チェ 28 歳 の 革命。 チェ 28歳の革命はつまらない!感想とネタバレ

映画「チェ28歳の革命」あらすじ(ネタバレ)感想と評価

チェ 28 歳 の 革命

全編の上映時間が4時間30分に及ぶため、によるをと共に倒すまでを描いた『 チェ 28歳の革命』 The Argentine と、での敗北と処刑までを描いた『 チェ 39歳 別れの手紙』 Guerrila の二部作に分けられている。 概要 [ ] をが、主役のチェ・ゲバラ役をが務めた。 は本作の共同プロデューサーでもある。 、で初上映され、作品がにノミネート、主演のデル・トロがを受賞した。 は、2009年度スペイン版アカデミー賞(『ゴヤ賞』)の最優秀主演男優賞を受賞した。 なおデル・トロは、アメリカ領で育ったこともあって、幼い頃からチェ・ゲバラは「悪者」だという認識を抱いていた が、『』(1989年)のロケでに行った時に偶然ゲバラの書簡集を読み、深い感銘を受けた。 以降は認識を改め、ゲバラの人生に強く興味を持ったという。 撮影前には、ゲバラの著書を読んだり、ゲバラの2番目の妻 ()やアルゼンチン在住の弟や妹などと会い、革命活動以外のゲバラの素顔を知った。 更に自らへ赴き、関係者への証言を得るなど、7年を費やして 、徹底的にゲバラを研究し尽くした。 キューバを訪れた際には、と5分間だけ面会できたと言う。 ゲバラに関するリサーチは、ゲバラの日記、ボリビア滞在時に書いたメモ、果てはニューヨークへ行く際にが作成していた(機密指定が解かれたもの)にまで及んだ。 撮影は5月から開始され 、デル・トロは撮影に際し、25kgの減量をして 、ゲバラになり切った。 デル・トロは共同プロデューサーのローラ・ビックフォードと共に、キューバ革命とボリビアでゲバラと共闘し、生き残っている ()、ウルバノ(レオナルド・タマヨ・ヌニャス)、ベニグノ(ダリエル・アラルコン・ラミレス)ら3名と会った。 彼ら3人に個々に話を聞き、ポンボとベニグノはキューバとボリビアでの体験を語ってくれた。 ウルバノはでの撮影アドバイザーを務め、どのように銃を構えていたか、など俳優たちの細かい相談に乗った。 本作のコンサルタントを務めているのは、最も代表的なチェ・ゲバラの伝記で、世界の多くの国で翻訳・出版されている 『Che:A Revolutionary Life』の著者である ()である。 彼の製作スタッフインタビュー『チェの伝記著者が語る、ボリビア戦争の真実』は、『チェ2部作 コレクターズエディション』の映像特典中に収録されている。 ストーリー [ ] 『 チェ 28歳の革命』 1964年5月。 革命後のの要人として、首都で女性インタビュアーの取材を受ける。 過去の様々な場面を回想しながら、物語は進んでいく。 1955年7月、キューバ人の革命家は、亡命先ので密かに同志を募っていた。 はの独裁政権に支配され、貧富の差は広がるばかりだったのだ。 の青年医者は、カストロの言葉に共鳴し、翌年、カストロと共にに密航した。 1964年12月の。 ゲバラはキューバ主席としての総会で演説するために渡米した。 このの訪問と、7年前の1957年のでのゲリラ活動が交互に語られて行く。 1957年3月、の発作に苦しみながら、キューバのジャングルを進む戦闘服のゲバラ。 反乱軍の仲間からは、すでに「チェ」と愛称で呼ばれているが、彼はまだ任務をうまくこなすことが出来ない。 外国人である引け目が遠慮を生んでいるのだ。 同5月、率いる反乱軍は政府軍の兵営を襲って、その力を見せつけた。 6月の戦闘では、ゲバラは志願して本隊から離れ、治療が必要な負傷兵たちを引き受けて危険地帯に潜伏した。 この時の困難な負傷兵の移送作戦で、真の戦士に成長したと語るゲバラ。 1964年のニューヨークでテレビに出演し、支持者のパーティーに出席して、キューバの立場を語るゲバラ。 交互に語られる1957年のゲバラ達は、戦いを続けている。 は革命後の臨時政府の方針を創案し、都市の活動家たちと協定を交わした。 たちは内心では、都市で起こっている「による政権崩壊」の運動を軽んじていたが、目指すところは同じなのだ。 ゲバラの指揮官としての能力は高かった。 しかし、カストロはゲバラに新兵のための訓練キャンプを任せた。 カストロはゲバラを革命後に必要な人材と考え、その命を惜しんだのだ。 それは降格人事だったが、ゲバラは受け入れた。 1958年5月、はキューバで活動する複数の反乱軍の総司令官に任命された。 都市でのが鎮圧され、個々の武装勢力は結束する必要を痛感したのだ。 1964年のゲバラは国連本部での演説を成功させ、が率いる陣営の支持を求めた。 1958年のキューバでは、反乱軍同士の勢力争いが表面化していた。 カストロが率いるゲリラ部隊は「 M-26-7 」という名称だったが、その政策の核であるに反対する者も多かった。 は反乱軍の意思統一を急ぎ、ゲバラを軍の全勢力をまとめる司令官に任命した。 山岳部が主だったゲリラ戦は、ラス・ビリャス州の都市部へと移行した。 市民はゲリラを歓迎し、主要都市が次々と制圧されて反乱の動きは加速していった。 左腕を骨折したゲバラには、アレイダという女性兵士が付き従うようになった。 独裁者は、最後に残った都市に政府軍を集結させた。 そこを落とせば首都は目の前だ。 ゲバラは援軍を待たずに市内に進軍し、ラジオで市民に共闘を呼び掛けた。 政府軍は市民の住む町への空爆を強行し、激戦が続く中、軍や警察からは降伏する者が出始めた。 の司令官は逃亡を図り、ついにバティスタが国外へ亡命した。 1959年1月2日に、ゲバラは首都ハバナに向け最後の進軍を開始した。 25ヶ月に及ぶ戦いには勝利したが、革命はこれからだった。 政府軍を完全に制圧し、クーデターの芽を潰さなければならない。 そしてゲバラの夢は、中南米に革命を広げることなのだった。 『 チェ 39歳 別れの手紙』 1965年の。 の中央委員会にの姿はなかった。 委員長のは市民に対して、彼宛のゲバラの手紙を公開した。 ゲバラは党の幹部の地位を捨て、貧しい人々が搾取され続ける国々での国際的な革命闘争を目指して、まずアフリカへ渡っていたのだ。 一年後の1966年11月、変装したゲバラは、の妻子に別れを告げて 、南米中央部のに入国した。 キューバ人の仲間や現地の同志と合流し、辺鄙な土地に新兵の訓練キャンプを設営するゲバラ。 だが、は武装闘争に消極的だった。 年が明けて1967年、のカストロはゲバラの消息を探り、支援物資を届ける努力を続けていた。 ラモンという偽名で戦闘を続けるゲバラは、貧しい農民の子を治療し、親たちに協力を求めた。 だが、農民たちは外国人の多いゲリラ部隊を信用しなかった。 ボリビア軍はゲリラが農民を奴隷にすると言い触らしていたのだ。 アメリカ寄りのボリビア政府は、カストロがでもを起こすのではと案じていた。 官僚たちはゲバラがまだアフリカのにいると思っていたが、アメリカ軍はボリビアの特殊部隊の訓練を買って出た。 彼らは、人気のある「英雄ゲバラ」がに支持されることを恐れたのだ。 ゲバラは、自分とキューバ人ゲリラの存在を秘密にしていた。 だが、捕虜から情報が漏れて、ゲバラの存在は政府軍の知るところとなった。 シグロ・ベインテ炭鉱でが計画されると、政府はゲリラ部隊と鉱夫たちの共闘を防ぐために、鉱夫たちを虐殺した。 ボリビア人民解放軍と名乗って戦闘を続けるゲバラ達。 だが、新兵が補充できず、戦闘のたびに兵士の数は減って行った。 ゲバラがボリビアに入って280日目には、ゲバラ自身の体調も悪化していた。 を患っているゲバラは、薬を切らしてしまったのだ。 合流するはずだった別働部隊も、農民の裏切りで政府軍に待ち伏せされ、全滅した。 フェルナンドという偽名で部隊を率いるゲバラを、ボリビア政府軍が追い詰めて行った。 ゲバラがボリビアに入って340日目、ユロ渓谷の戦闘で、ついにゲバラは捕虜となった。 は、ゲバラを連行することなく現地での銃殺を命じ、刑は翌日に執行された。 1967年10月9日のことだった。 キャスト [ ] 役名 俳優 日本語吹替 () () () ベニグノ(ダリエル・アラルコン・ラミレス) インティ(ギド・ペレド・レイゲ) クリスティアン・メルカド () イスラエル・パルド ロヘリオ・アセベド マリオ・モンヘ ウルバノ(レオナルド・タマヨ・ヌニャス) カリ・メンデス シュワルツ神父 通訳 上映 [ ] での上映後、ソダーバーグはそれぞれのフィルムから5分から7分のシーンをカットした。 その後、第46回 、第33回でも15分の休憩を挟んで上映された。 2008年、のフェスティバルの一環としてで行われたロサンゼルス・プレミアでは、チケットが完売した。 チェ・ゲバラの故郷・でも2008年11月に上映されたが、では、チェに扮したデル・トロの巨大なポスターがそこかしこに貼られた。 2008年12月、の首都・で行われる第30回新ラテンアメリカ国際映画祭、通称ハバナ映画祭 で、ヤラ映画館(12月6日)とカール・マルクス劇場(12月7日)の両日、2作とも上映されている。 キューバのによると、キューバとの交易を断っているがキューバでの撮影許可を下ろさなかったために、撮影はスペインやボリビアで行われたという。 日本公開に際しては、のが「ゲバラのいない時代は不幸だ。 だがゲバラの存在が必要な現代の方が、ずっと不幸だ」と「賛辞」を寄せた。 ソフト化 [ ] 日本では2009年6月12日にブルーレイ、DVDが発売。 チェ ダブルパック(DVD2枚組・2010年1月末までの期間限定生産)• ディスク1:「チェ 28歳の革命」本編DVD• 映像特典• 予告編• ディスク2:「チェ 39歳 別れの手紙」本編DVD• 映像特典• 予告編• アウターケース付き2枚組トールケース仕様• チェ コレクターズ・エディション(DVD3枚組・初回限定生産)• ディスク1:「チェ 28歳の革命」本編DVD(ダブルパック版と同様)• ディスク2:「チェ 39歳 別れの手紙」本編DVD(ダブルパック版と同様)• ディスク3:特典DVD• リアルな伝記映画について• なぜ、今「チェ」なのか? Promotion Tour in Japan• 舞台挨拶• ベニチオ・デル・トロ インタビュー• 製作スタッフインタビュー• 2つの映画に違いを出すための工夫(衣装:サビーヌ・デグレ)• 「チェ」の著者が語るボリビア戦争の真実(コンサルタント:ジョン・リー・アンダーソン チェ・ゲバラの伝記の著者 )• 主要キャストが語る、役作りとその素顔• デミアン・ビチル(フィデル・カストロ役)• カタリーナ・サンディノ・モレノ(アレイダ・マルチ役)• ロドリゴ・サントロ(ラウル・カストロ役)• 封入特典• 監修豪華ブックレット(52P)• 特製アウターケース付きデジパック仕様• チェ コレクターズ・エディション ブルーレイ(2枚組・初回限定生産)• ディスク1:「チェ 28歳の革命」本編BD• 映像特典• 製作スタッフインタビュー• 「チェ」の著者が語るボリビア戦争の真実(コンサルタント:ジョン・リー・アンダーソン チェ・ゲバラの伝記の著者 )• 2つの映画に違いを出すための工夫(衣装:サビーヌ・デグレ)• 主要キャストが語る、役作りとその素顔• デミアン・ビチル(フィデル・カストロ役)• カタリーナ・サンディノ・モレノ(アレイダ・マルチ役)• ロドリゴ・サントロ(ラウル・カストロ役)• ディスク2:「チェ 39歳 別れの手紙」本編BD• 映像特典• なぜ、今「チェ」なのか? リアルな伝記映画について• Promotion Tour in Japan• 舞台挨拶• ベニチオ・デル・トロ インタビュー• 封入特典• 戸井十月監修豪華ブックレット(52P)• 特製アウターケース付き2枚組ブラックブルーレイケース仕様 関連映画 [ ]• 『』(1969年)• 主演:• ほぼ同時期のゲバラを描いた• 『』(2004年)• 主演:• 自伝『チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記』をもとに若き日のゲバラを描いた 脚注 [ ]• 2008年5月26日. 2008年11月25日閲覧。 2009年2月2日. 2009年2月2日閲覧。 : pp. 104. 2008年8月• 『SPA! 』2009年1月7日号掲載インタビュー『ゲバラを撮ることで、僕らも成長した。 ソダーバーグ&デルトロ インタビュー』より• Backstage, November 19 2008• 2008年10月27日. 2008年11月25日閲覧。 Festival de Cannes program. 2008年. 2008年9月6日閲覧。 2006年11月6日. 2008年11月25日閲覧。 2008年10月9日. 2008年11月25日閲覧。 カストロは、革命の初期には社会主義者ではなかった。 を参照のこと。 1959年にゲバラはアルゼンチンのイルダ・ガデアと離婚し、アレイダ・マルチ・デ・ラ・トーレと再婚した。 1959年に再婚したゲバラは、アレイダ・マルチ・デ・ラ・トーレとの間に4児を儲けた。 2008年7月31日. 2008年7月31日閲覧。 2008年9月30日. 2008年11月25日閲覧。 2008年8月13日. 2008年8月14日閲覧。 2008年10月13日. 2008年11月2日閲覧。 - DIGITAL Granma International December 6, 2008 at the first Havana premiere of Che at the Yara Theater• 「チェ・ゲバラ描いたソダーバーグ監督の映画、キューバで絶賛」(CNN. jp 2008年12月13日)• ブレヒトの戯曲『ガリレオ・ガリレイの生涯』に出て来る台詞にちなむ。 (スペイン語) - (英語)• - (英語)• - (英語)• - (英語)• - (英語).

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チェ 28歳の革命 (2008)

チェ 28 歳 の 革命

映画「チェ 28歳の革命」 キューバ革命の指導者となったチェ・ゲバラの伝記的な映画。 監督はスティーヴン・ソダーバーグ、2部作で、この映画は第1部に当たります。 私はチェ・ゲバラについても、キューバ革命についても、詳しく知らなかったのですが、前回の記事で取り上げた「モーターサイクル・ダイアリーズ」、そしてこの2部作を観て、すっかりチェ・ゲバラの人柄と人生に魅せられてしまいました…。 あらすじ、感想と評価 *ネタバレ注意 この映画では、ゲバラがフィデル・カストロと出会い、キューバ革命に参加して貧しい民衆たちのために闘う姿が描かれています。 キューバ革命の背景についての詳しい説明はなく、事実に沿ってリアルなドキュメンタリー・タッチで進行していきます。 予備知識がないと筋を追うのがちょっと大変かも。 チェ・ゲバラが若い青年だった頃を描いた作品「モーターサイクル・ダイアリーズ」を先に観ておくと、彼らの理想を理解しやすいかもしれません。 「モーターサイクル・ダイアリーズ」では、チェ・ゲバラが23歳の医学生だった頃に、南米大陸の一万キロを縦断する旅が描かれています。 その旅が彼の原点となり、南米大陸で出会った貧しい民衆たちを救いたいという思いが、彼を後に革命家へと導くことになりました。 キューバの独裁政権(バティスタ政権)を倒し、圧政に苦しむ人々を救うために、チェ・ゲバラはカストロの右腕として革命に参加します。 この「チェ 28歳の革命」ではその革命の闘争が描かれています。 山の中や市街地で展開されるゲリラ戦は、臨場感があってすごく迫力がありました。 ひとりひとりの闘士の視線から戦闘が描かれているカメラワークが、まるで自分もその場に参加しているかのような、息づまる緊張感がありました。 特に山の中では、彼らの潜んでいる草や土のにおいまで伝わってくるようです。 観ているこちらも革命闘争に巻き込まれていくかのような力のある作品だと思います。 いつ死ぬかもわからない戦闘。 それに参加する闘士たちの熱い目が印象的でした。 チェ・ゲバラだけでなく、ひとりひとりの闘う姿が丁寧に描かれているのが良かった。 「平等社会を実現させる」という理想のために、命をかけて共に闘う姿に感動させられました。 個人よりも社会の幸福に重きを置き、貧しい民衆を救い、全ての人が平等である社会を実現させようとするー チェ・ゲバラの信念はぶれずにはっきりしていて、誠実に人と向き合い、理想社会を実現しようと全力を尽くす。 そんな彼の言葉に人々が共鳴し、どんどん仲間が増えていき、革命が国中に広がっていく。 その様子を観ていて、背筋がゾクゾクしました。 チェ・ゲバラは子どもの頃からアレルギー体質で、ぜんそく持ちだったのですね。 それなのに過酷なゲリラ戦を指導して闘い抜いた。 本当にすごい人です。 かっこいい… ゲバラを演じているのはベニチオ・デル・トロ。 当時40前後の彼が28歳のゲバラを演じるのはなんだかな、と思っていましたが、「なりきり演技」がすごく板についていて、観ているうちに違和感はなくなりました。 彼の表情や目線、仕草での細やかな表現がすばらしかったです。 この「28歳の革命」を観た後、すぐに続編が観たくなり、二日続けて鑑賞しました。 すっかりゲバラに夢中になってしまった週末となりました。 Hulu で現在配信されています。

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★チェ 28歳の革命(2008)★

チェ 28 歳 の 革命

レタントンローヤル館にお出で頂き有難うございます。 今日ご紹介する映画は「チェ 28歳の革命」 2008 です。 監督はスティーブン・ソダバーグです。 この映画を鑑賞しながら、その昔リチャード・フライシャー監督作品「ゲバラ! 」 1969 と「モーターサイクル・ダイヤリーズ」 2004 を思い出した。 若いゲバラを描いた「モーター・・」はさておいて、「ゲバラ! 」はオマー・シャリフがゲバラを演じて、英語を話すという代物で大した映画ではないと記憶しています。 対して、この映画は素晴らしい。 ベニチオ・デル・トロがチェを演じて、全編スペイン語を喋りまくる。 「ソラリス」も悪くなかったが、やはりソダバーグ監督はこういえ映画で本領発揮していると思います。 1956年、小さなプレジャーボート「グランマ号」に同志82名と共にメキシコを出発、キューバに向かう。 山中に隠れながら政府軍と対決し、他の部隊と共闘、サンタ・クララの戦い迄を描いているが、途中、ハバナでのインタービュー、64年の国連総会の有名な演説「祖国か、死か」をカットバックさせている。 とても良い効果をあげています。 チェはアルゼンチン富裕層出身の医師、喘息持ちで学生時代、当時アメリカの裏庭と呼ばれた南米をオートバイで徘徊し、社会主義に目覚めたと聞いています。 ハバナに彼らが入場した時同志は12名とか、サンタ・クララでの家の壁を叩き壊して敵が立てこもっている教会に突入するエピソード等興味深い。 82名の同志で革命を起こし国を乗っ取った彼らは凄い、奇跡とか呼ばれるが、この映画を見る限りでは阻止できなかったバティスタ政権側に問題がありそうだ。 まず、国民に対して最低限の富の再分配を行っていないようだ。 これはチェに合流してくる人たちを見ると判る。 殆どが読み書きが出来ていなく、又国による医療サービスを受けていない。 1958年、4・9ゼネストもかなり厳しくに弾圧したようで、ここで潮目が変わったようです。 その後、1959年1月1日にバティスタがドミニカに亡命となる。 これを見る限り、バティスタ側の政権運営はお粗末と言っていいと思います。 対して、政権を取ったカストロ側は、武力闘争によって奪取しているので幹部に経済通がいない。 いずれにしても、経済的困窮を見るのは明らかだし、武力闘争に味を占めた一部の仲間は、革命を輸出しようとします。 これは当然のことで、フランス革命でもロシア革命でも同様なことが起きています。 ベトナム戦争でも、北ベトナムが革命を輸出し、南ベトナムが倒れたら、ラオス、カンボジア、タイと革命政権が出来るというドミノ理論から米国は派兵しています。 何とか防ぎました。 実際は、ベトナムの経済的困窮からそうはなりませんでしたが。 ということで、大変現実的なテーマを扱った政治映画としてとても良く出来た作品だと思います。 現代を生きる我々に色々な示唆を与える映画になっています。 第二部「チェ39歳 別れの手紙」はカストロと決別してボリビアでの革命運動を描きます。 ブログ作成にBD版を鑑賞しています。 八点鍾 IMDb wedplain.

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