功労者なのです。 におけるなのです。 問題は、こういった要素はの魅力の一つではありますが、それだけではないということ。 もっと自由で楽しい、そして知的なでもあるの魅力が伝わらなかったということです。 そしてこれはのせいではありません。 は「悪くてカッコいい」という側面は伝えてくれました。 しかし、それ以外の魅力を伝える人たちがいなかったことが問題なのです。 なので、は悪くない。 批判してごめんなさい。 90年代末、は『陽はまたのぼりくりかえす』のヒットをきっかけにブレイクしました。 『陽はまた~』で導入したラップがウケたわけですが、この当時は韻もフローも甘くて、今聴くとラップとしてはとても低いレベルです。 それでもこの新しい表現方法に若者は熱狂し、Kj(当時は)はカリスマになりました。 その後『Under Age's Song』『Let yourself go,Let myself go』とシングルを出すにつれてラップは上手くなってきて、『Grateful Days』でついに1位を獲得しました。 が天下を取った瞬間です。 これは前述のようにの力も大きいわけです。 ラップ・が何たるかも知らない若造に対して、は先達としての教えを与えました。 才能ある若者はどんどん吸収し、ラップを進歩させていきました。 そして『Summer Tribe』のシングルで、の逆鱗に触れます。 声やフローがに似過ぎているということで、『』という曲で「声パクリ そしてフローパクリ ステージでの振る舞いも超パクリ」と思いっきりディスされました。 このディスを受けて、は沈黙します。 発売予定だったシングルは延期未定になり、メンバーが土下座しているポスターが街中に貼られました。 (ネットで見つけた画像。 その後ラテン期を経て再びミクスチャーロックに回帰しましたが、ラップはミクスチャーロックの要素の一つでしかなく、をメインにした音楽性に戻ることはありませんでした。 日本にが根付くかと思われたのブレイクは、のディスによりバブルのように弾けてしまいました。 そして今、世間に知られているレベルのミュージシャンは、くらい。 (個人的にはも入れたいですが、世間には知られていないですよね…) この千載一遇のチャンスをが潰した、と思っていたのです。 しかし、そもそもにおけるディスとそれに対するアンサー、これら一連のと呼ばれる諍いは、の様式美です。 これらも含めてなのです。 ディスられたらアンサーで返す。 プロレスと同じで、技を掛けられたら受けて、そして技をやり返す。 だって100%の憎悪であの曲を書いたとは思っていません。 ちょっとイラっとしたからディス曲を作った、くらいに思っています。 話題づくりも含めて。 なので、やられたKjはそれを受けてで返すべきだったのです。 の新曲として出すと反響が大きすぎるので、Kj個人として動画でのアンサーでもよいので、何かアクションを起こすべきだったのです。 それを、ただ真に受けてただ傷ついて部屋の隅で膝を抱えていた(あくまで想像)のでは、のプロレスは成り立たないのです。 ここでシャレた返しができていればはさらに盛り上がり、ディスやについての理解も深まり、という文化がより深く浸透していったかもしれないのです。 にしてみたら「よし、いっちょてやるぜ」くらいのつもりだったのに、Kjのあまりのへこみっぷりに「え?マジで傷ついてんの?これはっていうゲームなんだけど」と肩すかしをくらった感があるかもしれません。 そう思えば、文化の芽を潰したのはだったという言い方すらできます。 また、この時期は『Life goes on』のパクリ疑惑もあったので、Kjがへこんだのはのせいだけじゃないし。 なので、は悪くない。 批判してごめんなさい。 はラップ上手いのです。 世間的なイメージの「オレがNo. 1」みたいなイケイケの曲だけでなく、メロウでスムースなラップもいける。 その辺がもっと上手く伝われば、世間のイメージも変わったかもしれないのにな。 時計の針は戻せない。 今さらたらればを言っても仕方ない。 私たちにできることは、いいを世間にプッシュし、に対する世間の誤解を解いていくことです。 というわけで、の次のアルバムを推しましょう!.

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