ユーモア 歌詞。 King Gnu ユーモア 歌詞&動画視聴

King Gnu ユーモア

ユーモア 歌詞

ケツメイシの好きな歌詞選【人生編】 出典: ケツメイシの歌詞の特徴は、どんな過去に対しても肯定し、それが未来へと導く。 といった前向きな傾向にありますね。 涙は知っている方が多いので、その他の歌詞を紹介します。 「ライフイズビューティフル」 J-Pop ¥250 provided courtesy of iTunes 発売日:2007年8月29日 収録アルバム: 「君が流した涙が いつか花を育て咲かせて 君の目の前に 広がるはずだから 君が乗り越えた壁は いつか君を守る盾となって 君をそばで いつまでも支えるだろう」 今日という辛い日も明日には去って、それが過去となり、乗り越えた自分を守ってくれる。 そして、自分の気持ちに素直に生きようと勇気づけられる歌です。 「苦しい人生」それでも人生は美しい!と感じさせられる1曲です。 疲れた日や悩んだ時に聞いてみてくださいね。 「こだま」 発売日:2011年6月8日 収録アルバム: 「本当に僕を愛していますか? 僕は君を愛していますが それだけで幸せになる その日が 僕はとても嬉しいんだ」 ドラマ「ハガネの女2」の主題歌になりました。 ドラマに沿って書き下ろされた曲です。 個性を認め合いながら、愛し愛されることの難しさと嬉しさを綴っていますね。 温かいメロディーです。 ぜひMVと一緒に聞いて欲しいです。 ケツメイシの好きな歌詞選【友情編】 「トモダチ」 J-Pop ¥250 provided courtesy of iTunes 発売日:2002月4月2日 収録アルバム: 「ずっと友だち だが時は経ち 変わりゆく街の中で 共に育ち この街から力溜め 一からの スタートを切った君に 幸あれ」 もう会うことはない友人に向けたエールの曲ですね。 それぞれの目標へ向かって、困難が立ちはだかったとしても君なら出来るだろう、と見えない相手を信じ、幸せを祈る。 真の友情を感じさせます。 ケツメイシも力を込めて歌っていて、心強い曲!! ケツメイシの好きな歌詞選【恋愛編】 恋愛ソングにおいてケツメイシは男女の立場をそれぞれ理解しているように感じます。 あの恋もいい想い出だったなあ~そう思えます。 過去の恋愛を振り返りながら、懐かしい気分になったり、今学生の方にはもしかしたら苦しいと感じてしまうかもしれませんね。 歌詞に合わせて、陰の中に時々光が入ったようなメロディーですね。 「人間交差点」 J-Pop ¥250 provided courtesy of iTunes 発売日:2016年10月26日 収録アルバム: 「僕が歩くとこの道は 君の道とぶつかり合う 偶然と運命がそうさせる そこはまさに人間交差点 この世に数ある出会いの中で 時は流れて 別れ離れ また別の道が重なってく それこそが人間交差点」 目まぐるしい日常の中で、人は他人の人生に関わり生きている。 人との繋がりを交差点にかけた、POPなサウンドで仕上げています。 非常に完成度の高い音楽だな~と感心しました! ケツメイシの好きな歌詞選【下ネタ&おふざけ編】 忘れてはいけません。 ケツメイシの隠れた才能はここにありです。 アルバムの中に1曲は紛れ込んでいて、ファンにとってはサプライズです。 ふと歌詞に気づいたときに、思わず笑ってしまうのですがその一方、曲調は淡く・切なく・どこか儚げなメロディーになっているのです。 そのおかげで、下品な歌に聞こえないというマジックがかかっております! 「GOKON Queen」 J-Pop ¥250 provided courtesy of iTunes 発売日:2012年12月12日 収録アルバム: 「欲しがりな娘 欲しがりな HI! 欲にまみれ 踊りだしな 欲しがりな娘 欲しがりな HI! 腕の中で 夢を語る 夜はコンパに明け暮れる 獲物と称して腕を組む 視線を感じて足を組む その場しのぎで気を使う 今週末は合コン 来週末も合コン タイプじゃないとNO NO NO 次の約束へGO GO 」 女の欲望とあざとい部分を合コンという場面を通して書いた歌詞。 音楽はクラブで流れるようなアップテンポです。 「ランジェリーパブ」 J-Pop ¥250 provided courtesy of iTunes 発売日:2011年3月16日 収録アルバム: 「アンビリーバボー まさか 僕に訪れた君との再会が ランジェリーパブ 何で君がここに居るの? 頭真っ白になっていく」 一組のカップルに起きた、下ネタを含むハプニング曲です。 歌詞が物語になっています。 きっと飲み会でも盛り上がる曲ですよ! まとめ 「ライフイズビューティフル」 「こだま」 「トモダチ」 「わすれもの」 「そばにいて」 「月と太陽」 「人間交差点」 「GOKON Queen」 「ランジェリーパブ」 以上、好きな歌詞選で取り上げた曲です。 ケツメイシにはボーカルが3人います。 それぞれのパートの歌詞は個人で考えていることが多く、それが多方面から物事を見て、感じて、歌詞に活かされているのではないかと思います。 そして、声の特徴も分かりやすいのですぐに覚えられます。 DJを担当しているKOHNOさん曲の雰囲気作りや選曲の才能もケツメイシには必要不可欠! 音楽を通じて考え、支え、楽しませ、人の心を動かせる素晴らしいアーティストですね。 ライフイズビューティフル• バラード• さくら• 君とつくる未来• 幸せをありがとう• 友よ~この先もずっと・・・• 夏の思い出• トモダチ• カーニバル• そばにいて• ビールボーイ• トレイン• 出会いは成長の種• なみだ川• さらば涙• リズムオブサン• はじまりの合図• わすれもの• 君と出逢って• こだま」• 夜空ノシタ• 逆転の発魂• 嵐が去るまで• 子供たちの未来へ• 出会いのかけら• はじまりの予感• 君とワンピース• 冬物語• ラブラブサマー• 花鳥風月• また君に会える• もっと• ライフ• guruguru• 歩いてく• 人間交差点• ラバー• きみがすき• 闘え!サラリーマン• 夢の中• エターナリー• 君と出会って• それぞれのライフ• カリフォルニー• マイガール•

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『ユーモア』の意味とは?使い方や『ジョーク』との違いも解説!

ユーモア 歌詞

楽曲の基本情報 冒頭でも述べたように、今回紹介していく 「ユーモア」は、アルバム「CEREMONY」の収録曲であり、スマートフォン専用アプリ 「ロマンシング サガ リ・ユニバース」のCMにタイアップソングとして起用された楽曲。 J-POP的な爆発的な盛り上がりはないものの、平易かつクリアなメロディはリスナーの耳を癒し、心地良い世界に連れて行く。 歌から始まるのに歌謡曲というよりはBGMのような仕上がりになっています。 そしてメロディはさらなり、ボーカル井口さんの透明かつ妖艶な歌声が、楽曲の持つ 「夜の世界観」を強調させる。 死語かも知れませんが 「お洒落な楽曲」という言葉がよく似合うのです。 聴いているだけで自分もお洒落な人間になったような錯覚にすら陥ってしまう。 そんなお洒落ナンバーのメッセージ性を、本記事では読み解いていきます。 まずは楽曲タイトル名に着目していきましょう。 楽曲名「ユーモア」とは 「ユーモア」とは• 人の心を和ませるようなおかしみ• 上品で、笑いを誘うしゃれ という意味になっています。 日常的な用途としては 「ユーモアがある人」などと言って、人の特徴を表す言葉として使われることが多いです。 しかし本楽曲では 「忘れかけたユーモアが街の景色に色を落とす」と綴られており、自分を取り巻く環境の雰囲気を表す言葉として使われている。 なぜ「ユーモア」がこのような文体の中で使われているのでしょうか。 歌詞を紐解いていくことでタイトルに込められた想いにも迫っていこうと思います。 スポンサーリンク 歌詞 ひらりこの夜を踊るんだ なんだかんだで上手く行く 気がしてきた午前一時 素晴らしきこの世界を 悪あがき、綱渡り その心、裏腹に胸騒ぎ 長い長い夜を超えて 風通る隙間埋めあって 忘れかけたユーモアが 街の景色に色を落とす 行き当たりばったり彷徨った 夢にまで見た桃源郷は何処 暗くなったら火を灯そう 孤独を分け合えるよ のらりくらりと踊るんだ なんだかんだで憂鬱が 影を落とした午前二時 どうしようもないこの世界を 悪あがき、綱渡り その心、裏腹に胸騒ぎ 呼吸を拒めなくたって その両足で立って叫んで 得体の知れない欲望が 小さな体を蝕んだ 背伸びしたってアヒルはアヒルか 空の蒼さを眺めているんだ こんな夜は聞き慣れた 歌でも聞きたいな きらりこの世を踊るんだ なんだかんだで上手く行く 気がしている午前三時 素晴らしきこの世界を 悪あがき、綱渡り その心、裏腹に胸騒ぎ 始まりと終わりはつむじ風 いつだって唐突に揺さぶられ 耐え忍ぶ時は永遠に感じられ まあそれも今じゃ御一興 ひらりこの夜を踊るんだ なんだかんだで上手く行く 気がしてきた午前一時 素晴らしきこの世界を 悪あがき、綱渡り その心、裏腹に胸騒ぎ のらりくらりと踊るんだ なんだかんだで憂鬱が 影を落とした午前二時 どうしようもないこの世界を 悪あがき、綱渡り その心、裏腹に胸騒ぎ きらりこの世を踊るんだ なんだかんだで上手く行く 気がしている午前三時 素晴らしきこの世界を 悪あがき、綱渡り その心、裏腹に胸騒ぎ 長い長い夜を超えて 風通る隙間埋めあって 忘れかけたユーモアが 街の景色に色を落とす 行き当たりばったり彷徨った 夢にまで見た桃源郷は何処 暗くなったら火を灯そう 孤独を分け合えるよ 作詞作曲:常田大希 スポンサーリンク 歌詞の意味・解釈 頭サビ ひらりこの夜を踊るんだ なんだかんだで上手く行く 気がしてきた午前一時 素晴らしきこの世界を 悪あがき、綱渡り その心、裏腹に胸騒ぎ 本楽曲 「ユーモア」では、 夢を持つ主人公の葛藤 が一貫して綴られていきます。 ただ一つ面白いのが、本楽曲は 夜を舞台とした物語になっていて、 歌詞の進行とともに時間軸も進んでいくのです。 まずここの歌詞では 「午前1時」の情景。 主人公は孤独な夜の中で 「なんだかんだで上手く行く」と自分に言い聞かせているのですが、この自己暗示をかけているところから、 現状は上手く言っていないことや 心底では叶わないと思っているという本心が垣間見えます。 ちなみに本記事では「夢」という取り上げ方をしていますが、読み手によっては特有の欲求を含む「理想」として置き換えると面白いかと思います。 さて 「素晴らしきこの世界」と言い聞かせて夢を楽観視し、内心では心配ごとや悪い予感などのために心が穏やかでない 胸騒ぎな 主人公はどのように夜を超えていくのでしょうか。 続く歌詞を追っていきましょう。 1番 長い長い夜を超えて 風通る隙間埋めあって 忘れかけたユーモアが 街の景色に色を落とす 行き当たりばったり彷徨った 夢にまで見た桃源郷は何処 暗くなったら火を灯そう 孤独を分け合えるよ 上の解釈欄で述べたように、本楽曲では夜の情景が描かれていくのですが、面白いことに 1番のAメロだけは日中の情景が描かれています。 長い夜を超えて街に出てくる人たち。 「風通る隙間埋めあって」という歌詞は、街に出てきた人々が盾となり 「主人公を襲う風を遮ってくれる」という現象のことを表しています。 実はここは3番の歌詞の伏線。 後ほど意図が明らかになります。 また 「忘れかけたユーモアが街の景色に色を落とす」とあることから、裏を返せば 孤独な夜は主人公からユーモアを奪うと言っているのです。 心理楽的にも夜は人間のネガティブを増幅させると言われています。 つまり主人公がユーモアを保つためには、他者との繋がりが必要で孤独な夜は絶対悪と言わんばかりの内容になっているのです。 太陽さえ昇れば街は色づき、人が寄り添ってくれる。 とはいえ夜を避けることはできません。 夜を迎えることをユーモアを失うとするのならば、毎晩、主人公はユーモアがない暗闇の中に閉じ込められるということになります。 だからその打開策として 「暗くなったら火を灯そう 孤独を分け合えるよ」と励ましの言葉が最後にはかけられているのです。 ここに関しては 「どんな絶望的な状況でもきっと救いの手はあるんだよ」という広義的なメッセージを含んでいるように感じました。 サビ1 のらりくらりと踊るんだ なんだかんだで憂鬱が 影を落とした午前二時 どうしようもないこの世界を 悪あがき、綱渡り その心、裏腹に胸騒ぎ サビ1では、時間軸が進行して 「午前二時」になっています。 「なんだかんだ上手くいく」と言っていた午前一時に比べ、より不安が増幅し 「憂鬱」が顔を出しているようです。 「素晴らしきこの世界」と感じていたはずなのに、前向きな心は脆弱してしまい 「どうしようもないこの世界」と、苦悩する主人公の内面がモロに表面化しています。 やはり夜が憂鬱を加速させている。 2番に続きます。

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King Gnu ユーモアの歌詞・発売日

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女性アイドルソングに多い一人称「僕」 先日このような記事を見つけた。 ネタ記事なので内容にツッコもうとは思わない。 ユーモアがあって面白い内容だと思う。 ただ女性アイドルソングは一人称が「僕」であることが多いことを、ふと疑問に感じた。 その理由について興味を持ってしまったので、分析してみることにした。 特に秋元康が書くアイドルソングは一人称「僕」が多い。 正確な情報源は不明だがその理由を聞いたことがある。 男性がカラオケで歌いやすいことや、ファンの多数を締める男性が歌に感情移入しやすいためなどの理由があるらしい。 これは正確な情報かは不明だが、納得できる理由ではある。 歌の主人公のキャラクターをわかりやすくするためという理由もあるかもしれない。 「僕」「俺」「わたし」「うち」など様々な一人称があるが、それを変えるだけでイメージが変わる。 一般的には「僕」は男性が使うことが多く「私」は女性が使うことが多い。 主人公の性別を一人称の変化でリスナーに伝えている面も大きい。 しかし他にも理由があるのではと思う。 それに女性アイドルだけでなく、女性アーティストも一人称が「僕」の曲は多い。 これには複数の理由があり「僕」を使う必要性があるのかもしれない。 40年以上前から女性歌手は「僕」を使っていた 1975年に森田童子は『さよならぼくのともだち』でデビューした。 楽曲自体は1970年には存在していた曲で、歌詞の一人称は「僕」である。 浜崎あゆみ• J-Pop• provided courtesy of iTunes 2000年代をすぎると「僕」はより自然と使われるようになった。 社会現象と言えるほどのヒットを連発していた浜崎あゆみも代表曲の『Voyage』などで「僕」を使っている。 また『M』や『Dearest』では一人称が使われていない。 Every Little Thingも「僕」を使う歌詞が多い。 そして一人称を使わない歌詞も多い。 『恋文』や『またあした』の一人称は「僕」だが『fragile』や『Time goes by』は一人称がない。 浜崎あゆみもELTも「私」を一人称に使っている曲もあるが、あまり使わないようにと避けているようにも感じた。 その手段の一つとして「僕」を使ったり一人称を使わない歌詞を書いているように思う。 これにも理由があるはずだ。 「私」はメロディに乗せずらい ほとんどの日本の大衆音楽は洋楽の影響を受けている。 基本的には英語圏の音楽を取り入れたものが日本の主流になっている。 つまり元々は英語を乗せやすいメロディの楽曲が多いので、日本語をメロディに乗せづらいのだ。 英語詞は一つの音符に対して一つの単語を乗せることが容易だ。 しかし日本語は一つの音符に対して一つの文字を乗せる場合が多い。 日本語の発音では一つの音符に対して一つの単語を乗せることが難しい。 桑田佳祐のように日本語を英語的な発音にして歌ったりと工夫をするアーティストもいるが、それは例外だ。 だから少ない文字数で出来る限りの情報を乗せることが重要になってくる。 「ぼく」なら2文字だが「わたし」だと3文字になってしまう。 自分を含めた複数人の場合は「ぼくら」「ぼくたち」とさらに長くなる。 「わたしら」「わたしたち」では一人称として使うには長すぎる。 「わたしら」は一般的には「ぼくら」よりも日常的に使われることが少ないので、歌詞として使うなら「わたしたち」になってしまう。 一人称に5文字も使うことは特殊な事情がない限りはメロディに乗せることが難しい。 逆に二人称も「あなた」よりも「きみ」を使われる歌詞が多い。 これも文字数が関係しているのかもしれない。 つまり「わたし」ではメロディに乗せづらいため女性歌手も「僕」を使う場合が多く、「わたし」を避けて一人称を使わない歌詞を書くことが多いのかもしれない。 ちなみに秋元康が書いたおニャン子クラブの歌詞は一人称がない曲が多い。 AKBや坂道グループと違い女性目線の曲が多いからだ。 秋元康も「わたし」はメロディに乗せづらいので避けていたのかもしれない。 歌詞を先に書く女性アーティストは「わたし」と「あなた」を使う 「僕」を使うことが極端に少ない女性アーティストもいる。 aiko、鬼束ちひろ、SHISHAMOだ。 この3組は一人称が「わたし」であることが多い。 SHISHAMO• ロック• provided courtesy of iTunes SHISHAMOはフィクションの物語を書く手法で作られた歌詞も多い。 『量産型彼氏』や『明日も』などは物語を作るように書かれた歌詞だと思う。 そのためSHISHAMOの歌詞には「僕」も「私」も「君」も「あなた」も出てくる。 しかし『君と夏フェス』のようにメンバーと等身大の主人公の場合や、『熱帯夜』のように感情の動きを歌っている楽曲の多くは「私」と「君」を使っている。 この3組には共通点がある。 それは「曲よりも先に歌詞を書くアーティスト」であることだ。 曲を先に制作すると、歌詞は曲のメロディに合わせて書くことになる。 そのためメロディに合うように歌詞を調整したり変更する必要が出てくる。 その場合は文字数が多い「わたし」「あなた」は使いづらい。 「僕」にするか思い切って一人称をなくした歌詞の方が書きやすいのだ。 しかし歌詞から先に書くのならば、文字数を気にする必要はない。 歌詞に合わせて曲を書いて、メロディを当てはめればいいのだから。 そのため作詞者が日常的に使うことが多い一人称の「わたし」を使っているのかもしれない。 その方が自分らしい表現ができる。 あえて「僕」を使う必要がないのだ。 そう考えると秋元康も普段から「僕」を一人称に使っているので、歌詞の一人称に「僕」を使うことが多いのかもしれない・・・・・・。 「僕」か「私」かなんて、どうでもいい 一般的に一人称が「僕」だと男性が、「私」が一人称だと女性が主人公だと思いがちだ。 しかしそれも変わりつつある。 むしろ変えていった方が良いのかもしれない。 コレサワ:『たばこ』は、失恋して以降、家に閉じ籠もってしまったちょっと気持ちがくよくよしている女の子が主人公です。 『たばこ』を発表して以降のリアクションは凄く驚きました。 とくに、カバーしてくれる人が多いのには、私もビックリです。 自分の元から離れ、それぞれみんな自由に自分らしい歌い方で表現してくれているのも嬉しいことです。 中には、"君"と"僕"という言葉からボーイズラブ風に自分の好きなキャラに見立て、「なんか、ヤバい」と想像を掻き立てながら聞いてくれてる人もいるように、そういう解釈って面白いなと思います。 引用: コレサワの代表曲『たばこ』の主人公は女性だ。 しかし一人称は「僕」を使っている。 そのためファンからも様々な解釈がされているようだ。 コレサワ• J-Pop• provided courtesy of iTunes 「男=僕」で「女=私」という認識が古い考えかもしれない。 最上もがも元ゆるめるモ! のあのちゃんも一人称は「僕」だ。 一人称は自由で構わない。 英語の一人称は性別関係なく共通している。 日本語は様々な一人称があり「男性が使う一人称」「女性が使う一人称」と自然と分かれている部分がある。 それによって日本語詞は深い表現ができるようになったし、一人称を変えることで奥行きのある魅力的な表現の歌詞を生み出せたと思う。 しかし女性でも「僕」を使いたい人もいるし、男性でも「私」を使いたい人もいる。 一人称が「僕」だから主人公は男と決めつけることも、「私」だから女性と決めつけることも誤りかもしれない。 今までは一人称の違いで歌詞の意味を変化させていたが、これからの時代はもう一歩先の表現が必要になってくるのかもしれない。 コレサワの『たばこ』の一人称が「僕」でありつつも主人公は女性であったように、一人称で主人公の性別を決めることができないが増えるかもしれない。 それでも名曲を作れることはコレサワが証明した。 それによって新しい表現も生まれるはずだ。 好きな一人称を使えばいい。 メロディに乗せやすいからという理由で「僕」を使うのも問題ない。 メロディに乗せずらくても「私」を使っても問題ない。 性別関係なく一人称なんて好きなものを使って歌詞を書けばいい。 普段の生活も好きな一人称を使えばいい。 もしかしたら「僕」と「私」に感じる固定概念をぶち壊したら、さらに深くて魅力的な歌詞が生まれるかもしれない。 秋元康には「僕」を使わせるべき しかし秋元康には一人称を「僕」にした歌詞を書かせるべきだ。 女性目線ではなく男性目線の歌詞をかかせるべきだ。 秋元康が作詞を行った、なこみく&めるみお HKT48 の『アインシュタインよりディアナ・アグロン』という楽曲がある。 この歌詞を見て驚いた。 秋元康のビジネスセンスは天才だと思っているし、良い歌詞もいくつも書いていると思う。 例えば乃木坂46『君の名は希望』や『サヨナラの意味』は良い歌詞だ。 しかし女性目線の歌詞を書かせると、誰かを傷つける歌詞を書いてしまうかもしれない。 表現は守られるべきものだと思う。 しかし超えてはいけないラインがある。 それを無意識に超えてしまう人もいる。 その超えてはいけないラインを意識しつつ作品を作るべきだ。 それで表現の幅が狭まるのならばその程度の作品ということだ。 むしろそのラインを意識しつつ作品を作ることで、多くの人に受け入れられ、多くの人の心に残る名曲が生まれるのかもしれない。

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