ひとりじゃ何一つ気付けなかっただろう。 #10932 独りじゃないって気付けよ

唯一

ひとりじゃ何一つ気付けなかっただろう

成らぬはひとの。 鳥になって 糸 <1. First Contact 雅> ちっくしょー、ツいてねーな… 左肘の内側、柔らかい所を親指でぎゅ、と圧迫し左手を胸より下げないようにして。 人気のない廊下をひとり、保健室へと急いでいた。 今日は自分にとっては母校にあたる中学校で、高校の合同説明会が行われている。 高校教諭になりたてで下っ端なため、こういう面倒な行事には駆り出されてしまう運命にある。 加えて。 説明会のチーフスタッフで、現三年生の学年主任でもある有馬早苗が、強硬に僕の同行を押し通したという経緯もあって。 僕は否応なく今日の説明会に参加していた。 今のところ、高校・大学を通して先輩で最愛の恋人である新野さやかとの関係は誰にも知られていない。 もちろん、バレていたら同じ職場には採用されなかっただろうし、バレた時点で即刻クビだろう。 僕らの関係は誰にも知られてはならないのだ! それにしても。 結構、痛ぇ…。 体育館での会場設営の際。 倒れてきた立て看板を反射的にキャッチしたら釘の処置が甘かったらしく、飛び出していた先端で左手のひらを引っかけた。 5cmくらいのひっかき傷で、幸い出血自体は大したことがなく。 消毒だけはしっかりしておいたほうがいいので、今、こうして保健室に向かっている。 母校だからひとりで動けるけど、もし知らない学校だったら付き添いつきだ。 子供じゃあるまいし。 下手したら有馬早苗がついてきておかしなことにでもなったらそれこそ、コトだ。 血相変えて心配していた早苗を思い出してうんざりする。 歩きながら窓の外に目をやると、銀杏が色づいて校庭に彩りを添えている。 最初のうちは同じ職場で働くことに難色を示していたさやかだったけれど。 近頃ではやっと信用してくれたのか、あまり文句も言わなくなった。 プライベートでさやかラブを全開にしているので、職場で同じようにされたらたまらんという危惧もあったのだろう。 しかし実際に一緒に働いてみて。 仕事中はあくまで先輩と後輩というスタンスをごく自然に貫く姿に、やっと安心してくれたらしい。 ま、相当努力してるからネ。 これが評価されなかったら、相当ツラいけどネ? やっと保健室にたどり着いて、ドアを開ける。 慌てたような衣ずれの音が、何とも色っぽい。 消毒、オキシドールか! 染みるんだよなぁ、コレ…イソジンないのかな… あとはガーゼと包帯と、えぇと、傷口には何塗りゃいんだこりゃ 頭を悩ませていたら、背後でカーテンが手荒に引かれる音と。 続いて、詰問するような調子の、声。 必要なものを抱え、ゆっくり振り向く。 ひとりはジャージで仁王立ち、もうひとりは奥のベッドの上でシャツのボタンを留めている。 ふたりとも、思わず見惚れてしまうほど綺麗な顔立ちをしている。 ただし、ジャージのほうは傷ついた獣みたいな瞳をしていて、こちらをじっと窺っている。 一発で僕をこの学校の職員じゃないと見破った、ということは。 3年生、か。 「ああ、ただの通りすがりだから。 お邪魔しちゃったかナ」 ふたりの行為を否定したつもりはなかったけれど。 茶化すような口調が気に入らなかったのか、ジャージの顔が厳しくなる。 きっと、自分の周りにあるものはすべて気に入らないんだろう。 自分自身でさえも。 「何なんだよ」 不穏な口調で詰問される。 僕はオキシドールのキャップを開け(吹きかけるタイプだ)、呼吸を整え、意を決して傷口にスプレーする。 アレ?意外と平気………じゃ、ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ やっぱいてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 半べそになりながら、脱脂綿で傷口を押さえる。 耐えがたい痛さ。 「おぉ、いてぇ。 そんなに苛々すんな、落ち着け。 何がそんなに、面白くないんだい?」 その言葉で、明らかにジャージがカッとなったのがわかる。 「お前らなんかに、何がわかるんだッ!」 『お前ら』。 君が本当に怒りをぶつけたいのは誰なんだい? どうしてそんなに、自分が無力だなんて感じてるんだ。 だからそんなに苛立ってるんだろう、周りでなく、他ならぬ自分自身に。 空っぽで、虚無感にまみれて窒息しそうだったかつての自分が、ジャージに重なる。 「うーん、残念ながら他人の気持ちって、誰も理解できないんだヨ。 」 伝わるだろうか。 伝わるといいな。 僕の危惧をよそに、そう言われたジャージは驚いたように押し黙った。 「伝えなきゃ、伝わらないんだ。 伝えようとしても、伝わらないこともある」 ジャージが、じっと考え込むような素振りを見せる。 僕は傷口の応急処置をしながら続けた。 「今は地べたを這ってる虫みたいな気分かもしれないけど」 包帯を、ややキツめに巻いていく。 「あと3年もすれば、君たちは自分の力で羽ばたけるようになるんだよ」 息詰まるような閉塞感とか。 檻の中で無駄にもがいているような徒労感とか。 そんなものは、永遠じゃないんだ。 「自分の背中に羽があることをちゃんと知ってるかい?」 君は無力じゃない。 無力だと、思いこんでるだけなんだ。 「どんなところにでも、鳥になって羽ばたいていけるんだよ。 」 自分を縛っているのは自分自身でしかないんだ。 伝わるといい。 かつてさやかが、僕にそう教えてくれたように。 考え込むように押し黙るジャージの後ろで。 ベッドの上で冷たい横顔を見せている生徒も気になる。 彼女のほうが、もしかしたら闇は深いのかもしれない。 「高校は、そのための準備期間みたいなもんだから。 もっと話したければ、うちの高校にくるといいよ」 「…高校?」 「うん。 一応、高校のセンセーだからネ!」 新米ですけれども。 棚から出した備品を、ひとつずつ戻していく。 僕は学校名を教えてから、立ち尽くしているジャージに「またネ」と声をかけて。 保健室から出て行きかけて、立ち止まる。 「それと。 ドア、鍵かけといたほうがいんじゃね?」 それだけ言って、僕は保健室を後にした。 ここではさやかじゃなくて、新野先生だけど。 油断していると、綺麗すぎて見とれちゃうから気をつけなけりゃ。 「ありがとうございます。 」 見かけ上、キリッと返事をして立ち上がる。 あくまで見かけ上。 振り返るように職員室の入口を見て、一瞬誰だかわからなかった。 近づいてやっと、相手が誰だかわかった。 「おっ、久しぶり!」 ジャージじゃなかったからすぐに気付けなかった。 印象的な顔立ち。 高校説明会の日に保健室で出会ったジャージだった。 藤間悠と名乗ったその中学生は、見るからにモテそうな風貌をしている。 加えて何もかも拒絶するような雰囲気と、憂いを帯びた表情がそれに拍車をかけている。 気が短いのだろう、目じりが軽くつり上がっていて、そのせいで表情がきつい。 場所を、ひとけのない応接室に移動してお茶を出す。 「…アンタが言ってたことが気になったから、来た」 警戒心丸出しだ。 「素直だネ。 何が気になった?」 僕は決して自分が教師に向いているとは思わない。 優れたスポーツ選手が必ずしも優れたコーチになれないように。 僕は学習意欲のない生徒の気持ちを理解してあげられないからだ。 助けを求めて伸ばされた手は、決して拒絶しない。 最後までとことん付き合う。 底なし沼で、無限とも思える時間もがき続ける辛さを知ってるから。 助けられるなんて思っちゃいないけど。 それでも、一緒にもがくことはできるから。 しばらく躊躇ってから、悠が沈黙を破るために口を開く。 僕は悠の目を見つめて、じっと言葉を待った。

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何も持っていない人間は、どう戦うべきか?(後編)

ひとりじゃ何一つ気付けなかっただろう

2020年6月26日午前、気付けば私はの富士吉田にいた。 家から片道9時間の電車旅はただ揺られているだけであっという間で現実味がなかった。 当日の朝思い立って家を飛び出したはいいものの、新幹線に乗ってから焦った。 しかし切符代一万六千円は私にとっては高くもったいないのでそのまま乗ってしまった。 途中乗る電車を間違えながら着いたのは午後五時。 適当にホテルに泊まって寝たり起きたりを繰り返していた。 この時の精神状態は大概よろしくなかった。 の影響でせっかく入った大学はオンライン授業でつまらないこと極まりなく、現実逃避して京大文学部再受験するだの夢を追いたいだの散々悩んで周りを困らせ、悩みすぎの寝不足で頭痛がしていた。 唯一応援してくれそうな祖母宅に家出したが万が一コロナを移してはいけないと追い出され、反対気味の親と口喧嘩をしたばかりで帰りたくなくて、そうだ、志村さんに会いに行けば何かが変わるに違いないと思った。 東京は感染者がいたから、経由で行けばいいとひらめき、実行に移した。 そこまでして行きたい富士吉田に何の意味があるのか、不思議に思う人に説明すると、というバンドの作詞作曲ギターボーカルを務めていたさんの故郷が富士吉田なのである。 志村さんは29歳という若さで亡くなってしまった。 志村さんの良さは、情緒的な歌詞と曲、そして悩みながら歩く姿だと簡潔に言えばそうなるのかもしれないけれど、それでは全然足りない。 彼は故郷を愛しその情景を多く描いている。 その景色ひとつひとつが私たちの脳裏に鮮やかに浮かび離さない。 ぜひ陽炎という曲を聴いていただきたい。 誰しも小学生の頃に友達と駄菓子屋に寄って公園に行く経験をしたことがあると思うが、「駄菓子屋にちょっとのお小遣い持ってこ」という歌詞はその懐かしい幼少期の体験がありありと蘇ってくる。 また、若者の全てという曲では、「すりむいたまま僕はそっと歩き出して」という歌詞から、悩みながら歩こうというメッセージに励まされてきた。 志村さんというのは私にとってそういう存在なのである。 さて、について道を間違えながら富士山を眺めお墓参りをしてきた。 志村さんの好きなコーラと人形と手紙を持って。 志村さんの死を受け入れるのはとても難しかった。 志村さんを知ったときにはもうすでにこの世にいなかったのに。 それから、だらだらと炎天下の中になりながら街を歩いて、通っていた小学校、遊んでいた公園、お気に入りのパスタ屋さん、夕方5時のチャイムが聞こえる市役所、通ってた高校、バイト先のピザ屋さん、念願の市民会館ライブ会場。 実感がなかった。 でも、曲の中で描かれていた街とはこんなところなんだな、と思った。 曲を聴き直すと明らかに解釈が変わった。 あの街なんだな、ととても身近に感じるようになった。 何を学んだか、というと、全然そんな大層なものはなく、ひとり夢を叶えるぞ、と決心しにいくつもりが、周りの現実を生きるべきだとかそんなのを通り越して、ま、いっか、って。 どっちでもいいやって。 なぜか開き直ってしまった。 それくらい志村さんの故郷や死は私には大きすぎた。 帰り道、爽やかな風を感じた。 本当に収穫はそれだけなんだけど、来てよかった。 むしろ、予想以上に大きすぎる収穫だったかもしれない。 ひとつ大人になった気がした。 自分の悩みがちっぽけに見えた。 志村さんに憧れて、志村さんのようになりたいと思ってきた。 でも、お母さんと電話していて、志村さんはそれを望んでないよね、むしろ、日常を生きる人々を応援してるんじゃないのって。 自分の夢は有名になりたいといった名誉欲から来るものだったことに気付き、酷く恥じた。 口喧嘩していたお母さんのことを許せた。 それに、ひとり山梨まで飛び出して感じた孤独感や恐怖は、周りを振り切ってひとり夢を叶えるとはこういうことではないか、と感じ、すごく怖くなった。 それで、嫌々ながらも母に電話したら、なんとなく許せて、ひとりじゃない、現実を生きようと決心したのだった。 今は昼を冷やすためにホテルで休みながらこれを書いてる。 今から富士山観光をして、夕方バスに乗って市役所のチャイムを聴き、夕日を見て帰ろうと思っている。 ここまで読んでいただき感謝申し上げる。 紫陽花より PolarisK.

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山里亮太、『テラスハウス』出演中だった木村花の訃報に「とてつもない苦悩気付けなかった」「何かできることはなかったのか」と後悔

ひとりじゃ何一つ気付けなかっただろう

2020年5月27日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『山里亮太の不毛な議論』 毎週水 25:00-27:00 にて、お笑いコンビ・南海キャンディーズの山里亮太が、『テラスハウス』に出演していた女子プロレスラー・木村花の訃報に、「とてつもない苦悩気付けなかった」「何かできることはなかったのか」と後悔していると語っていた。 山里亮太:大半のリスナーも知ってることとは思いますけどもね。 私も関わらせてもらってる、『テラスハウス』の方でね、木村花さんの訃報がありまして。 素直に今、本当にショックです。 まずはね、本当、謹んでお悔やみ申し上げますと。 本当、僕は『テラスハウス』という番組で、スタジオでその皆さんの生活を見ているという役回りでございましたけども。 本当に、同じ出演者という、その一人として本当にもう、ひたすら残念です。 で、まぁあの…悲しいです、はい。 僕のところにある情報っていうのは、多分これを聴いている皆さんとか、ニュースとかを見てる皆さんと同じ状態です。 僕のところにも、何も特別に情報があるとかじゃないので、皆さんと同じところまでしか、僕も知らないです。 だから、それが合ってるかどうかも分からない中で、言葉を発することっていうのは誰かを傷つけてしまうかもしれない。 答えが分からない状態で、皆さんのところに、自分の思いとかを言うことは、どの言葉がその人にとって傷つく言葉なのかっていうのが、本当に分からなくて。 自分で初めてその情報、話を聞いて訃報に接した時に、本当に何か真っ白になってしまって。 何を言ったらいいのかとか。 ただただ悲しいっていうのはあったけれども、それを俺が言う権利があるのかとか。 言って不快になる人はいないのかって思って、SNSで発信する上で、ちょっと遅くなって発信しましたけども。 この度は木村花さんの訃報に接し、謹んでお悔やみ申し上げます。 突然のことに、どう言葉を発してよいか分からず、時間が過ぎてしまいました。 それは木村さんのことを考えると、直ぐに言葉の整理ができませんでした。 そのような不安定な状態で、自身の発した言葉がどのように解釈されるのかが分から — 山里 亮太 YAMA414 ず、しばらく言葉を発することに躊躇をしてしまいました。 今、現実を受け止めて、なぜ画面の中で力強く立ち振る舞っているその姿の裏にある苦悩に気づけなかったのか、何かできることはなかったのかと強く感じています。 ご冥福を心よりお祈り申し上げます。 山里亮太 — 山里 亮太 YAMA414 今、現時点でニュースとかで言われてる情報の中での僕の思いとしては、木村花さんのとてつもない苦悩っていうのに、気付けなかったのがなんでだろうと。 本当に何かできることがなかったのかなっていうのを、本当に強く感じています。

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